3.出発に向けて
更新が遅れて申し訳ありませんでしたorz
今後も不定期になりがちですが、よろしくお願いします!
豊穣祭は確かに楽しみであったがそれまでの間、シリアにとっては地獄のような日々であった。
「違います。もう少し腰は深く、顎の位置はこう」
「は、はひっ」
「違います。礼の角度はこのぐらいです。顔を上げる時に少し笑みを浮かべるよう意識してください」
「は、はひっ」
「違います。ここは──」
「は、はひっ」
「違います」
「は、はひっ」
以下、そんなやり取りが何度も何度も続き、その日の夜には色々と限界を迎えたシリアはルナに半ば泣きついていた。
「厳しい、厳しいよぉ」
「だ、大丈夫ですか?」
基本的にシリアは弱味を見せることはあまりない。我慢強く、簡単にへこむこともなく、すぐに諦めないし弱音も吐かない。
そんなシリアがソファーに座っているルナの膝元に埋まって呻いているということはつまり、非常に珍しいのだ。
「貴族用の作法なんて、生きているうちに絶対学ぶことなんてないと思ってたから……」
「慣れないと大変ですよね」
あまりにもシリアが悲惨だったためつい話を合わせたルナだったが、正直に言ってしまえば作法なんて物心ついた頃から身に着いていた。悲しいことにシリアの苦悩は理解してあげることは無理そうだ。
「あまりにも難しいなら無理しなくていいんですよ?挨拶周りは私だけで簡単に済ましても大丈夫ですから」
「うーん……」
膝に埋まったまま唸られると弱い振動がそこから伝わり少しだけこそばゆい。ルナは少しだけ身体を震わせたがシリアは何か考え事をしていたのか気づかず、その場でグルッと身体を回した。
ルナを見上げる膝枕に姿勢を変更して、シリアは弱々しく笑いながらもしっかりと言う。
「でも、一緒にちゃんと挨拶もしたいし、それにいずれは絶対に覚える必要もあるから……私、頑張るよ」
「……そうですね。私も一緒に並んで挨拶したいですから。応援しか出来ないのが残念ですが、頑張ってくださいね」
その変わり今はゆっくり休んでいいですから。と声を掛けてルナはゆっくりとシリアの頭を撫でていた。ルナは頭を優しく撫でられるのが好きだ。ただ、今日だけは撫でる側になっており、そしてそれも悪くないと思い始めていた。
「はぁ、癒されるなぁ……」
シリアもシリアで、撫でる側より撫でられる側を割りと気に入り始めていた。しかし年齢差もあるし、お互いの見た目を比べると何だか情けない人間のようで少し恥ずかしくもあった。
ただ、自室なら二人きりだし心地も良いこともあってか、すっかり気を緩めてルナの柔らかい手を享受していた。
「撫でられると眠くなってくるね……」
「流石に運べませんから寝ないでくださいね?」
「んん、努力はする、よ。ふわ、あ……」
言っておきながら大きな欠伸をする。心地よさそうな欠伸だった。
「もう今日は寝ますか?」
「……そうだね、そうしよっか。明日までみっちり頑張らないといけないしね」
日程に余裕はない。今日と明日が過ぎれば次の日には出発になるのだ。
「よし、それじゃあ……」
ゆっくりと身体を起こしてシリアは立ち上がるとルナを見下ろせる位置に立った。どうしてそこに立つのか、その意味がわからず「?」の疑問符を浮かべるルナを一息に──持ち上げた。
「ひゃっ!?し、シリア??」
突然手を差し込まれそのままお姫様抱っこされたルナは小さく悲鳴を上げながらもシリアに抱き着く。
「膝枕のお返し」
「そ、そこからそこじゃないですか。それに言ってからやってください。びっくりしますから!」
「言ったらやらせてくれないかなーって」
そう言ってにっこり笑うシリアにルナは確かにそうかもしれないとため息をついた。最初会った頃に比べると二人の距離はずっと縮まっているようだった。ただ、二人きりという状況には限られるが。
「それに少し驚いた声も可愛いからさ」
「……可愛いっていえば何でも許すわけじゃないですからね?」
そう言いながらもルナは嬉しそうに微笑む。その笑顔に心の臓を撃ち抜かれたシリアは今の状況からさらに抱きしめたい衝動に駆られたが残念ながらベッドまでの距離は短く、その願いは叶わなかった。
「ありがとうございます」
ゆっくりとベッドにルナを寝かせると、そのままシリアもベッドに上がり、その隣に寝そべった。そのまま二人で共有するベッド用の布団を被ると室内はすぐにシンと静まり返った。
「じゃあ、灯り消しますね」
ルナはそう言ってシャンデリアに手を向ける。シリアにはわからないが仕組まれた魔法によるものだ。
「最近寒くなってきたね」
「そうですね……毎年豊穣祭前後で少し寒くなる気がします」
豊穣祭は豊作の時期の収穫を使って盛大に祝う祭りなのだ。それが終わると寒い時期になり収穫量は落ちるので、それを乗り切ろうという意味でのお祭りでもあるらしい。
モゾモゾとルナはシリアに引っ付く様に身体をずらした。シリアはそんな彼女を優しくゆったりと抱き寄せる。
「ルナはこれ好きだよね」
「昔、寝れなかった時にお母様がよくやってくれたんです。安心するのかもしれません……」
ゆったり抱いた状態でルナの小さな背中を優しくポンポンとしたり、ゆっくりと撫でているとルナはあっさりと微睡み始め、気が付いたら小さな寝息を立てている。
「お母様、か」
果たして会えるのはいつになるのだろうか。少なくとも遠い場所に出掛けているのならまだ先だろうな。と思いながら隣ですやすやと心地よさそうに眠っている愛しい少女に視線を向けた。
「ふわ、ぁ……」
静かな寝息を安らかな寝顔に誘われると、シリアは抗う事もせずにあっさりと夢の世界に旅立っていった。
まさか、その『お母様御一行』が全速力で戻ってきているとも知らずに。
