7.プレゼント
「さて、シリアさん!」
「は、はい」
目の前で堂々と前に立つ少女にシリアは若干押され気味に返事をする。
ルナを迎えに行っただけのはずだったが、今の彼女は街の中でも特に大きな装飾品や宝石を扱うお店にいた。ちなみに移動に関してはシリアの乗ってきた王家の馬車に乗り合わせてやってきた。少々道を行く人の視線が気になる彼女である。
イリスはコホンと一度咳ばらいをして口を開いた。
「突然でしたけどお付き合い頂いてありがとうございます」
「いや、それは全然いいんだけど……」
突然目の前で『ルナに相応しいか試させてもらう』とイリスに言われたシリアは何も聞かされずここに来ている。
ルナやミィヤも当然一緒に来たが、今はシリア達から少し離れて別のところで何やら盛り上がっていた。そんな彼女らを見ながらシリアは疑問を投げる。
「それで、ここに来た訳は……?」
「ある程度察して頂いているとは思うのですが、ここは国の中でも有数の装飾や宝石を扱うお店です」
「は、はぁ」
「一つ質問なのですが、貴女はルナとその……婚姻を結んでから何か贈り物をしたことはありますか?」
「……贈り物?」
言われてシリアは考えてみる。そういえば出会ってから今までルナに何か贈ったことがあるだろうか。
贅沢なほどの衣食住を与えてはもらってはいるが、何か返したことは今だない。強いて言えばルナの為に剣を振るったことぐらいだ。
「シリアさんがルナの為に色々して下さったことは実際に見ていますし、先程も述べましたが何度お礼を言っても足りません。ただ、それとは別にシリアさんとルナは、夫婦なんですよね?」
「まぁ、そうだと……思う」
まだ夫婦らしい事は何もしてない以上歯切れは悪いが名目上夫婦なのには間違いはない。シリアがそう言うとイリスは少しだけためらうように口を開く。
「その、あまり直接的に尋ねるのは失礼だとはわかっているんですが」
「ん?」
「シリアさんは、ルナのことは好きですか?」
「……え?」
イリスの問いにシリアは固まった。突然の言葉を理解できず思考が止まる。
(すき?隙?え、好き?)
脳が『好き』という単語の難解さにパニックを起こし始めたが、そんな彼女を知ってか知らずかイリスは言葉を続ける。
「シリアさんが例の闘技大会に出場したわけだとか、どうしてルナと婚姻を結ぼうと思ったのか、私は詳しくは知りませんし、今ここで無理矢理聞こうと思っているわけではありません」
まさかルナとの婚姻が賞品だと知らず、優勝賞金があるだろうと目論んで出場したとは言い出せる雰囲気では決してなかった。
「ですが、シリアさんの気持ちがどうであれルナの親友として彼女が悲しむ姿は見たくないのです」
だから、今のシリアの気持ちは知っておきたい。とイリスは強い瞳と意思でで問いかけていた。
そしてシリアはそれに対して頭の中を混雑させながら必死に答えを求めていた。
(好き……?だって、ルナとは一応夫婦で……夫婦っていうのは好き同士な人がなるもの、だよね?あれ、でもルナは私の事はどう思ってるんだろう。そもそも、好き、好きってなんだ?)
「好きってなんだろう……?」
「え?」
曖昧なその結論にイリスは思わず聞き返していた。思わず出たその言葉にシリアはハッと慌てて弁解した。ルナの事は気になってはいるし、大事だし、一緒にいたいだとかそういった趣旨の事を言葉足らずに必死に説明した。
それを聞いていたイリスは少しだけ呆れたようにため息をついた。
「まあ、似た者同士だという事はわかりました」
まだ言葉を続けようとするシリアを制するとイリスは説明するように話し始めた。
「恐らく知っているとは思うのですが、この国では夫婦になる際に夫から妻へ自分の気持ちを形にしたものを贈る慣わしがあります」
「え、そうなの……?」
「……知らなかったんですか?」
「うん」
書斎で引きこもって本と睨めっこはしているがそんなことは一も書いていなかったし聞いたこともなかった。
「知らないなら尚更です!いいですか、このお店はこの国の中でも一流といって間違いなく、装飾から宝石まで一から揃ってます」
イリスはそう言って周りを示した。彼女がそう言わなくても縁のないシリアでもこのお店が相当な高級店であることはわかっていた。
「今、ミィヤに頼んでルナを引き離していますから、贈り物を用意するチャンスなんですよ!」
お金はありますよね?というイリスの問いにシリアは頷いて腰に提げている革袋を確認するように触った。
実はと言うとお金はそこそこ持っていたりする。というのも金銭面に困ることにはなくなった身ではあるが流石に手持ちに何もないというのはどうだろうという王家の意見により、必要最低限というよりは必要以上に金銭を渡されていた。
