5.師との出会い
シリアの生い立ち、といっても幼少の頃は殆ど覚えていない。気が付けば辺境の小さな国の孤児院にいた。両親の顔も親戚がいるのかもわからない。
そこでシリアは育った。豊かな国ではなく治安もそこまで良くないせいか、暴力や窃盗は横行し警備も機能していない。そんなところで日々を過ごしていた。
シリアのいた孤児院は貧しく、そのおかげで荒くれ者に目を付けられることがなかったのは幸運だったが生活は苦しい。
(いつかこの国を出るんだ)
常に空腹で満足に食事を摂ることもできない彼女はいつもそう思っていた。こんな国よりももっと良い国に行き、そこに幸福を見出そうとしていたのだ。
だから彼女は木の棒を握った。
(強くならなければならない)
別に他の国に行くだけならそれは必要なかったかもしれない。だが、彼女はわかっていた。何かに秀でていないと何もできないことを。
彼女に教養はない。魔法の才能もない。他に何か抜きんでた特技を持っているわけではない。そもそも日々を生き抜くだけでも精一杯なぐらいなのだ。
そんな彼女に出来ることは身体を鍛え、木の棒を振り、強くなることしか目になかった。
そんな彼女が国を出たのが8歳の頃になる。満足な食事もない状態だ。鍛えたところで筋肉が上手くつくわけではなかったが、決してそれは無駄ではなく同年代の中では一番大人びていて強かった。
だから別の国へ行く馬車になけなしの金を払い乗り込んだ。現状からの脱出である。それが彼女にとっての始まりとなった。
「ではその剣技や力は独学で取得したのですか?」
話の途中で騎士が割って入った。シリアは15歳とは思えない程の力と剣技を持っている。それを一人で学んだと言えばそれは立派な才能で有り、実力だ。
しかし、彼女は首を横に振った。
「初めて国を出たその日、師に出会ったんです」
初めて国を離れたその日。隣の国へ向かう馬車には様々な人間が乗っていた。商いをするために移動する者、単純に旅行する者、他の国への乗り継ぎのため乗った者。少なくともシリアの年齢で現状打破すべく乗り込んだ人間はいないようであった。
整備されていない山道はそのまま衝撃として伝わり痛みになる。隣の国は近いとはいえあと数時間この状態は辛かった。
それでもあの荒廃しているともいえる国から出られただけでもまだ小さい彼女にとっては大きな成果でもある。
馬車に乗り合っている何人かはまだ幼い彼女のことが僅かに気になっていたようだが変な事情の詮索をするつもりはないらしく、絡んではこなかった。
ただずっと馬車の中が無言というわけでもない。今日初めてあった同士でも気が合えば話し込む。やれ商売の話だ、どこどこで抗争があっただの、特に自分に必要な情報かわからないがやることもないシリアをそれを横耳に聞いていた。
その瞬間だった。
「う、わっ」
馬車が急に動きを止めた。速さは出ていなかったものの、その反動は大きく座っていた彼女は思わず前のめりに倒れそうになるほどだった。
「なんだ……?」
男の一人が呟いた。急に停車するにせよ止まる時は一声かけるのがマナーでもある。つまり、それが出来ない状況が外で生まれていたのだ。
「抵抗するな!そのまま大人しくしていろ!」
男の少し濁った大声が響いた。
「我々はこの周辺を根城にしている山賊だ!大人しくしていないと命の保証はないぞ!!」
馬車の中に響く声に全員が戦慄した。
(何て幸先の悪い……!)
