1.新しい波の予感
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とある砂漠にある小さな街。その大通りを一人の少女が走っていた。その地域に住んでいる住人が着ている民族衣装のような服装とは違い、お洒落なワンピースと後ろでポニーテールにしている長い茶髪が特徴な少女だ。
全力で走る少女に周りからは好奇の目線が向けられるが、それを気にする余裕もないのか息を切らせながら走り続け、やがて一つの簡素な家に辿り着く。
「お義母様!お義母様!大変ですわ!!」
ノックも無しに家の扉を開けるとその中では二人の女性が大きな図面を広げて話し合っている最中だった。
一人は金色の髪をバッサリとショートに切っている若い女性と、もう一人は純粋な黒髪を腰より少し上まで伸ばした女性だった。
彼女らは突然入ってきた少女に驚くことはなかったがその代わりに訝し気な目線を飛ばす。
「マロン?今日は休養日の筈よ?どうしたの?」
金髪の女性がそう尋ねると、マロンと呼ばれた少女は肩で息をしながら手に握っていたある物をテーブルに差し出した。
それを手に取ったのは黒髪の女性だ。
「手紙?あら、貴女の家からじゃない……『親愛なるティアナへ』ですって。相変わらず硬いわねー」
「手紙の冒頭は決まってるものよ。それより見せて」
ティアナと呼ばれた女性は手紙を受け取るとその内容を読んでいく。
そして読んでいくにつれて徐々にその目が見開かれていった。
「マロン、貴女はもう読んだの?」
「は、はい。すみません、てっきり定期便かと思って……」
「何よ何よ。私にも見せてー」
容姿は完全に大人だが子供の様な口調でそう言うと黒髪の彼女はティアナから手紙を奪う。
「うーんと……拝啓、親愛なる──ああ、もう本当貴族って手紙の書き方ひとつでも遠回しね!えっと、この度グリード家長女であるルナ=グリードの婚姻が決まったため、このように失礼ながら書簡で報告致します」
適当に一人で相槌を打ちながら彼女は一通り読み進めていく。内容はグリード家の一人娘ルナが婚姻を結んだこと一つだけだったが、何せ王族の婚姻だ。話は大きい。
「あらあら、あのルナちゃんよね。めでたいじゃない」
読み切ってあっけらかんと言うと、ティアナは声を荒げた。
「めでたいですって!?あんたね、可愛い愛娘がどこの馬とも知れぬ男と結婚なんてそんな許せるはずないでしょう!?」
「そうは言ったっていずれ誰でも結婚はするもんでしょうし、大体魔法の研究のためにって家を空けてるのは貴女なんだから、横から口出しするのも変じゃない?」
「そ、そうだけど……!」
うぐぐ、とティアナは声に詰まった。そう、彼女はグリード家の現王妃である。何故彼女が国を離れ辺境の砂漠にいるのか、それは一言でいえば魔法の研究であった。
ティアナの家系は昔から魔法を実生活に活かすことを研究していた。日常生活の補助から病気、怪我の治療。勿論娯楽方面でもだ。
ただ、全ての人間が平等に同じように魔法を扱う力を持っているわけではない。中には全く魔法に精通しない者もいる。それは人それぞれだし責めるわけにもいかない。
だが、魔法を普通に使える者と比べると不便だ。
ティアナの家系はそうした者達が少しでも楽できればと魔法の研究を続けてきたのだ。
だからこそ、ブレナークの国王であるジエンに嫁いだ後も不定期ではあるが、この砂漠地帯の様な魔力の多い場所へ数ヶ月から長ければ数年、研究目的に出掛けるのだ。
そんな中で届いた便りであった。
「……ここら辺の調査もひと段落したし、一度帰りましょう」
ティアナは少しだけ考えた後、そう言った。
「まあ、お戻りになるのですか!」
マロンはティアナの言葉に驚きながらも嬉しそうだった。その理由はティアナにもよくわかっている。
「マロンもずっとカエンに会えてないでしょう?あの子は浮気性じゃないけどああ見えて寂しがり屋だから、顔を見せてあげなさい」
ティアナがそう言うとマロンはハッと気づいたように喜びの表情を慌てて消すと顔を少し赤くしながら否定するように口を開く。
「べ、別にカエンとはいずれ一緒になりますから。私は両親に会いたくてですね……」