ここでルナに贈り物を買う事ぐらいは出来る。この国の様式も大事だがそれとは関係なしに彼女の喜ぶ姿を見たいという気持ちもシリアにはある。元来こういう場所とは縁のないシリアだ。この機会を逃すわけにはいかない。
「よし、自信はないけど選んでみる……!」
「その意気です!私はルナとミィヤの方にいますから、ちゃんと良い物を選んでくださいね」
イリスはそう言うと小さく会釈をして離れていく。その姿を見送った後、シリアは人生15年にして初の贈り物購入へと挑みかかっていった。
(ひとまずこれで大丈夫ね。後はシリアさんのセンス次第だけど……そこは祈るしかないわ)
ルナとミィヤの方に向かいながら、イリスは今回の思惑の初期段階が無事に終わったことに一息をついていた。
ルナの婚姻の相手として相応しいかどうか。正直に言ってしまえばそんなことを確かめるつもりは毛頭なかった。というのも元よりルナの選んだ相手なのだ、それを否定するつもりはない。
もしかしたら何か裏で企んでいる可能性もあったが、今のところそういう感じもなくひとまずは安心していた。
それであれな、お互いが幸せになって欲しいと言うのがイリスの願うところである。
「後はこっちね……」
何やら悩んでいる様子のルナとそれを眺めているミィヤの元にイリスは向かっていった。
さて、そんな三人と離れて一人になっているシリアは何故か落ち着きをなくして店の品々を眺めていた。
「うわ、なにこれ……ひぇ、高いっ」
気になった綺麗な装飾のされたアクセサリーを確認し、値札を確認すると小さな悲鳴を上げる。そんな情けない動作を繰り返していた。
ネックレス、ブレスレット、ピアス、指輪等々確かに何でもは揃っているがそのどれもが一流品。贅沢は敵だという精神で過ごしてきたシリアにとっては、一つが何日分の食料にもなる装飾品には中々手が伸びない。
(いや、今は違う。これはルナの為だから……贈り物だから……)
暗示するように自分にそう言い聞かせながら商品に目を通していく。
ちなみに店内にはシリア達と店員と思われる人以外は誰もいなかった。偶然他の客がいなかったのかどうなのかわからないが、店の表には乗り合わせて来た王家の馬車が停まっているせいで注目は浴びているものの、新たな入店者もいなかった。
こういう場所に来たことがない、言ってしまえば田舎娘の様なシリアにとってはありがたい話である。
「これは、流石に違う……」
剣を模ったアクセサリーを見て、一瞬気を引かれたがルナとのイメージには全く合わない。流石に自分が好きな物を一直線にチョイスするわけにはいかない。
しかし、誰かに物を贈るという経験が乏しい彼女にとって何かを選ぶ決断というのは非常に難易度が高いものだった。チラリと見るとルナ達三人娘は何か装飾の話題で盛り上がっているようだった。
(聞いてもわかるわけないか)
少しだけ盗み聞きして何か参考に出来ないかと思ったが、話しているのは宝石の種類だとか作った人だとか知識がないとわからないもので、シリアは少し落胆した。
その時、天の助けともいえる声がかけられた。
「あの、お困りですか?」
「へ?」
声の方向を向くとそこには店員の女性が立っていた。店の指定なのだろうキッチリとした男性用の礼装に長い髪を後ろで結んでいる女性だ。
「何やら悩んでいる様に見えまして……あ、ご迷惑でしたか?」
「い、いえ、とんでもないです!」
その助け舟に乗らない選択肢はなかった。シリアは今の状況を簡単に店員に説明する。
「なるほど……確かにプレゼント選びは重要ですね。宝石言葉といってそれぞれに違う意味もありますから」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、中には不吉な言葉を含む物もあるので、見た目だけで選ぶのは非常に危ないですね。ルナ様やイリス様はそういうことに詳しいですから」
「あれ、あの三人の事を知ってるんですか?」
「当然ですよ、昔からのご贔屓様ですから」
流石に王族や貴族も使う店ということか、どうやら昔からの深い付き合いがあるらしい。
「勿論、シリア様のこともご存知ですよ」
「えっ、私もですか?」
講堂での婚姻発表から闘技場の決闘の一件も当然知っていた。シリアは何だか誰にでも自分の事がわかられているようで少しだけ恥ずかしくなった。
「うーん、ルナ様に贈る物ですよね……」
店員は悩んでいるようだったが、しばらく考えると意を決したように口を開く。
「わかりました。ちょっと奥の方まで来てもらってもいいですか?」
「奥、ですか?」
コクリと頷き店の奥の方に案内する店員にシリアは戸惑いながらも付いていった。
「…………」
そして、その二人をイリスはチラリとだけ確認すると再びルナとミィヤと装飾談議に花を咲かせ始めた。
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