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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第三章:恋より婚姻が先ですが
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10.一ヶ月の結末

 シリアは相変わらず曖昧な意識の中でルナを抱きしめていた。夢の中だと思い込んでいるせいか、彼女から伝わる柔らかい感触や匂いが酷く生々しい夢だなぁと暢気に考えていた。


 しかし、その意識も時間の経過で変わってくる。


(……あれ?)


 パチリ、と不意に意識が覚醒する。夢だと思っていたのに何故か目に映る光景は一向に変わらない。それどころかより鮮明になっていく視界と感覚にシリアは漸く全てを理解して、そしてサーッと血の気を引かせた。


(わ、私、今、なんて!?)


 思わず口に出した言葉だけが夢なわけがない。それを裏付けるように抱きしめているルナが小さく震えているのだから。


(ど、どうしよう!?私何て事を……好き、って言っちゃったの!?)


 途端にパニックに陥った彼女だったが、唐突に抱きしめたルナを突き飛ばすわけにはいかず、思考をグルグルと回しながらも体勢はそのままで完璧に固まっていた。


「…………」


「…………」


 ルナは何も喋らない。割と深く抱きしめているせいでその表情はシリアから見えず、それもまた強烈に不安を煽る。


「あ、あの、ルナ……?」


 結局、沈黙に耐えかねたシリアは恐る恐る声を掛ける。それは少し怖気づいたような情けない声だった。


 そんなシリアから声を掛けられたルナはゆっくりと体勢を起こした。覆いかぶさるように抱きしめられていたため、自然と軽く馬乗りしたような形になる。


「ル、ナ?」


 彼女の顔は真っ赤に染まっていた。僅かだが瞳も少しだけ潤んでいるように見える。少なくとも怒っているだとかそういう感情ではなさそうでシリアは少しだけホッとした。

 そのまま表情を見たまま固まっていると、ルナは小さな口を開いた。


「その……今のは……本当ですか?」


「…………」


 ルナのその発言で『好き』と言ったことが夢でなかったことが完全に証明されてしまった。そのことを否定するつもりは毛頭ないが、何分言うタイミングと演出は最悪であったと言わざるを得ない。

 まさか寝ぼけて言ってしまいました。などと馬鹿正直に伝える勇気は今のルナを前にしては不可能であった。


 しかし、だからと言ってずっと黙っているわけにもいかない。シリアは心の中で大きく深呼吸をした。そしてはっきりと答えた。


「うん」


 シリアは今この時をもって自分の気持ちを完全に整理した。

 そもそも好きかどうかなんて恋愛の経験が一度もないのにわかるわけなかったのだ。だからこそ今のルナとの関係がずっと続く様に望む気持ちと、それに関して悩む気持ち全てをもって『好き』だという感情の物だとはっきりと認識することにした。


