15.照れさせ愛、食べさせ愛(後編)
ルナはシリアの思いきった行動に面食らって固まった。まさか反撃の手が来るとは想像もしていなかったのだ。
しかし、シリアも自分で選んだ料理を差し出しながら、若干ながら顔を赤くしていた。
「あー、結構恥ずかしいんだねこれ……」
「え、ええ……そうだと、思います」
恥ずかしいのはルナだって先に実感したばかりだ。単純に仲の良い友人に悪ふざけでするそれとはわけが違う。
しかし、だからといってシリアも今更怖じ気つくわけにはいかず、手を引くわけにはいかなかった。
「だから、出来れば早く食べて貰えると嬉しいなぁって」
「た、食べないといけないんですか」
「ルナだってやったじゃん」
「それはそうですが……」
お返しのつもりか。とルナはほんの少しだけシリアをジトっと睨んだが差し出されたそのフォークは確固たる意思を持ち退きそうにもない。
「じゃ、じゃあ、頂きます……」
「ど、どうぞ」
お互いに緊張しながらもついにルナは諦めて小さな口を開ける。
「あ、あーん」
シリアのその掛け声にルナの精神上で恥ずかしさがさらに募る。ついでに心の中で「それは言ってないです!!」と突っ込んだが生憎その思いは届かなかった。
「んっ」
そんなこんなで時間は若干掛かったがルナも何とか口に料理を含むことが出来た。しかし、作った人には大変申し訳ないが緊張しすぎかあまり味はわからなかった。
「美味しい?」
「え、ええ、とっても……美味しいです」
ルナは小さな嘘をつく。確かに美味しいはずなのだがそれよりも心臓の音がむかつく程にうるさい。
そして、それを静めなくてはならない。そう思ったルナはフォークを握り込んだ。
そして、宣告するように言う。
「つ、次はまた私の番ですよね!」
「……え?」
何故そこでやり返してしまったのか。果たしてこれはやり返すとかそういう話なのか。珍しく冷静さを欠かいたルナのその行動のおかげで、結局は散々シリアと食べさせあうことになってしまうことになった。
「つ、次はこれをどうぞっ……」
「じゃ、じゃあルナにはこれ」
「こ、これも美味しそうですよ。は、はいどうぞ」
「こっちも、ルナはこういうの好きだよね?」
そして、そんな鍔迫り合いはしばらく続き……
「た、食べましたね……」
「そ、そうだね」
フィーユが買ってきてくれた屋台料理はその大体がシリアとルナの胃袋に収まっていた。彼女ら二人は確かによく食べ、既に満腹に近い筈なのだが、それよりも恥ずかしさや照れのせいで何だかよくわからない心情に陥っていた。
「デザート、あるけど」
「それは普通に食べましょうか……」
「……そうだね」
果物の盛り合わせからクリームを包んだパイやケーキなどその種類も一段と豊富だ。デザートは別腹とよくいうが、シリアもルナも例に漏れずそれらを前にして満腹感は鳴りを潜めていた。
「やはり豊穣祭とあって、果物も新鮮で美味しいですねぇ」
「んん、瑞々しくてすっごく甘い!」
豊穣祭では取れたての肉だとか野菜も絶賛されるが、やはり何よりもこうした果物の類は群を抜いて評判が良い。取れたてに近いそれは果汁も豊富で食感も素晴らしい。
「そしてこっちはクリームパイかぁ」
「どうしたんですか?」
そんな食後のデザートを楽しんでいたときシリアがクリームパイを見ながら感慨深そうに呟いた。
「いやさ、こういう甘い物って高価だからあんまり食べたことないんだよね」
「そうなんですか?」
うん、とシリアは頷いて再度たっぷりクリームが掛かったパイを見ていた。
知っての通りかつての彼女は貧困を極めた生活をしつつ旅をしていた身だ。余裕のない懐では甘い菓子類を買うということは至難である。砂糖単品にしても非常に高価で、さらにそれを使った料理なんかには手を出すことも不可能だった。
ブレナークでルナ今の関係になってからは砂糖菓子を食べることはあったが、今目の前にあるように砂糖をふんだんに使った物は中々お目にかかることはなかった。
「それじゃあ今日は好きなだけ食べれますね」
「んー、何だか贅沢過ぎて私には勿体ない気がするけど」
