2.王城にて、全員集合
「な、なんで、なんで師匠が!?」
「え?師匠って……」
シリアの叫びにも似た声に釣られるようにルナはその女性に目を向ける。
「アイリ、様?」
そして、ルナも彼女には既視感があった。確かめるように名前を呼ぶとその女性はパッと顔を明るくして寄ってくる。
「あらー、ルナちゃん!一年ぶりくらいかしら、見ない間に大きくなったわねぇ」
「えっと、アイリ様ですよね?」
「ええそうよ。というか様付けはいらないって前にも言ったでしょ?」
「で、ですが……」
ルナは混乱していた。
実はエネリアでアイリの名前が教団を名乗る男達から出た瞬間、まさかと思ったのだが、シリアの口から名前が違う人が出たので全くの別人だと思い込んでいたのだ。
それが本当にシリアの師匠であった。それはつまり男達の言っていた仇の女性は目の前のアイリである可能性が高い、しかしそれだとシリアの言っていた名前と違うのは何故か。
(……???)
ルナはやっぱり混乱していた。
そんな彼女をよそにシリアとアイリ、そしてマロンは会話をしていた。
「アイリ様はえっと、シリア、さんと知り合いなんですか?」
「そうね。知り合いというか一時期面倒を見ていたというか」
「面倒?面倒ってなんですか?」
アイリはシリアとの出会いから別れまでを簡単に説明する。シリアもその説明を聞いて改めて目の前にいるのが、自身に生きる術を教えてくれた相手であることを再認識することになる。
「本当に師匠なんですね……?」
「本当も何も、貴女があの時の泣き虫なシリアちゃんならその通りだけど」
「……泣き虫?」
その言葉に反応したのは疑問符に思考を支配されていたルナだった。その単語はルナから見たシリアには似合わなさすぎる言葉だったからだ。
そして、それを聞いたシリアはハッとなると明らかに慌て始めた。
「し、師匠!ちょ、ちょっとその話は!?」
「あら?話してないの?いつも修行中に──」
「あ、あっ、こんなところでずっと話しているのもなんですし、一度お城の方に行きましょう!ね?ジエンさんやカエンさんも待ってると思いますし!」
それはどう見ても苦しい誤魔化しだったが、アイリは何か使えると思ったのかニヤリと笑うと素直にシリアの言葉に頷いた。
「そうね、後でゆっくりお話ししましょうか。こんな城の入り口で立ち止まっていてもしょうがないし」
泣き虫が何か聞きたいという表情を隠せないルナに、アイリはこっそりとウィンクを返した。後程話してくれるつもりなのか、ルナはそう解釈して今は大人しくすることにした。
それに確かに城の入り口でずっと溜まっているわけにもいかない。仮にもこの国の王女やら、王子の婚約者だとかいるのだ。別に怪しい事をしているわけではないが何かと目につく可能性もある。
「そういえば元はと言えば、戻るのが遅いマロンちゃんを見に来たんだったわ」
「そ、そうでした。私、皆さんを呼びに来たのですわ!さ、行きましょう!」
シリアは内心ホッと安堵の息をついた。知られたくない過去もあるのだ。ただ、それは後程バラされることになるのだが。
とにもかくにもそんな一行はやっとのことで城の中に入っていった。
*****
「急に帰国させてすまなかったな」
「ええ、せめて理由を書いていてくれても良かったのではないかと思いますが」
カエンが少し恨めし気に言うとジエンは少し表情を曇らしてながらも苦笑して答えた。
「黙っていた方が面白い、とこの妻が言うのでな……」
「フフフ、驚いたでしょ?」
カエンはそう言って笑うティアナに同じく笑いながら返す。
「変わらないようで何よりです、お母様」
王城の玉座の間にシリア含め関係者が全員集まっていた。
シリアはジエンの横に立っている女性に目を向けていた。それを察したのかジエンが紹介する。
「シリアは初めてになるな。妻のティアナだ」
「初めまして。挨拶が遅れてごめんなさいね」
ティアナと呼ばれた女性は一歩前に出ると優雅にカーテシーを決める。彼女はルナと同じく綺麗な短い金髪に豪華な装飾のついたドレスを着ていた。
「あ、う、し、シリアです。えっと……」
突然、ルナの母親である彼女と出会ったシリアは困惑と緊張からかしどろもどろに挨拶を返す。それを受けてティアナは柔らかく笑った。
「ふふ、そんなに硬くならないで。それよりも……」
「……?」
「本当に貴女が私の娘の婚約者なのかしら」
ティアナは直球で捻じ込んできた。その言葉にハッとなったのはルナだ。
実はティアナは娘の婚約者が少女であることを既に知っていた。マロンがいない時にジエンから聞いていたのだ。
さて、そう尋ねられたシリアは一瞬たじろいたものの、すぐにキリッと真っすぐに目を向けると堂々と答えた。
「はい。ルナの婚約者です」
「へー、ふーん……本当なのねぇ」
次にティアナが視線を向けたのは娘であるルナであったが、彼女はそれに気づかずハッキリと答えたシリアに熱のある瞳を向けているようだった。
「……まあ、そう、ちょっと私も混乱しているんだけど、シリアちゃんの事は大体聞いているし、それに色々とルナの為に頑張ってくれたのよね。後でちゃんとお礼はするけどまずはありがとう」
