6.お酒の力(前編)
仕事が忙しく、更新が一日遅れてしまい申し訳ありませんでした。
また未成年の飲酒描写がありますのでご注意ください。
頼んだ料理に間違いはなかった。ステーキは肉厚ながらも柔らかく、味付けは少しだけ濃いがこういう場所ではその方が似合っている。大衆向けとあってかそこに高級感はなかったが、シリアにとってもその方が何となく好みであった。
が、今のシリアは残念ながらそのステーキを心のままに味わうことが出来ずにいた。
「あ、あの……ルナ、さん?」
「はぁい?」
料理が届いてしばらく、ルナは育ちの良さを隠せない作法でシリアと一緒に料理を楽しんでいた。それこそ豊穣祭のことから何気ない世間話までまさに和気藹々と言った風で傍から見ても微笑ましい程だ。
しかし、時間の経過と共に少しずつ、しかし確実にルナの様子がおかしくなり始めた。
「えへへ……」
顔は紅潮し、見たこともないぐらい表情はにっこにこ。そしてそんな彼女は手を上げて店員を呼ぶと、やはり聞いたことのない大声を上げる。
「すみませーん、おんなじのもう一杯くださぁいー!」
「はーい、ただいまー!」
これで何杯目になるだろうか。空いたグラスはその度に回収されてしまうので視覚的にはわからないが、少ない量では決してない。
(ど、どうしよう)
原因はわかりきっている。
「お待たせしました!ごゆっくりどうぞー」
「あ、ありがとうございます~」
再びルナの目の前にワイングラスが置かれた。
「ルナ……まだ飲むの?」
「ふえ?だってまだ……あれ、何杯目でしたっけ。まぁ、いいじゃないですかぁ」
そう、この果実酒だ。
そこまで強くもないが決して弱くもなく、ステーキに合う用に造られた味が少し濃いワインだ。
シリアは知らなかった。ルナが酒乱の気を持っていることを。
シリアは知らなかった。こうなったルナは手に負えないことを。
「シリアは飲んでますかー?」
ふにゃっとした顔でそう尋ねてきたルナにシリアはとりあえず頷いて返す。正直に言うと追加で頼まれかねない。
ちなみに正直に答えた一度目は本当にシリアの追加分を注文されている。
「うふふ、あれ……また空になっちゃいました……」
「え、えっ!?」
ステーキも食べながらだというのにいつの間にかルナのグラスはまた空いている。シリアは何か魔法の類でも使って飲んでいるのじゃないかと疑う程にペースが速い。
「もう一杯頼みま──」
「ちょ、ちょっと待って!」
ゆらりと手を挙げかけたルナをシリアは慌てて制止した。流石にこのまま飲まれ続けるのは絶対にまずい。本能がそう告げている。
「んぁ、なんですかー?」
「きょ、今日はそろそろいいんじゃない?明日もあるだろうし」
「んん、あした……明日?」
しばらくうつらうつらと考え込んでいたルナだったが、日程の事までは記憶から飛んでいなかったらしい。挙げかけていた手を下ろす。
「そうですねぇ、豊穣祭は明日から、でしたね……」
「そうだよ。だから今日はやめとうこう、ね?」
「ん、んん、そうですね、ざんねんですが……」
微妙に舌が足りなくなりつつある。ストップをかけてしまったことで酔いが完全にまわりつつあるようだ。
「おいしかったですねぇ」
「そ、そうだね」
何だかんだステーキも完食したが、シリアは途中からのルナの振る舞いに全てを持っていかれたせいかその味を堪能しきれなかった。その件に関しては明日を期待することにして、今は目の前の彼女の方が先決だった。
「た、立てる?」
「だいじょうぶですよぉ」
ゆらりと立ち上がったルナだったがそのままフラフラと足元が全くおぼつかない。それを見たシリアは慌ててルナの腕を掴む。
するとルナは自身の腕を掴んでいるシリアの腕を包み込むように抱きかかえると、気持ちよさそうにそこに頭をスリスリと擦り付け始める始末。
「えへへ……」
「う、動きづらいよ」
しかし、シリアの苦言は届かずルナは完全にその場所を気に入ってしまったようだ。歩きづらいが歩けないわけでもないし、何よりルナが転んでしまっても良くはないのでとりあえずこのまま会計をすることにする。
「あの、大丈夫ですか?」
当然、店員が心配しないわけはない。彼女らが招待国の王女とその婚姻相手だという事はバレていないようだが、それとは関係なくルナのような少女がフラフラとしていたら話しかけられるのは当然だった。
「はぁい、だいじょうぶでーす」
ケラケラと普段のルナではありえない返答をする彼女をシリアは支えながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「す、すいません。少し酔ったみたいで……大丈夫ですので勘定をお願いします」
「は、はぁ……それでは『おススメステーキ』と──」
勘定を済ませている間もルナはべったりとシリアに引っ付いていた。
*****
フィーユは最初目を疑った。
(あれ、ですよね……?)
