13.喧騒終えて
シリアは今までにない程落ち込んでいた。ルナが心配するほどに。
「ごめんね、あんなに楽しみにしてたのに……」
「しょ、しょうがありませんよ。あんなことがあった以上どうしようもありませんし、ね?」
再びエネリアの王城の一室にシリアとルナは戻されていた。流石に今回の件は不透明な部分が多く、そのまま彼女らを祭りの会場に残すのは危険だと判断されたからだ。
それで、先程まで当事者であるシリアとルナ及びフィーユは事情聴取を受けていた。
といっても被害者であるのは明白で話せることなどその時の状況や相手のことぐらいだ。それにその犯人は捕まっていることもあり、それに関しては時間は要さなかった。ちなみにフィーユは事情聴取終了後、理由も告げずに再び街中に出て行った。
そしてシリアとルナは城に待機せざるを得なくなったのだ。
「カエンさんにも凄い心配掛けたし、ルナとお祭りも行けなくなっちゃうし……」
「お兄様はそこまで心配はしていなかったようですが……」
戻ってきた時、第一にカエンが迎えに立っていた。予めシリアとルナが無事なことは連絡で受けていたのであろう、その様子は無事に戻ってきたことに確かに安堵はしていたが別段慌てているわけではなかった。その彼も少しだけ状況を確認した後、どこかに行ってしまった。恐らく本国に報告用の書面を作成しにいったのだ。
ちなみにエネリアの王であるルタートはちょうど多忙を極めているらしく、彼の従者から伝言で後から必ず謝罪をとの言葉を貰っていた。
「嘆いても仕方ありませんし、祭りだって今回限りってわけじゃないですから」
「そうだけど……」
「それに悪いのはシリアではなく襲ってきた彼らじゃありませんか!」
ルナだって受け止め切れているわけではない。シリアと二人っきりで過ごせる貴重な時間を無理矢理奪われたのだ。そういう意味も込めて少し語気を強めるルナであったが、シリアはそれにも弱々しく答えるだけだ。
「それこそ、私のせいだよ。たぶん師匠が何かしちゃった相手だと思うんだけど」
シリアの中にある師匠と呼ばれる人物像は割と破天荒なイメージが根付いていた。それこそ何かしらの騒動を起こしていてもおかしくはないと思うぐらいには。
「師匠が何をしたのかは知らないけど、今はどこで何をやってるんだろう……」
「えっと、確かサギミヤって方でしたっけ」
「うん。でも『師匠って呼んで』って言われてたからその名前で呼んだことは少ないんだ」
「そういえば詳しく聞いたことないんですけど、どんな方なんですか?」
ルナはさりげなく気をつかっていた。今は話題を変えて少しでもシリアの落ち込みを治したかったのだ。
そのシリアはルナにそう問われて、ゆっくりと思い出すように語りだした。
「師匠は……うーん、何というか滅茶苦茶っていう言葉が似合う人だったかな」
「滅茶苦茶、ですか」
「剣の扱いも一流でそれだけでも凄く強いのに魔法も一流でさ。修行ではいつもひどい目にあわされてたよ」
「そういえばシリアの剣はその師匠から学んだんですよね」
「そうだよ。師匠と出会って弟子入り、というか連れていかれて……そしてあの大剣をいきなり渡されたんだっけ」
今は持っていない大きな剣。ブレナークの闘技場やフィーユやエンリの時に使った剣だ。
「思い出すと辛い記憶しかない……」
無理矢理持たされて、当然それに振り回されて、しかもひたすら叩かれ続ける。今となってはそのおかげで多少戦えるが、当時は訓練で死ぬんじゃないかと思ったこともある。
何となくシリアの目が遠くなっていることに気づいたルナは慌てて話題を振った。
「そ、その師匠って人はどんな人なんですか?女性、なんですよね?」
「ん、長い黒髪が特徴だったかな……あとはうーん、美人だったって記憶くらいかな」
「へぇ、黒髪なんですか。そういえばシリアがブレナークに来る前に凄腕の魔法使いの方がいらっしゃったんですよ。その人も黒髪でした」
凄腕の魔法使い、という言葉にシリアは何か引っかかりを感じた。どこかで聞いた気がするがすぐには思い出せない。
「もう国を出て行ってしまって……また来てくれればいいんですけど」
「へぇ……私は魔法が使えないからあれだけど会ってみたかったな」
ルナの言葉に相槌を打つ。引っ掛かったことについてはやはり思い出せそうにもなかったのでとりあえず保留とした。
そして、今度はシリアから話題を振った。
「あのさ、そういえば聞きたかったんだけど……あのマグサって人。あれは誰なの?」