シリアは震える身体を抑えていた。山賊は確かにどこにでもいるし、その被害の話を聞いたことがあるがまさかそれに自分があたるなんて、思ってもいなかったのだ。
「くそっ」
男の一人が憎々し気に声を出す。腰には護身用の短剣を持っているが山賊相手では飾りにしかならないだろう。シリアも身体を鍛えてきたつもりではあるが丸腰だ。剣を買うお金など用意できるはずはなかった。
そんな風に乗客が混乱していると乱暴に馬車の後ろの幕が切り開かれた。
「ひっ」
悲鳴を上げたのは中年の婦人だった。それもそのはず、幕から見えるだけでも賊は5人いる。周りにもいると考えれば10人以上は確定だろう。
その賊たちは下卑た薄ら笑いを浮かべながら乗客を品定めしているようだった。
「不運だったな……何、抵抗さえしなければ命はとらん。さあ外に出ろ」
恐らく隊長格の男だろう。乱雑な格好に似合っている斧で外を示した。
シリア含め乗客はどうしようもなく馬車を降りて地面に膝をつかされるとそのまま手を頭の上で組むように指示をされ、それにも従う。
賊の何人かは馬車に乗り込むとその荷物を漁っているようだった。そしてシリアがこっそり周りを見れば馬車の持ち主も離れた場所で膝をついている。
「最近は俺らも不景気でな。悪いが色々と譲ってもらうぜ」
それは強奪だ。と誰もが言えない。口答えと自分の命を引き換えにするつもりはなかった。
誰しもが抵抗するのを諦め、せめて命だけは助かろうとそう考えていた。そうある一人を除いて。
(…………)
シリアは自分が怖いほどに落ち着いていることを実感していた。先程までは震えていた身体も、今ではシンと静寂に包まれている。そしてシリアの視線は横に座る男の腰にこっそり向いていた。
(あれを、使えば……)
何故か没収されていない男の短剣。粗雑な物だから価値がない物と思われたのか、もしくは気が付いていないのか、とにかくすぐ近くに得物がある状況なのだ。
狙うなら隊長格、さっき声を張り上げていた男だ。彼は荷物を漁っている賊と違い、乗客に狙いがあるようだった。
それは勿論売るためにである。
「ほうほう」
その男はシリアを見つけると目を細め近づいてくる。誰しもが気の毒に思った。狙いをつけられたのだ。
「このガキの親はいるか?」
周りを見渡してそう言うが誰も名乗り出ない。それを確認してニヤリと男は笑う。
「子供の女はよく売れるんだ。特に身寄りのない奴はな」
グイッと力強く細腕を掴まれ強制的に立たされる。シリアはわかっていた。こうなった状況で一番価値のある人間は若い女だと。周りにいるのは男か中年の婦人なのだ。一番弱くて一番金になるシリアが狙われるのは必然だった。
だが、山賊がシリアを狙うように、シリアもまた、それを狙っていた。
「ぐっ!?」
腕を掴んで立ち上がらせられたその瞬間、もう一方の自由な手で男の腕を掴み返すとそのまま横に回転するような勢いで強烈に足払いをした。
例えば男がそれに警戒をしていればそれは簡単に防がれたはずだった。しかし年端もいかない少女がそれをするとは微塵も思っておらずただの獲物だと考えていた男は実に呆気なく地面に倒された。
「このくそが……」
男の言葉はそこで止まっていた。そしてその喉元には短剣が突き刺さっていた。
「あ、あ、が……?」
ゴブッ、と男は血を吐くと目を見開いたまま動かなくなった恐らく何もわからず死んだのだろう。そして短剣を持っていた男も驚いていた。いつの間にか腰から抜かれていたのだ。
「ふっ、ふっ……」
シリアは身体が燃えるほど熱を出していることを感じていた。それは興奮か恐怖なのか。小さな、しかし鋭い牙を持った獣が解き放たれたのは事実だった。
短剣はまだ使う。何が起こったのかわからない賊を殺すのに必要なのだ。喉元からそれを抜く。
「て、てめぇ!!」
漸く我に返った賊は斧を振り上げて向かってくる。捕まり奴隷に堕ちるぐらいならここで死ぬ。他の命さえ助かればと思っていた乗客には悪いが、シリアは最期まであがくつもりであった。
だが、その必要はここでなくなった。
「いがっ!?」
シリアにいの一番に飛び掛かってきた山賊は変な絶叫を上げて何かにこけるように倒れ込んだ。
「え?」
その男の頭には深々とナイフが突き立っていたのである。
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