表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第二章:一ヶ月の始まり
21/66

5.不穏な夜

「本当に大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫だって。これぐらい傷にも入らないよ」


 自室でルナは心配そうにシリアの額を見つめていた。そこには止血用にガーゼが貼ってあったが、シリアにとっては本当に怪我にも入らない程度のものだった。


「ごめんなさい、私があの時何も考えずに声を掛けたせいで……」


「ルナが悪いわけじゃないよ。私だってあのままだったらどうなってたかわからないし」


 それこそ怪我じゃ済まなかったかも、と言いながら先程の襲撃者の事をシリアは思い出していた。


 黒いローブにフード。声からして少女であろうと予想はつけているが、顔もわからなければ体つきもわからない。唯一ナイフを扱い慣れているということだけはわかっているが、それだけが武器だとも限らない。


 結局、わからないことだらけだった。


『明日は予定通り式を進める』


 あれから玉座にて報告を受けたジエンは重々しくそう言った。ルナとカエンはその方針に難色を示したが反対はしなかった。


 延期しようがしなかろうが狙われていることに変わりはない。この事態が『脅迫』であるとするなら、それに大人しく従えば相手の思う壺だろう。


 そう考えれば逆に予定通り式をするべきだということぐらい、ルナとカエン、勿論シリアもわかっていることだった。


「でも、不安です……まさか講堂で直接騒ぎを起こすとは思えなませんが」


 シリアとルナはその後、自室に戻っていた。今日は明日に備えて早く休むように言われたからだ。既に入浴を済ませて後は眠るだけになっている。


 しかし、そんな状況になってもまだお互いに何だかソワソワと落ち着かず、いまだにベッドに入れずにいた。


「もし仕掛けてきても大丈夫だよ……うん」


 警備を厳重にすることは勿論、関係者各位への協力も要請する。ここまですれば講堂で騒ぎを起こすのは難しいはずだと、そう思えるのだが、やはり相手が正体不明だとなれば薄気味悪い。


 ふと、テラスに通じる窓に掛かっているカーテンに人影が映る。今日、特別に増員された警備兵だ。


 シリアとルナの自室の扉とテラス付近にそれぞれが巡回しており、彼女らの安全を守っていた。


「…………」


 水の入ったグラスを傾けたシリアは一息ついてルナを見る。彼女の瞳は不安に彩られ落ち着かないようだった。


 ルナはシリアの視線に気づいて、少しだけ目を合わすとそのまま頭を下げた。


「ごめんなさい、何も起こらないはずがないとはわかっていましたが、こんなことに巻き込んでしまって」


「そんなこと言わない顔を上げてよ。荒れ事なんて私にとっては日常茶飯事だったわけだしさ」


 寧ろ張り切ってるぐらいだよ。と笑うシリアだったがそれと対照的にルナは沈みがちの声を出す。


「シリアは強いのですね……私なんかよりずっと」


「まぁ、一応色々な危機を乗り越えてきたつもりだしさ。だからルナは気にしないで。私は笑っているルナの方がずっと好きだからさ」


 ルナは顔を上げた。その表情にはシリアの言葉のせいなのかわからないが少し恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうに微笑んでいた。


「すみません、私が頑張らないといけないのに弱音を吐いてしまって」


「一緒にさ、頑張ろうよ。一ヶ月の間だけどさ」


「……そうですね。一ヶ月の間……」


 一瞬、ルナの顔が曇ったが本当に一瞬であったため、シリアはその変化に気づくことができなかった。


 そのまま何もなく、会話もないままに時間はゆっくりと過ぎていく。


 疲れは溜まっていたのか、ウトウトと舟を漕ぎだしたシリアをルナはベッドまで誘うとそのまま一緒に横になった。


 シリアは微睡みから解放されることなく、そのまま深い夢の中にルナを置いて先に入っていった。やはりそうとう疲労は溜まっていたようである。


 そして取り残されたルナはというと、ガーゼの貼られたシリアの額をゆっくりと気づかれないように撫でる。


「どうか、明日何事もありませんように……」


 祈るように小さく呟くと、ゆっくりと目を閉じていく。


(一ヶ月……)


