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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第四章:新婚旅行と豊穣祭
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2.招待状と証

この賞のテーマは「新婚旅行」です。どうぞよろしくお願いします。

 シリアがルナと出会ってちょうど一ヶ月のあの日の夜。お互いに想いを伝えたあった彼女らは、すぐに報告していた。


 その時は、まるで把握していたように「そうかそうか、おめでとう」とあっさり言われてシリアは少しだけ拍子抜けした。

 というのも周りの人達はシリアやルナの関係についてよっぽど理解していたらしく、そうなるのも当然だと思っていたのだ。それを知らなかったのは皮肉にも彼女らだけだったのである。


 さて、そんな彼女らは今、その報告をした玉座の間にいた。


「夜遅くに呼び出してすまなかったな」


「いえ、そんな……」


 少し申し訳なさげに言うジエンにシリアは慌てて首を振って大丈夫だと伝える。


「それで、何かあったのですか……?」


 ルナが恐る恐る聞く。緊急の要件で呼び出されたのだ、シリアも口には出さないが何か良くないことが起ったのではないかと思っていた。

 この場にいるのは国王のジエンとカエン、それとユーベルを含む数人の従者だけである。そこにフィーユの姿はなかったが、とにかく少数である。つまりは大向けに発表出来ない内容の可能性がある。


(なんだろう……)


 シリアもルナと同じく少しだけ不安になっていた。そんな彼女らにジエンは少し表情を和らげた。


「そこまで緊張せずともよい。悪いことが起きたわけではない。寧ろ良いことだろう」


 ジエンが合図をすると従者の一人がある書面をルナに手渡した。キョトンとしながらもルナは冒頭を読み、顔を上げて尋ねる。


「これは、招待状ですか?」


「うむ、エネリアの豊穣祭のな」


「エネリア?」


 聞いたことのない単語にシリアは首を傾げた。恐らく国名なのだろうがピンとこない。


「エネリアは隣国なんです。昔から同盟国でずっと交流をしているんですよ」


「へー、そうなんだ……」


 そういえば歴史関連の文書を読んだ時に周辺国についても若干学んだ気がする。憶えていなかったのは単純に頭の容量が足りていなかったのだろうか。何となくユーベルの瞳が光ったのは気のせいだと思いたい。