「会った瞬間から、じゃないけど……今日まで一緒に過ごしてルナが隣にいるのが当たり前になって、それで気が付いたら……どうしようもなく好きになってた、ました」


「……はい」


「ごめん。急にこんな状況で言う事じゃないよね」


 シリアがそう言うとルナは小さく、小さく微笑んで頷いた。


「そうですよ。練習したのが無駄になっちゃったじゃないですか」


「へっ?」


 どことなくルナの声色が少し明るいことにシリアは疑問符を出した。すると彼女はシリアの上から退いて立ち上がる。


「この姿勢のまま話すのもなんですから……テラスに行きませんか?」


 ルナの誘いにシリアはただ頷いて答えるだけだった。



*****



 その日は満月の明かりが地面を照らす綺麗な夜だった。吹き抜ける風は涼しくそれでいて心地よい。


 ルナはテラスの柵に背を向けてシリアの方を向く。月の光が金色の髪を映しだすその光景はシリアから見れば神々しいほどだった。

 そして月の光に照らされながらルナは語りだした。


「シリアと出会ってちょうど今日で一ヶ月目ですね」


「う、うん」


「まずはお礼をさせてください。今の今まで私なんかの為に尽力してくれてありがとうございました」


 それは恐らくエンリ家の騒動などのことを言っているのだろう、シリアは黙って聞いていた。


「最初会った日、シリアはずっと不思議に思ってましたよね。何で素性もわからない自分をここまで厚く迎えるのかって」


「それは、まぁ」


 素性というか、この国の民ですらないシリアをその国の王女と結ばせるなど常人ならおかしいと思うはずだ。

 シリアも当然その時は疑念を抱いたが、ルナに『一ヶ月だけ信用して欲しい』と言われて、その場ではその気持ちを抑え込んだのは記憶に新しい。


「全て、お話しします」


 ルナの声ははっきりと、しかし少しだけ震えていた。シリアもいよいよもってこの婚姻騒動の全貌を知ることが出来ると唾を飲み込んだ。


 そして、ルナは一回間をおいてゆっくりと話し出した。


 この闘技大会が最初から仕組まれていたこと、シリアという出場者は完全に想定外だったこと、全ては他の貴族がルナに近づかないように牽制することが目的だったこと。


 シリア自身、少しだけは話しに聞いていた部分もあったが大会の参加者から何まで仕組まれていたことは知らずそのことに素直に驚いていた。


「結局は兄様が王位を継ぐまでの時間稼ぎだったんです。王位を継いでさえしまえば横から口を出しにくくなりますから」


 一息に喋ったルナは大きく息をついた。そして寂しそうに笑う。


「私はたぶん、シリアが思っているほど純粋ではないんです。最初こそ貴女を利用しようと思っていたんですから」


「ルナ……」


「その……正直どこかで嫌われているんじゃないかとも思っていた。だからシリアが好きって言ってくれたことは本当に、本当に嬉しかったです……」


 でも、と言葉を置いてルナは目を伏せた。


「私にはその言葉をもらう資格はないんです。だから──」


「一つだけ聞きたいんだけどさ」


 何かを言おうとしたルナの言葉をシリアは食い気味に奪った。ビクッとルナは反応して少しだけ怯えたように顔を上げた。


「ルナはどう思ってるの?」


「……え?」


 シリアは真剣に、そしてほんの少しだけ顔を熱くさせながら目を合わせて話す。


「今回の婚姻について裏話を聞けたのは色々と納得できてよかったんだけど、肝心のルナの気持ちを聞きたいよ」


 そう、結局シリアは好きと言ったことに対して何も返事をもらっていないのだ。このまま好きと一方的に告げたままで何もなかったことにするわけにはいかなかった。


「私ってさ、少しだけ剣に自信があるくらいで、そんなに頭はよくないんだ。さっきの話だってまだわかってない部分もあるかもしれないし……でも、今大事なのはルナの気持ちなんじゃないかなって」


「私の、気持ち……」


「正直、作法だって勉学だって教えてもらってるけど全然身に着いている感じもないし、こんなのじゃルナに相応しくないかなって思う事もあるんだよね」


「そ、そんなことは……!」


「だからこそ聞きたい。ルナの正直な気持ちを知りたいんだ」


「…………」


 ルナは言葉に詰まっている様であった。シリアも表面だけ見ればどっしりと構えているように見えるが、内心は今すぐにでも走ってどこかに逃げ出したい衝動に駆られていた。ここで否定されるようなことがあれば立ち直れる気がしない。


 その間は数十秒だったがシリアにとっては永遠にも感じる時間であった。夜の静寂が彼女らを包もうとした瞬間、ルナはシリアを見つめながら口を開いた。


「……私だって、シリアの事が……す、好きです。好きだと、思います。頼りになるし優しいですし、一緒にいて驚くこともあったり楽しかったり、嬉しいとずっと思っています。たったの一ヶ月で別れたくない……」