お店の入り口を監視(護衛)していたフィーユはそこから出てきたシリアとルナを見て首を傾げる。
「あそこまでベタベタしているなんて珍しい……」
彼女らがお互いに好意を持っていることもその思いが通じ合っていることもフィーユ含め周知されていた。それでも彼女らは節度を持った関係を好んでいるのかそこまで物理的に密接する姿を公衆の前で晒したことはない。
だが、今はどういうことなのだろうか。
「ルナ、ちょっ、しっかりして」
「えー、しっかりしてますよー?」
「そんな千鳥足で言われても……」
いまだに道が混雑しているおかげかその喧騒さのおかげでそこまで目立ってはいない。それでも何人かは何事かと気にしているようであったし、中にはそんな少女二人を見世物のように見る輩もいる。
これはよくないなとフィーユは行動を開始した。
「きょ、今日はもう戻ろうか?」
ひとまず店の近くの段差にシリアはルナと共に座った。立ったままだとフラフラして危ないからだ。
「もう帰っちゃうんですか?もっと見て回りましょうよー」
食事処では後少しだけ大通りを見て帰るという予定を立てていたシリアだったが、その考えは当たり前だが変わっていた。
(流石にこんな状態のルナと回るのは危なすぎる……)
まだ夜は深くない。多少歩き回るのは時間的には悪くはないだろう。
ただ、状況が状況だ。暴漢が急に襲ってくるなんてことはないだろうが、とにかくもしもの場合の対応ができない。
「ねぇ、シリア?もう少しぐらいいいじゃないですかー」
柔らかい感触で片腕を封印されるようにしがみつかれている状態なのだ。しかも今はシリアは帯剣をしていない。
そこまで警戒する必要はないのではないかとはシリアも思っていたが、何せ横でへべれけになっているのは一国の王女であり、自身の妻でもある。必要以上に心配になるのも仕方がなかった。
「というかルナがお酒でこうなるなんて知らなかったよ……」
ルナ本人からは勿論、ジエンやカエン、ユーベルなどの周囲の人からも聞いたこともない。実は飲んだことがないのかもしれないが今それを確かめる術もなく、シリアはため息を一つついた。
「今日は戻ろう?明日もっと楽しむためにもさ」
「んー、そうですねぇ。でも、うーん……」
まだ遊び足りないという風にルナは座ったままシリアに体重を預けてきて、考え込むように唸るばかりだった。
しかし
「え?う、うそ、ルナ?」
シリアの腕にしがみついていた彼女はその頭をコツンとつけるとそのまま呼吸を深くしていく。間違いなく夢の世界に旅立とうとしている。
「ルナ、ルナ?」
「ん、んん……」
穏やかな寝息ではない。しかし彼女は居心地は良いのかしきりに腕に頬ずりをしては、ニヘヘと浮かれ笑っている。。
(こ、これは困った……)
恐らくルナはもう眠ってしまう寸前だろう。そうなったらおぶっていけばいいのだが、しかし大通りは酷い混雑具合だ。かといって裏道から行くのはまだ地理に疎いシリアにはきつく、薄暗いのもあり安全面的にも選択は出来ない。
(起きるまで、待つ?)
