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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第四章:新婚旅行と豊穣祭
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9.豊穣祭の荒れ事

 前夜祭と比べなくとも豊穣祭の盛り上がっていた。その熱気は凄まじくシリアとルナはもろにその影響を受けていた。


「昨日よりも動けないね……」


「そ、そうですね」


 シリアとルナは昨日は手を組んでいたが、今日は腕をがっしりと組みあっていた。そうでもしないと本当にはぐれてしまいそうなのだ。


「どの屋台もすごい並び……」


「毎年こうなんですよ」


 昨日は食事処に入ったのだから今日は屋台にしようというのは事前に打ち合わせていたが、今の屋台の並び状況では好きなように買いたい物を買えそうにもない。


「今は始まったばかりなので人も多いですが、夕方になれば少しは減ると思いますからそれまでは買う物を決めるために見て回りましょうか」


「ん、減っていくの?」


「例年通りなら、ですけど。ちなみに夜には今の倍ぐらいに膨れると思います」


「うわぁ……」


 今でさえ凄い人混みなのだ。これがさらに混雑するなら最早動くことすらままならないだろう。


「だからある意味戦いなんですよ。時間配分の」


 去年はユーベルがそこら辺は上手く立ち回ったらしく苦労はなかったらしいが、今回は彼女はいない。シリアの腕の見せ所でもある。


「じゃあ、とりあえずぐるっと回ってみようか」


「はい、よろしくお願いしますねっ」


 少し大変そうだが、隣で腕をギュッと嬉しそうに抱きしめるルナを見て、シリアは今までの苦労も忘れて祭りの中を歩き始めた。


 はずだった。






(何でこうなるかなぁ)


 祭りの喧騒とは少しだけ遠ざかった裏路地。そこにシリアとルナの姿はあった。シリアは身構え、ルナは心細そうにシリアの腕に寄り添っている。


 そしてそんな彼女らの前にはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男達の姿があった。




 彼等はスリだ。それも相当悪質な部類の輩。




 事の始まりは祭りの会場をのんびりと歩いていた時だった。


「きゃっ!」


 祭りの会場を一緒に歩いていたルナに男がぶつかり彼女は驚いた声を上げた。

 シリアと腕を組んでいたため幸いにも転ぶようなことはなかったが中々の衝撃だったようで、シリアは慌ててルナを抱き寄せた。


「大丈夫!?」


「す、すいません。大丈夫です。これだけ人も多いですからね……」


「でも今のはひどいよ、まるで狙ったようにさ」


「か、考えすぎですよ……って、あれ?」


 ぶつかっていった男を目で追いながら珍しく少し気を立てているシリアをルナは宥めようとしたが、その時にあることに気が付いた。


「お、お金が!」


「えっ?」


「お金がないんです!」


「──あいつら!」


「あ、シリア!?」


 それだけで察したシリアは気が付けば駆け出していた。後ろからルナが慌てて制止の声を掛けてくるが流石にそれを素直に聞けるほどシリアは単純ではない。


 元々狙っていたに違いない。確かに今は外向けの服を着ているせいでパッと見て王族だとか貴族だとか気づかれることはないだろうが、ルナの外見から見て多少裕福でありそうだと判断したのだろう。


(許せない)


 許せるわけがない。スリという窃盗行為は勿論、ルナを狙ったことも。


 人混みの中をかきわけてシリアは走る。何事かと彼女を見る人もいたが混雑具合からか深く確認しようとはしない。ルナもはぐれるわけにはいかないとシリアの後ろから慌ててついていく。


 スリの男はそのまま祭り会場の大通りから外れ裏路地に入っていった。シリアもそれに続き追って行こうと思っていたが、その男は意外にも少し進んだところで立ち止まっていた。


「ちょっと、どういうつもり」


 シリアは苛立ちを隠さずに問いかける。


「シリア、待って……待ってください!」


 しかし、男が答えるよりも先に後ろからルナが息を切らせながら追いついた。


「落ち着いて、落ち着いてください!シリアらしくもないです!」


「だ、だってあいつルナのお金を……!」


 ルナの中ではまだお金を盗られたかどうか判断しきれていなかった。確かに目の前の男はぶつかったことも走り去ったことからもかなり怪しいが完全に決めつけるのは尚早だと思ったからだ。


 それにもしも実はただ落としただけでした。となってしまえば色々とよろしくはない。もしも他国の貴族、それも王族であることがバレればそれはそれで難癖をつけられてしまうことにもなる。