「せっかくのお祭りですし、こういった時ぐらいは好きなように食べても罰はあたりませんよ」
ルナはそう言ってパイを綺麗に切り分ける。慣れたように切り分ける所作を見ているとルナはどうやら食べ慣れているらしく、何となくシリアはそこに謎の差を感じていた。
(まあ、そういうことを気にしてもしょうがないか)
シリアだって今はルナと一緒だ。些細な違いだって一つずつ埋めていけばいい。ルナが切り分けたパイを受け取りながらそんな決心を固める彼女であった。
「うわ、凄いねぇ」
パイの中にはたっぷりとクリームが詰まっていた。間違いなく高価だろうとシリアは再度金銭的思考に陥ったが、ルナ曰くこの豊穣祭では屋台での料理は一般的な国民にも広く食べて貰うためいつもよりも安く提供されているらしい。なので、このクリームパイも確かにお金は掛かっているだろうが値段自体は破格になっているはずとのことだった。
「豊穣祭っていうのはそういう祭りなんです。流石にこのパイの正確な値段はフィーユに聞かないとわからないですが……」
「へぇ。何だかいいねそういうの。皆が安くで高級な物を食べれるって」
「また次の豊穣祭まで一丸となって頑張ろうっていう意味もありますからね」
国が多額の出資をして国民の負担を減らして無礼講とも思える祭りを開き、次の祭りへの出発点とする。そうしてこの国は歩んできた。とルナは綴る。
「私達も国民の皆さんと一緒にずっと栄えていきたいですね」
「……皆がいればきっと大丈夫、だと思うよ」
ジエンやカエン、勿論ルナも含めてシリアから見れば国や民にしっかりと目を向けていると思う。少なくとも今まで巡ってきた国の中であまりにも酷い例を見てきたシリアにとってはそう感じていた。
「……そうですね。シリアの事も頼りにしてますから」
「う、うーん、まだ自信はないけど頑張るよ」
「ふふ、それじゃ頂きましょうか」
ほんの少しだけしんみりとした空気を打ち消すようにルナは促す。シリアはそれを聞いて慎重にフォークで一口大に切ったパイを口に運ぶ。
そして
「~~っ!」
その滅多に味わえない甘さに目を見開いていた。思っていたよりもずっと甘いそれは口の中で蕩け広がっていく。
「う~ん、甘い!美味しい!」
「パイとクリームのバランスがいいですね。パイを売る店は沢山出てると思うんですけどフィーユはどうやってこのお店を見つけたのでしょう?」
「運が良かったんじゃない?」
シリアの受け答えはだいぶ適当になっていた。それぐらい目の前のパイに舌鼓を打っていたのだ。夢中になってしまうほど。
そしてルナはその答え方にちょっとムッとした。別にパイに嫉妬したわけでは決してない。はずだ。
「あ」
そんなルナはシリアの油断を見つけた。あまりにも夢中に食べているせいか唇の片隅にクリームが付きっ放しなのだ。
それを指摘しようとして、止める。単純に言ってしまえば舌か手で拭ってそれで終わってしまう。
(……さっきはやり返されちゃいましたから、これはお返しです)
「シリア」
「うぇ?」
ルナが呼ぶとシリアは顔を向ける。何で呼ばれたのかわからないのか疑問符を浮かべている彼女に対してルナは自分がいまからやろうと思っていることを意識したのか徐々に心拍の速さが上がっていくのを感じていた。
「あ、あの、つ、つつつ……」
「つ?」
何をしようとしているのか。それは当たり前だがルナ自身が一番わかっていて、だからこそ勇気が必要過ぎた。
それは絶対に彼女が日頃やるようなことでは決してない。それがわかっているだけにルナはドクンドクンと煩い心臓の音を必死に押さえつけながら隣に座るシリアに人差し指を伸ばしていた。
「つい、ついてます、よっ」
それは完全な不意打ちで、呆気に取られていたシリアは細い綺麗な人差し指が唇に触れてもただ呆然としていた。
「ん、ぅ」
そしてルナは自分が羞恥に支配されきる前にクリームがついた指を口に咥え込んだ。
「…………あえ」
それをガッツリと視界におさめたシリアから出た言葉はたった二文字だった。そして何が起こったのかわからない動揺する瞳をルナに向けながら完璧に固まっていた。
