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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第二章:一ヶ月の始まり
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4.侵入者?

 静かな夜の空気を裂く様に金属音が響く。


「くっ!」


 接近から斬り込んできた相手の攻撃をギリギリ防ぎ、すかさず返すように斬撃を繰り出したが相手は一瞬で距離を取りそれを悠々と回避する。


「…………」


 黒いローブにフードを深く被った相手の素性は全くわからない。最初に「こんばんは。良い夜ですね」と言ったきり、一言も喋らなくなりそれもまた不気味だった。


 持っている獲物はナイフ。間違いなく暗器として使用されるものであり、それを持ち込んでここにいるということは当然穏やかな話ではない


 そもそもいきなり斬りかかってきた時点で黒だ。シリアは一定の距離を取るその相手をきつく睨みつける。


「名乗れ!」


「…………」


 そのまま剣先を向けて吼えるように叫んだが、相手はやはり無言。その代わりに再び恐ろしい速さで突っ込んできた。


「っ!」


 直接心臓を狙ってきたその突きの一撃を、横跳びに躱しつつそのまま身体を捻らせるて剣を振る。


 しかし、相手は横に振られた剣の下側をあっさりとしゃがんで躱すと、そのままナイフを下から抉るようにシリアの顔面に突き出した。


 それに身体を反らして対応したシリアだったが、ギリギリ眉間を掠めたのかそこから少しだけ血が流れる感触があった。


 手の甲をそこにあててみると少しだけ血が付着していた。やはり躱しきれてはいなかったようだ。


(あ、危なかった……!)


 あと少しでも反応が遅れていたら顔に深々とナイフが突き刺さっていたに違いない。


 その死の近さに冷や汗と鳥肌を立たせながらシリアは早鐘を打つ心臓を抑え、再び構えた。


「…………」


「…………」


 相手は相変わらず顔を見せずに夜に溶け込むように不気味に揺れている。間違いなくシリアを殺せるタイミングを測っていた。


 シリアは焦っていた。とにかく得体の知れない相手でもあるが、何より自分自身が新しい剣に全く慣れていない。


 集中して相手を倒す為に剣を振ろうとすると、今まで使っていた大剣の距離感で振ってしまう。このズレが明らかに致命的だった。


 お互いに一定の距離で佇む。相手は相変わらず何を考えているのかわからず、ただ揺れているだけだった。


(先に仕掛ける!)


 シリアは受け続けるのは不利と察し、だったらと先を取ることにした。地面を蹴り相手に接近するイメージを作り身体に力を巡らせていく。


 そして、いざ突貫しようとしたその瞬間だった。


「……見当違いです」


「え?」


 小さな子供の様な声が響いた。


「貴女を殺すように頼まれましたが、思っていたよりずっと弱いなんて」


 それは確かに女の子の声だった。相変わらず顔はわからないが、年若い少女か、もしくはそういう声の男か。可能性的には前者の方がずっと高い。


「殺すって、誰かに雇われたの?」


「雇われている間は守秘義務があります。喋れません」


 相手はそう言うと再び身構え、高速に接近しナイフを振るう。


「雇い主は『強い相手と戦える』と言っていましたが、こんなのじゃがっかりです。折角久しぶりに骨のある戦いが出来ると思っていたのですが」


「…………」


 弱いと言われてシリアは「はい、そうです」と簡単に認めるほど単純ではない。自然と剣を握る手に力もはいる。


 だが、悔しいことにはっきりとした力の差は事実でもあった。


「ッ!」


 息を吐くと同時に詰め寄り、物凄い速さで剣を薙ぎ払うがそれは空を切る。


「確かに素人ではないようですが、これでは期待外れどころじゃありません」


 分が悪い。相手は素早さに全力を振っている様なフットワークで動くため、今の剣に慣れていないシリアでは攻撃を当てることから難しいのだ。


(大剣なら……いや、それでも相性が悪い……)


 元々大剣というものは大きな一撃を叩き込むのに適した武器だ。例え今それを持っていても上手く戦えたかどうかはわからない。


「もういいですか?」


 思考に固まっていたシリアに声が掛かる。黒ローブの相手はナイフを中ぐらいの位置に構えて踏み込もうとしていた。


(このままじゃ…………ん?)


 突然襲ってくる濃ゆい殺気に思わず数歩引き下がったシリアだったが、その足にコツン、と何かが当たった。


(あ……!)