 胸の前で手を組みながらルナは潤んだ瞳をシリアに向けていた。言葉は所々詰まったが、それは紛れもなく彼女の気持ちであった。


「その、後だし見たいになって悪いんだけどさ」


 シリアはルナの返事に飛び上がりそうになるのを何とか抑えて、隠し持っていた小さなケースを取り出した。ルナに呼ばれてテラスに出る前にこっそりと持ってきたものだ。


「これ、は?」


「その、『夫婦になる際に夫から妻へ自分の気持ちを形にしたものを贈る慣わし』ってのがあるって聞いて、用意したんだけど……」


「慣わし……ですか?」


 ルナはシリアからケースを受け取ると開く。そして瞳を輝かせた。


「すごい……綺麗……」


 その中にはあのお店で買った指輪が輝いていた。


「受け取ってもらえる、かな」


 ルナは嬉しさを隠さずに大きく頷いた。


「嬉しい……!凄く嬉しいです!でも、これ……あの時買ったんですか?」


「う、うん。といってもイリスが色々と教えてくれたんだけどさ」


 イリスやミィヤと宝石店に行った時のことを思い出す。別に何も隠す必要はないので、シリアはその時にどのようにして買ったかも話した。


「お店の奥に行くのは見ていたんですが……このためだったんですね」


 ルナは感嘆したように瞳を輝かせながら、ケースから指輪を大事そうに取り出すとゆっくりと左手の薬指に通した。


「えへへ、どうでしょうか……」


「……凄く似合ってるよ」


 お世辞でも何でもない素の言葉だった。指輪の宝石は大きくはないが余程上質なのか月の光に反射して格段に綺麗に見えた。そしてそれを着けるルナも相乗して目を奪われるほど美しく感じた。


「ふふ、ふふふっ……」


「えっと、どうしたの?」


 そして、ルナは何故か突然笑いをこらえだした。シリアにとってそれは予想外で心配したように近づいた。

 すると、ルナはやはり笑いを何とか隠しながらシリアにとって驚きの事実を告げる。


「この国に『夫婦になる際に夫から妻へ自分の気持ちを形にしたものを贈る慣わし』なんてものはないんですよ」


「………………え?」


「たぶん、イリスが勝手に創り上げた物だと思います」


「ええええええ!?」


 まさかの事態にシリアは声を上げた。悪い方向で騙されていた、というわけではないが一杯食わされていたのだ。


(い、イリスううう)


 きっと今頃彼女は笑っているのだろうか。しかし良い方向に転ばされたわけで怒るに怒れない。


 シリアがそんな複雑な感情に襲われているとルナがもう一歩踏み出して近寄った。2人の距離はぶつかる寸前だ。


「でも、そういうつもりでこれを渡してくれたって、そう思っていいんですよね」


「……うん、そういうつもりだよ」


 二人とも熱い視線を交わすと、ゆっくりと自然にお互い抱擁した。涼しい夜に暖かい感覚が二人を包む。


「きっとこれからも沢山迷惑を掛けることになると思いますよ。それでも、シリアはいいんですか?」


「勿論、どんな時も一緒にいるって誓うよ」


「約束、ですよ?」


「約束する」


 その時、カチッと小さな金属質な音がシリアの耳に響いた。その音に気付いたシリアは名残惜し気に抱擁を解くと自分の首に冷たい感触を覚えた。


「私からのお返しです」


 抱き合った時に着けたのだろうか、シリアの首にはシンプルで小さな宝石がついたネックレスが掛かっていた。


「私も、あの時買ってたんです。ミィヤに強く勧められて」


 シリアは壊さないように慎重にネックレスを触った。冷たいがそれはジンワリと熱を持っている様な感触がする。


 そして、もう一度ルナに目配せをすると彼女も察したのかゆっくりと近づいて、再び深く抱き合った。


「これからもずっと、よろしくお願いします。シリア」


「こちらこそ、よろしくね、ルナ」


 その時の二人の噂が不思議とどこからか流れ、国の中で婚姻を結ぶ際に夫から妻へ指輪を贈ることが風習として根付くことになるのだが、それはまた少しだけ先のお話し。


 シリアとルナが出会って、一ヶ月目。


 大きな城のテラスで、月明かりに照らされながら優しく抱き合い続ける少女ら二人の姿がそこにあった。

これで章は終了です。ひとまずシリアとルナの関係に一区切りつけることができました。ここまでお付き合い頂きありがとうございました!


またブックマークや評価、感想など毎回ありがとうございます!

今後ともよろしくお願いいたします!

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