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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第二章:一ヶ月の始まり
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7.決戦控え

(やっぱり来たか……)


 想定内の響いたその声にシリアは身構える。その声の位置を確かめれば会場に並んだ人達の前列の位置で一人の男が注目を浴びていた。


「その婚姻を認めるわけにはいきません!」


 エンリ家。その関係者が長男であるクリークを中心に抗議の声を上げていた。


 変に不意打ちを仕掛けられるよりはずっとましだとシリアは思っていた。彼女は少し怯えた様子のルナに目配せをして自分の後ろに来るように手で促す。


 ルナは不安げな顔をしながらもそれに素直に従い、シリアの後ろに隠れるようにまわった。


 ジエンとカエンはというと思っていたよりもずっと落ち着いているようだった。恐らく予想はしていたのだろう。


「認めるわけにはいかない、等とどういう権利を持って口にしているのだ?」


 余裕を持ったジエンの言葉にクリークは礼儀上頭を下げて、声を会場に響かせる。


「このような場所で声を張り上げるのは無礼とわかってはおりますが、ジエン様の愛娘であるルナ様の幸せの事を思えば抗議せざるを得ません!」


 この前王城まで来ていた時はルナのことを馴れ馴れしく呼び捨てにしていた癖に、とシリアは自然と表情を厳しくして睨みつける。


 だが、そんな彼女と対照的にジエンはやはり落ち着いている。あの日怒りに表情を染めていたカエンも嫌に静かだ。


 ジエンは少し挑発するような口調で問う。


「ほう、詳しく聞こう。まるで私の娘が望んだ相手と婚姻を結ぶことが不幸になるといった様な口ぶりだが、どういうことだ?」


 周りの人々の反応は様々だ。貴族は大体がうんざりとした顔や、呆れたような顔つきが多く、大衆は何が始まるのか見世物をみるような好奇心を含んだ表情で見ている。中には心配そうにオロオロと慌てている者もいたが。


 クリークは演説するように話し出した。


「そもそもルナ様は王族であるグリード家の血を引いております。その血を途絶えさせてしまってもよろしいのですか!」


「血筋の心配をしているなら息子のカエンがいるではないか」


 そう言ってジエンは隣にいるカエンに目配せをする。彼はクリークを一瞥すると軽く鼻で笑っただけで、まるで話す価値はないという風に挑発に近い態度をとる。


 それが気に食わなかったのかクリークは表情に不満を隠さず口を開く。


「カエン様に婚約者がいることは知っておりますが、今は旅に出ておりいつ帰られるか、それどころか無事なのかどうかもわからないではありませんか。もしかしたら旅の途中で──」


「人の将来の妻を馬鹿にする気か?エンリ家ではそういう教育を受けて育っているのか?」


 クリークの言葉を途中で折り、静かにただ威圧を含む声をカエンは出す。


(カエンさん、婚約者いたんだ……)


 よくよく考えればいない方がおかしかった。ただシリアが知らなかっただけの話である。


(そういえばルナのお母さんについても聞き忘れてるな……)


 寝る前にポツリとルナから聞こえた『お母様』という存在についてもまだ何も知らない。もっと知るべき努力をするかもしれないとシリアは自身の情報不足を呪った。


「そういうつもりではありませんが、とにかく血筋を繋げていくという事は王家の繁栄にも必要不可欠ではありませんか」


 そのクリークの声にシリアは思考の渦から現実に戻ってくる。今はグリード家の関係について考えている場合ではなかったと、シリアは気持ちを切り替えた。


「だというのに、どうして同性同士で婚姻を結ぶのでしょうか。子を成すことも出来ずに何を幸せというのでしょう。それに彼女は素性も何もわからないというではありませんか」


 クリークはそこで初めてシリアを示した。そこに若干怒りが混じっていたのはあの王城の応接間での出来事を根に持っているのだろうか。


 シリアは特に表情を変えずジッと睨みながら見つめ返す。どちらかというと彼よりも後ろに立っているルナの方がずっと心配ではあったが。


「子供を作ることだけが幸せなのか?ルナは強い者と婚姻を望んだ、そしてその結果がシリアだった話であろう」


「それでしたら、このクリークも魔法の腕には些か自信があります。例の闘技大会は質の悪い冗談かと思って参加しなかっただけで、出ていれば私が優勝していたに違いありません」


「ほう……」


 ジエンは目を細くして聞いていた。そしてチラッとシリアと視線を合わせた。


(あ、これは……)