 ルナにはわからない。何故一ヶ月という言葉に胸が苦しくなるのか、隣で寝息を立てているシリアを見て少しだけ熱を持つ身体のか。


 何もわからない。


(早く寝ましょう……)


 気持ちの整理はつかなかったが、ルナも当然疲れている。ベッドから二つの寝息が聞こえてくるまでそう時間が掛からなかった。


 ただ巡回している警備兵の足跡だけがはっきりと響いている夜だった。




*****




「困ったな……」


 少女は小さくそう呟いて夜道を歩いていた。深夜の時間帯、城下町は治安の悪い所や居酒屋が密集している地域でもなければ歩いている人は数える程度に少ない。


 寒い風が黒いローブとフードを揺らし、着ている者の身を縮みあがらせた。


『何が腕に自信がある。だ!怪我すら負わせられないとは』


『何?次?そんなものがあるわけないだろう!出て行け!くそっ、何としても明日の式は……』


 雇い主だった男の言葉を思い出す。別に罵られるのには慣れている、それに失敗したのは本当だ。


「あの人が出てこなければ……」


 シリアという少女と戦っていた時、偶然なのか現れた銀髪の彼女。


「あの城にいるなんて思ってもいなかった……」


 風は寒い。懐も同じく寒い。持っている革袋には何も入っておらず、少女は事実上一文無しだった。


「はぁ、どうしよう」


 野宿しようにもこの厳しい寒さだ。かといって今の時間帯で助けてくれそうな人はもう起きてはいないだろう。


「おい、何だお前、怪しい奴だな」


 そんな時に、急にそう声を掛けられてピタッと動きを止める。気が付けば四人の男に囲まれている状況だった。


「こんな夜更けにそんな怪しい恰好で散歩か?」


 そう言って馬鹿にするように笑い合う男達。あまり治安のよくないところまで歩いてきてしまったということに、ここで初めてその者は気が付いた。


「まぁ、こんなところを歩いているんだ。わけありだろう?」


 そう男が言った瞬間、思わぬ強風が吹き荒れた。身を刺すようなその風にローブはバタバタと叫び、そしてその風に抵抗が出来なかったフードが取れた。


「……ほお」


「おおっ、これはこれは」


 男達の声に下卑た物が混じった。


 月明かりに照らされた『少女』の姿があった。薄い桃色のショートカットにしてある髪に、まだ幼さの残る少女の顔。


「小さなローブだと思ったが、なるほどな」


「お嬢さん、迷子かい?こんな夜に」


「家に送ってやろうか?まあその前にお礼はたっぷり頂くがな」


 ニヤニヤと笑う男達に囲まれていた少女だったが、その表情は全く変わっていない。ぼーっとしているようなつかみどころのない表情だ。


 彼女はそのまま真っすぐ歩き出した。それに男達は立塞がるように前に立つ。


「おいおい、どこに行くつもりだ?」


 そこで初めて彼女は男と目を合わせた。まるでそこにいたことを気づかなかったような反応の仕方だった。


「考え事をしているので、どいてもらえませんか」


 静かな声が夜の間に響く。男達はそれを聞くとお互いに目を合わせた後、盛大に笑った。


「おいおい、こんなところで考え事なんて危ねえなぁ!」


「俺達が良いところに連れて行ってやろうか?なあ」


「まあ、考えることが出来るかもわからねえけどな!」


 目配せをした彼らの中の一人が、少女の肩を後ろから掴む。暴漢は夜の闇に得物を見つけたと涎を垂らしていたが、悲しいことにその獲物には鋭い牙が生えていることには気づいてはいなかった。






 寒い日の夜。道端に四人の男が転がっていた。誰しもが苦し気に呻き、起き上がれず悔し気な声を出していた。


「…………」


 その真ん中で少女はやはり何かを考えている様で、つかみどころのない表情のまま空を見つめていた。


「行ってみましょうか。『お礼』だってしていませんし、ね」


 道に転がっている男など最初からいなかったように、少女は歩き始めた。


 向かう先は今日侵入した王城の正門。冷たい風に時折眉を顰めさせながらも少女はその方角に向けて歩いていった。

ブックマークや感想、評価など本当にありがとうございます!

仕事の関係上、次の投稿は6月15日になると思われますが、書くことが出来れば投稿するかもしれません。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