12.援軍と決着
「さて、ゆっくりと語りたいところだがまずはこいつらを何とかしねえとな」
男はそう言って腰に提げていた警棒を手に取る。身長の高い筋肉質な彼が持つとまるで玩具のようだ。しかし、シリアはそれよりも気になることがありすぎた。
「な、なんで彼がここに?」
見間違いでなければ彼はブレナークの闘技場で出会ったあの男だ。何かと有用な情報をシリアに提供してくれたり、決勝の後少しだけ面倒を見てくれたりもした。
そんな彼が何故……というのがシリアの感想であった。
「マグサ!マグサなんですか!?」
しかし、疑問はもう一つ増えた。シリアの横にいたルナが驚いたように、(恐らく)彼の名前を呼んだのだ。
マグサ、と呼ばれた彼は振り返るとルナに輝く前歯を見せてニカッと笑った。
「よお、姫さん!お元気そうで何より何より!ちょーっと待っててくれな!」
「てめえ!舐めやがって!」
振り向いた彼の後ろから剣を上段に構えた男が突っ込んでくる。危ない!とシリアの口が開こうとしたその瞬間。
「ふんっ!」
マグサは向かってくる男の方を見向きもせずに腕を伸ばした。
「ぐっ!?」
彼が伸ばした片手で掴んだのは男の腕だった。すると男の腕は剣を振り下ろすことも出来ずそこからビクとも動かなくなる。その顔の必死さを見れば抵抗しているのはわかるのだが、マグサの純粋な腕力はそれをかなり上回っているようだった。
「腹を見せちまうのは……よくねえよなぁ!!」
そしてマグサは男の無防備するぎ腹部に警棒を突き立てた。
「おごぉっ!?」
男の身体が浮いた。そしてその顔がとてつもない苦痛に酷く歪んだ。相当な威力だったに違いない、男はそのまま地面に伏して声も出せず悶える。
「さて、あと三人か」
無力化した男を軽く蹴って転がすと、漸くちゃんと警棒を構えた。
「く、くそ……!おい、散れっ!」
三人の男は確かな連携でその場から広く展開する。上手くターゲットを分散させて攪乱させるつもりらしい。
しかし
「甘い甘い!」
「なっ!?ごふぁっ!?」
マグサは猛烈な勢いで真ん中に位置取っていた男にタックルをかました。その勢いは凄まじく、ぶつかられた男はそのまま吹き飛ぶと、壁に嫌な音を立てて叩きつけられるとズルズルと壁から滑り地面に横たわって動かなくなった。
所詮三人。そしてたった今二人になった。
「なんだよ……なんでこうなるんだよぉ!!」
健在な二人のうち一人がそう叫ぶと、無謀にもマグサに立ち向かっていく。ただ悲しいことにその男は猛烈な張り手を頬に受け、地面に叩きつけられた。
「肉も骨もねえやつらだな」
構えていた警棒も使わなかったマグサはフンと鼻で笑う。シリアとしては何が起きているのか理解は出来ているが、中々どうしてよくわからなくなっていた。
このマグサは闘技場で会ったあの男で間違いない。しかし、あの時彼はこう言っていた。
『俺も昔は傭兵だったのよ。それが何故かこの国に定住してしまってな。だから強い者を見ると昔を思い出して疼くってわけよ』
全然かみ合わない。もしかしたら傭兵としてこの国に来て、警備兵になっているのかもしれないが、それだとブレナークに定住しているという言葉が矛盾してしまう。単純に住む国を替えただけの可能性もあるにはあるが。
「おい、ここだ!」
シリアが難しい顔で思案していると、また新しい声が増えた。地面に倒れている元凶である賊と謎の教団員を名乗る男達に加えると狭い裏路地に対してかなり大所帯になる。
「おう、遅いぞ!」
「隊長が早いんですよ!救難の合図が来てからあの祭りの渋滞をズンズン進んでいくんですから……」
マグサと同じ兵装の者が数人駆けこんできた。どうやらこっちが本当の助けらしい。いつの間にかシリア達の近くに来ていたフィーユが彼らは本当に味方だということを教えてくれた。