「もうそんな時期なんですね」


「ああ、色々と忙しかったせいで招待状が来て思い出したぐらいだ」


 知識のないシリアにルナから簡単に説明が入った。

 隣国であるエネリアは豊かな資源を持つ国で毎年決まった時期に豊穣祭を開いているらしく、同盟国であるこの国ブレナークは毎年招待されているようだ。


「エネリアは大きな国ですっごく賑わうんですよ!夜もずっと騒がしくて本当にお祭りっていう感じで」


 ルナは本当に楽しみにしているようで、話を聞くだけでもシリアも期待してしまう程だった。


「お主らの婚姻についても話してある。正式な結婚式はまだ執り行っていないが、先にお祝いも兼ねて是非とも参加して欲しいとのことだ。」


 思ってもいないところからの祝福だが、嬉しいことに変わりはない。それにシリアはまだルナと二人で遠くに行ったことはない。そう言う意味でも非常に楽しみになる。


「ちなみにいつなんですか?」


「三日後だ」


「え?そんな早いんですか!?」


 尋ねたシリアは思っていたよりも日程が急なことに驚く。ルナが日時を聞いても普通にしていることからそういうものなのかもしれないとも思ったが、中々に余裕はない。

 ただ、隣国ということもあって大体馬車で一日程度の距離らしい。それならば準備が間に合わないという事もなさそうだ。


「んっ?」


 ふと気が付くと隣に座るルナが手をそっと添えていた。シリアが目線を合わすとふわりと笑う。


「楽しみですね」


「……うん。聞いただけでもワクワクしてる」


 途端に二人の空間が出来上がりそうになったが、それを制したのはカエンの咳払いだった。


「私と父上は公務も兼ねて出席する為、エネリアまで同行はするが着き次第別行動になると思う。手の掛かる妹だがよろしく頼む」


「手の掛かるなんて、寧ろ私の方が迷惑を掛けるんじゃないかと思うんですけど……」


 ルナはこの国の王女だ。いくら公務をジエンやカエンが取り繕うとしても挨拶周りは必要だろうし、そうなれば婚姻関係にあるシリアも挨拶をするのは自然な流れだろう。


「そのあたりについてはユーベルに任せてある」


「明日からみっちりやりますので、よろしくお願いしますね」


 ジエンの言葉にシリアが彼女の方を見るとニコリと笑った。笑顔は笑顔でもルナのふわりとしたそれと比べれば「覚悟してくださいね?」と語り掛けてくるような笑顔だった。


 それにアハハと乾いた笑いを向けるしかないシリアである。


「それで、その件についての呼び出しだったのですか?」


 ルナが尋ねる。シリアも少しだけ思っていたことだが招待状の件だけであれば確かに急ではあるがわざわざ夜遅くに呼び出す必要があったのだろうか。

 ジエンはその問いに軽く首を横に振る。


「もう一つだけ、どうしても早いうちに渡しておきたいものがあってな。シリアに」


「え、私ですか?」


 ジエンは頷くと何かを取り出した。それを机の上に置く。取りに来いということだろうか、シリアは席を立つとその前に立つ。


「これは、紋章……?」


 そこには複雑な形の紋章と思われる物があった。


「これは我がグリード家に伝わる紋章である。ちょうど今日出来上がったばかりのものだ」


 どうやら王家専門にそういう業者がいるらしく、前々から頼んでいたのが今日出来上がり、たった今届いた。ということらしい。


「これを、私に?」


 簡単な上着を羽織ったルナには今は付いていないが、ジエンとカエンは胸の部分にその紋章がついている。


「正式にグリード家の一員、一族として迎え入れる為にこれを受け取ってもらいたい」


「は、はい」


「ただ……これを受け取るという意味はわかるな?」


 ジエンは全てを語らず目で語っていた。

 それはこれからグリード家の一人として責任を持つことであり、何よりもルナとこれから人生を共に歩んでいくことを約束することである。そして勿論彼女を幸せにすることも含んでいるだろう。


 後ろで座っているルナに対して振り返る。彼女はシリアが振り向いたことに一瞬だけキョトンとしたがすぐに笑みを返した。


(……よし)


