6.お嫁さんのご友人
最近仕事が多忙により、更新に間が空いてしまい申し訳ありません。
細々と続けていくつもりですので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
さて、ルナがイリスやミィヤと何やら企みという名の歓談を楽しんでいた時、シリアはやはり書斎に引きこもっていた。目の前には山の様に本が積まれている。
(これって働いてるって感じじゃないよね……)
何だか自身の思っていた労働の形とかけ離れた今の状況に僅かな疑問を思いながら、チラっと前を見るとそこではフィーユも同じように本を広げていた。
彼女は今、この城の使用人のメイドとして雇われている。毎日というわけではないが仕事の休憩時間だとか休日にはこうして一緒に書斎にいることが多くなっていた。
勿論だがユーベルも同席している。
『一応監視も兼ねているので近くにいてくれる分には助かります』
そう言ったのはユーベルだ。シリアは今のところフィーユという人物に対しては完全にではないがそこまで必要に警戒はしていなかった。
何となく、という非常に曖昧な物ではあるがフィーユからの殺気だとか悪意は感じることはなく、何より彼女自身がここでの生活を割と気に入っているようであったからだ。
彼女があの夜襲撃してきたことを知る者は城の中でもごく僅かの人間に限られており、他の使用人には新人として雇われた人間だという認識だ。そのおかげで変に居心地が悪くないことも起因しているのかもしれない。
ちなみにフィーユ自身、仕事の覚えは早く、素直ながら大人しく小柄であるため使用人の間では子動物的な可愛がられ方をしているらしい。その事に関しては本人は少し苦言しているらしかったが、真っ向から否定しないところをみるとそういうのも嫌いではないのかもしれない。
「はふ……良い話でした」
そんな彼女は読んでいた本をパタリと閉じて感嘆と息を吐いた。シリアが国に関する書物と戦っている間、彼女は空想豊かなお伽話の世界に入り浸っていたらしい。
「アウラウネと村娘の種族を越えた恋愛とは……非常に興味深い内容でした……」
あまり感情を表に出さない彼女であるが、本を読んだ後などは満足気な表情をすることが多い。
意外だと思うと失礼だとシリアはわかっていたが、フィーユは読み書きに一切の問題はなかった。というより少なくとも一般的に教養を受けている程度には精通している。
彼女曰く独学で学んだきたらしいが、文字の読み書きは必要最低限しか出来ないシリアにとっては羨ましい才能だった。
「ある程度出来ると仕事も増えるので……」
傭兵一本だったシリアと違い、フィーユは今まで多種多様の仕事をしてきたという。物静かな少女であったし、事務的な作業には向いていたのかもしれない。
「給仕の仕事も覚えるのが早いので助かってるんですよ」
ユーベルがそう言うと照れたのか少しだけフィーユは恥ずかしそうに視線を下げた。そういう表情もするのか、とシリアが珍しがっているとユーベルから声が掛かる。
「そういえば、そろそろお時間ではないですか?」
「……あ、本当だ」
図書館に置かれている大きな置時計の時間を確認したシリアは読んでいた本を畳み立ち上がった。
「じゃあ、準備をして迎えに行ってきます」
「片づけはこちらでしておきますから、どうぞお気をつけて」
「……お気をつけて」
ユーベルとフィーユに見送られ、シリアは書斎を後にする。
いつもと同じように学園にてシリアを待つ王女様のお迎えだ。馬車の中でお互いの今日の話をいつも通りしながらゆったりと帰路に着く。
日課となりつつあるそれが、今日に限ってはガラッと変わってしまう事を当たり前だがシリアはまだ知らなかった。
「初めまして、シリアさん!」
「……初めまして」
「え、えっと……?」
「あー、その……すいません。どうしてもお話しをしてみたいらしくて」
いつも通り馬車に乗って学園前に到着したシリアの下にやってきたのはルナだけではなかった。
今まで迎えに来た時にルナと一緒にいたところを見たことはあるが、直接話したことのない少女達の姿がそこにある。
「私、イリス=エリトナと申します。こうしてお会い出来て光栄ですわ」
「ミィヤ=フォール……よろしく……」
真っ赤な長髪の少女と、紺色の髪が特徴的な少女が交互に頭を下げる。シリアはそれに慌てて同じように頭を下げた。
「し、シリアです。どうも、初めまして……?」
当たり前だがこんな展開を予想できていたわけもなく、シリアは説明と助けを求めるようにルナに視線を向けた。
「お二人は家の付き合いも個人としても昔からの親友なんです。勿論、あの講堂での一件にも参加して頂いていました」
「あー、あの時の……」
ルナとの婚姻発表を行ったあの講堂にいたという事は、恐らくその後の闘技場の一件も見ていたのだろう。
「まずはルナのご友人としてお礼を言わせて頂きたいのです」
「え?」
突然のお礼という言葉に困惑しているシリアに向けて、イリスは言葉を続ける。
「エンリ家の者達がルナに対して執拗に迫っていたことは私達も知っていたのですが、どうしても家の立場などもあり強く出ることは出来ず、結果的に何も出来ませんでした」
