8.決着と望み
闘技場は異様な熱気に包まれていた。それもそのはずで、王族と貴族のぶつかり合いが闘技場での決闘という形で行われることに民衆が関心を持たない筈がなかったのだ。
「ふん、怖気づいたかと思ったぞ」
クリークは既に待ち構えていた。勿論シリアに対しては先程の様な礼儀正しい言葉遣いなどは使うわけもない。
「どうして格下相手に怖気づく必要があるんですか?」
シリアはそれに真っ向から歯向かい挑発ともとれる返事をする。闘技場に響く歓声のせいでその会話は当事者以外には届かない。
「貴様……誰に向かって口を聞いているのかわかっているのか?」
クリークは怒りに表情を染め何かを呟き始める。すると、シリアの周りを不自然な強風が吹き出した。
しかし、彼女はそれに関して全く怯む様子はない。それどころかさらに挑発を重ねる。
「年下の少女に必死に迫る情けない男、ですよね?」
「……貴様ァ!」
銅鑼が鳴る前に戦いは開始された。彼の怒気に共鳴するようにシリアを渦巻く風はさらにその勢いを増していき、年相応な体格の彼女を吹き飛ばそうとしているようだった。
(ルナはどこから見ているのかな)
荒れ狂う暴風の中では、観覧席をまともに見ることはできない。結局ルナの姿を見つけることは諦めたシリアはゆっくりと背中の大剣を手に取って刃先を地面に落とす。
(風の回転は右……)
時計回りに渦巻く暴風を冷静に分析しながら、シリアは大剣を握る両手に思いっきり力を入れた。
「すぅぅ……」
そしてそのままゆっくりと深く息を吸って止める。暴風に包まれる中、呼吸を止めた身体が徐々に苦しく、熱くなってくる。
アドレナリン。
それは魔法を使えない彼女にとっては自身の大剣の一振りを無理矢理強化する唯一の方法であった。
「せええええい!!」
そしてその状態で腰から思いっきり左に回し、それに付随するように大剣と一緒に反時計回りに強烈な回転切りを繰り出した。
「……な、な」
瞬間、強烈な剣圧がシリアを中心に湧き起こり、渦巻いていた暴風を打ち消した。
「さて、覚悟してくださいね」
風の止んだ闘技場で彼女は堂々と構える。その戦いに観客のボルテージは最高潮に達していた。
「そんな、風の魔法が……」
会場は最高の盛り上がりを見せている。
しかし、それとは対照的にクリークは浮足立っている。風魔法は持続的な攻撃が出来ることが特性の一つであったがまさか目の前にいる魔法も使えない筈の少女がそれを一振りで打ち消す術を持っていることに驚いていたのだ。
「くそっ!」
慌てて再度魔法を発動させるためにクリークは詠唱を始めようとする。
「させるか!」
しかし、それをただ眺めるようなことをシリアがするわけはなかった。
構えた状態から恐ろしい速さで接近した彼女はその見た目不相応な大剣を振るう。
「くっ……!」
当然、詠唱は中断せざるを得ない。彼は襲い来る大剣を後ろに大きく避けることで回避したがシリアはそこにさらに追撃を加えていく。
「舐めるなぁっ!!」
「う、わっ!?」
だが、クリークもあっさりとそれを受けるつもりはなかった。詠唱もしないまま地面に向けて風の塊をぶつけて無理矢理お互いを吹き飛ばしたのである。
(……思っていた以上に、やる)
風の爆発はシリアにもクリークにも牙を向いた。風と抉られた地面の破片が両方を傷つける。
さらに衝撃と同時に発生した土煙のせいで視界が悪くなったせいでシリアは無闇に突撃することもできなくなった。
正直に言えばクリークという人間に貴族のお坊ちゃまという印象を抱いていたシリアは、ゴリゴリに押し切ることもできるかもしれないと考えていたがそれはたった今改めることになった。
きっと仕掛けてくる。シリアは少し距離をとなりながら土煙の奥から漂ってくる殺気にそう判断して、対応できるように身構えた。
「暴れろ、竜巻よ!!」
「!!」
そしてシリアの予感は的中することになった。
「シ、シリア!?」
ルナは用意された観戦席から思わず身を乗り出していた。ジエンとカエンも真剣にその戦いを見ながら話をしていた。
「シリアが強いことは知っていたが、中々どうしてあの男もやるな」
「ええ、あれだけ豪語するだけはありますね」
闘技場には巨大な竜巻が発生していた。観戦席まで害を及ぼす程ではないが風は荒れ狂い、観戦している者の中には危険を感じて慌てながら退場していく者もいた。
「お、お父様!と、止めないと……!」
吹き荒れる暴風のせいで全く見えなくなってしまったシリアの姿にルナは慌てて振り返り、座っているジエンに詰め寄っていた。
「だが、こちらから止めてしまえばシリアの負けになるぞ?」
「それでもいいですから!このままじゃシリアが……」
いくら何でも危険だとルナは思っていた。彼女でなくとも生身で竜巻に巻き込まれればどうなるかなんて子供でもわかりきっていることでもある。
「む、竜巻がおさまってきたか?」
「え……?」
しかし、カエンの言葉と同時に確かに風が収まってきた。闘技場の中心で暴れていた竜巻も徐々に小さくなっていく。
「シリア……?」
土煙がゆっくりと晴れていく。会場は途絶え始めたその風と恐らく決まったと思われるその結末を見届けるためにシンと静まり返っていた。
そして土煙が徐々に薄くなるとそこに一つの人影が浮かび上がっていた。
ルナもジエンもカエンも、そして観客もそれが誰か確認するために目を凝らして見つめていた。
「……ふぅ」
そして完全に土煙が消えたその場所では、黒い髪を荒れさせながらもしっかりと立っているシリアの姿があった。
クリークはといえば、堂々と立っているシリアの前で地面に俯せに倒れていた。
