5.ルナと学園
投稿が一日遅れてしまい申し訳ありませんでした。
仕事やら暑い日やらで今後とも遅れが出ることもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。
皆様も酷暑などには十分お気を付けください。
「好きになるってなんでしょうか……」
ルナがポツリとそう呟いた瞬間、カラーンと心地のよい金属音が食堂に響いた。
「い、いまなんて……?」
場所は王城の食堂ではなく、ルナの通っている学園の中にある大きな食堂であった。
時間帯はちょうど昼食の時間帯で、そのせいか学園の生徒でごった返しており少し騒がしかった。
そのためかルナの目の前に座って話をしていたイリス=マルインが落したスプーンの響いた音は、あまり目立つことなく騒々しさの中に消えていった。
しかし、そんなことは関係なくイリスは只々ルナの言葉に呆気を取られ、驚愕と呆然に表情を染めていた。
そんな彼女にルナは申し訳なさげに口を開く。
「え、あの……そのままの、意味なんですけど」
イリスとルナの関係は長い。
幼少の頃に家の付き合いの中で知り合った間柄で、今まで親友として長い間付き合ってきた相手であり、ルナにとっては家柄の立場を気にせず遠慮しないで話せる貴重な同年代の相手でもあった。
燃えるような真っ赤な長い髪とそれに負けないような活発な性格が特徴的で、曲がったことが嫌いな正直で真っすぐな少女だ。
昔から王族というだけでそういう目で見られていたルナにとっては心から信頼出来る少女でもある。
そんな彼女はルナから発せられた言葉に過敏な反応を見せていた。勿論イリスに思い当たる節はある。
「あのシリアって人の事なの?そうなのね?」
イリスがそう言うとルナは益々恥ずかしそうに俯いた。それはその発言が正解であることを暗に示していた。
「あっ、いや、その……まあ、えっと」
国民の前で発表された親友であるルナの婚姻。勿論イリスは昔からグリード家と縁のある貴族の娘であり、また当たり前だがルナの親友でもあるので一般人よりは先にその情報は知っていた。
ただ、シリアがどういう人物なのか詳しくは知るわけもなく、またイリスにとっては突然現れた人物に違いはなく、何か裏で企んでいるのではないかと警戒もしていた。
「何、何かあったの?変な事されてないでしょうね?」
「そ、そういうわけじゃなくて……何かあったわけ、じゃ」
イリスにそう詰められてルナは最初、否定するように言葉を切ったが、その途中から数日前に起った、浴場でのとある出来事が脳裏に鮮明に蘇る。
そしてはっきりとそれを想起してしまい、途端にルナは顔を赤くしてしまう。そしてそれにイリスが反応しないわけがない。
「あったのね?そういう反応をするってことは!?」
「うぅ……」
イリスもここまで聞いたなら全てを聞かないと気が済まないらしく、グイグイと乗り込んでいく。そんな彼女らの珍しく荒れた様子に流石に混雑する学園の食堂とはいえ、徐々に注目が集まりだしていく。
ルナは王族、イリスも貴族の中で上位に位置する家の娘だ。そんな彼女らの珍しい動向に注目しない人間が少ないはずもなかった。
そんな時、イリスの後ろから一つの人影が近寄ってきた。
小さな影であるが手にはお盆を持っており、そのまま身を乗り出している様なイリスの脇腹に──
「あうっ!?」
突撃した。
思わぬ刺激にイリスは声と身体を跳ねさせて驚いた。そして恨み気な視線をその原因に向けていた。
「な、何するのよ!ミィヤ」
「ルナ、困ってる……ここ食堂。騒がしいの、よくない」
身長はルナやイリスと比べても小さい少女だ。落ち着いた紺色の髪とジト目が特徴のミィヤ=エリムがそこに立っていた。
年齢はルナとイリスと同じく13歳。しかし、その年齢にしては非常に落ち着いた性格で、物静かな少女だった。今日みたいに行き過ぎたイリスのストッパーをすることも多い。
ミィヤもイリスと同じく昔からグリード家と縁のある貴族の家の娘だった。ルナとイリスとは昔から付き合いがある。
ミィヤはイリスを突っついたお盆をテーブルに置く。そこには大きなオムライスとサラダが載っている。
「……ごめん。ちょっと騒がしかったわ」
ミィヤの言葉にイリスはつい熱くなっていたことを自覚したのか、謝ると立ち上がった姿勢から椅子に改めて座りなおした。
「いえ、こちらこそ急に変な事を聞いてごめんなさい……」
ルナも同じく謝る。ミィヤはそんな彼女らを尻目にオムライスにスプーンを差し込みながら、静かに口を開いた。
「それで……何があったのか、詳しく、教えて」
「……え?」
イリスを戒めたミィヤであったが、その話題に興味がなかったわけではないらしい。
しばらく、顔を真っ赤にしながらも一から事情を説明するルナの姿がそこにあった。
*****
「それで好きって何かって思い悩んでたわけ?」
「は、はい……」
昼食の時間もだいぶ過ぎ、食堂もポツポツと席が空いてきていた。その中で三人は話し込んでいる。
「はぁぁ、まあとにかく何か酷い事とかされてなくて安心したわ……」
「し、シリアはそんなことしませんよ!とっても優しいですし、気を利かせてくれますし……」
「……それで、ルナはその人のことが、好き?」
「うぇっ!?」
ミィヤが衣も着せずそう言うと、ルナは言葉に詰まる。
「それがわからないから悩んでいるんでしょ。というかあんたちょっと楽しんでるでしょ」
「うーん?」
ミィヤはイリスの言葉に曖昧に返事をするが、それは半分誤魔化している様でつまりは楽しんでいるという事になる。
「ルナ、ずっと悩んでたから……最近、明るくなって、嬉しい……」
「え?」
ミィヤは相変わらず表情にはあまり出さないが、小さく微笑んでいた。
「まあ、"例のあいつ"にはずっと悩んでいたものね」
「ああ……」
言われてルナは納得した。イリスとミィヤもあの闘技場での決闘に立ち会っていたのだ。例の結末を知らないわけがなかった。
「すいません、私のせいでずっと心配をかけて」
「馬鹿言わないでよ。悪いのは立場を利用してルナに詰め寄ってきたあいつでしょ。それに私達も結局何も出来なかったし」
「……役に立てなかった」
「そんなことありませんよ!二人はいつも一緒にいてくれましたし、それだけでもどれだけ助けになったことか……」
ルナが日に日に悩みで顔を曇らせていくのを二人は見てきていた。無論何もしなかったわけではないが、エンリ家の権力の前に歯痒い思いをすることが多かった。
そうした意味では、ルナの中に芽生えた『シリア』という存在によって曇りの原因が払拭されたことは二人からしても素直に喜ばしかった。
「ただ、好きとかどうかは別問題ね」
「その通り……」
「え?」
イリスがにやりと笑った。それは何か悪巧みをしている子供の様な表情であり、ミィヤもまたそれに乗っかるように薄く笑う。
ルナは何となくだが、二人がろくでもないことを考えているのではないかと心配にもなったが、思えばこうして楽しく話し込むのは久しぶりであることにも気が付いた。
(シリアには感謝してもしきれませんね……)
「大体そういうのはお互いに確かめるべきなのよ!」
「……色仕掛け、あり」
「あ、あの……あんまり変な方向にはしないでくださいね?」
暴走と脱線していく話に苦笑しながら、ルナは恐らく王城の書斎に籠って書物と戦っているシリアのことを考えていた。
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