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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第四章:新婚旅行と豊穣祭
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7.お酒の力(後編)

 あまりこういう事を思いたくなかったが、今に限ってシリアはそう思わざるを得なかった。


(何で目を覚ましちゃったかなー)


「えー、なんですかぁ?」


「いや、何でもないよ」


 普通は酔って寝てしまった人というのは当分起きない筈なのだが、馬車に揺られたせいなのか王城に向かっている途中でルナは目覚めてしまった。しかもいまだ酔っているようだ。


「あれー?なんで揺れる部屋にいるんですか?さっきまでステーキ食べてたのに」


「揺れる部屋って……これ馬車だよ」


「馬車?なんで馬車に乗ってるんですか?」


「何でって王城に戻るためだけど」


「えー?何で王城に戻るんですか?」


 これは駄目だとシリアは即判断した。今は何を言ってもまともな返答は期待できそうにない。


 正直に言えば惚れた弱みと言うのだろうか、こうなってしまってもいつもと違うルナをそれはそれで可愛いとしか思えないシリアではあったが。


「シリア、腕かしてくださいー」


「はいはい」


 いつものルナなら例え二人きりであっても直接的に甘えるようなことは中々しない。大体シリアがそれを何となく察して動くのが普通だ。

 しかし今は違う。


「私、シリアの腕好きなんですよー」


 ふにゃふにゃとした表情でルナはシリアの腕に抱き着くと、お店の前と同じように顔を心地よさそうに擦りつける。


「もう誰もいないからって……」


 シリアはそう言いながらも表情を和らげると、一度抱かれていた腕を解くと代わりにルナの腰にまわして抱き寄せた。


 突然の行為だったがルナは驚くこともなくそのままシリアの胸あたりに顔を埋めた。


(私も好きなんだなぁ)


 ルナは小さい。シリアでも抱きかかえられる程だ。そしてシリアはそんな彼女を柔らかく抱く瞬間が何よりも好きになっていた。


 シリアは空いている手でルナの頭を優しく撫でる。心地よい声が返ってくるのを聞いてシリアは小さく笑う。


「ふふっ」


「んん、なんですかー?」


 何だかルナの様相が懐いた猫のようで少し笑ってしまったのだ。別にそれを隠す必要は無いと思い正直にそう告げると、いつもの酔っていない彼女であったなら多少は恥ずかしがって弱く否定するか、少しだけ頬を膨らませるだろう。


 ただ、何度も言うが今日は違う。


「猫、猫ですか?うふふ、にゃー」


 そう言って頭に乗せた手にスリスリと寄ってくる。


「うぅっ!」


 シリアの心にそれはクリティカルヒットどころの騒ぎではない。


(可愛い!!)


 彼女の脳内はその四文字であっという間に埋め尽くされた。絶対に普段なら見れない姿なだけに希少性が高すぎる。


「にゃあ♪」


 勿論ゴロゴロと喉を鳴らすことは勿論ないが、上目遣いで顔を寄せてくるルナはそれだけで言い表せない破壊力を持つ。少なくとも道行く人々に自慢したいぐらいには。


 いつも変わらないサラサラな髪を時折指に巻き付けたり、軽く梳いてみたりと弄ってみる。ルナは変わらず心地よさそうだ。


「猫、か……」


「んー?」


 ポツリと呟いた言葉にルナは少し反応するが、深くは考えなかったようだ。怪訝な表情をすぐに戻してシリアの手を甘受している。


「…………」


 ふと、ちらりと映るルナの首筋──もう少し詳しくいうならうなじに目が向いた。ほんの少しだけ汗ばんでいるせいか何だか妙に厭らしく見えるのは気のせいだと思いたい。


「シリア?」


 撫でる感触が急に止まったせいかルナが不思議な顔で見上げる。


 それはシリアにとっては単純に好奇心だったのかもしれない。今までそれなりに彼女とは触れあってきたが、そういえば首に触ったことはないと気づいたことも含めて。


 撫でていた手をゆっくりと放す。少しだけルナが名残惜し気な表情を向けてきたせいで一瞬躊躇ったが何とか我慢した。

 そしてそのままうなじをカリッと擽るように触った、その瞬間だった。


「ひゃ、あんっ」


 ビクン!と抱いていたルナの身体が嬌声と共に大きく、跳ねた。






 瞬間的にシリアは首筋を擽った手を頭上に掲げた。それは見事というほど美しく天を向いている。


「ふぅ、ふぅ……」


 対するルナはどこか少しだけ興奮したように息を吐きながらシリアにしなだれかかっていた。顔が僅かに赤いのはまだ酔っているのかそれとも……


「る、ルナ?」


 シリアは恐る恐る呼び掛けてみる。ルナは返事はしなかったが声に反応してシリアを上目遣いに見る。


「う、あ」


 その瞳はゆらゆらと潤んで揺れている。ただそれは泣きたくて涙が溜まっているわけではない。まるで何か複雑な感情を溜め込んだようなもので、少なくともそれを見た者は情欲を抱いてしまいそうな危うい瞳だった。そしてシリアはそれに釘付けにされていた。


(ルナは13歳ルナは13歳ルナは13歳ルナは13歳ルナは13歳ルナは13歳ルナは13歳ルナは13歳)


 頭の中で詠唱するように何度も唱えるシリアだったが、ルナの瞳には囚われっぱなしで、さらに言えばもう一度首筋に指を這わしたいとさえ思っていた。


「…………」


 そしてシリアはその誘惑に勝てなかった。言い訳としては『自分も酔っていたので仕方なかった』というどうしようもないものである。それを聞く人は今この場にはいなかったが。




