4.早すぎる再開
次の日の朝は扉がノックされる音で目が覚めた。まだ痛む部分はあるがだいぶましにはなったのでシリアはゆっくりとベッドから起き上がると、扉に向かう。
「どちらですか」
扉越しにそう尋ねると男の声で返事が返ってくる。
「宿の管理者です。王城から使者の方が見えているのでそのことを告げに来ました」
準備が出来たらロビーまでお越しください。と声を残して男が去っていく足音が聞こえる。
「王城から、か」
予想するには優勝賞品についてだろうと思う。闘技大会の主催は王家であることは確認していたからだ。
それにしても早朝だな、と思ったが窓から差し込む日の強さと太陽の高さから見てどうやら正午前であることを察する。思ったよりお寝坊したらしい。
「急いだほうがいいかも」
実は待たせていた可能性を考え、シリアは俄かに準備を始める。何かと悪い印象を与えるのはよくないということは誰だって知っているものだからだ。
元々荷物は少ない。傭兵稼業に大荷物は目立つし狙われる。出来るだけ現地調達ですぐに動けるようにしておくのは定石だ。だからこそ準備にそこまで時間は要さない。
そのまま剣を担ぎ、手提げの袋を持つと部屋から退室する。とにかく賞金をもらったら数日は多少ランクが上の宿に行きたいと思っていたから今日ここに戻ってくることはないことを見越しての行動だ。
宿は二階建て、彼女の泊まっていた二階の部屋から階段を下りればロビーは目の前だ。そして、そこに備え付けの簡易なソファーに使者と思わる男が座っていた。
シリアが来たことを宿屋の主が伝えたのか、彼は階段を下りてくるシリアを見ると立ち上がり、出迎える。
「王城から参りましたクランツと申します。お見知りおきを」
「…………」
シリアは珍しくポカンと口を開けていた。近づいてきた彼が握手を求め、それに呆然としながらも応じるが信じられない、と言った顔つきだ。
「え、なんで」
「……流石に気づきますか」
彼の服装はいかにも貴族が着ていそうな礼装に身を包んでいるが、シリアには見覚え、戦い覚えがある。
「昨日の、あの騎士……ですよね」
「鎧と兜を着ていたのでわからないと思っていたのですが、わかるものですね」
そう、彼はつい昨日あの闘技大会で戦ったあの騎士に間違いない。見た目は全く違うが身のこなしやその雰囲気をシリアは身を持って覚えていたのだ。
「え、怪我、とかは」
「兜が防いでくれましたし、まあ痛かったですが」
そういって彼は自分の頭を軽く小突いた。
(信じられない)
確かに兜で防いだが、あの衝撃は相当な物だったはずだ。少なくとも今日昨日で治るほど優しいものではなかった。それなのにこの男は整然と何もなかったかのように立っている。規格外の回復力だ。
「それで、えっと、何でしょう」
戦闘時以外のシリアは意外と口下手だ。それに今は目の前の事態に動揺して歯切れが悪い。
(まさか復讐……)
目の前の男は礼装ながら剣も携えている。まさか昨日の恨みを晴らす為に不意に襲ってくるようには見えないが、その判断は尚早だ。シリアはばれないように小さく身構える。
「昨日あのまま気を失ってしまったとのことで改めて優勝賞品の授与を行うために、王城まで招待すべく参りました」
どうやら準備は出来ているようですね。とシリアの恰好を見て言った彼はそのまま「こちらへどうぞ」と誘導する。その仕草の優雅さに思わず従いながら外に出ると馬車が用意してあった。
「これで王城まで参ります。少し揺れますがご勘弁を」
「は、はぁ……」
促されるまま乗り込む。大き目の馬車だが当然、誰も乗っておらず広さを持て余すぐらいだ。シリアが乗り込みその向かいに昨日の騎士が乗り込む。
「出してくれ」
馬車の小窓からそう告げるとゆっくりと進みだした。進行方向は見えないが小窓から移り行く風景は見える。
闘技場周辺の少し荒れた、寂びれた家々が少しずつまともで立派な物になっていく。それにつれ馬車の揺れも収まっていく。どうやらキチンと整備された道に乗ったらしい。
(何か気まずいなぁ)
目の前に座る騎士は気にしている様子もないが、シリアにとってはあまり心地いいものではない。何より昨日打倒した相手だ。後腐れを作っているつもりはないが相手の気持ちを読むような力をもっていない。
「それにしても……」
そんなことを考え悶々としていたシリアに声が聞こえる。勿論目の前の騎士だ。
「昨日戦う前も思っていましたが、小柄なんですね」
「ええ、まぁ」
突然、身体的な話をされてしかめっ面になる。別にグラマーになりたいと願っているわけではないが貧相だと言われて嬉しいわけでもない。
「失礼ですが、年齢を聞いても?」
「私は、今年で15歳です」
「ほう……」
そう言うと騎士は少し驚き感嘆したようだった。
「その歳であの強さ。さらに傭兵稼業を務めて来たという事はやはり相当な実力者なんですね」
「……そうでしょうか」
シリアはわからない。各地を転々としてきた身分で自分より強い相手はいくらでも見てきたし、戦ってきた。それらと比べると実力があると言われて素直に頷くことは出来なかった。
「一度戦った仲ですし、良かったら貴女の生い立ちを聞いてもよろしいですか?」
「別にいいですけど……」
何も楽しい話ではないことを前置きにしてシリアは口を開いた。いつ王城に着くかもわからずずっとこの騎士との間に沈黙が続くよりは多少語った方が楽だと思ったのである。
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