14.照れさせ愛、食べさせ愛(前編)
何でこうなったんだろうとシリアは内心嘆きながらも自分に向けられたフォークを動揺した様子で見つめていた。
フォークを握っているのは最愛の相手でもあるルナだが、彼女もまたあまり落ち着かない様子だった。
「ど、どうぞっ……」
無論、ルナは乱心してシリアにフォークだけを向けているわけではない。そのフォークの先には一口サイズに切られた肉が刺さっていた。
(むむむ……)
シリアはそれを前にしながら、少し現実逃避気味にここまでの経緯を思い出していた……
*****
ルナは内心悟られないようにしながらも、焦りに近い感情をずっと溜め込んでいた。
(いつも私は助けてもらってばかりで迷惑を……)
シリアと出会って彼女の運命は随分と変わった。その先にあるものが良いか悪いかなんて今は神様ぐらいにしかわからないだろうが、少なくともルナにとっては確かな幸せを少しずつ感じているのは間違いではない。
(何かお返ししたいのに、私には何もない)
ルナは戦えなかった。シリアやフィーユのように得物を持つことも出来ないし、魔法を扱うことは出来るが彼女のそれは攻撃には全く適していないものだった。
「ルナ?」
ルナの得意とするのは治癒の魔法である。それは怪我や病気などに対して癒しの力を持つものだ。
元々、他者を傷つけることを嫌い、また困っている人を見過ごすことが出来ないルナにとってその魔法はぴったりであり、彼女もそれを喜んで受け入れていた。
「ね、ねぇ?」
ただ、それをシリアに対して使うことはいまだになかった。勿論彼女に傷ついて欲しいと思っているわけでは断じてないし、治癒の魔法を使う事態は起こって欲しくないと思っている。
それでも──
「ルナってば!」
「ひゃあわい!?」
シリアの慌てた声でルナは素っ頓狂な声を上げて小さく飛び上がった。慌てて見るとテーブルの向かいに座っているシリアが心配そうに見つめていた。
「あ、えっと、ど、どうしました?」
「どうしましたって……さっきからボーっとしてたから、どうしたのかなって」
折角フィーユが買ってきてくれたのに、とシリアはテーブルの上に並べられた祭りの屋台料理を見つめていた。
フィーユがすぐに去った後、使用人達が示し合わせたように部屋に入ってきて、テーブルに並べていったのだ。
「すいません、考え事をちょっと……」
それに対して申し訳なさそうにルナが謝るとシリアは少し不安げな表情になっていた。
「もしかして、今日の事考えてた……?」
「い、いえ!そうではなくて……」
ルナはシリアの声に慌てて否定した。今日の事、とは謎の男達襲撃事件のことで、シリアはそれにずっと負い目を感じているようだった。即座に否定したおかげで落ち込むことはなかったが、言動からすればやはり気にしているのはルナにも明確に伝わった。
(何か、シリアに何かしてあげたい……)
ルナの考え事は結論付けるとこうだった。いつもお世話になっているお礼も兼ねてシリアが喜んでくれること、嬉しい事をしたい。と心からそう思っていた。
しかし、それが中々思いつかないものだった。
「えっと、その」
「ん?」
「と、とりあえず横にいっても、いいですか!?」
「え、えぇっ!?い、いや、全然いいけど」
ひとまず近づこうとしたのは焦りすぎた結果か。
そう口を開いてから「何を言ってるんだろう」とルナは自分に突っ込みながらも前言撤回するわけにもいかず、座っていたソファーから立ち上がりシリアの隣に腰を下ろした。
シリアは横長のソファーに座っていたので二人の間に仕切りのような障害はなく自然と距離はかなり近づくことになる。
「…………」
「…………」
再び沈黙が流れる。シリアは何故ルナが突然近づいてきたのかわからず困惑し、ルナはルナで横に来たのは良いがどうしたらいいかわからず只々固まっていた。
(ど、どうしましょう……!)
