6.式典開催
侵入者騒動のあったその翌日。シリアは微妙な面持ちで鏡に映った自分を見つめていた。
「とても似合ってますよ!」
「そ、そうかなぁ」
時刻は正午を過ぎたあたりで、太陽は既に天に昇っており地上を照らしている。
そんな中で、シリアは国立の講堂にその姿を現していた。
周りにはグリード家の面々も揃っており、これからの式典の為の準備は万端のようであった。
シリアは再度、自身の装いを見て戸惑っていた。
「でもこれ、男性用の礼装でしょ?」
「一応、婿の立場ですからね。ですが全然違和感はありませんよ」
そう言って笑うルナの服装はというと、初めて会った時と似たような白を基調としたシンプルな装飾のされたドレスに身を包んでいた。
彼女は元々着慣れているということもあるのだろうが、清楚な雰囲気でありながらも、少女特有の可愛らしさやあどけなさが少し残る顔つきも相まって、同性であるシリアでもうっかり見惚れてしまう程に、美しかった。
そして、シリアはそんなルナと自分を比べるたびに不釣り合いではないかと、心配になってばかりだった。
そんな心配を抱えるシリアの服装はというと、ルナの白さと対照的で、黒を基調とした落ち着いた雰囲気ですっきりとまとまっていた。
先程にシリア自身が言った通り、それは女性用ではなく男性用の礼装で彼女を困惑させている一因でもあった。
(落ち着かない……)
今までにそんな服を着たことがあるわけもない、その着慣れない感触に気持ちが変に浮ついてしまうのも仕方がなかった。
ただ、腰のベルトに通した剣だけがシリアの平常心を少しだけ安定させてくれていた。勿論、この剣は昨晩にユーベルから託された剣である。
そしてそれを託したユーベル本人はというと、意外にも今この場にその姿はなかった。それなりに城の従者も付き添いで来ていたので、てっきりいるものだと思っていたシリアは不思議に思っていた。
ルナも気持ちはシリアと同じらしく、昔から何かと傍にいて世話を焼いてくれた彼女がこの場にいないことに少し不安を抱えているようだった。
「中々似合っているではないか」
そんな時、同じく礼装に身を包んでいるジエンが揶揄う様にそう言う。シリアはそれに「はい」とも「いいえ」とも言えず、ただ微妙にはにかんで返した。
「父上、会場の方も準備できたようです」
講堂の様子を見に行っていたらしいカエンが近寄ってきてそう告げると、シリアはいよいよかとその身を引き締めた。
まさか人生の中でこんな日が来るとはと、改めてシリアは運命のいたずらを思い知っていた。
ずっと剣を振り続ける人生で、その延長線上で生涯を終えるだろうと思っていた手前、やはり人生何があるかはわからない。
「さて、では予定通りに進めるぞ。ルナもシリアも先に話した段取りでな」
「はい」
「は、はい」
段取り、と言っても難しい話ではない。
ジエンとカエンが先に講堂に出て、集まった人々にルナとシリアの今回の婚姻に至った経緯などの説明を行った後、彼女達を呼び紹介をする。
たったそれだけの話だった。
「では後ほど」
カエンはそう言ってシリアの横を通った時、彼女にだけ聞こえるような声で「警戒を怠るな」と言葉を残して歩いていった。シリアはそれに小さく頷いて返事をする。
そして、この場にはシリアとルナ、そして少数の従者だけが残された。
無言でいると講堂からの声が聴こえてくる。それは拍手の音であったり、ざわめきなどの音で、そのたびにシリアは落ち着きなくあたりを見渡していた。
「大丈夫ですよ。ただ前に出るだけですから」
そんなシリアを見て、ルナは落ち着かせるような静かな声で話しかける。
「そうだけどさ……やっぱり何か場違いというか、作法とかもわからないし」
「堂々と立っていれば良いんですよ。寧ろ威圧するぐらいでちょうどいいかもしれませんよ」
「えぇ……」
「ふふっ、流石に威圧は冗談ですよ。ですがそれぐらいの気の持ち方は大事ですよ」
冗談めかして笑うルナにシリアも少し緊張の糸が少し緩んだ。何より自身より年下の彼女が落ち着き払っているのだから、自分もいつまでも慌てているわけにはいかないと、気を改める。
そして、ちょうどそのタイミングで講堂から一人の従者が近寄ってきた。
「ルナ様、シリア様、講堂の方へどうぞ」
段取りの中で説明が終わったのだろう。これからは初の顔見世だ。
従者の一人が講堂のステージへの道を促す。
シリアは一回だけ深い呼吸をして、隣に立つルナと目を合わせた。
「それでは、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくね」
自然とお互いに手を繋ぎ、小さく微笑みあうとゆっくりとステージへ進んでいく。
(緊張している場合じゃない。カエンさんも警戒するように言っていたし、しっかりしなきゃ……!)
