9.想い
しばらく更新が止まりすいませんでした。
ルナにとってシリアの第一印象は良くも悪くも不思議な人間だった。
「想定外だったな」
ルナの父であるジエンが重々しくそう言ったのはちょうど一ヶ月前。自身の婚姻相手を決めるといった常識ではあまり考えられない闘技大会が終わった日だ。
「名前はシリア、とだけしか。あとは15歳で出身は……聞いたこともないですね」
兄であるカエンもその事態に困惑を隠し切れない。それもそのはずでこの大会は最初から最期まで『仕組まれていた』物だったからだ。
「何故参加を許可したのか」
「まさか少女が勝ち抜いて、あまつさえクランツに勝つなど思いもしなかったのでしょう。事実、私もそうでしたし」
クランツの強さは国の中でも相当の折り紙つきだ。城内の警備隊長を務めているほどであるし、この大会では最も強い筈であった。
だが、違った。
元々、クランツはルナと婚姻を目指して参加したわけではない。今回の大会はルナと婚姻を結び、政治的つながりを持とうとする輩を牽制するために行われたものだったのだ。
勿論クランツが優勝した際には、表面上だけは婚姻したと周知させる予定まで立てていた。しかし、それは一人の少女によって崩されたのである。
「しかし、どうします?一応優勝してしまった以上、どうにかせねばいけませんが」
「ううむ、目的がわからない以上、不用意に近づけるわけにもいかん。最悪は……」
ジエンの目が怪しく光る。それを見たルナは慌てて口を開いた。
「と、とりあえず一回会ってみるのはどうでしょう?優勝した人が急にいなくなれば周りから変に思われるかもしれませんし」
「……ルナの言う通りでしょう。一応他の貴族と繋がっていないかは慎重に調べるとしてひとまず優勝したのですから招待してみては」
ジエンは渋い顔をしていたが、やがてしょうがないと首を縦に振った。
この時のルナはシリアの事を知っているわけでもないし、ただ単純に自分と同じ年頃の少女が国家の争いごとに巻き込まれ、身を危うくしてしまうことだけは防ぎたかった。
誤算だったのは、そのシリアが碌に大会の情報を知らず単純に賞金が欲しいだけだということをその時は全員が知らなかったことだった。
対面の日まで時間の余裕はなかった。なにせ大会の終わった次の日なのだ。グリード家一同は慌ただしく準備をしたり、狂ってしまった今後の予定を立て直していた。
そんな中で、ルナとシリアは出会うことになった。
「先の闘技大会の優勝者様をお連れしました!」
玉座の間の扉がゆっくりと開かれる。そこから周りを少し警戒するような、落ち着かない様子の少女が入ってきた。非常に緊張しているようである。
(あの方が……)
ルナは奥の部屋の方からこっそりとシリアの姿を確認した。呼ばれてから出て行く予定であったので彼女からはまだ見えてはいないだろう。
さて、肝心の第一印象であるがルナから見た彼女は酷く質素であった。旅をする際に動きやすい簡易な服装に、あまり手入れが届いていないのか少し荒れた黒髪。
ルナは王族だ。
友人や知人も当然貴族の階級が多く、服装から何まで華やかな者に囲まれるのが普通であった。その中でシリアのその姿は異質で、新鮮だった。
先にカエンが呼ばれ、出て行くと彼女と挨拶を交わす。そして次は自分の番だった。
「そして、もう一人」
ジエンのその声を合図に、ルナはゆっくりと歩き出した。そして彼女を驚いたようにマジマジと見つめているシリアに目を合わせた。
「ルナ、と申します……よろしくお願いします」
「よ、よろしく、お願い、します……」
初めての会話はそれだけだった。
この時、ルナはまだ何も思っていなかった。決まっていたことはクランツの役割を彼女に担ってもらうことぐらいでそこに感情らしいものはなかった。
だからこそ、ルナは出来る限り彼女との関係を深めようとは考えていなかった。それは彼女を利用することになるのだから、いずれは別れが来る。その時に出来る限りお互い傷を残したくなかったからだ。
そう言う意味でとりあえず一ヶ月の間だけ関係を持とうといったのは、ある意味別れる際の保険でもあった。
しかし、その考えはルナの気持ちの変化と共に崩れ始めた。
自分に持っていない物を持っている相手に惹かれるとはよく言うがまさにその言葉通り、ルナは知らず知らずのうちにシリアに少しずつ惹かれ近づいていた。
朝起きてから夜寝るまで、殆ど一緒に過ごしていくうちにいつしか二人のピースはピッタリと当て嵌まっていたらしく、それこそルナの中でシリアという存在が強く根付いてしまうほどだった。
「何で一ヶ月なんて言っちゃったんでしょう……」
「……あのさ
時は戻って、シリアと出会ってちょうど一ヶ月目。
学園の教室でそう言いながら悩むルナにイリスは大きくため息をついた。
「その、何度も惚気話されてもどうしようもないんだけど」
「の、惚気なんて、そんなものじゃ」
「何よ。いつの間にか好きになってたからずっと一緒にいたいってのが惚気話じゃなかったら何なのよ」
「で、ですが、シリアはどう思っているのかわかりませんし……もしかしたら、普通に出て行くつもりなのではないかと」
本日何度目になるかわからないため息をイリスはついた。
「大体、一ヶ月って今日なんでしょ。だったら自分の気持ちを素直に伝えればいいじゃない」
「で、でも断られたら、私……」