安易な考えではあった。ルナにとってはシリアの近くにいるだけでも安心できるし、触れ合うことは確かな幸福を感じていた。だから反射的に物理的距離を縮めたのだが、肝心なことにシリアがどう思っているのかということを考えていなかったことにそこで気がついた。
「あ、あの、その、お、美味しそうですね!」
「えっ?あ、そ、そうだね……?」
苦し紛れにテーブルに意識を向けようとする。シリアは様子のおかしいルナに少し疑念を持っている様だが、示されたテーブルの上に乗っている料理に気を向けたようだ。
「じゃあ、お腹も空いたし食べよっか?ルナは何から食べる?」
何だかんだで食わず飲まずのシリアは空腹だ。色々な屋台の工夫された創作料理に目を奪われている様で、ルナに尋ねながらもその目を輝かせていた。
そして、その様子を見てルナは唐突でしかも少し滅茶苦茶な恩返しを閃いた。
「……シリアは何かありますか」
「え?うーん。私的にはこの鳥の照り焼きっぽいのを食べたいかな」
シリアがそう言って食欲を向けるのは鶏肉にタレをつけて豪快に焼き上げたものだ。彼女にとっては上品で量が少なくマナーを考える料理よりはこうしたシンプルな方が馴染み深く、食べやすい。
「あ、じゃ、じゃあ取りますね」
ルナはそう言って料理を取ると、わざわざ王城側が用意してくれた装飾のされた少し高級そうな皿に移し替え、さらに同じく用意されたナイフで一口大に切り分けていく。
シリアはそれを見て思わず声を掛けそうになったのを抑えた。
(あぁ、どうせならかぶりつきたかったな……)
恐らくシリアの思った通りの食べ方が正しいはずだ。祭り会場で食べるのに手間が掛かるのは頂けないのが常識でもある。
ただルナはやはり一国の姫であるし、そうするのが身に着いているのだろう。とシリアはそう考えて切り分けたことにお礼を言う。
(まあ、味は変わんないしね)
細かく気にする必要はない。そうシリアは思考を完結させたが、しかしルナの思惑は全くといって言い程違っていた。
ルナは勿論、小さなころからマナーは身体に教え込まれている。しかし、だからといって祭りの作法を知らないわけはない。。
つまるところ、ルナにだってシリアの選んだ料理が『一々切り分けて食べるものではない』ということぐらいはわかっていたのだ。
それでも何故そうしたか、それはそのままだとどうしても出来ないことがあるからだ。
「……っ」
ルナはシリアが切り分けた鳥の照り焼きに手を伸ばす前に、自分でフォークを突き刺した。
「ん?」
てっきり自分の為に切ってくれたのだと思ったシリアは一瞬、呆気に取られたが、その表情はすぐにビシッと固まることになった。
「あ、えっと、その……どうぞ……」
ルナは少し恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、しっかりと照り焼きを刺したフォークをシリアに向けて伸ばしていた。
*****
話は冒頭に戻る。
「う、うぅ」
ルナの顔は赤い。これは所謂「はい、あーん」である。流石に恥ずかしさが頂点に達しているのかルナはその言葉を言えないようだったが、いよいよそんなことを言われたらシリアだってどうなるかわかったものではない。
愛し合う者同士がそのように幸せを共感する方法は確かにある。しかし、あまりにもそれは唐突過ぎて、シリアは動転してしまった。
しかしルナだって今更フォークを引っ込めるわけにはいかない。ある意味でこれは勝負だった。降りるわけにはいかない一直線、退路なしの一発勝負。
「どう、ぞ」
もう一度、少し詰まりながら言う。
ここまでルナがやってシリアも応えないわけにもいかなかった。
(負けるわけにはいかない……)
いつから勝負になっていたのか、元々勝負でも何でもないのだがシリアにだってプライドはあるし、愛する人の勇気ある行動に引くつもりはなかった。
「あ、むっ」
シリアは口を開くとそのままフォークの先を口に含んだ。そのまま鳥の照り焼きを上手く抜き取ると、フォークだけを外に追い出した。
「ど、どうですか?料理の方は」
「う、うん。美味しい、美味しいと思う」
正直に言えば味を気にしている余裕はあまりなかったのだが、それでも鳥の照り焼きはタレの美味しさも相まって中々美味しかった。
「そうですか。えっと、じゃあ」
ルナはそう言って追撃を用意した。再びフォークに鶏肉を突き刺すとシリアに差し出す。
「はい、どうぞ……」
「あ、ありがとう」
後には引けぬルナとシリア。結局照り焼きがなくなるまでその応酬は続き、終わる頃には二人とも顔を真っ赤にしていた。少なくとも料理を美味しく食べている絵ではない。
ただ、ルナはこれで少しでもお返しになっていればと思っていた。思っていたよりスムーズに出来なかったがそれでも愛していることが少しでも伝わってくれればそれでよかった。
だから
「ルナ」
「……はい?」
まさかカウンターがあるなんて思ってもなく
「はい、あーん」
シリアの持っているフォークの先に別の料理が突き刺さり、それが自分に向いているのを見て、完全に固まった。
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