 が、そんなルナの考えは杞憂に終わることになる。


「ふん、こんな簡単に釣れるとは思ってもなかったぜ」


 そう言いながら男は振り向く。にやついた顔に手にはルナのお金が入った布袋を持っている。


「……同じことを言わせないで。どういうつもり?」


「どういうつもりもこういうつもりも、なぁ?」


 彼がそう言うと、シリアとルナの周りの路地から彼女らを囲むように男達が四人程現れた。




 そして先程の状況になっていた。


「まさかこんな簡単に誘い込めるなんてなぁ」


 男がそう言うと他の男も同調するように笑う。どうやらスリと同時にシリアとルナが目的であったらしい。


 そこまで来てシリアは少し突っ込み過ぎたことを自覚した。ひとまずルナを背中に庇えるよう促す。ルナも不安げだがそれに素直に従った。


「この豊穣祭ってのは実に良いよな。お前達のようにどこの国から来たのかは知らんが浮かれた金持ちが護衛もつけずに歩いているんだからなぁ」


 聞いてもいないのに男は話し出す。


「周りは騒がしく警備の兵士も祭り会場を中心に回っている。その意味がわかるか?」


 シリアもルナも答えない。男達はそれが怖がっているからという風に理解したのか益々にやける。


「なに、抵抗さえしなければ痛いようにはしねえよ。そうだよなお前達?」


「寧ろ痛いよりも良い事だぜ?」


「違いねえな」


 先程の口ぶりからして彼がリーダー格らしい。周りの男達はそれに同調し欲を含んだ目でシリア達を見ながら好きなように口を開く。


「シリア……」


 目の前でにやける彼らはまさか彼女らが一国の王族であることは知りもしない。単純に狙いやすいから弱そうな少女を狙っていたのだ。


(どうしたものか……)


 その『か弱そう』という目論見は半分はあたっていた。ルナはその性格からも荒れ事は嫌っていたし相手を傷つけることは出来ればしたくない。

 しかしシリアは戦うことに関して抵抗はない。それが自分の為ならば勿論、今では大事な人が隣にいる。何があろうともルナを傷つけるわけにはいかないし、必要なら血を流すことになることも視野にいれていた。


 しかしそれには問題があった。


(やっぱり護身用に何か持ってくるべきだった)


 そう、今のシリアは丸腰なのだ。




 当たり前だが祭りに参加するにあたり武器の携行は認められていない。警備の兵士ならまだしも沢山の人で溢れかえる場所ではそれが危険だからだとは理解できる。

 シリアもそれに素直に従ったのだが、こうなってしまっては懐に何か持っていればよかったと思っていた。


「へへっ、びびって声もでねぇか?」


 男の一人が近づいてい来る。それに合わせてルナを庇いながら後ろに一歩下がるが、囲んでいた男の一人が退路を防ぐように立っていた。

 自然と囲まれる形がそのまま狭まりはじめ、男達は勝利を確信してそのにやけ面をさらに濃くする。


 しかし、シリアも何も考えていないわけではない。場所は裏路地、そのおかげか目の着くところには何かに使ったのか木の角材だとか、鉄の棒のようなものが見える。それを手に取ることが出来れば周りの男共など蹴散らすことが出来るだろう。


 が、それは難しい。


「な、なんでこんなことを……」


 今はルナが近くにいる。万に一つも離れることは出来ない。武器になりそうな物はどうしても男達の囲いを抜ける必要がある場所にあるため、そうしようとしたらルナが無防備になってしまうのだ。


「さっきも言っただろう?こんな祭りの日は浮ついてお前たちの様な奴らが何も警戒しないでうろついてるんだよ。だからヤサシイ俺達が危ないってことを身を持って教えてやろうってな」


「そんな……」


 ルナと男の会話を聞きながらシリアは必死に打開策を考えていた。一番良い方法は後ろの退路を塞いでいる男を一撃で無力化して逃げることだが、果たして武器のない彼女がならず者とはいえ大の男相手に出来るかと問われれば確実とは言いずらい。


 最悪ルナだけ逃がせることが出来れば良いのだが、かといって打ち合わせもなしに出来るかどうかも怪しい。


「今だったらまだ間に合います。こんなことやめてください!」


「やめてくださいだって?お前達が大人しくしてれば変なことはしねぇよ」


 会話に痺れを切らしたのか男達は間合いをさらに詰めてくる。それに合わせてシリアは自分の服を掴んでいるルナの手が握り込まれていることに気が付いた。


(……やるしかない)


 ルナの目は揺れていた。それは純粋な恐れからであり、彼女を震えさせている原因でもある。

 それを見たシリアは身体の奥がグツグツと熱くなっていく。その感情は怒りのみ。


 目標は退路を塞いでいる男。


(そもそもこんな奴らに加減する必要なんてない)


 シリアは久しく感じていなかった感情に支配され始めていた。

 それは一人で旅をしていた頃に培った無慈悲な心や残虐性、人を殺すことに躊躇しない心だ。


「へへっ大人しくしてろよ……」


 通路を塞いでいた男が手に縄を持って近づいてくる。その足がシリアの『殺せる範囲』に入った。


 その瞬間だった。


「ぶへっ!?」


 男は情けない声を出して地面に叩き伏せられていた。


「え?」


 しかし、それはシリアがやったものではない。


「すみません、遅れました」


 呆気に取られたシリアとルナの目の前には倒れた男を踏みつぶした状態で立っている少女の姿があった。


 薄い桃色の短い髪が特徴なその少女は、相変わらず無表情でその感情はわからなかったが、少なくとも今この場においては"最上の一手"であった。


「ふぃ、フィーユ!」


 呼ばれたその声に彼女はただペコリと頭を下げた。

ブックマークや評価、感想ありがとうございます!

次の更新は10/19を予定しております。


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