 シリアはそれを見て、天啓を得た。






「なんですか、それ」


 顔の見えぬ少女の声に僅かだが困惑が混じっていた。目の前の相手が突然変な行動、構えを取ったからだ。


「出来るかわからないけど……」


 相手に聞こえないようにそうボソリとシリアは呟いて、構えをもう一度確認する。


 右手には新しい剣、そして左手に地面に置いていた鞘を握り前に構えていた。


「来い!」


 手数を無理矢理補うための苦し紛れの双剣。それが足に当たった鞘を見た瞬間にシリアが閃いたことであった。


「それが本気ということですか?まあ、強ければ何でもいいですけど……」


 再び先程と同じ殺気が襲ってくるが、シリアはそれをものともしないほどひたすら集中していた。


(落ち着いて、集中、集中……)


 普通に斬りかかれば避けられる。かといって反撃で狙っても普通では間に合わない。そうなれば回避や防御をした瞬間に、斬りつけるしかない。


「では、いきます」


 黒いローブが闇に混じりながら向かってくる。シリアは左手に持っている鞘でそれをギリギリ受け流していた。


(タイミング、タイミング……)


 必殺のカウンターは、失敗すれば自身が必殺されてしまう。慎重さと大胆さを同時に満たさなければならないのだ。


 シリアは凶刃をギリギリ捌き続ける。次第に相手も防戦一方のシリアに痺れを切らしているのか徐々に振るわれるナイフに力が籠りだした。


「何を狙っているつもりかわかりませんが、いつまでそうしているつもりですか……!」


 シリアは答えない。というよりも聞こえていなかった。カウンターできる相手の一撃をただひたすらに待ち構えていた。


 そして


「この、いい加減に……!」


「!!」


 ついにその瞬間が訪れた。単純なナイフの突き。しかし今までよりも力が籠っている。シリアはそれを見逃さなかった。


 そして夜空にキン、と弾かれた音が響いた。


「……あ」


 初めて聞く、相手の狼狽した声がはっきり聞こえた。


「せええええいっ!」


 鞘で左に受け流すと同時に、その方向に力を込めたまま駒の様に回転したシリアは渾身の力で剣を振った。


 そして、その手には何かを裂いた感触が確かに響いた。


「く、うっ!」


 しかし、それは相手を倒すまでは至らなかった。相手の苦悶した声に反応するように斬りつけた体勢から戻ったシリアは、相手の肩部分のローブが裂け、わずかに血が流れているのを確認した。


「これを、狙ってたんですね。ちょっと油断しすぎました」


 重症ではないが相手は斬られたことに大層驚いているようだった。シリアはとどめとならなかったことに少しだけ落胆したが、どうやら勝負の流れは徐々に変わりつつある。。


(さっきの一撃で怖気づいたなら、押せる!)


 カチン、と威嚇するように鞘と剣を軽くぶつけ鳴らすと相手が僅かに警戒するように一歩退いた。


 先程と比べると随分と形勢が変わったものだ、とシリアも内心余裕を感じ始める。


 しかし、勝負というものは何が起こるのかわからないものである。


「シリア!?何をしているんですか!?」


 ここにはいないはずの少女の声が後ろから響いた。この二日間で聞き慣れたその声はシリアを振り向かせる理由としては申し分なかった。


「……ルナ!?」


 そして、それが隙になることにシリアが気づくのは遅すぎた。


(しまった)


 振り向いたのは反射のようなものだった。だが、理由がどうであれ敵を視界から外したのは変わらない事実だった。


(間に合え……!)


 嫌にゆっくりとした時間の流れの中で、シリアは鞘と剣を背中に回した。それは一か八かの防御術であった。


 しかし、そこに衝撃が来ることはなかった。


「あれ……」


 背中にナイフが突き刺さる感触もない。シリアは飛ぶように回転して再び相手に向き直ったが、その相手は何故か構えたまま固まっていた。


「あ」


 そして小さな一文字だけが少し間抜けに響いた。黒いフードを被っているせいかその表情まではわからないが、その視線はシリアの後ろにいるルナの方を見ているようであった。


 さらにもう少し詳しくいえば、恐らくルナに付いていたのであろうユーベルに向けられていた。


「……?」


 完全に固まってしまった相手を見て、シリアは疑問符を浮かべながらも警戒を解かなかったが、その反面相手は挙動不審に慌ててナイフをしまう。


「きょ、今日はここまでにしときます……ま、またきますから!」


「え、ちょっ」


 そしてしどろもどろになりながら、そう言い放つとあっという間に城外へと消えていった。


「し、シリア?今のは!?」


「侵入者ですか!?」


 ポカンとそれを見つめていたシリアに、慌てながらルナとユーベルが駆け寄ってきた。


 何が何やら、鞘と剣を握ったままシリアは狐に包まれるような気持ちで相手が去っていったその方向を見つめていた。

ブックマークや感想、評価など本当にありがとうございます!

次の投稿は6月11日になると思われますが、お付き合い頂ければ嬉しいです!

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