 シリアは大きく決意をすると手を伸ばして──



*****



「似合ってますよ、凄く」


「そうかな……ただ紋章がついただけだよ?」


 部屋に戻ったシリアとルナは公の場で着る礼装に紋章をつけていた。何故か頼まれて必要もなく着ていたが、ルナには好評なようでひとまず一安心したシリアである。


「お祭り楽しみですね」


「うん、でも大きな催しに参加したことってないからイメージできないなぁ」


「きっと楽しめますよ!毎年凄く盛り上がりますから!」


 ただ着ただけの礼装を皺を作らないようにゆっくり脱いで寝る用の装いに着替える。もう夜はだいぶ過ぎていた。


「ルナはまだ眠くない?」


「正直に言えば、ちょっと眠いですね……」


 ふわぁ、と甘い欠伸をしながらルナはソファーに座りながら眠たそうに眼を擦っていた。さっき寝そびれた反動も来ているのかもしれない。


「シリアは眠くないんですか?」


「んー、どうだろう。紋章を貰ってから嬉しくて」


 興奮冷めやらぬというのだろうか、『家族』のように受け入れてもらったという事実が思っているよりも嬉しかったのか、胸の奥がずっと暖かい。


「何か改めてちゃんと認められたっていうか……言葉にしにくいんだけどさ」


「紋章だとか、証だとかなくてもシリアはもう家族ですよ、ね?」


 寝巻に着替え終わったシリアもソファーに腰を下ろす。小さな軋みの音が響いた。ルナは隣に座ったシリアに少しだけ近寄ると嬉しそうに言う。


「お祭りも楽しみですけど……二人で遠くに出掛けるのも初めてですよね」


「そうだね、それも凄く楽しみだよ」


「まるで……新婚旅行みたいな、な、なんて……」


 ルナは言ってから自覚したのか恥ずかしそうに顔を伏せた。事実、恥ずかしいのだろう。横顔だけでも少しだけ赤くなっているのがはっきりわかる。

 しかし、それが嬉し恥ずかしかったのはルナだけではない。


「えっ、あ、うん。そう、そうだね……」


「…………」


「…………」


 突然言われた言葉に曖昧にしか返事が出来ない。静かで妙な間がちょっとだけ続いた。


「……ふ、ふふっ」


「あは、ははっ……」


 しかし、次第にお互い共に無言なのがおかしくなったのか笑い合う。そして今度ははっきりと目を合わせながらルナは微笑んで言う。


「迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いしますね」


「それはこちらこそだよ、正直ちょっと緊張してるし……」


 礼儀作法に関しては明日から恐らくユーベルが講義(訓練)してくれるだろうが、正直に言って育ちは良くはないし何かヘマをしないかシリアは心配だった。


「大丈夫ですよ……シリアは堂々として、くれれば……」


 ルナは安心するようにそう言ったが、その声は少しずつ弱くなっていた。どうやら相当睡魔に追い詰められていたようで、眠りへの誘いが急に来たようだ。


「ルナ、大丈夫?」


「んん……大丈夫、ですよ?」


 シリアが声を掛けるとそれに反応するようにポフッと寄り掛かってくる。それをゆったりと支えるとルナは心地よいのかそのまま目を閉じてしまいそうになっていた。


「ちゃんとベッドで寝ないと風邪引いちゃうよ」


「そう、そうですね……」


 恐らくもう声はあまり届いていないのだろう。ルナはそのまま小さな顔を滑らせると埋まるようにシリアの太腿にまで落ちてしまった。


「ルナ……?ルナ?」


「すぅ、すぅ……」


 シリアの呼びかけには小さな寝息しか返ってこなくなった。小さくため息をついたシリアだったが、慈しむように手はゆっくりとルナの頭を撫でていた。


「ん、んぅ」


 その感触に少しだけ寝ている少女から反応があったが、すぐに慣れてしまったようで再び心地よい寝息が聞こえてくるのはすぐだった。


(困ったなぁ)


 そうは思っているのにこうして安心したように眠っている少女を見て、信頼されている気がして嬉しくなり頬が緩んでいる。ちぐはぐな心理である。


「ルナ、ベッドまで運ぶよ」


 返事は求めていない。寝ている身体を動かすことに申し訳なさを感じつつもゆっくりとルナの身体を起こしシリアはソファーから立ち上がる。

 そのままゆっくりとルナを抱き上げるように手の中に包み込んだ。所謂お姫様抱っこである。


「んん……」


 動きがあったせいで僅かに身じろぎをしたルナだったが、シリアの腕の中にぴったりと収まったようで不快ではないようだった。


 その証拠に無意識なのだろうがシリアの背中には細い腕が回りその胸元には小さな顔が埋まっていた。


(こうしてみると子供みたいだなぁ、暖かいし)


 まだ子供で間違いはない。13歳の彼女はその立場からかシリアから見て非常に大人びて見えるが今見せている姿もまた、彼女の姿なのである。


(大切に、しないと)


 腕の中で眠るルナを大事そうにゆっくりと運ぶとベッドに横にする。そのままシリアも一緒に横になると起こさないようにゆっくりと布団を被った。


「……お祭り、楽しみだな」


 その次の日からギュウギュウに濃縮された礼儀作法を叩きつけられることになるのだが、それをまだ知らないシリアは豊穣祭を楽しみにしてゆっくりと夢の中に落ちていった。

ブックマークや評価、感想など本当にありがとうございます!

次回更新は9/3を予定しておりますが、仕事によって変更になるかもしれません。

申し訳ありませんが、お付き合い頂けると嬉しいです!

※すみませんが、次回の投稿9/4になると思われます。申し訳ありません。

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