5.前夜祭
前夜祭、といってもその賑やかさはシリア史上初の熱気であった。
時間帯がちょうど夕食時とあってか屋台やお店の呼び込みも一段と激しい。
「ルナは人混みって大丈夫なの?」
「そうですね。毎年こんな感じなので慣れちゃいました。初めて参加した時は目を回してましたけど」
去年はユーベルと一緒に回ったんです。と前の祭りの話に盛り上がりながら二人はゆっくりと歩いていた。
大通りの混雑は激しく、歩く速さは極端に制限されていた。しかしいくら歩く速度がゆっくりでも人混みの密度は高く、少し気を抜いてしまえば波に飲まれてあっさりとはぐれてしまいそうでもある。
勿論、その対策はしているのだが。
「腕はきつくない?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ」
そう言ってシリアと組んでいる腕を見ながらルナはにっこりと笑う。最初は手を繋いで歩いていたのだが思っていた以上にぶつかったりして危ないために自然と腕組みをしていた。シリアにとってその行為が恥ずかしくないわけはないのだが、今は人の波に対応するので精一杯で羞恥心を抱くどころではなかった。
「盛大な祭りだなぁ」
これで前夜祭だと言うのだから驚きだ。物珍しくあたりを見渡すシリアにルナは話しかける。
「とりあえず何か食べましょうか?シリアは食べたい物はあります?」
「うーん、食べたい物か……」
ゆったりと進みながら考える。ルナ曰く、魚以外であれば何でもあるということだった。
この国やブレナークの位置は大陸の中央寄りで、川や湖はあれど周りに海はない。そのせいで海の魚を新鮮なまま輸送する手段はなく結果的に新鮮な魚介は用意が出来ないらしい。
ちなみにシリアも海を見たことはまだない。いつか行ってみたいなと思うがそれもまだ叶っていない。
しばらく「食べたいものかー」と考えていたシリアだったが、ひとまず安牌として提案してみる。
「私はボリュームが多いと嬉しいかな。お肉とか」
「それならたくさんありますよ!空いているお店を探してみましょうか」
ルナはシリアの言葉を聞くと、グイグイと腕を引っ張り混雑の中を進もうとする。それにシリアは合わせながら、普段あまり見れない子供らしい彼女の姿を微笑ましく思っていた。
前々から思っていたことだが、ルナは同年代と比べると随分大人びている。それは彼女の立場や周りの影響だとはわかっているが、そんな中でここ最近は少し年相応な振る舞いを見せることがある。それは大抵シリアと二人っきりの時が多い。
もしかしたら自分にだけそういった面を見せてくれるぐらいに心を開いてくれているのかなと、自惚れかもしれないがシリアはそれを嬉しく思っていた。
「あ、あそこなんてどうですか?」
空いている方の手を上げて、ルナは一つの店を示した。そこは通りに面した大きな店で、看板にはわかりやすく肉の絵が描いてある。中には沢山の人が見えるが、まだ全部席が埋まっている様な感じではなかった。
「うん、入ってみようか」
「はい!行きましょう!」
結ばれたお互いの腕が解けないようにしっかりと組みながら、シリアはルナに半分引っ張られながらそのお店の中に入っていった。
*****
「これは中々……骨が折れそうです」
フィーユは人混みに流されそうになりながらもシリアとルナを見逃さないように追っていた。
自由行動になった彼女らが夕食も兼ねて祭りに行ってくると城の者に報告をすることは想定済みであったし、その彼女らに気づかれないように護衛するのはフィーユにとっては朝飯前、のつもりだった。
「うぎゅっ」
フィーユは小柄だ。大概祭りの混雑で歩く人々というのは足元付近にあまり目を向けない。故に彼女の身のこなしをもってしても、関係なしにもみくちゃになっていた。
「姿が紛れるのは良いのですが、これでは移動もままならないですね……」
フィーユも伊達に色々と経験を積んできた身だ。いくら人の塊に押しつぶされそうになろうともその視界から護衛対象を外すことはない。
だが、そう言っても体力の消耗は著しい。
「む……?」
そんな彼女に少し疲れが見えてきたころだった。何かを話していた様子のシリアとルナが一つのお店に入っていく姿が見えた。
「あそこは食事処ですか……」
看板に肉のマークがついているところを見てその判断は間違いでないだろう。そこに彼女らの姿が見えなくなっていくのを見てフィーユは少しだけ大通りから外れた位置に立ち止まった。
そこはちょうど店の入り口が見える場所でしばらくは休息できそうである。
「ふぅ……」
壁を背に一息つく。最近涼しくなってきたとはいえ会場の熱気は凄く、少しだ汗を掻くほどだった。
「賑やかですね……」
目の前を歩いていく人々は楽しそうに話をしたり、時折大笑いしながらゆったりと進んでいく。その光景をぼんやりと眺める。
食事処に楽しそうに入っていった彼女らを護衛しているのはフィーユだけだ。他にも警備兵はいるのだが今は王城にいるジエンやカエンの方に付いている。
賑やかな祭り会場でまさか彼女らを狙って騒ぎを起こす輩がいる筈もないという判断でフィーユ一人だけが護衛任務に就くことになった。
(何も起こらないとは限りませんが)
その考え方はあらかた間違いではないだろうとフィーユも思ってはいたが、それに確証はない。だからこそ、こういう時にも気を緩めないのが彼女であった。
「おう、嬢ちゃん大丈夫かい?」
「……え?」
そんな時だった。壁を背もたれにしていたフィーユに横から声が掛かる。その方向を見ると中年の男がフィーユを心配そうに見ていた。
「ああ、急に声を掛けてすまん。随分ボーっとしている様だったんで気になってな」