 そろりとうなじにもう一度指を置く。


「……んっ」


 すると腕の中でルナが小さく声を上げた。そして潤んだ瞳をなおも向ける。「まだするんですか……?」と言いたげな色を含んでいるが今のシリアには扇情的でしかない。


「んん、や、ぁ」


 そのまま先程よりもゆっくりと指の腹を首筋に這わしていく。ルナはその刺激に耐えるようにシリアの胸元に顔を埋めて震えている。


「……いや?」


 ある意味卑怯な問いだとシリアは思った。ルナが否定するとは思えないからだ。そして案の定であるが、彼女は顔を埋めながら小さく、本当に小さく首を横に振った。


 シリアの理性は"お酒のせいで"完全に粉砕されてしまった。




「…………やべえな」


 そして彼女らの乗っている馬車の持ち主は後ろの籠から聞こえてくる小鳥の甘い囀りに気が気ではなかったという。




*****




 カエンは王城の外で空を見上げていた。先程までは父のジエンについてひたすら挨拶回りに精を出して、先程漸く解放されたのである。


「……街は明るいな」


 王城からでも街の灯りは十分にわかるほど明るかった。これから数日間はこれが続くのが豊穣祭だ。


「あいつらだけで大丈夫だっただろうか」


 彼がそう言って示すのは妹のルナとその婚約者のシリアのことである。護衛であるフィーユもついているし、いざとなればシリアも十分に戦えるのだからそこまで心配はしていない。

 ただ、万が一ということもあるし何かわからないが少しだけ嫌な予感もする。その予感が杞憂であることを願ったカエンの視界に王城の門に向かってくる馬車が映り込んだ。


「ん?」


 その馬車は王城の門の前で停車すると、操縦者が降りて後ろの幌を開きに行く。どうやら降りる客がいるようだ。


「帰ってきたか」


 何となくそこから誰か来るのかわかったのか、カエンは安堵の息を吐いた。が、中々馬車の中から人が降りてこない。


「……何をしているんだ?」


 そして漸く二人の人影が降りてくる。しかしそれにもカエンは訝し気な目線を送ることになる。


「あ、カ、カエンさん、お疲れ様です……」


 ゆっくりと歩いてきた可愛い妹の婚約者はカエンに気づいて何となく罰が悪そうにそう声を掛ける。カエンは軽く頭を掻いた。


(何故、そのように抱き上げているんだ……?)


 今の彼女らはシリアがルナをお姫様抱っこしている格好だ。ルナは居心地よさそうにシリアに抱き着きながら目をつぶっている。恐らく寝ているのだろう。だが、いくら疲れたといってもここまで深く眠るだろうか。

 そこまで考えて、カエンは気が付いた。


「もしかして酒を飲んだのか?」


「あ、やっぱり弱いんだ……」


 シリアの納得した声にカエンも合点がいった。


「驚いたな。あれからもう飲まないと誓っていたのに」


「あれから?」


「ああ、昔……といっても一年前ぐらいか。ある会合の席でルナが酒を飲んでな」


 何でも大人しくしていたルナが酒を飲んだ途端にありえないほど陽気になってしまったと短い説明を受けた。それは今回の状況と全く同じだ。


「その日から、ルナはあまりお酒を飲まないようにしてたんだ」


「そうだったんですか……新鮮でしたけど、それ以上に驚きました」


「そうだろうな。さて、こんなところで話し込んでいると風邪を引いてしまうな。早く部屋に戻って休むと言い」


 明日からが本番なんだぞ。と口には出していないがその意味を含んだ言葉にシリアは頷く。


「カエンさんは戻られないんですか?」


「さっきまで挨拶回りで少し窮屈だったからな。もう少し夜風にあたったら戻る」


 それを聞いてシリアは頭を下げて王城の中に入っていった。カエンはそれを見送り小さく息を吐いた。


「あれだけ飲まないと言っていたが……よっぽど楽しかったのか」


 かつての酒を飲んだ時の妹の姿を思い出しながら、そろそろ戻るかと思った瞬間だった。


「……ん?」


 門から一人こちらに歩いてくる少女の姿が目に入った。


 狐のお面を顔の横に着け、両手には大量の何かをぶらさげながら。


「これはカエン様、夜半にお外に出られるとお身体に触りますよ」


「……突っ込まないほうがいいのか?」


「……そうですね。そうして頂ければ助かります」


 護衛としてつけたフィーユの思ってもいなかった姿にカエンは少し驚きつつも冷静につとめていた。

 彼女の経歴や性格は知っているつもりだ。護衛そっちのけで祭りを楽しむタイプではないことはわかりきっている。


(恐らく彼女にも何かあったのだろう)


 いつも無表情だが、今の彼女の顔には不満が見え隠れしている。変に詮索するのも失礼かと判断した彼は深く尋ねないことにした。


「護衛についてきた者達も今は休憩中だからそれをわけてやると喜ぶだろう」


 両手に持っている様々な屋台の料理を示すと彼女は小さく頷く。


「そうさせて頂きます。では、失礼致します」


 そう言って彼女も王城の中に入っていった。ジエンやカエンについていた護衛も思わぬ差し入れに喜ぶだろう、そう思いながら見送る。


「それにしても……」


 そして思い起こすのはシリアの腕の中で眠っていた妹の姿だ。


「明日は大変だろうな」


 それはジエンとカエンだけが知っている事で、そして翌日の朝にシリアも知ることになるのだった。

ちなみに馬車の中ではそれ以上のことはしてないです。多分


ブックマークや評価、感想などありがとうございます!

次の更新は10/4を予定しております。どうぞお付き合い頂ければ嬉しいです!

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