6.それぞれの気持ち
シリアが自室まで戻るとそこにはポツンと椅子に座っているルナだけの姿があった。
「あ、お帰りなさい」
少しボーッとしている様子のルナだったがシリアが戻ってくると微笑んで彼女を迎え入れる。
「ただいま、って師匠は?」
「……アイリ様は、用があるとどこかに行ってしまいました。シリアはどうだったんですか?そもそも来客とは誰だったんですか?」
「あー、えっとねぇ」
説明しないわけにもいかない。シリアはルナにカリーナとイリスが来ていたことと、その話の内容である結婚式やドレスの話の説明をする。
「そうだったんですか。それはまた随分とタイミングがよかったというか……」
「ま、まぁ確かにね」
説明してお互いともに微妙な恥ずかしさに襲われる。確かに結婚式の話は出るには出たがその返事はまだなのだ。
だというのに既に周りは何故か乗り気なのである。当の本人達を置いて。
シリアもルナもお互いに結婚式ということについてどう思っているのか聞きたかったが、どうにも羞恥が先行し実行できずにいた。
それ故にシリアは少しだけ話題をずらす。
「えっと、ルナは師匠とは何か話してたの?」
「あ、えっと、お二人の試合を邪魔してしまったので……ちょっとそのことについて」
「あー、それか……」
あの試合の後、シリアもルナの魔法については説明を受けた。
あまり魔法に詳しくないシリアには、あの時不思議と力が湧いてきたのは決して底力だとかそういう類のものではなく、魔法によるものだったということを理解するのがやっとだった、勿論彼女だってそうした治癒や力が増幅するような魔法があることは知っていたが、実際に自分がそれを使われた経験がなかったため細部まではわからなかったのだ。
「その、すいませんでした。無粋なことだとはわかっていたんですが……」
ルナは先程アイリにもしたようにそう謝ると頭を下げる。ただシリアも別に横槍を入れられたなどと思ってもいないし、怒る気もなくそもそも勝手に始めたのはこっちなのだ。
「いや、何も言わなかった私も悪いし、急にやり合おうなんて言った師匠も師匠だから気にしないでいいよ。どっちにしろ勝てなかったこともわかったし……」
「アイリ様は強いんですね……魔法を使う所しか見たことがなかったので、あそこまで剣を使えるなんて驚きました……」
「本当に滅茶苦茶な人だよね。というか師匠はこの国に来てどんな魔法を使ってたの?というか何をしたのかも知りたいんだけど」
「ええと、そうですね……なんでも?」
「なんでも……」
どうやら色々ありすぎるらしく、それが納得出来てしまうのも滅茶苦茶な力を持つアイリだからだろうか。シリアは規格外な師匠の姿を脳裏に思い出しながらため息をついた。
「私としては、どうして手合わせをすることになったのか気になるのですが」
「長い間会ってなかったから腕試しをするって言って、昔から突発的にそういうこと言う人だったから」
「そうなんですね……そういえば私、昔のシリアとアイリ様の話を詳しくない聞いたことがないんですけど」
「……聞きたいの?」
「え?ええ、まあ知りたいとは思います。もちろん嫌じゃなかったらですが」
ルナにとってシリアは特別な関係を持つ相手だ。何でも知りたいと思う心もあるし、それとは逆に礼節を踏まえ遠慮なく踏み込んではならないという気持ちもある。
ただ、シリアは昔からかなりの苦労をしてきたことはぽつぽつと聞いていたので、そのあたりの話は是非とも聞いてみたかった。
「いいけど、ろくでもないよ?」
シリアはそう言って語りだした。散々された仕打ちやら何やら全てを、たっぷり時間を掛けて……
*****
「……聞いてすみませんでした」
「いいんだよ、うん……」
話が終わる頃にはルナは聞くんじゃなかったという風に頭を下げていた。色々と酷い事にあったと話には聞いていたが実際具体的に聞いてみたら、思っていた以上に酷かったのだ。
「アイリ様がそんなことをするとは思えないのですが……」
「うーん、何か荒れてた時期だったって言ってたからそれが原因なのかなぁ」
シリアはやはり昔を思い出しながら遠い目をしていた。いくらそれのおかげで強くなれたとしても二度とやろうとは思えない修行の数々が目に浮かんでは消えていく。
「ま、まぁ、とにかくそのおかげでこうして会うことも出来たんですし、ね?」
流石に言葉の最後に「良かったじゃないですか」をつけることが出来ないルナであった。彼女はとにかくシリアの遠い目を何とか治す為に話題を無理矢理変えようとした。
「あの、ところでシリアはどう思います?さっきの話なんですが……」
「え?さっきのって……えっと、式についてのこと?」
「あ……は、はい。そのことです。シリアとしてはどう思ってるのかなって……」
ルナの選んだその話題はあまりにも唐突過ぎて、彼女本人も切り出すタイミングを若干見誤った感があった。しかし、今更それを引っ込めるわけにもいかない。
