16.後の祭り
カエンは珍しく焦りを隠せなかった。
(何でそんなに怒っているんだ……!?)
ルナは表情には出していないものの、雰囲気だけで相当に怒り心頭なことだけは丸わかりだった。
シリアも急に何か雰囲気が変わってしまったルナに困惑しながらもカエンに尋ねる。
「そ、それで何があったんですか」
「あ、ああ……」
ルナが怒るということは本当に珍しいことだ。彼女はいつだって温厚で何かあったとしても感情を出すことはしない。
そんな彼女が怒っている。
「ルナ、えっと何か怒ってる……?」
「怒ってないです。別に邪魔されたことに怒ってないです」
(それは怒ってるって言ってるもんじゃ……)
ルナ以外の二名はそう思わずにはいられなかったが、それを指摘する勇気もなかった。
シリアだってルナとの団欒の時間が削られるのは嫌でもあったが、ただカエンが興味本位に彼女らの部屋に訪れたことでないことは雰囲気からわかっている。
「ねえ、ほら。話があるみたいだし。それが終わってからも時間はあるよ」
「ううー……シリアは私と二人っきりで過ごしたくないんですか?」
「え?いや、それは、そうしたいけど……」
「だったらいいじゃないですか、兄さんの話は明日でも」
「る、ルナ?」
そこでシリアはどこかルナの様子がおかしいことに気が付いた。思えば普段の彼女がこういう風に怒るということから珍しいが、今回のそれはどこか既視感があった。
「お前……また酔っているのか?兄さんだなんて久しぶりに聞いたぞ……」
その答えを導きだしたのは意外そうな表情でルナを見るカエンだった。彼は意外そうな表情になり、その目線をシリアに向ける。
(また飲んだのか?)
(いやいやいや、そんなわけないです!)
目線同士だけでそんな会話を繰り広げていたが、ふとシリアの視界に一つの半分ほど食べられたケーキが目についた。それの入っている容器には少しだけわかりにくい位置に『果実酒使用』と書かれていた。
「こ、これか!」
シリアは慌ててそれを一切れ口に運んでみる。割と含まれている量は多いようで果実酒特有の香りが口の中で広がった。
「さぁ、兄さんは部屋に戻ってください。私はシリアと二人っきりで過ごしたいんですから。話は明日ゆっくり聞きますので。聞きますので!」
「い、いやしかしな……」
カエンだって急とは言わないが知らせないといけない話を持ってきた身である。酔っているルナの勢いに負けて後回しにも出来ない。
「ま、待ってください……」
「ん?」
しかし、そんな時に小声でシリアがカエンに話しかける。
「一度部屋を出ましょう……」
「だが、そうしたら……」
カエンが何か言う前にシリアは次にルナに顔を向ける。
「ルナ、ごめん。ちょっとお花つんでくるよ」
「……え?うーん、それなら出来るだけ早く帰ってきてくださいね。一人じゃ寂しいので」
「は、はい、急ぎます……」
素面なら絶対に顔を赤らめるような素直過ぎる言葉に若干押されながらもシリアはカエンを促しながら部屋の外に出ていった。
「とりあえず話を聞きます。ああなっちゃうとルナはあまり話を聞かないので」
「気遣わせてすまん。まさかあんな状態になっているとは……」
「私も油断してました。まさかケーキにお酒が入ってるなんて」
「今までも料理にお酒が使われる物もあったが、あそこまではならなかったぞ」
思った以上にお酒の占める割合が多かったのか、それとも別に何か要因があったのか。シリアにはわからなかったが、それよりも先にカエンから話を聞くことが優先だった。
「それで一体どうしたんですか?」
「あ、ああ、そうだった。急で悪いが明日にこの国を出ることになった」
「え?帰るんですか!?」
「ああ、そういうことになる」
急に、というわけではないが明日まで祭りはあるというのに帰国とは随分と慌てることになるだろう。
「何かあったんですか。あ、もしかして今日の事を受けて?」
「いや、今日の事は急ぎで手紙を出したが、着くのは早くても明日の朝だろう。ちょうどそれと入れ違いで手紙が父上から届いたんだ」
