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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
プロローグ:闘技場とお姫様
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2.決勝の戦い

 翌日はすぐにきた。夕食を済ませたシリアは闘技場に隣接した宿泊施設に帰った後、身体を濡れたタオルで拭くとすぐに寝たのである。


 闘技場の控室にいると、そこまで歓声が聴こえてくる。どうやら決勝ともあって余程の客入りらしい。闘技場に管理者はウハウハだろう。


「シリア選手、闘技場へ!」


 闘技場の係が彼女を呼ぶ。初戦の日はうるさかったこの控室も今では音一つない。


「さて、と」


 椅子から立ち上がり、壁にかかっていた大剣を手に取るとガシャ、と金属質な音を返す。


「やりますか」


 それを背負うと指示されるまま、進んでいく。薄暗い廊下から明るい地獄までのご招待だった。


『シリア選手、入場!』


 闘技場に入るとまず溢れんばかりの日光と強烈な歓声が襲ってくる。鬱陶しいと思いながらもそのまま中心に向かっていくうちに、明順応の反応が起こり漸く視界が慣れてくると目の前に一人の鎧を着た騎士が立っていた。先に入場していたようだ。


「まさか、君と戦うことになるとは思ってなかったよ」


「そうですか」


 騎士の発した言葉に素直に返す。相手はやはりシリアの事を知っていたようだが、彼女は相手の事はあの男に聞くまで知らなかった。対戦相手に関して意外と無頓着なのだ。『戦えばわかる』は彼女の信条でもあった。


「一つ提案がある」


 騎士がそう言った瞬間、シリアは反応する。


「お断りします」


 大体わかっている。この手の輩は降参を勧めるのが基本だ。大方シリアのような少女を傷つけたくないか、他の思惑を持っているかだ。


 恐らく目の前の男は前者だろうと判断して、シリアは続ける。


「私も私なりに叶えたいことがあってここにいます。そういった提案は非常に不愉快です」


「……そうか。いや、すまなかった。少し困惑していたんだ。それなら」


 男は右手に剣を持ち、左手に盾を持ち構える。一見、普通に構えているように見えるが、剣は常に相手の身体の中心付近をうろつく様にゆっくり振られ、盾は身体の中心に合わせて次の動きを少しでも見えにくくしている。


(骨が折れる)


 間違いなく強敵だ。そう判断したシリアは僅かに湿った手の平を服に擦りつけると後ろの大剣に手を掛けた。


 シンとこの一瞬だけ、会場が静まりかえる。


「はじめ!」


 そして強烈な銅鑼の音と共に、闘技場は殺気に包まれた。



*****



「シッ、フッ!」


 シリアの予想は当たっていた。呼吸を吐くと共に恐ろしい速度でフェイントを交えて振った大剣を、騎士は真正面から受けるのではなく、的確に本命だけを盾で軌道を変えながら避ける。


「ハァッ!」


 そして避けた姿勢から繰り出せる最高の一撃を満遍なく出してくる。シリアは無理やり地面を蹴って後ろにバックステップすることでギリギリでそれを避けた。


 戦い始めて何十分経っただろうか。集中に集中を重ねているせいか、時間の経過がひどく遅く感じるが溜まっていく疲労や怪我の増え具合からそれなりの時間が経っているとシリアは判断した。


「ハッ、ハッ!」


 荒れた呼吸を少しでも整えながら、その隙を突き込まれないよう相手を睨み構える。


「…………」


 騎士は一言も喋らない。ただただ集中してシリアを殺せるタイミングを見計らっているようだった。


(本当に、手強い……)


 今まで戦ってきた相手の中で、先頭の合間合間に語り掛けてくる者は多かった。単純な挑発やこちらの困惑を誘ったりと色々と仕掛けてくるためだ。だが、そういった類の物はシリアには通用しない。それぐらいで動揺するならとっくに命を失っているか、よくて敗者としてどこかで慰み者になっているだろう。


 だが、それと違い戦闘の合間に全く気を抜かない厄介な相手がいる。その一人が目の前の騎士だ。


「ッ!?」


 盾を前に掲げて突進してくる。上手く剣先や手元を隠しており次の手が見えない。そして彼が盾での突進だけを目的としていることに気づくには遅すぎた。


「く、っ」


 こちらのバランスを崩すための盾打ち、面積の広い盾はシリアの防御姿勢を崩すには十分な力を持っていたし、その盾を持っている騎士の力もまた相当な物だった。


(まずい!)