そうとも考えてみたがすぐに心の中だけで首を振った。泥酔ではないが酔って眠った人間はすぐには起きないだろう。それに外にずっといてルナが風邪なんか引いたら最悪だ。
「やっぱりおぶっていくしかないか……」
恐らく多少の注目は浴びるだろうがそれはしょうがない。とにかく王城まで戻らなければ。そう思って立ち上がろうとしたシリアの背後から声が掛かった。
「シリア様、一体何があったのですか?」
「え、フィーユ?」
聞き覚えのある知り合いの声にシリアは少し驚きながらも安堵して座ったまま顔だけ向けようとする。偶然いたのか、何か意味が合っていたのかシリアにはわからないが、とにかく今は助力してくれる人が一人いるだけでもだいぶ違う。
「た、助かったよ。実はルナが酔っちゃ……って?」
そう言いながら振り返ったシリアは後ろに立っている筈のフィーユを見て、声を詰まらせた。
「え、えっと、フィーユ、だよね?」
「色々と言いたいことはあると思いますが、今は聞かないでください」
両手には恐らく屋台で売られている食べ物が入っている袋を大量に掲げ、頭の側面にはどこで買ったのか可愛らしい狐のお面を被っている。
少なくとも普段は物静かな彼女にしては騒々しい格好だ。
(もしかしてお祭りが好きなのかな?)
常にクールな彼女の知らない一面かもしれない。しかし、そう思ったシリアにまるで心を読んでいたのかフィーユはジトッとした目を向けた。
「勘違いしないで欲しいのですが、望んでこうなっているわけではありませんから」
「あ、そうなの?」
フィーユは護衛の任務でついてきたことは言わなかった。シリアがそのことを察しているかどうかは置いておいて、折角祭りを楽しんでいるのに護衛と言えども常に見られていると知っていては心から楽しめないのではと思ったからだ。
だが、今のフィーユの姿を見て「お祭り大好きなんだね!」と思われることは彼女にとって名誉ではなかった。
「この豊穣祭がどんなものかと歩いていたら悉く呼び止められて、そのたびに何故か商品を渡されるんです。頼んでもいないのに」
何故でしょうかとフィーユは首を傾げていた。実際に彼女は祭りを見て歩いてはいない。ずっとシリアとルナの入ったお店のが見える位置で立っていただけだ。
それだというのに何故か周りの屋台からはある意味「差し入れ」のように届けられるのである。
「おかげでこの有様です」
「へ、へー、不思議だね、それは……」
それは単純にお祭りに浮かれた屋台の人達が、背が低いせいで"子供の様に見える"フィーユに善意から渡していただけなのだが、フィーユもシリアもその答えに辿り着くことはなかった。
「それよりも、ルナ様はどうなさったのですか」
「あ、そう、そうだった。」
思い出したように腕にしがみついているルナは完全に目を閉じて寝息を立てている。
シリアから事の経緯を聞いたフィーユも彼女がお酒で乱れることは知らなかったらしく、小さく驚いていた。
「とにかく王城に戻りたいんだけど」
「それなら馬車を使えばいいのでは?」
「馬車?」
何でもフィーユが言うには、祭りの間は広い通り限定であるが国内を巡回出来るように馬車が走っているらしく、それにお金を払えば乗れるらしい。そういえばと大通りを馬車が何台も通っていたなとシリアは今更ながら思い返していた。
「知らなかったんですか?」
「うん、全然……」
もしかしなくともルナは知っていたのだろう。残念ながらそれをシリアに教える前に潰れてしまったが。
「とにかく王城前を通る馬車もあった筈ですから、それに乗れば帰れる筈です」
「そっか、ありがとう!フィーユも乗っていくでしょ?」
「いえ、私はまだ所用がありますので」
「……その荷物でまわるの?」
「……まあ、そうなりますね」
「大丈夫?」
「私の事はいいですから」
とにかく、とフィーユに急かされたシリアはそれからしばらくして、幸い偶然にも王城行きの馬車を見つけることができた。
「今の時間はあんまり利用者がいないんですよ。手持ち無沙汰だったので助かりました」
馬車を操縦している男が言った通り、その馬車は無人だった。今の状況ではありがたいとシリアは思いながらルナを抱えながら馬車に乗り、漸く一息つくことが出来たのであった。
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お酒に関しての騒動は次の話まで続きますので、お楽しみ頂ければ幸いです。
次の更新は9/28を予定していますが、場合によっては遅れる場合もありますので、ご了承頂ければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。