昨夜の襲撃も仕掛けた元凶が会場にいる可能性は高い。流石に公共の場で目立つようなことはしてこないと思うが、その確証もあるわけではない。
シリアとルナは隣り合わせで歩いていく。何か会った時に咄嗟に彼女を守れるようにとシリアはもう一度腰に下げている剣を確認し、小さく武者震いをして明るい光の下に出て行った。
控えの場所から講堂のステージへ入った瞬間、ざわめきとどよめきが彼女らを包み込んだ。そしてシリアを見てヒソヒソと話す声も聞こえる。主役だから当然だが、注目の的だ。
その渦中を突き進んでいたシリアはというと、思っていたよりもずっと大きい講堂に表情には出さないが呆気に取られていた。教会のような構造だろうと思っていたが、それとは比較にならないほど広く、入っている人の数もかなり多い。
前列の位置にはビシッと礼装をした者達が並んでおり、その後ろにはバラバラな服装の人達がずらっと並んでいる。恐らく前者は貴族階級で後者は一般市民などの民衆なのだろうとシリアは憶測を立てていた。
「では、揃ったので紹介をさせて頂く」
ルナとシリアが並んで立ったのを見計らったジエンは重々しい声を講堂に響かせた。
「この度、我が娘であるルナ=グリードの婿となるシリア=グリードだ」
その名前の呼ばれ方に一瞬、シリアは呆気に取られてしまった。勿論グリード家の一員になることはわかっていたが、名前を繋げて呼ばれるとは思ってはいなかったからだ。
物心つく頃から両親はおらず孤児院にいた彼女は今まで『シリア』という名前だけで生きてきた。そこに新しく加わった文字にシリアは少し不思議な感覚を味わいながら、段取り通り規律よく頭を下げた。
そのシリアの紹介で会場はやはりざわついた。
男性用の服を着ているがシリアもルナと同じ少女である。少々同年代の少女と比べると貧相な体つきのせいでその礼装も似合ってはいるが、男と見間違えることはまずないだろう。
「既に周知されていることだとは思うが、以前行われた闘技大会の優勝者がこのシリアである。婿に迎えるなら強き人を望むというルナの希望に沿う相手だ」
再び場が少しだけ騒がしくなる。闘技大会のことやその内容は大抵の者が知っていたが、本当に婿取りをするつもりで開かれていたことに今更ながら驚いているようだ。
そしてシリアもルナ自身が強い人を求めていたことは初耳であり、そのことが少し気になったが、隣にいるその彼女はというとジッと会場を見つめ堂々としていた。
その姿を見て、シリアも後から色々聞けばいいかと色々な思考を一端打ち切り、隣の彼女と同じように前を向きなおす。
ジエンが一度咳ばらいをすると騒々しかった講堂が静まりかえっていき、完全に音がなくなってから彼は口を開く。
「本日は婿となるシリアの顔見せの為だけであるため、解散とする。わざわざこの場に集まりご苦労であった。今後とも彼女含め、この国を良いものとしていくために、どうかよろしく頼む」
一息に解散から挨拶まで済ませ、議論の余地を与えなかった。会場はその性急さに若干の困惑を感じているようだった。
ルナもまだ13歳と言えども王家の人間であるし、然るべき婿を迎える準備を始めていたっておかしくはない。ただ、その婿というものは例えば有名な家柄の長男などの然るべき相手などが一般的な認識であった。
つまり、素性もよくわからずしかも同性であるシリアが婿というのはやはり事情を知らない人間からすればおかしな話なのである。
しかし、何よりもルナが望んだ相手という点が強調されたこともあり、誰しもがいきなり強く否定することはなかった。昔からグリード家と関りのある信頼できる貴族達は昨日のうちにその内容を知っていたこともあり、意外にもその場は丸く収まりそうであった。
ある家を除いては。
「待った!」
聞き覚えのある声がシリアの耳に届き、彼女は自然と腰に下げた剣に手を伸ばしていた。
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二章のタイトルを変更しました。
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