 崩れた体勢に剣による横薙ぎ。浮いた大剣で防ぐにのは間に合わない。であれば腰の固い防具の部分で防ぐしか手立てはなく、シリアは渾身の力で腰を捻ってそれを実行した。


「ぐ、あっ!」


 鉄の金具が仕込まれた腰の防具は胴体が真っ二つになるのを防いでくれた。しかし、衝撃だけは殺しきれない。大剣ごと飛ばされたシリアは腰からのとてつもない痛撃に一瞬気を失いそうになるが、流石に幼いころから傭兵として生きてきたためか、何とか踏みとどまる。そして、足が地面に着いた瞬間、直感だけで横に転がり飛んだ。


「やるな」


 ぼそっと騎士の呟きが聞こえる。シリアがさっきまで立っていた場所に剣が振り下ろされていた。食らったら間違いなく即死級

のものだ。


 死が目前に迫っていた恐怖だとか、強烈に痛む腰を気にする余裕はない。横っ飛びに転がった体勢を素早く立て直す。


 そして再び睨みあった。


「ふぅ、ふぅ……」


 観客は静まり返っている。この勝負に威圧されたのか明らかに殺し合うつもりの騎士と少女の行く末を案じているのか、それはわからないが闘技場に立つ二人にはどうでもいい。


「せいっ!」


「むっ!?」


 今度仕掛けたのはシリアが先。だが、それは騎士に取って予想外な行動だった。


「っ!!」


 騎士は"飛んできた"大剣をかろうじて弾き飛ばす。そう、シリアは重い大剣を強烈な勢いで投げたのである。


(武器を自ら捨てるなど……血迷ったか!?)


 顔面めがけて飛んできた殺意の塊を防いだため、盾で一瞬だけ視界が覆われた。


「……なっ」


 その一瞬の間だけでシリアには十分だった。元々重い大剣を背負って旅をしている身だ。それがないときの彼女の速さはとんでもないもので、お互いの間合いを詰めるのは容易だった。


 その速さに騎士は確かに動揺したが、同時に得物がない状態でどうするつもりだと思っていた。まさか殴り掛かってくるとは思えない。


(どうする?どうするつもりだ?)


 それは確かに迷いだった。戦いで一番抱いてはいけない感情のひとつ。そして一瞬の隙の中で、僅かに腰回りが軽くなるのを感じた。


「ばかなっ!!」


 気づいた時には遅い。彼女は恐るべき速さと手癖の悪さで騎士の剣を収めるため腰に下がっていた鞘を盗んだのだ。そして


「せええええええええい!!!」


 困惑する騎士の兜の側面に向けて力の限り振り込んだ。鞘を盗んだ姿勢から出せる精一杯の一撃だった。


 カーン!!と金属同士がぶつかり合い鐘の音が響き渡る。そして騎士は兜からの衝撃を頭部にもろに受けるとそのままドサッと倒れ込み動かなくなった。


「はっ、はっ……!」


 ギリギリだった。限界まで振り絞った集中力が途切れるとシリアも膝をつく。だが、気はしっかりもっている。


 いくらなんでも無茶だったと自分でも笑いそうになる。視界を防ぐためとはいえ愛剣を投げ飛ばしたのだ。一つでも思惑通りに行かなければ降参か死だけしかなかった。


(賭けに勝った……)


 審判が近づいてきて騎士の様態を確認して、手を天に向かって掲げた。


「勝者!シリア選手ー!」


 割れんばかりの歓声と、しつこいぐらいの暑い日光を最後にシリアはその意識を手放した。どうやら蓄積されていたダメージは彼女も相当多かったようである。


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