だが、シリアの中にまた別の疑問が湧く。
「た、隊長?」
駆けつけたのはフィーユの言う通り警備兵で間違いない。そして彼らはマグサを隊長と呼んだ。ただの一傭兵が国に属するだろう警備隊の長になれるだろうか。闘技場であってから一年すら経っていないのだ。
「???」
わからないことだらけであったが、それを考えているうちにいつの間にか全てが終わっていた。
「取り押さえました!」
残っていた二人の男はあっさりと地面に抑え込まれて、苦し気に呻いていた。元々警備隊の援軍が来なくてもマグサに対して彼らに勝ち目はなかったようなものだ。当然の結果と言える。
「よし!連行しろ。この転がっている奴らも……いいんだよな?」
「はい、元はと言えば元凶みたいなもんですから」
フィーユは賊の説明と教団の構成員のことを簡潔に伝えた。マグサはその報告に少し顔を顰めたが、すぐに表情を戻した。
「連れて行く時も周りを警戒するように!俺は少しこのお嬢ちゃん達と話すことがあるから、先に行ってくれ」
「了解しました!警備一番隊、ただいまからこの"不審者"を連行します!」
「了解!」
マグサがビシッとした声で返事をすると、警備兵達は倒れた男達を連行、及び気絶しているものは縄で縛って肩に抱えて運んでいった。ちなみに縄は倒れた男の持っていたものだ。自業自得である。
「さて、漸く落ち着いたな」
彼がそういって良い表情で笑う。
「マグサ!本当に久しぶりですね……」
「おう、姫さんも変わらず……いや、少しお綺麗になった。成長したなぁ」
「そ、そうでしょうか」
シリアの疑問その一は彼とルナの関係だ。接点が全くなさそうな二人が何故昔からの知り合いのように話しているのか。
ふとフィーユを見ると彼女も訝し気な表情を隠していない。どうやら同じく何も知らないらしく、彼女もシリアと目を合わせると「どういうことですか?」と表情で語ってくる。
「さて、久しぶりといえば嬢ちゃんも……今は姫さんの旦那様か。闘技場では随分と楽しませてもらったぜ」
「あ、うん。お久しぶりです……えっと、ごめんなさい、色々聞きたいことがありすぎるんですけど」
何から尋ねるべきか考えていたシリアにルナの意外そうな声が掛かった。
「久しぶりって、お二人は知り合いなんですか?」
「一応、そうだけど……あれ?ルナも知り合いなんだよね。えっと、ん?」
「え、ええ、だって彼は──」
「おっと、ちょっと待ってくれ」
何かを言おうとしたルナをマグサが遮った。彼は相変わらず白い歯を見せながら言う。
「少し複雑な話になりそうだしよ。一度城まで戻った方がいいと思うが。まだ脅威がなくなったわけではないかもしれないしな」
その声は警戒を含んでいた。そしてシリアもごもっともだと気を改めた。あのチンピラのような賊はまだしも、後から現れた教団の構成員だと思われる輩に関しては非常にきな臭かった。その場でのはったりだとも思えない。
「俺も起きていた詳しい状況も聞きてえしよ。いいかい、姫さん?」
ルナは祭りの会場を離れ一度城に戻ることに難色を示しそうになったが、事が思いの外大きくなりそうなことは彼女自身わかっていたし、流石に今から手放しで祭りを楽しもうとは提案できなかった。
「わかりました、一度戻りましょう」
何だか変なことになってきたなぁ、とシリアはちょっとしたモヤモヤを抱えながら城に向けて足を進めることになった。
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シリアは年上の相手には基本的に敬語になりますが、何だか今書くと少し違和感がありますね……
次の投稿は11/9を予定しております。よろしくお願いいたします!