そう、援軍として現れた大男。シリアにとっては闘技場での知り合いであったが、どうにも謎多き人物だ。何故かこの国の警備隊の上の立場の人物であるようだったし、何よりルナが知っているのだ。
「ああ、彼ですか?彼はですね……」
そこから長い説明が始まった。それは本当に長く、しかも意外な事実が明らかになりシリアは何とか纏めるので精一杯だった。
「えっと、つまりマグサはこの国に所属する衛兵部隊の隊長で」
「はい」
「数年前まではブレナークの城の警備隊隊長だった……?」
「そうですね。今の警備隊隊長であるクランツの元上司という感じでしょうか。クランツは彼から稽古をつけてもらってたんですよ」
うぐぐ、とシリアは頭の中を必死に回転させていた。辻褄が合わないことが多すぎる。
ルナの話では彼はこの国の衛兵部隊の隊長である。ならば、何故あの時あの闘技場にいたのか。そして何故「傭兵である」という嘘をシリアについたのか。
「私としてはシリアがどうして彼を知っているのか気になるのですが……どこかで会ったのですか?」
ルナにそう言われてシリアは誤魔化すことはせずに素直に話した。勿論、闘技場でのことだ。そしてそれを聞いたルナは首を傾げて不思議そうにしていた。
「あの大会で、ですか?おかしいですね……その時期だと既にこの国に移っていますし」
「やっぱり、ルナにもわからない?」
「すみませんが、さっぱりわからないですね……私はクランツがシリアを迎えに行ったことは知っているのですが、あの大会に彼がいたことは一も知りませんでした……」
二人そろってうーん、と首を傾げる。しかし、今はどうしようもなかった。問題の渦中であるマグサは彼女らに簡単な事情聴取をした後、犯人である男達の尋問へと向かったからだ。正直すぐには帰って来そうにはない。
「もしかしたお父様が何か頼んでいたのかもしれませんね。また彼に会えたら聞いてみましょう?」
「うん、そうだね。今は待つしかないか」
別に彼に対して不信感を抱いているわけではない。嘘をついていたのは事実だがそれはシリアに対して害意があったわけでもなく、寧ろその逆だ。不思議には感じるが、緊急性はないし後からゆっくり確認すればいいことである。
それに、シリアには今はそれよりも気にするべきことがあった。
「祭り、これからどうしよっか……」
「…………」
ルナの必死の気遣いもむなしく、再び議題は最初に戻ってきてしまう。
どうしましょう、と心の中で別の話題を探し始めたルナであったが、ちょうどそのタイミングでドアを開き、今日の救世主が再び現れた。
「お、お待たせ、しました……」
恐らく祭りの会場の中を全力で駆けていたに違いない。今日幾度となく彼女らを助けてくれたフィーユが部屋の入口に立っていたのだ。
その顔を疲労に染めつつ、両手には祭りの屋台で買ったであろう袋を大量に持ちながら。
*****
「フィーユには感謝してもしきれないね」
「……本当ですね。お世話になってばかりです」
シリアとルナが王城に戻った後、フィーユはすぐに祭り会場にその身を返していた。というのも恐らく彼女らが城から出ることができなくなるということを見越して、せめて気分だけでも味わって欲しいと屋台で何かと買ってきてくれたのだ。
流石にそれを素直に受け取るのは悪いと思い、シリアもルナも是非一緒にと声を掛けたが、フィーユは「少し疲れたので休ませてください」と戻ってしまったのだ。
「後で何かお礼をしないといけません」
「うん、何か考えとこう。今日はフィーユに何度も助けられたんだし」
護衛、それは彼女の仕事ではあるのだが、だからといって当たり前だと受け取るのはシリアにもルナにも無理な話だった。
しかし、今ここにフィーユの姿はないので後程何かお礼をすることに決めて、シリアとルナは彼女の買ってきた物を有難く受け取ることにした。
「これは、肉の串焼きかな?」
「こっちは甘菓子ですね。色々買ってきてくれたんですね」
フィーユはとにもかくにも目についたものを買ってきたのか、ボリュームのありそうな屋台料理からデザートやお菓子、果てはよくわからないお面やら玩具やらまで買ってきており、それだけで祭り会場の騒ぎを感じられる物だった。
「じゃあ折角ですから、頂きましょう」
楽し気なルナのその声にシリアは漸く落ち込んだ気持ちを払拭することが出来たのか、同じようにいつもの明るい表情に戻っていた。
「うん、いただきます!」
この後、シリアのひょんな閃きから仲睦まじい二人の間で"勝負"が起きることも知らずに。
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