シリアはそう言われて頭を下げた。ひとまず義母からの評判は悪くはないようでホッとしていた。そのままティアナはルナに優しい眼差しを向けて言う。
「それに可愛い娘がちゃんと選んだ相手なら私から言う事は何もないわ」
「お母様……」
ルナが目を向けるとティアナはニコッと微笑んだ。ルナにとっては久しぶりに会う母親で今すぐにでも近くに寄りたいところだったが、周りには人がいるし、何よりシリアに母親に甘える自分を見せたくないという、よくわからない強がりのせいでただウズウズすることしか出来なかった。
「それで、一つ聞きたいことがあるのですが」
その場にカエンの声が響くと、玉座の間にいる全員の視線が向く。
「どうして急いで私達を帰国させる必要があったのでしょうか?」
ジエンはそれを聞くと説明を始めた。
「元々帰ってきたのがティアナとマロンだけだったらゆっくり祭りを楽しんでもらってよかったのだが、アイリ殿も一緒に帰ってきたのでな」
「は、はぁ……?」
カエンやシリア、ルナもどういうことだろうかと首を傾げる。
「実はアイリ殿の提案があってな、それの為に出来るだけ早く準備をしたいと思って手紙を出したのだ」
「提案?」
シリアがアイリを見ると楽し気な表情を作っている。そしてその表情の意図を次のジエンの言葉で知ることになった。
「うむ、アイリ殿がまたこの国を出て行く前にお主らの結婚式を見たいと言うのでな」
「……は?」
それを聞いたシリアは、ポカンとした表情で一言返すので精一杯であった。
「ど、どういうことですか師匠!?」
それからしばらくして、 王城の用意された一室にシリアとアイリの姿があった。ルナとカエンは家族水入らずの時間をということで久しぶりに母であるティアナと時間を過ごすという事で今は別室だ。
「どういうことって、まあ聞いたままに私が言ったんだけどさ」
「い、言ったって……何をどう言ったんですか」
「いや、私もそんなにこの国に長居する予定じゃないからさ、どうせなら二人の結婚式でも見たいなーってポロッと言っちゃったのよ」
「えぇ……」
それを受け入れる方もどうだろうかとシリアは呆れた声を出した。ちなみにカエンとマロンは過去に盛大に式を挙げたらしい。
「だって、ルナはまだ13歳ですし、いくら何でも早いじゃないですか!」
「そういうのに年齢は関係ないでしょう?第一ルナちゃんがやりたがったらどうするの」
「そ、その時は、まぁ、はい……」
「あらー、本当に惚れてるのね!初々しいわぁ」
揶揄う様なアイリの言葉にシリアは顔を真っ赤にして睨みつけた。そして半分暴走して捲し立てる。
「そ、そうですよ!こっちだって出会い方はちょっと特殊な状況で最初は困惑しかなかったですけど、好きになっちゃったんだからしょうがないじゃないですか!」
早口で捲し立ててもアイリはニコニコ笑うばかりで、何だか馬鹿にされているような気がしたシリアだったが、この人には昔から敵わないことを思い出してため息をついた。
「それよりも師匠、一つ聞きたいことがあるんですが」
「なに?」
「ルナと隣国のお祭りに行ってたことは知ってるんですよね?」
「えぇ、知ってるわよ」
コクリとアイリが頷いたのを確認してシリアは続ける。
「その祭り会場で師匠に恨みがあるっていう謎の教団に私やルナが襲われたんですが」
「へー、倒したの?」
「援軍が来てくれて何とか……ってそうじゃなくて!その教団に心当たりとかないんですか!?」
「うーん、旅をしている時に何か怪しい事をしている教団とか団体は何個か潰したからそれ関係かなぁ」
「何やってるんですか……」
昔から滅茶苦茶な人だという認識であったが、別れてからもやらかしているらしい。それを今更聞いてもシリアはあまり驚かない。アイリはそういう女性だ。
「でもねぇ、無理矢理攫ってきた人間を人体実験してますーってそんな奴ら生きてたらあれじゃない?」
「そ、それはそうですけど……」
「まぁまぁ、終わったことだからいいじゃない。無事だったんだし」
結局そう言われると、シリアはどうしようもなかった。別に謝って欲しいとかそういうわけではなく、本当にアイリ関係だったのか知りたかっただけなのだ。結局確証は得られず、さらに名前が違うことも指摘したがそこも軽くはぐらかされてしまった。
不完全燃焼で何だか納得のいかないシリアであったが、アイリはそんな彼女を気にしてもいないように席から立ち上がった。
「さて、しばらくグリード家の皆さんはしばらく歓談でしょうし」
アイリはそのままぐいーっと大きく伸びをした。そして何か楽しそうな事を思いついた子供の様な表情をしている彼女を見て、シリアは何となく嫌な予感がした。
「別れてからどれくらい成長したか見てあげる。表出なさい」
「……うわ」
その時のアイリの顔は昔、地獄の様な訓練を課すときの楽しそうな師匠の顔であった。
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