長々と照れ隠しの言い訳をするマロンをハイハイとティアナは受け流す。
マロンはティアナの息子であるカエンの許嫁だった。現在17歳の彼女もまた、ティアナ程ではないが魔法に関してはかなり精通しており、今回の研究の補佐として着いてきていたのである。
まだ言い訳を続けるマロンを尻目にティアナはもう一人の女性の方を向いた。
「アイリはどうする?」
「ん?んー、そうだねぇ……」
アイリと呼ばれた黒髪の女性は少しだけ悩んでいたようだったが、すぐに結論を出した。
「私も一緒に戻ろうかな」
その返事にティアナは予想外だったのか少し驚いていた。
「一緒に戻るの?」
「うん。意外?」
「てっきりここでお別れかと思ってたわ」
「アイリ様も一緒に戻られるんですか!?」
マロンが嬉しそうにそう言うと、アイリはにこっと微笑みを返す。
ティアナとマロンは生まれた頃からブレナークの住人として生きてきたが、アイリは違う。
彼女はかなり遠い土地からやってきたらしく、ティアナと知り合ったのも彼女がブレナークを訪れた時に本当に偶然出会ったからである。
そんなアイリは誰から見ても凄腕の魔法使いであった。幼少の頃から魔法に関して訓練や勉強をしてきたティアナでも足元に及ばないほどで、彼女から見て『天才』と称してもよい存在であった。
今回の研究ではマロンの様に補佐として来ているわけではなく、ただ旅の途中だからしばらく着いていく。という単純な理由で同行していただけだったのだ。
勿論、何かとアドバイスはしてくれるし、それが的確なので研究はかなり捗るし、しかも彼女はマロンの良いお手本になっていた。
アイリは大人びた容姿の割に妙に子供っぽかったり、逆に急に真剣になったりとつかみどころがない人物だが基本的にお人好しだ。マロンが魔法に関して熱心な事を察してくれているのか色々と教えたり、必要なら実践したりと面倒をみていた。そしてマロンはそんなアイリに憧れを持ち、存分に懐いていた。だからこそ一緒に戻ると言った時に多大な喜色を表したのだ。
てっきり国へ戻ると言ったらここでお別れだとティアナは考えていた。アイリ自身がが単純に旅の途中で着いてきているだけと公言していたのだからそう思うのが普通なのだが、一体どこで心変わりしたのか一緒に戻ると言っている。
「まだアイリ様と一緒にいられるなんて光栄です!まだまだ沢山学びたいこともありますし!」
「おー、嬉しい事言ってくれるねぇ。教え甲斐があるよ」
「一応、理由を聞いて見ていい?」
何となく理由が届いた手紙にあるような気がして、ティアナは尋ねる。別に彼女が何か悪いことを企んでいるとは思ってもいないが、とりあえずの確認である。
「んん?ちょっと気になることがあるだけ。たぶん気のせいだけど」
しかし、アイリは回答を少し濁した。彼女自身もどう答えるべきか迷っている様でもあった。それを聞いてティアナも今追求している場合ではないと納得することにした。
「そう……まあ私も一緒に戻ってくれるならありがたいわ。カエンやルナも喜ぶと思うし」
ここからブレナークまでは遠い。勿論、飛ばして帰るつもりだが最低でも一週間は掛かるだろう。帰る途中で何があるのかもわからない。だからアイリのような凄腕の魔法使いがいるだけでも安全性は段違いなのだ。
「じゃあ、急いで支度しましょう。早いに越したことはないわ。マロンは護衛契約の解除手続きをお願いしてもいいかしら?」
「はい!すぐに行ってきます!」
指示を受けたマロンはすぐに飛び出していった。研究中の護衛としてこの地域のギルドから護衛を雇っていたのだが、その契約解除である。いつ帰るかわからないので日当で報酬を渡していたのでそこら辺の問題はない。
「じゃあ、私も色々荷物をまとめてくるわ」
「いってらっしゃーい」
ティアナも多すぎる荷物の整理があるために足早に出て行った。そしてその場にはアイリだけがポツンと残った。
彼女はテーブルに置いたままになっている手紙をもう一度手に取ってじっくりと読む。
「シリア……シリアねぇ。あの子は女の子だったし、まさかとは思うけど。でも、何か引っ掛かるし確認だけはしとかないとね」
頭の中に残る懐かしい名前を呟きながら、息を着いた彼女は実に楽しそうな表情をしていた。