シリアはゆっくりと剣を掲げて闘技場の隅にいた審判に合図をする。その合図に審判は手を上げて宣言した。
「勝者、シリア!」
闘技場から強烈な歓声が溢れた。
*****
事後処理というのだろうか、それからの展開は実にあっさりとしたものだった。
エンリ家のクリーク敗れる。という報はあっという間に国中に広まり、同時にシリアが婚姻を勝ち取ったという話も同じように周知されることになった。
「これぐらい大丈夫だって」
「ですが……こんなに傷を負って……」
そんな慌ただしかった日の夜。
自室のソファーでシリアの怪我の具合をルナはずっと心配していた。
しかしその彼女の心配とは正反対にシリアはそれを殆ど気にしていなかった。
確かに風魔法や地面の破片に襲われて多少は肌に傷もついたが、大体が軽い切り傷で決して深いものではない。
「ルナは心配しすぎだって」
「そうかもしれませんけど……でも、一つ間違っていたらと思うと」
あの竜巻の中、シリアの取った行動は極めて単純であった。
魔法というものは大掛かりであればあるほど使用者の意識はそこに囚われることになる。あの時のクリークは焦りも相まってまさに竜巻を起こすことだけに集中していた。
恐らくそうだろうと予測をしていたシリアは竜巻の風にあえて逆らわずにそのまま流されながら、ただし飛ばされないように慎重に動き、竜巻を挟んで反対側にいた彼に接近すると思いっきり後ろから首筋に重い手刀を落としたのであった。
普段であればそんな攻撃を受けるクリークではないが、完全に魔法に集中していた彼は接近するシリアに全く気づくことはなく、そのまま意識を落として倒れたのであった。きっと何が起こったのか考える余地はなかっただろう。
「あんな奴に負けないよ。ルナの為だしさ」
「…………」
「ルナ?」
シリアにとってこの結果は皆が喜ぶ話だと思っていた。勿論、闘技場ではルナはすぐに迎えに来てくれたし、グリード家の面々や従者もシリアの勝利に喜んでくれた。
それが今は何故か神妙な面持ちになっているのだ。祝杯を上げるような気持ちであったシリアにとってはあまり面白い話ではない。
「その、何かまずかったかな?」
もしかすると何か別の思惑があったのではないだろうかと、シリアが少し心配そうに尋ねるとルナはハッと視線を合わせると慌てて顔を横に振って否定した。
「あっ、ちが、違うんです!シリアが勝ってくれたことは本当に嬉しいですし、エンリ家も大勢の前で負けたという結果がある以上大人しくなるでしょう。でも……」
「でも?」
何だろう、とシリアは考えてみるが当然思い当たる節もない。結局ルナの言葉を待つことになる。
そして彼女の口からシリアが思いもしなかった言葉が出る。
「お返しが、何もできないことが辛いんです……」
「……え?」
シリアはその言葉に目を点にした。
「えっと、お返しって?」
そして思った言葉を返すと、次はルナが目を点にする。
「え?」
「え?」
微妙な食い違いをお互いが感じていた。
しかし、それは起こるべくして起こるものだった。
『お礼』という点に関して、シリアにとっては衣食住が贅沢に保証されているだけでも十分過ぎるものだった。
つまり今日の結果はその恩に報いるために頑張ったようなものでもある。
だが、ルナの視点から見ればそうではない。自身の為に身を危険に晒しているシリアに対して何かお礼をしないといけないと、そう思い詰めて険しい顔をしていたわけだったのだ。
そういう旨をルナから聞いたシリアは安心すると同時に笑ってしまっていた。
「な、なんで笑うんですか?」
その様子にルナは困惑の表情に染まっていた。シリアはそれに微笑んで安心するように言う。
「いや、何かとんでもなくまずいことしたんじゃないかと思って、勝手に不安になってたのが少しおかしくって」
「まずいことなんて……シリアのやってくれたことは本当にお礼してもしきれないことなんですよ?」
「でも、私は正直美味しい物が食べれて温かくして寝れる場所があるだけでありがたいんだけど」
「それだけじゃ、私の気が済まないんです!」
価値観の違いからルナの気持ちは収まらない。笑っていたシリアは今度はそれに少し困ることになる。
そんなシリアを見ながら、突然ルナは何かを思いついたようにパッと表情を明るくした。シリアはそれに何となく嫌な予感を察する。
「それならこうしましょう!」
「ん?」
「私、何でもシリアの言う事を聞きます!」
「…………は?」
良い事を思いついた!という風にルナは鼻を鳴らしたが突然の宣言にシリアは只々困惑するだけだった。
「な、何でも聞くの?」
「えっと、出来ることに限られますけど、はい……」
言ってからその意味を察したのか、ルナは少し顔を赤らめて恥ずかし気に俯いた。
そんな情欲を煽られるような動きをされると、少しだけ邪な気持ちに囚われそうになったシリアだったが、すぐにその気持ちを払う様に顔を勢いよく横に振る。
そんなシリアの気持ちを知ってか知らずか、ルナはまだ少し頬を染めながらも詰め寄ってくる。
「と、とにかく、何かお望みを言ってください!」
「え、えぇ……」
どうしたものか、シリアにとっては戦いに身を置くことよりもその要求に答えることの方がよっぽど困難であった。
「うーん、うーん……」
そんな、ある種贅沢な悩みをシリアはしばらく味わった後、意を決したようにルナと向き合った。
「じゃ、じゃあ」
「は、はいっ」
そしてシリアの出した要求は──
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