彼女を呆気に取らせた、という意味ではその不意打ちは成功したと言えるだろう。しかし、それは諸刃すぎる剣だった。
「あ、あぅぅ……」
猪突猛進の精神で何とかやり遂げたルナだったが、次に押し寄せるのはその場から走って逃げたくなるような羞恥心だ。顔が燃えるように火照っているにが嫌でもわかる。きっと顔も酷く赤いに違いない。
しかし、今ここで羞恥に負けて顔を伏せるわけにはいかない。
「え、えっと、クリーム、ついてました……」
「あ、あ……ありが、とう」
そして次に顔を真っ赤に染めるのはシリアだった。何でルナがいきなりそんなことをしてきたのかまったく理解が追い付いておらず、自分の唇についていたクリームをルナが食べたという事実だけが彼女の脳内を駆け巡る。
「シリアの方が年上なんですから……行儀よくしないとダメですよ?」
「あ、う、き、気を付けます……」
言いながらシリアは益々顔を赤くしていく。ルナも自分の行動に対してかなりやられていたが、思っていた以上に普段見れない(恐らく)照れているシリアを引き出すことが出来た。
そして珍しく押され気味になっているシリアに対して優位となったルナは少しだけ精神的な余裕は生まれたのか何故か心の中で勝ち誇っていた。いつから勝負になったのかはひとまじ置いておいて。
しかし、悲しいことにルナは先程の件を学習していなかった。たったさっきやったことをそのままカウンターされたことを。
「ルナ」
「はい?」
そしてもう一つ、自分の頬にもいつの間にかクリームがついていることにも気づいていなかった。
「ルナにだって、ついてるよ」
「ふえ?」
ルナは肩をガシッと掴まれた。驚いて目を見開いたその視界にはやっぱり顔を真っ赤にしたシリアが映っている。その目は何だか血迷っていてルナは困惑していた。
「あ、あの、シリア?」
シリアは何だかんだ負けず嫌いだ。何度もいうが別にルナと戦っているわけでもないというのに、このまま自分だけがルナの甘い行動にやられて赤面しているのは気に食わなかった。
だから、ルナの頬にクリームがついているのを見て彼女は思い切った行動に出た。
「頬にクリーム」
「えっ、あ、と、取りますから!じ、自分で」
「い、いいよ。私が、取るから……!」
ルナはシリアが何をしようとしているのか察してすぐに自分で拭い取ろうとした。しかしシリアが肩を強く掴み顔を近づけているせいか手を上げることは叶わなかった。
そしてルナの肩から力が抜けていくのを確認したシリアはそのままゆっくりと指、ではなく顔を近づけていく。流石のルナもそれには再び慌てざるを得ない。
「ま、待ってくださいっ、流石にそれ、は……!」
「ううん、待たない」
仕掛けてきたのはルナでしょ?という意を含んだ答えにルナは押し黙ってしまう。
そのままシリアはゆっくり、ゆっくりとクリームに向けて口を近づけていく。ルナは小さく震えながらもどうしようもないとわかったのかギュッと目を閉じて待ち構えることしかできなかった。
(シリアの息が、近い……!)
緊張しているのはお互い様だ。しかし仕掛けた以上シリアは今更冗談でしたと誤魔化せないし、ルナもルナで元より拒絶する意思なんてものはなくジッと待つ。
ゆっくりと、じわじわと距離が縮み困っていく。
(まさか、こんな形でキスなんて……!)
接吻の落とされ場所は頬だろうが、ルナにとってはそれでも刺激が大きすぎる。
(お願い、落ち着いて、落ち着いて……!)
身体がフルフルと震えている。これは緊張か期待なのか、それは彼女自身にもわからなかった。
そして、遂に二人の距離が限りなく狭くなった──
その時だった。
「すまん、今大丈夫か?」
ノック音と共にカエンの声が扉越しに聞こえ……
『ひゃあああああっ!?!??!』
二人はほぼ同時に飛び上がった。
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次回更新は11/30を予定しております。
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