そんなわけないでしょ。とイリスは言葉を飲み込んだ。ルナはその見た目とは裏腹に意外と自身に真っすぐなところもあるが、こういった面が奥手なのは意外だった。
(まぁ、こんな経験初めてだろうし)
イリスはルナだけではなくシリアの気持ちもあの宝石店に行った日である程度察しているところもあり、お互いが好意を持っていることはわかっていたが、それは自分から言う事ではないと考えていた。
どの道、今日ルナが勇気を出すなら成功するはずなのだ。
「大丈夫……ルナ、ちゃんと伝えれば、伝わる……」
「そ、そうでしょうか」
ミィヤが少しだけイリスの気持ちを代弁した。彼女はいつも通り眠たそうにぼんやりとしていたが、話はしっかりと聞いていたようだった。
「でも、言わないと、ダメ……」
「……そう、そうですよね。伝えないと駄目ですよね」
ミィヤの静かな言葉にルナは戸惑っているようだったが、心のどこかで決心したようだった。
イリスも恋愛の経験が豊富にあるわけではないが、ルナとシリアなら大丈夫だろうとは思っていた。そこに確証があるわけではないが。
「さ、それなら時間はないけどやることはやるわよ!」
イリスはそう言って椅子から立ち上がった。ルナはそんな彼女をキョトンとした表情で見つめる。
「やること、って何かあるんですか?」
「何かって、決まってるじゃない!練習よ、練習!告白みたいなものなんだから、ぶっつけ本番よりはいいでしょ!」
「え、えええ!?」
「…………」
イリスの発言にルナは驚き、ミィヤはまた始まったかというようにジト目で眺めていた。
*****
ルナ達が学園でそんな会話を繰り広げている時、シリアもまたルナと同じようにソワソワと落ち着かない様子であった。
今日は書斎での勉強はなく、自室でぼんやりと過ごしていた。
「暇だな……」
剣の訓練でもしようかと思ったが、フィーユはこの時間は給仕に務めているし、一人で素振りをするのも何となく気が進まない。
というのも、今日が一ヶ月目であることに違いはなかった。朝起きた時にルナもいつも通りであったが、どこか何かを考えているようであった。それはきっと今日という日について考えているのだろうと察することは簡単だ。
(どうなるんだろう)
別に一ヶ月でお別れ、という約束をしたわけではない。再びどうするかを問うと言っていたからそれについて答えればいいだけだ。
だが、その答えが見つからない。
「ルナと一緒にいたい、でもルナはどう思っているんだろう」
誰もいない自室に声が通る。
よくよく考えてみればハチャメチャなことだと思わざるを得ない。一つの国のお姫様が闘技大会で婚姻相手を探すということもそうだし、しかもシリアとルナは同じ少女なのである。
例えばそう、跡継ぎだとかそういう話になればシリアとルナでは子供は出来ないのだ。
「迷惑じゃないかな」
あまり国の事情などに詳しくはないが、少なくとも王族の誰かが同性と婚姻を結ぶなどとは聞いたことはないから、異質ではあるはずだ。
「ふぅ……」
座っていた横に広いソファーに寝っ転がる。ポフッと横になると何となく良い香りがした気がした。
いつも隣に座っていることが多いルナの香りかどうかはわからないが、何となく安心する匂いだ。
「…………」
そのまま天井を見つめる。正午を過ぎたあたりで微睡むには良い時間であった。
「指輪、渡さないと……」
数日前に買った指輪はシリアの使っている棚に大事にしまってある。勿論それは今日、渡すつもりであった。
しかし、シリアはまだ自分の気持ちを整理しきれていなかった。
「好き」
ポツっと呟いて、何となく恥ずかしくなったシリアは姿勢を俯せにした。
「わかんないなぁ、わかんないよ」
離れたくない、一緒にいたい、そう思う。ただそれがどういう感情なのか。きっとそれは好きという物で間違いはないのだろうと、漠然とした結論は出ている。ただ不安だった。ルナが自分を受け止めてくれるのかどうか、否定されたらどうしようか。
そんな悶々とした思考のまま、シリアはいつしか目を閉じて意識を手放していた。
*****
「シリア、シリア?」
「ん、んん?」
ふと耳に聞き慣れた心地よい声が響く。シリアがゆっくり目を開けるとそこには少し心配そうにこちらを見つめるルナの姿があった。
学園の制服にいつも通りの綺麗な金髪が徐々に映りだす。
(あれ、なんで……ルナがここに……?)
うつらうつらとする思考の中でルナがこの場にいることを不思議に思う。まだ学園に迎えに行っていないのだ、それだというのに何故か目の前に彼女がいる。
(あ、夢かな……)
「疲れて──だから──他の方が迎えに──シリア?」
ルナの言葉はぼんやりとした思考のシリアには殆ど聞こえていなかった。それよりもこの事態を夢だと完全に認識してしまったシリアは無意識に予想外の行動に出た。
「あの、夕食の前に少しだけ時間を──ひゃっ」
寝ていた姿勢から手を伸ばしてルナの腕を掴むとそのまま自分の方に力強く引っ張ったのだ。当然ルナは突然の行動に対応する暇はなくシリアの上に倒れ込んだ。
「し、シリア……!?」
半分抱き合う様な恰好になり、お互いの顔も極端に近づく。シリアはぼんやりとしたままルナの腰に手をまわした。
「ど、どうしたんですか……?」
ルナの戸惑いにシリアは答えない。そして小さく呟いた。
「ルナ、好き……」
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