7.時間がない準備期間
そこからはまさに多忙を極める日々ばかりが過ぎていく。打ち合わせだって何度もあるし、様々な関係者への連絡も必要だ。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
そんな有数の時間の中、カリーナの店にシリアはいた。目的は式で着るドレスの採寸が目的だ。
「細いですねぇ、ちゃんと食べてます?というかよくこの身体で剣を振れますね」
彼女はシリアが婚姻を発表した日に行われた決闘もしっかりと見ていたらしく、その上で測りながら腕やら足やらをジロジロと観察しながら採寸を続けていた。
「もっと筋肉質かと思ってたんですけど……ちょっと意外ですね」
「師匠からは身体全体で剣を振れって教わったから、そのせいかな……」
「まあ、それでも流石に足腰なんかはやっぱり同年代の女の子と比べるとしっかりしてますね。さ、もっと色々測りますよぉ!」
カリーナは採寸で使う用の模様のついた長い紐を持って楽しそうに測っていく。彼女が言うには紐の模様を使って身体のサイズを測っているらしいのだが、シリアにはそういう服飾に関しては知識も経験もないのでさっぱりだ。
つまりひたすら立ってそれが終わるのを待つことしかできない。
「ここは、こう、と」
集中し始めたのか彼女は話すことをやめて身体の部位を測ってはそれを紙に記入していく。
(ルナは今頃何をしているんだろうなぁ)
採寸されながらシリアは今は王城にいるであろう想い人のことを心に浮かべていた。
ルナのドレスに関してはアイリとティアナが担当するということで彼女とは別行動となっているが、結局作るのは今シリアの採寸をしているカリーナであり、それならば別に今日ぐらいは一緒に行動してもいいのではないか、というのがシリアの素直な気持ちである。
「よし、これでオッケーです!お疲れ様でした」
そんな風に少し悶々としていたらいつの間にか採寸は終わったらしい。カリーナは満足気な顔で達成感たっぷりの表情をしている。
「デザインに関しては当日のお楽しみってことでいいんですよね」
「それは、まあいいんですけど……でも私にまで隠す必要はあるんですか?」
採寸をしにこの店に来る道中でシリアはカリーナから質問責めにあっていた。内容は色や服の好みから始まり、よくわからない日常的な質問まで様々でカリーナ曰く。
「私個人で勝手にデザインするよりも、相手の事を知った上で作製した方がより良いものができるんです!」
その時のあまりに熱の籠った瞳にシリアは何時になく気圧された。それに続けて彼女は言葉を続けた。
「そしてですね!私の作製した服は当日まではシリア様にも秘密ってことでお願いします!」
「え!?」
それがつい先ほどの会話である。
「別にカリーナさんの腕を信じていないわけじゃないし、変なドレスを作るなんて思ってもいないけど……完成品がわからないのは不安というか」
「お気持ちはわかりますが、これだけはどうしても!その当日にドレスを見た貴女の反応を私は見たいのです!」
「……うーん」
「お願いします!絶対に後悔させない物にしますから!!」
ズズイッ!と詰め寄られる。どうにも彼女は服や装飾の類になると情熱的になりすぎる。きっといくら言っても引かないであろうことを理解したシリアは納得いかないながらも頷いた。
「わ、わかりました……じゃあ、それでいいです……」
「ありがとうございます!期待していてくださいね!」
何だか不安も募る結果にはなってしまったが、こればっかりは彼女も譲ってくれそうにない。シリアも流石に強く反発する気にはならなかった。
「じゃあ、とりあえず採寸は終わりってことで……」
まだまだやることは残っている。だから今日はもう戻ってもいいだろうか。そう続けようとしたシリアの前に再び採寸用の紐を何本も手に持っているカリーナの姿が目に映る。
「何言ってるんですか……?これからですよ……?」
「へっ?だ、だって、さっきこれでオッケーだって……」
「ええ、一部分がですよ?」
「いちぶぶん……?」
「さ、次行きますよ次!今日は一日かかりますからねー!」
「ひえっ……」
カリーナの瞳がギラギラと光ったのをシリアは確かに見た。
*****
シリアがカリーナと戦闘しているその時間、ルナは俯いていた。その表情は今の状況を何とかして逃れられないかと必死に考え込んでいるものだった。
「それでー?あの子とはどこまで行ったのかしら?」
「いや……あの、私ドレスについて、話を……」
「それは後で」
「えぇ……」
ルナはこの日、ティアナとアイリに呼び出されて応接間に来ていた。内容は『ドレスについての打ち合わせ』である。