 シリアは今後の展開を察して、小さくため息をつきそうになった。


 そして、ジエンは彼女の思った通りのことを言うのであった。


「それならルナの婿であるシリアに打ち勝てるのだな?」




*****




「お父様!どういうことですか!?」


 講堂での一騒動をひとまず収束させた後、グリード家の面々は闘技場を目指す馬車に乗って移動していた。


 以前にシリアが闘技場から王城まで乗った馬車よりも大きく、豪華な馬車だ。


 そこでルナはジエンに詰め寄っている。


「どういう事も何もない。どちらにせよ延々と文句を言われるくらいなら完膚なきまでに叩いた方がよいと思ってな。お前もそう思うだろう」


 いつの間にかお前呼びされているシリアだが、本人は特に気にすることもなくその言葉に頷いて答える。


「そうですね。正直この展開の方が私もやりやすいですし」


「し、シリア……」


 ルナは不安げな表情でシリアを見つめる。それもそのはずで、その一騎打ちはまさに今から行われようとしているのだ。




『私が負けることなどありませんよ。どこぞの素性の知れない娘など相手ではありません』


『では、今日この後に闘技場で決闘してもいいのだな?』


『ええ、構いません。勿論私が勝った場合は……』


『ああ、娘の望みだからな。婿として認めよう』


『その言葉、後で取り消すのはなしですからね』




 先の講堂での会話の一幕である。恐らくエンリ家がそんな風に横槍を入れてくることは想定内であったに違いない。ジエンのやり取りは実に計画通りだったといっても間違いではないだろう。


「やっとあいつが地面に這いつくばる姿を見れるな」


 カエンは実に楽しそうだった。彼本人が戦うわけではないが、シリアが勝つと既に決め込んでいるようだった。


「お兄様まで……もう」


 ルナだけがシリアを心配している。


「大丈夫だよ。負けるつもりはないし、それに勝てばあいつはルナに近寄れなくなる。良い事ばっかりだよ」


「そういうことではなくて、私はシリアが心配なんです。だって彼は魔法を使えるんですよ」


「魔法?」


 ルナの情報によるとクリークは昔から魔法に関しては良い腕を持っているらしい。彼女自身、直接それを見たことはないが、その評判は周知されていることらしい。


 そしてシリアは魔法を使うことができない。そうなると戦える範囲に圧倒的な差が出来てしまうし、さらにいえば魔法を使えないということはそれを防ぐ手段や耐性を全くもっていないことになる。


 ルナが心配していることはそれだった。基本的に魔法が扱える人間は魔法に対する耐性を持っており、ある程度なら魔法の攻撃を軽減したり防御することが出来る。ただしシリアはそうではない。


 結果的に言えば、相手の魔法にあたってしまうとそれがそのままダメージになってしまうのだ。剣士対魔法使いは圧倒的に魔法使いが有利なのが常識だった。


 しかし、シリアは少しも不安に思っていなかった。


「大丈夫だよ、考えはあるし。それに今まで魔法を使う人と戦ったことがないわけじゃないしね」


「本当に、本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫だって!それにさ、何だかんだルナには戦う姿を見せたことがないし、折角だから見てってよ」


「……わかりました。でも、お願いですから大きな怪我だけはしないでくださいね?」


「うん。任せて」


 シリアが答えた瞬間、馬車が音を立てて止まった。


「着いたようだな」


 ジエンのその言葉と同時に、後ろの幕が開かれる。


(またここで戦うことになるなんて)


 始まりの場所とも言えるその闘技場の前に足をつけてシリアはゆっくりと呼吸をする。


(さて、張り切りっていきますか!)


 隣でずっと不安そうにしているルナの顔を早く明るくするために、シリアはもう一度気合を入れなおした。






「よう、面白いことになってるな」


「貴方は……」


 既視感のありすぎる闘技場の控室に入ったシリアに聞き覚えのある声が掛かった。


「あれから数日しか経ってねぇのに、随分と大変そうじゃねえか」


「お久しぶりです。そういえばここで働いてるんでしたね」


 シリアが声のした方に振り向くと、例の闘技大会に出場していた時に何かと絡んできたりアドバイスをくれた男が立っていた。


「おいおい、まるで俺の存在を忘れてたみたいな物言いだな」


「そういうわけではないですけど、色々忙しくて」


 シリアの言葉に男は納得したように頷く。


「そうだろうなぁ。こっちにも今日まで大々的に広報されていなかったが、色んな噂が流れてきたりもしたんだぜ。『王女様を娶った少女がいる』ってな」


「何か引っ掛かる言い方ですね……」


 少し表情を険しくしたシリアに男は豪快に笑う。


「まあしかし、その様子だと何だかんだ王女様とは上手くいっているようじゃねえか」


 控室にはルナ含め、グリード家の関係者は誰一人いない。シリアと目の前にいる男、後は闘技場の係ぐらいだ。グリード家の関係者は既に観戦席で待っていることだろう。


「上手くいっている、っていう意味はわかりませんけど……ルナの為に頑張ってはいますよ」


「そうかそうか……色々と大変だろうが頑張れよ」


 言われなくても、という風にシリアは頷く。しかし情報規制されているわけではないだろうが、その噂の速さに彼女は少しだけ驚いていた。


(たった数日の間に広まっているなんて……)


 この国は大きい。きっとそれだけ人から人への風の噂と言うのは早く広く繋がっていくのだろう。


(まあ今はそんなことよりも目の前にことに集中しなきゃ)