「帰ってくるようにって、ですか?」
カエンは頷く。
「何故か理由は書いてないんだが……とにかく今からルタート殿には説明をするつもりだが、その準備だけはしておいて欲しいと思ってな」
それでそのことをルナにも説明して欲しいということは言わずとも伝わった。
「そんなわけで少し大変そうだが、頼んだぞ」
「まぁ、はい。伝える努力はします」
お互いともに小さく苦笑する。シリアは話も聞いたのでいつまでもルナを待たせられないと部屋に戻ろうと、そうした所をカエンに呼び止められた。
「酔っている時のあいつは素直になる。随分と仲睦まじいようで良かったよ」
「……そ、それはどうも」
妹を心配していた兄の言葉にシリアは少し顔を熱くしながら急いで部屋の中に戻っていった。
*****
「あ、遅いですよぉ。ほら早く来てください」
ルナはソファーに座りながら自身の隣をポンポンと叩く。随分とご機嫌な様子だ。
「げ、あれ食べ切ったの……」
テーブルを見ると果実酒の入ったケーキがなくなっていた。どうやら随分と気に入っていたらしい。
「えへへ」
シリアが隣に座るとコテンと頭を預けてくる。寧ろここまで思いっきり甘えてくれれば恥ずかしさとかはない。ただシリアにとって気になるのはルナがこの事を覚えているということだ。
(また頭を抱える結果にならなければいいけど……)
祭りの初日に酔ってしまったルナはその次の日、酷く悶えていた。今回だってこれからの行動でそうなってしまうことになる可能性はある。
しかし、それよりも先に伝えなければいけないことがある。
「あのさ、ルナ」
「はぁい、なんですか?」
少し甘さが加えられた声に言いずらさを感じたが、言わないわけにはいかない。
「急なんだけど、明日帰ることになったみたいなんだ」
「え?嫌です」
おう……とシリアは面食らった。まさかきっぱりすっぱり嫌がるとは思ってもいなかった。
「い、嫌って言っても決まったことだし……」
「嫌です。祭りは明日まであるんですから」
「る、ルナぁ……」
それからは非常に苦労とルナの無意識な誘惑に近い甘え方に絆されそうになりながらもシリアは何とか伝えたいことを伝えて、結局ルナを寝かすことに成功した。
そして次の日の朝。
「賊の件は大変失礼した。ジエン殿にはこの手紙を渡してくれ」
「こちらこそ、緊急で帰国することになり申し訳ありません」
ルタートとカエンが話している。早朝に帰ると話していたからか城の人達も大勢で見送りに出てきてくれていた。
「シリア殿にも迷惑を掛けた」
「いえ、元はと言えば悪いのは賊ですし、しょうがありません」
フィーユが出国の準備が整ったことを伝えに来る。
「それではルタート殿、またいずれお会いできる時をお待ちしています」
「うむ、くれぐれも道中には気を付けてくれ」
「はい、それでは」
カエンとシリアはそれぞれ頭を下げる。そして最後にルタートが口を開いた。
「ところで、そちらのお姫様の姿が見えないのだが……」
「……えっと、すいません。ちょっと色々あって馬車に引きこもってしまって」
「う、うむ?」
「妹はまたお会いした時に今回のお礼も兼ねて挨拶させるので……」
「あ、ああ、それは構わないのだが。やはり賊の件で何か嫌な思いをしたのではないか?」
シリアは慌てて首を振った。
「いや、そういうわけでは決してないので!本当に!」
「ならいいのだが……」
少し最後に引っ掛かりがあったがなんだかんだでシリア達一行はエネリアの国を後にした。
シリアは来る時と同じ馬車。ルナと二人きりのそこに乗り込んで横で丸まって悶えているルナの背中を慰めるように軽く撫でていた。
第四章終わりです。お付き合い頂きありがとうございました!
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次の投稿予定は12/7を予定しております。どうぞよろしくお願いいたします!