一応、結婚式が決まりルナの着るドレスに関してはティアナとアイリが案を出すことになっていた。アイリのセンスに関しては未知な部分が多いが、ルナの母であるティアナは元々出身が貴族ということもあり、そうした服飾関係にも広く手を出している。
だから特に心配はしていなかったが、それはあまりにも油断し過ぎていた。
「いやぁ、私も可愛い娘がどこまで進んだのかは知りたいのよねぇ」
「お母様まで……そもそもシリアとは何もやましいことは……」
「あら、やましい事なんて一言も言ってないわよー……」
「うっ」
どうにもいつも味方をしてくれていた母も今は敵であるらしい。当たり前だがティアナだってルナのことは何よりも大事である。彼女に対して害意がある者に対しては容赦するつもりもない。ただそんな娘が認めた相手であるなら話は別だ。
要はルナとシリアの恋愛事情が知りたいだけなのだが。
「さぁさぁ、どこまでやったのか一から十まで白状したほうがいいわよぉ」
「うぅ……」
まだ13歳の少女にジリジリと詰め寄る悪い大人の図がその空間に出来上がっていた。
そんな二匹の虎に睨まれているルナであったが、その答えにもまた困っていた。
(別に……シリアとはまだなにかしたわけでは……)
ルナだって少女とはいえ年頃の年齢だ。いつまでも性に疎いままというわけでもなく、思春期特有の少しだけ偏ったはいるがそういう知識もなくにはない。
ただ、それを含んでもシリアとは本当にやましい関係ではない。主にお酒のせいで何だか怪しい雰囲気になったこともあったりしたが、それでも大事な一線どころかキスだっていまだ未経験だ。
「本当に何もないんですって……」
結局、散々に詰め寄られながらもルナから満足出来る答えを得られなかった良い大人たちはため息をついていた。
「意外とあの子堅いのねぇ、てっきりすぐに手を出したかと思ってたんだけど」
「ちょっと、愛する娘の前でそんなこと言わないでくれない?」
「何よ、そっちだって乗り気で尋問していた癖に」
それでいてそんな自由な大人たちは当事者であるルナを無視して今度は小さな言い争いを始めだした。何だかそれが妙に子供のようで、母に対して抱いていた優しくも華やかながら慎ましいイメージが崩れ始めていた。以前旅に出る前はそんな様子もなかったのに何かあったのではないかと邪推してしまう。
ただ、そうしてアイリと話しているティアナの表情もまた無邪気で楽しそうで、ルナはそれもまた母の姿なのだろうと納得していた。
「大体、ルナはまだ13歳なんだから、そんなこと早いわよ」
「早いことないでしょ。それに何度も言うけど最初っから乗り気で聞いていたわよね?」
「あの……そろそろ本題に移らないといけないと思うのですが……」
ただ、そろそろ二人の間の火花の量が多くなっているのを感じて、ルナは間に割って入る。こうした気の使い方を見るとよっぽど彼女の方が大人のようであった。
「本題って、ドレスのこと?」
「はい。だって今日私が呼ばれたのは元々ドレスについてですよね?」
結婚式までは一週間。これは正直かなり短い。流石に国民を巻き込む様な規模でないにせよ、招待状や会場、会食、催し、式の予行と他にもやることはありすぎる。
つまりこんなところで大人二人からルナとシリアの関係を根掘り葉掘り聞かれている場合ではないのである。
ただ、それを知っている筈の彼女らはとくに慌てた様子もなかった。そして、そんな様子の彼女らに対して訝し気な表情をしているルナにアイリはすまなそうに(それでも笑いながら)口を開いた。
「ごめんねぇ、本当のこと言うとただ話を聞きたかっただけなのよ」
「え?」
ルナの疑問にティアナが続く。
「あー、ドレスのデザインに関してはね、とっくに出来上がってるのよ」
「え!?」
聞けば、何でも結婚式の話が出た直後から、アイリとティアナは結託してあっという間にデザインを仕上げていたというのだ。
「じゃ、じゃあ後は採寸するだけだったんですか?」
「そうねぇ、そうなるわねぇ」
「えぇ……」
それだったら今日、シリアと一緒に採寸に出掛けることが出来ただけにルナは珍しくジトッとした非難の目を二人に向けた。それには流石に彼女らも僅かながらたじろいだ。
「ま、まぁまぁ。デザインに関しては完璧だから!きっとあの子も今まで抑えていた物を曝け出すぐらいに最高の奴だから!」
「そ、それって大丈夫なんですか……?」
アイリは大きめの紙面を取り出した。どうやらデザイン画らしいそれをルナは受け取る。
「後は採寸をして、それを渡すだけよ」
「こ、これを着るんですか……!?」
そして、それを見たルナは目を見開いて驚愕と困惑に染まっていた。そんな彼女を大人二人はニヤニヤと見つめるだけだった。
結婚式までの時間はあっという間に過ぎていく……
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