 まだ呼ばれてはいないが、いつ招集が掛かってもおかしくはない。


「ところでお嬢ちゃんはお相手の情報は持っているのかな?ん?」


 気を引き締めていたシリアに男はおどけた口調でそんなことを言う。


「まあ魔法を使えるってことぐらいはわかってますよ」


 シリアが簡潔にそう答えると男は「それだけか?」と言う風に眉を顰めた。


「たったそれだけの情報じゃ不安だろう?しょうがねえなぁ、知っている範囲で教えてやるよ」


 シリアが何も言っていないのに男はベラベラと話し始める。ただそれは彼女にとって有益でしかない情報なので黙って聞くことにする。


「相手はクリーク=エンリだな。実際にじっくりと見たことはないが風の魔法に精通しているようだ」


「……風」


 この世界にある魔法の基礎は自然に由来する。火、水、風、雷などがそれにあたるが今回の相手であるクリークはその中でも風に適正を持っているらしい。


「風魔法の怖いところは見えないところだな。透明の刃で斬りつけられるような恐ろしさがある」


 例えば火魔法であれば当然、形に差異はあれど視覚的に見ることが出来る。ただ風魔法などは色がついているわけでもないし、気が付けば鎌鼬よろしくいつの間にか傷を負ってしまうこともあり得る話だ。


「魔法の心得は?」


「私は魔法には全くありません」


「そうか、それなら厳しい相手になるかもしれんな」


 男がそう言って険しい顔をするが、対するシリアは実に落ち着いて慌てふためく様子もない。


 その様子に男はどこか関心しているようだった。


「流石に場数を踏んでいるらしい。普通こういう状況では浮つくものだが」


「緊張してないわけではないですけど、風魔法には縁があるので」


「ほう?」


 男が興味深そうに目を細めたその時、控室にハッキリとした足音が響いてきた。入り口に目を向けているとその足音を出している本人が現れた。


「シリア様、お待たせしました」


「お?」


 そこには騎士の鎧に身を包んだ男、クランツが立っていた。その背中に大きな剣を背負いながら。


「おお、クランツじゃねえか」


「おや、フラダウさん。こんなところで奇遇ですね」


 クランツはシリアの傍に立つ男に頭を下げる。そういえばと彼女は名前も知らなかった男の名前を今知ることになった。


 クランツはそのままシリアに近づき、背負っていた大剣を手渡すように指しだす。


「ご要望通り、お持ちいたしました。それにしても見た目通りとんでもない重さですね」


「まあ慣れればそうでもないですよ」


 シリアはそう言いながら大剣を手に取る。実は移動する前に従者に闘技場で大剣を扱えないか相談していたのである。


 ユーベルの言った通りルナの近くにいる時は普通の剣を持っているが、闘技場に出るなら話は別の筈である。そういうことで頼んでみたらあっさりと許可が下りたらしく、この闘技場で手渡す手筈になっていたのだった。


 持ってくる人物がクランツだとは思っていなかったが。


(やっぱりこれだね)


 受け取った大剣を背中に背負い、親しみ深い重みを感じながらシリアは臨戦態勢を整えていく。背中に大剣、腰に剣を下げた二本持ちの恰好だ。


「準備が出来たら闘技場にお進みください!」


 ちょうどタイミングよく、係の声がかかる。


「よしっ、行ってきます」


「おうっ、暴れてきなお嬢ちゃん」


「お気をつけて」


 フラダウとクランツに軽く頭を下げてシリアは数日前通った通路を進んでいく。


 いざ、決戦の時。






「行ったか……」


「そのですね」


 フラダウとクランツはその背中を見送りながら話す。


「それで、お前さんから見てあのお嬢ちゃんと王女様は上手くいっているのか?」


「……今のところは思っていたよりもずっと良い関係のようです」


「そうか、なんだかんだ計画通りに進んでいるなら俺もしばらくはゆっくりできるかな」


「それはこの試合次第ですけどね」


「ははっ、そうだな、その通りだ。さて、それなら我々も席に行くかね」


 フラダウはそう言うと観戦席にクランツを誘う。彼もその誘いに乗り頷いた。


 そして歩き出した時に、フラダウは思いついたように口を開いた。


「ところで、今回の勝負……賭けるか?」


「騎士は賭博禁止なので」


「相変わらずお固いねぇ」


「それに」


「あ?」


「お互いが同じ相手に賭けては意味がないでしょう」


「……ガハハッ!違いねぇ!」


 そんな話をしながら彼らが控室から出て行くとそこは静寂に包まれ、しばらくすると闘技場の方から割れんばかりの歓声がその控室まで響いていた。

ブックマークや感想、評価など本当にありがとうございます!

最近百合成分が上手く組み込めなくて悶々としていますが、この話が一区切りついたらイチャイチャ出来ればと思っておりますので、もうしばらくお付き合い頂ければ嬉しいです!


次の投稿は6/23ぐらいになると思われます。よろしくお願いいたします!

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