「……すいません。少し歩き疲れて休憩してたんです」
まさか一国のお姫様とそのお婿さんを護衛している。なんて馬鹿正直には言えず少し誤魔化して答える。小さな愛想笑いも欠かさない。
「そうなのか、確かに祭りは楽しいだろうがあまり羽目を外しすぎないようにな」
「……気を付けます」
その男はどうやら近くで屋台をやっているらしく、手には肉と野菜を串焼きにした物と水を持っている。
「ほれ、よかったら食うか?」
「……いいんですか?」
いつものフィーユならその誘いは断っていただろうが、祭りの雰囲気にあてられていたのに加えて、さらに空腹も相まったのかつい受け取ってしまう。
「こんなところで倒られても困るしな!まあ困った時はお互いさまってことよ」
男はそれだけ言うとにっかりと笑う。どうやら本当に善意の塊らしい。
「では、有難く頂きます」
「おう、絶品だぞ!」
フィーユが礼を言って串についた肉に小さな口でかぶりついた。焼き立てだったのか少し熱いが、溢れんばかりの肉汁に濃厚な味付けが口いっぱいに広がった。
確かにそれは絶品と言って間違いない。
「美味しい……」
「そりゃ当たり前よ!」
ガハハと大口を開けて男は笑う。そして少しだけ声を穏やかにしてフィーユに尋ねた。
「それで、はぐれたお母さんかお父さんは近くにいるのか?何なら一緒に探してもいいが」
「…………」
変に親切にされていた理由が何となくわかってフィーユは複雑な心境に陥ることになった。
*****
そんな風にフィーユが護衛の為に尾行していることを知るわけもないシリアとルナは、先程入った店でお店で注文を取っていた。
予想通りそこは肉料理メインのお店だった。
「私はこのおススメのステーキにしようかな。ルナはどうする?」
「うーん、色々あって悩みますね」
肉料理メインといってもそのメニューは様々だ。シリアの頼もうとしているシンプルなステーキから、肉をたっぷり煮込んだスープだとか、大量の油で揚げた肉だとか、パンの間に肉と野菜を挟んだものだとか、それこそ種類が多い。
「じゃあ私はこれにします」
ルナが注文したのはステーキだった。シリアの頼んだ物と違う所は、そのステーキは様々な肉を一口大にして綺麗に盛り合わせたもので、女性にも食べやすいと紹介されているものだった。
「飲み物はどうしますか?」
店員に尋ねられ、そうだったとシリアはメニューを慌てて開く。
「えっと、どうしようかな」
「よろしければステーキに合う物をご用意もできますが……」
飲み物の種類も当然多い。これ以上悩むとただでさえ忙しそうだというのに無駄に待たせることになってしまい、それは申し訳ないという事でルナの承認を得てお任せにすることにした。
「それでは少々お待ちくださいませっ!」
店員は元気よくそう言って頭を下げると席から離れていく。
店内には様々な良い香りが充満しており、ただでさえ空腹だったシリアの食欲は益々昂っていく。
そして、それはルナも同じようで早く料理が来ないかとソワソワしているようだった。
「ステーキ楽しみですね!それで、明日は何を食べますか?」
「ま、まだ明日の夕食には気が早いんじゃないかな」
どうやらルナは明日からの本番が相当楽しみらしい。話を聞けば様々な催し物もあり、さらに屋台が今日よりもまだ多く並ぶらしい。
「まずは今日を楽しもうよ。食べてからもまだ回るんだよね?」
「そうですね。でもあんまり遅くなると心配を掛けてしまうので……」
「じゃあ、今日は大通りをある程度歩いてみようか」
「それぐらいがちょうどいいかもしれません。明日に備えて疲れてもしょうがないですし」
本当に明日からが楽しみなんだなぁと声には出さないがルナの楽しみにしている様子にシリアもどんなものかと期待を膨らませる。
そして、しばらく談笑していた彼女らに注文していた食事が運ばれてきた。
「お待たせしました。『本日のオススメステーキ』と『一口ステーキ盛り合わせ』です」
「うわ、ぁ」
「美味しそう……ですね」
鉄板の上に乗って美味しそうな匂いと音を発しているそれに二人とも無意識に唾を飲んでいた。店員はそれを彼女らの前に並べると、さらにお任せで頼んだ飲み物を置く。ワイングラスに注がれたそれは葡萄色に透き通ったものだった。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が下がった後、ルナはワイングラスを手に取って軽く持ち上げる。シリアもその動きに察して同じようにワイングラスを手に取った。
「じゃあ乾杯しましょうか」
「うん、じゃあ豊穣祭を祝して、かな?」
「そうですね。それと……貴女と一緒に豊穣祭に参加出来てたことを祝して、乾杯」
「……乾杯」
ルナに『貴女』と呼ばれたのが予想外で一瞬、固まったが何とか乾杯に音頭を合わせる。
そして、カツンとグラス同士が小さな声を出した。そのままお互いに一口だけ飲んでみる。
(果実のジュースかな……)
すっきりとした中に甘味のある味わいの飲み物だ。ルナも恐らく同じ物だろう。少しだけ飲んで息をついている。
「じゃあ、頂きましょうか」
「ん、頂きます!」
空腹が限界になり、シリアは早速ステーキに手をつけていく。そのせいでルナの僅かな変化に気が付いていなかった。
まさかこの後、ルナがあんな風になってしまうなど、この時のシリアには予想できるはずもなかった。
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※私用により更新を9/23とさせて頂きます。申し訳ありません……