イリスは悔しそうにそれでいて申し訳なさそうな表情に染まっていた。それだけでもあの家の者がどれだけ迷惑だったのかうかがい知れた。
「決闘という形になった時は驚きましたが、結果的にあのエンリ家を黙らしてくれた貴女にはルナの友人として感謝してもしきれません」
「イ、イリス……」
そう言って深々と頭を下げたイリスにルナはどう声を掛けていいかわからないようだった。
「私も、落ち込んでいたルナを……明るくしてくれた……ありがとう」
「ミィヤまで……」
二人の少女に頭を下げられ困惑しっぱなしのシリアだったが、とりあえず彼女らが自身に対して何か嫌悪を持っている訳ではないことがわかりほっとしていた。
王族に対して求められる礼儀作法の勉強もしてはいるものの、それがまだ身に着いているとはいえない状況だ。何か失礼や粗相をしないようにするだけでもシリアにとっては精一杯であったのだ。
「さて、言うべきことは言ったから……」
イリスは一つ呼吸を置くと、安堵しているシリアに向けて言い放った。
「それではシリアさん!後は貴女が本当にルナの相手に相応しいか試させて頂きます!!」
「…………え?」
*****
「あらあら、そうですか。いえ、わかりました。夜遅くにならなければ大丈夫です。最近はそういう交流も出来ていませんでしたし……はい、警護にはこちらから回します、ええ」
城の入り口でユーベルが誰かと話しているのをフィーユは聞いていた。今日は非番であった彼女は特にやることもなかったので、城の中を散歩がてら歩いているところだった。
「……まあ最近は日の入りも遅いですし、必要以上に遅くならなければ大丈夫でしょう。ってあらフィーユ?」
少しだけ心配そうにしながら歩いてきたユーベルはフィーユに気づいてその足を止めた。
「……どうしたんですか?」
「いえ、何かあったというわけではないのですが、お嬢様御一行が少しだけ寄り道をしてくるという報告が入ったので、どうしようかと」
地域によって差はあれどこの国の治安は悪くはない。それに貴族や王族に人通りの多い区画で何か仕掛けようとする輩はいないだろう。
学友との遊びはエンリ家とのこともあり、しばらく控えてもらっていた手前ルナにとっては久しぶりに楽しいことだろう。それにあまり街に出ないシリアにとっても色々と知る機会にはなる。
だが、だからといって完全に気を抜くわけにはいかない。ルナには護衛も兼ねてシリアがついてはいるが、今回はエリトナ家とフォール家の娘も一緒らしい。
(流石にノーマークというわけにはいきませんね)
何が起るかどうかわからない世の中だ。備えをしておいて間違いはないだろう。
ただ、その配役が難しい。友人同士の交流の中にガチガチの警備兵と思われる人間が近くに配備されれば間違いなく変に目立つし、彼女らの心境的にも心からは楽しめないだろう。
「うーん、どうしたら……少数精鋭で、私服で」
出来れば彼女らには警護していることを悟られたくない。そう考えれば大きな動きは作れない。しかし、今すぐにその警備兵を見繕うには少し時間が掛かりそうであった。どうしたものかと考えていたそんなユーベルの視線の先に一人の少女が立っていた。
「あ」
「?」
小柄で目立ちづらくシリアとルナには面識はあるが、服装や髪形を変えればわからない少女だ。しかもそれなりに戦うことが出来るのは実証済みだ。
「フィーユ、今から私とお出掛けしませんか」
夕食の仕込みの準備は終わっている。調理は担当の給仕が行うしひとまずユーベルには暇な時間もある。
「お出掛け、ですか?」
「ええ、内容はお嬢様方の護衛となりますが、どうでしょうか?」
別に大事な案件ではない。そんなに長い間ではないだろうし、何も起こらない可能性は高い。
そうなればユーベルとフィーユが動ければ何も問題はなかった。
「私とユーベルさんの二人で、行くんですか……?」
「その予定ですが都合が悪かったですか?」
「……いえ、行く。行きたいです」
いつもジトッとしているフィーユの目に少しだけ光が灯ったのに残念ながらユーベルは気づかなかった。
「良かった、助かります!それでは急いで準備しましょうか」
変装、というほど大層な物ではないが服装などは着替える必要がある。フィーユはあまりたくさんの服は持っていなかったのでユーベルに見繕いをしてもらった。
結果、パッと見れば姉妹のような一般的な町娘が出来上がっていた。
「これならすぐには気づかれないでしょう」
フィーユはスカートがあまり着慣れていないのか用意された服を少し気にしていたようだったが、見た目的には全く問題のない出で立ちになっていた。
「さ、行きましょうか」
「は、はい……」
報告はジエンにはとっくに伝達済みだ。最悪何かあれば兵を出すこともできるだろう。準備は万端だ。
だがユーベルには一つだけ考えていないことがあった。
それはフィーユが持つ複雑な感情。
食と職に困っていた彼女を様々な理由があれど助けてくれたし、今まで会ったことのない優しさを与えてくれる相手だ。
「よ、よろしくお願いします……」
「……?ええ、よろしくね」
そんな微妙で複雑な心情にユーベルが気づくのにはまだ時間が掛かりそうであった。
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