*****
その日の夜のことだ。
現在メイドとして城に雇われているフィーユはユーベルに呼び出されていた。時間も時間なのでその場所はユーベルの自室だった。
彼女の部屋の前に辿り着いたフィーユは扉を軽くノックして、聞こえるような小さな声で名乗った。すぐに部屋の中で何かが動く気配がすると、目の前の扉がゆっくりと開かれた。
「ごめんなさいね。こんな時間に呼び出して」
「夜は強いので、全然問題ありません」
「そう言って貰えると助かるわ。さあ入って」
ユーベルに促され部屋に入る。やはりメイド長ということもあってかフィーユの自室と比べるとずっと広い。ただ家具や装飾はあまり派手を好まない彼女の性格らしく、質朴で実用性がありそうなものでまとまっていた。
椅子に掛けるように言われ、それに素直に従うとユーベルは小さなポットとカップを机の上に並べる。
「温かい紅茶しかないんだけど、大丈夫?」
「はい、何でも大丈夫です」
カップに注がれた紅茶は仄かに果実の香りがした。少しそれを嗅いでいるとユーベルは話を切り出した。
「時間も遅いから単刀直入にお話しします」
「はい」
「既に存じていると思いますが、明後日に隣国のエネリアで行われる豊穣祭の件についてです」
「はい」
フィーユがそのことを知ったのは今朝のことだった。毎年恒例の行事で、グリード家の面々が出席するものだ。
「当たり前ですが数日とは言え、城主がいない間は城の警備をより厳重にしないといけません」
「……ということは、私にも何か手伝いを?」
この城の警備隊を一度出し抜いてフィーユは潜入に成功している。そう言う意味ではその手を知っている彼女を警備に回すのもおかしい話ではない。
しかし、ユーベルは首を横に振った。
「警備に関しては私とクランツを中心に隙間なく埋めるつもりですから大丈夫です。私が心配しているのは豊穣祭に参加する方々のことです」
ユーベルが言うには、祭りには招待される側なので必要以上に護衛を連れて行くのは逆に失礼になるということだった。となれば、出来る限り少数精鋭で組まなくてはならず、今回の話はその件のことだったのだ。
「祭りの間だけではありません。一日で着くとはいえ馬車で移動する道中も安心はできません。そこを狙われる可能性もありますから」
賊は勿論だが、そこには魔物や獣も含まれる。整備された道を通るからと油断はできない。
「そこで貴女には今回護衛として同行してもらい、もしもの最悪の事態が起きた場合の対処をして頂きます」
「……私で、いいんですか?」
フィーユは少しだけ声を小さくして尋ねる。薄々と感じているがまだ完全に信用されているわけではないということは彼女自身が一番わかっていた。
どんな理由があろうとも城に侵入しシリアに剣を向けた事実は消えない。普通なら国外追放でもおかしくはないのだが、ユーベルは彼女をエンリ家を抑え込む生き証人として雇うことを提案してくれ、さらに襲撃の件も後の事を配慮してくれたのか広くは周知しなかった。
そのおかげでフィーユは安定した衣食住に賃金も得ることが出来ている。
「貴女が今まで色々と仕事をしてきたことも聞いています。魔物と対峙したこともあるでしょう?」
フィーユはコクンと頷いた。魔物を倒して欲しいという依頼は危険だがその分報酬も多い。何度か危険な目にもあったし、酷い目に遭いそうなこともあったがその分の対価は大きかった。
「戦いの経験もあり、あまり目立たず行動することもできる。今回の様なケースでは非常に適していると言えるでしょう」
それと、とユーベルは付け加える。
「今回の件を通して貴女の事をちゃんと信用したいという気持ちもあります。もちろんですが他にも護衛はつけますし、その方々は貴女の事も見ていますから、そこは忘れないよう」
そう釘を刺してユーベルはカップに口をつけた。
「以上です。何か聞きたいことはありますか?」
「……いえ、わかりました。期待に応えられるよう頑張ります」
相変わらず無表情ながらも強くそう言うとユーベルは小さく安心したように笑った。
フィーユにとっても恩があるユーベルに少しでもお返しをするチャンスでもあった。断る理由はない。
「それでは詳細はまた明日伝えますから、今日はゆっくり休んでくださいね」
「はい。紅茶、ご馳走様でした。美味しかったです」
飲み干したカップを置いて、フィーユは席を立って頭を下げる。そのまま退室する為に部屋の扉を開けたその時、後ろから少し冗談のような口調で声が掛かる。
「無事にやり遂げられたら何か一つお願いを聞きますから、頑張ってくださいね」
ユーベルは軽い気持ちで言ったつもりだった。
城に侵入しさらに襲ってきたフィーユだったが、それは生きるために仕事を選ばなかっただけであるし、それこそ今は変な反意を抱くことはないだろうと思っていた。それなら何か頑張る理由をつけてあげたかったのだ。
だが、フィーユにとってその言葉はお金よりも欲しいものだった。
「……今の、約束ですよ」
ん?と何か違和感をユーベルが感じ取った時にはフィーユの姿はもうそこになかった。
「……もしかして、変な事言ったかしら」
何だか嫌な予感もするが、とりあえず有力な護衛であることは間違いない。後は何も起こらないように祈ることしかユーベルには出来なかった。
そして、エネリアに出発する日がやってきた。
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推敲や見直しは出来る限りしているのですが、誤字や脱字、設定上の間違いなど気づかぬミスをしていたら申し訳ありませんorz
次回から豊穣祭編になりますので、どうぞよろしくお願いします!