それにシリアもそのことについては話しておきたいとずっと考えていた。話の流れはかなり急ではあったが、シリアは正直に思いを告げた。
「私としては、結婚式っていうのは凄くやりたい、と思ってるよ。でもさ、前にチラッと聞いたんだけど年齢が15歳からじゃないと駄目じゃなかったかなって」
「そうですね……一応国のしきたりだと15歳から結婚式を挙げることが出来る、ということになってます」
「うん」
その決まりの為に、婚姻の報告だけを式典という形で執り行ったのはまだ記憶にある。どちらかというとその後のエンリ家との決闘の方が何だか鮮明な気もするが。
とにもかくにもルナの年齢ではまだ結婚式を挙げるには早いというわけだ。
しかし、一部ではすでに(若干暴走気味に)動き出している人物もいるし、何より国王であるジエンが提案してきたのが始まりだ。ルナもそれがわかっているのか言葉を続ける。
「ただ、私もあと2年は凄く待ち遠しく思いますし、アイリ様もすぐに見たいと仰っていました。それに既に式典も行ったので父上や母上、他にも色んな方に許可を貰わなければなりませんが、それでも出来るだけ早く結婚式をしたいと、そう思います」
「ルナ……」
「というのが素直な気持ちでしょうか……すいません、我儘ですよね」
「そんなことない!それなら私だって同じ我儘だしさ。それじゃあ、もう一度ちゃんと話に行ってみる?」
「そうですね。さっきは中途半端なまま会話が終わってしまいましたから」
果たしてカリーナが本当に玉座まで突入しているのかわからないが、もしそうなら話し合っている可能性は高いし、そこに参加する権利はあるだろう。思えば当事者になる二人が蚊帳の外なのも変な話だった。
ルナの賛同も得たシリアは早速玉座まで向かうべく、扉に手を掛けようとしたその時に何だか楽しそうな陽気な声が扉の向こうから響いた。
「邪魔するわよー!」
「ぶっ!?」
ノックもなく突然開かれた扉がシリアの顔面に襲い掛かった。いくら戦い慣れているといってもいつも気を張っているわけはなく、彼女はそれを華麗に躱すことも出来ずまともに受け止めることになった。
「し、シリア!?大丈夫ですか!?」
直撃してズキズキと鈍く痛む鼻を抑えてうずくまったシリアにルナは慌てて駆け寄った。彼女はうずくまったシリアに合わせるよう腰を落とすと、小さく何かを呟く。それとほぼ同時に彼女の手の平が小さく光った。
「お?」
シリアは鼻の鈍い痛みが急速に和らいでいくことに驚いて顔を上げた。ただ、それがすぐにルナの魔法だとわかったのは既に経験済みだからだろう。
「少しは治まりました?」
「ごめん、なんか勿体ない使い方させちゃったかも」
「限りがあるわけじゃないですから気にしないでください」
ありがとうと礼を言うシリアにルナは微笑んで返す。ただそれが誰に見られているのかまで気が回っていなかった。
「えっと、二人とも娘になるようなものだから仲睦まじいのはいいんだけどね……」」
「え……?あ、お、お母様にお、お父様!?」
そこにはティアナとジエン、それに加えて──
「いやいや、若いですね!益々意欲が湧きますよ!」
「といってもねぇ、入り口でそんなにイチャイチャする必要ある?」
「い、イチャイチャしてませんから!!」
アイリとカリーナが立っていた。勢ぞろいである。
「ど、どうしたんですか、こんなに大勢で」
ルナの戸惑いもごもっともで、ジエンがそれに返答する。
「いやなに、さっきの挙式の話が途中で終わっていたからな。つい先程、そこのカリーナ殿がいきなり玉座に突撃してきて色々と決めることもあったから、こうして伝えに来たわけだ」
「わざわざご足労かけて……今からルナと一緒に話しに行こうって話してたところなんです」
シリアは足を運んでくれた彼らをとりあえず部屋に招いた。ちなみにカリーナと一緒についてきた(引きずられてきた?)イリスはマロンやカエンに無事に引き取られて今はお茶を楽しんでいるらしい。
「カリーナ殿から話を聞いてな。ドレスについてはお主らも先に聞いているんだろう?」
「ええ、一応聞きましたが……」
そこでティアナが割って入る。
「アイリがこのブレナークを出る前に挙式を見ておきたいって言うから、まあ彼女には色々と恩もあるし、貴女達が良いなら本当に挙げて見ようと思うんだけど、そこのところはお互いどうなのかしら?」
彼女の問いにシリアもルナもお互いを見た後に、息を合わせて頷くと肯定の答えを返す。ティアナはそれを見て満足そうに小さく笑った。
ただ、その次のティアナの言葉でシリアとルナの表情は真逆に一変することになった。
「それで予定なんだけど、一週間後だから」
「……は?」
「……え?」
「ついでに言うと、シリアちゃんのドレスはカリーナの案で、ルナのドレスは私とアイリが案を出すからそこのところもよろしくね」
「え、ええええええ!?」
しっかりとシリアとルナの驚愕の声が重なった。
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