*****
「成程……じゃあティアナさんがルナのお母さんで、マロンさんがカエンさんのお嫁さんなんだ。でも、一年も会えてないってルナは寂しくはないの?」
「大事な研究ですし、それに帰ってこないわけではないですから。もっと子供の頃は少し寂しかったですけど……」
ブレナークの王城の自室でシリアとルナは歓談に花を咲かせていた。お互いの想いを打ち明けてから数日後の話である。
シリアとルナの距離はあの一件から精神的にも物理的にも近づいているようだった。ある意味遠慮がなくなったというのだろうか、流石に時と場所は選んではいるが何かと引っ付く様に過ごす事が多くなった。
そんな彼女らが今話している内容はルナの親族についてだった。兼ねてからルナの母親のことやカエンに婚約者がいることは知っていたが、その詳しい内容は知らなかった。それを解消しているところである。
「大体一年ぐらいで帰ってくる事が多いので、もしかしたら近いうちに戻るかもしれませんよ」
「そっか、いつかわからないけど会うの緊張するな……」
「大丈夫ですよ。お二人ともとっても優しいですし、それに……私も一緒にいますから」
ルナはそう言うと微笑んだ。それを見ると何でも大丈夫なような安心感に包まれるからシリアは不思議だった。
「うん、そうだね」
その微笑みにつられて同じようにシリアが笑うと、ルナがそっと寄り添ってくる。そして何も言わずにシリアは彼女をゆったりと抱いた。
「ふふ」
「どうしたの?」
ルナはシリアの問いには答えず、胸のあたりに顔を埋めるように抱かれると心地よさそうにしていた。
今でこそ知ったことであるがルナは甘え癖というのであろうか、シリアと二人きりになると今の様な行動をすることが多くなっていた。
勿論、シリアにとってそれが嫌という事はなく、寧ろ嬉しいぐらいであった。ルナの身体は暖かくて柔らかいし、しかもフワッと良い匂いが鼻を擽る物だから、ある意味夢中になっているのはシリアの方かもしれなかった。。
「こうしていると落ち着きます……」
そう言って微睡む様な口調で呟くルナを優しく撫でる。
「……もう、子供扱い、しないでくださぃ」
少しだけその扱いにご立腹のようだが、どうやらルナはだいぶ眠いらしい。シリアもそれに誘われるように何だか眠くなってきた。
「ルナ、ここで寝たら風邪引いちゃうから……ベッド行かないと……」
「んんぅ……」
ソファーは十分に大きく、二人で横になるのは問題はないがこのまま寝てしまうのは健康上あまりよろしくはない。
しかし、今日の睡魔には勝てそうにもない。ルナに至ってはもうそろそろ夢の中に旅立とうとしている始末だ。
ちょうどその瞬間だった。
「お休み中すみません!」
その声と同時に部屋に大きなノック音が響いた。
その突然の来訪と音にまだ意識を持っていたシリアはハッと目を覚ますだけだったが、半分寝ていたルナは「ひゃあっ」と素っ頓狂な声を上げ、危うくソファーから落ちそうになるところをシリアに抱きかかえた。
「ジエン様が緊急の要件があるとのことで玉座の間に集って欲しいとのことですが、大丈夫でしょうか?」
扉越しに従者の声がして、シリアは慌てて承諾の返事をした。今のルナを抱き上げている状態を見られるのは、別に夫婦なんだから問題はないのだがそれを他者に見られるのは恥ずかしい。
承諾の返事を受けて従者が去っていった音を聞いて、シリアとルナはやっと体勢を整えた。ルナは心地よく眠れそうなところを邪魔されたせいなのか若干、不服そうな表情をしていた。
「あはは、呼ばれちゃったね」
「折角心地よかったのに……」
少しだけ頬を膨らませてそう苦言したルナであったが、すぐにそれを改める。
「緊急の要件、ってなんでしょうか」
「何だろうね。とりあえず行ってみようか」
今の時間帯は夜。それも寝る前ぐらいの時間帯だ。そんな時に呼び出すほどの『緊急』なのだ。急いで行った方がいいだろう。
お互いに上着を簡単に羽織るとシリアとルナは揃って部屋を出る。
目指すは玉座の間。そこでシリア達はとある誘いを受けることになる。
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