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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第二章:一ヶ月の始まり
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3.新しい剣

「流石に寝すぎですね」


「すいません……」


 城の周りには夜が降りていた。そんな時刻にシリアの姿は再び書斎にあった。目の前にはユーベルが座っているが、今朝と違いそこにルナはいなかった。


「お二人が心地よさそうに寝ている手前、起こすのも忍びないかと思いましたが、まさか夕食前まで寝ているとは」


「すいません……」


 シリアは同じ言葉を並べて頭を下げる。


 ユーベルの言う通り、彼女らが起きたのは夕方の涼しくなった時間であった。しかも自主的に起きたのではなく風邪を心配した使用人の声掛けでだ。


 ユーベルは彼女らが起きてくるまでは別の雑務をしながら時間を潰していたが、まさか夕食前まで起きてこないとは思ってもいなかった。


 そのおかげで夕食後の今にユーベルの話がずれ込んだ形になっていた。


「まあ、起こさなかったこちらにも非がありますが、私達がいないときもあるでしょうから、今後は時間の管理とかも気を付けてください」


「はい……」


 夕食は用事から帰ってきたジエンとカエンも参加した。その場で昨日のシリア乱入事件の話が話題に上がり、一言の注意と後はその心意気をベタに褒められた。


 特にカエンは彼女の行動力が気に入ったと夕食中妙に上機嫌であったが、果たしてそれに心から喜んでいいものかシリアは困ったがとりあえず笑っておいた。


「さて、じゃあ午後にしようと思っていたことをやりましょうか」


 そんなに時間は掛かりませんからと前置きを置いて、ユーベルは説明を始めた。


「今から説明するのは明日の事です」


「明日?」


 シリアはてっきり今朝の続きで勉強することになると思っていたが、どうやら見当違いであったらしい。


「ご存知だと思われますが、明日は正式にルナ様とシリア様が婚姻を結んだことを大衆に向けて発表します」


「……ああ、クランツさんが言ってたような」


 シリアの脳裏に、昨日彼と会った時に言っていた言葉が思い起こされた。


「クランツとは……そうでしたね。一番最初に会っているんでしたね」


 ユーベルは闘技大会のことを言っているようだった。彼は何だかんだシリアがこのグリード家に関わる中で一番最初に会った関係者でもある。


「知っているならその周辺の話は省きますが、とにかく明日は国立の講堂で午後からそれを発表します」


「そ、それって私も何か話さないといけないんですか?」


 主役はルナとシリアだ。当然何か話す必要性があるのではないかと彼女は慌てていたが、ユーベルは意外にも首を横に振った。


「基本的にルナ様と二人で堂々と立っていれば大丈夫です。ジエン様が取り仕切いますので、それに合わせて頂ければ大丈夫かと」


 ホッ、とシリアは息をつく。闘技場の真ん中で戦うのは大歓迎だが、机の前に立ち大勢に向けて話すことなんて出来るわけはない。


「午前には移動しますから、今日は出来るだけ早くお休みになってくださいね」


「は、はい」


 そういってユーベルは席を立つ。もしかしてこれだけだったのかと、シリアは意外と早く解放されると思い少し喜ぶ。何より部屋で待っているルナに早く会いたかった。


 しかし、そんなにあっさりと終わるわけがない。


「次にこれをお渡しします」


 ユーベルはどこかに置いていたのか、持ってきたそれを書斎のテーブルの上に飾るように置いた。木製のテーブルに金属があたり、特有の音が図書館に響く。


「これは……剣ですか?」


 装飾のされた鞘付きの剣。ユーベルはそれを手に取るように促し、シリアはそれに従い素直に剣を取る。


 それは騎士が扱うようなロングソードであった。鞘からゆっくりと剣を抜くと、図書館の明かりに反射して刃が一瞬煌めいた。


「…………」


 シリアは鞘の装飾から見てそれが上質な物だと思っていたが、剣本体も一般向けの大量生産された物とは一線を画していることに気づき、無言で驚いていた。


「明日からその剣を帯びてください」


「これを、ですか」


「はい、それと……シリア様の使っていたあの大剣のことなのですが」


 シリアは城に来た段階で警備の関係上、今まで使っていた大剣を預けていた。ユーベルは申し訳なさそうに言う。


「今後、あの剣は使用しないで頂くことになります」


 シリアはそれに関しては特に驚かなかった。何となくわかっていたのである。あれだけ大きな剣を背負ってルナの横に立つのはおかしいし、下手をすると護衛に見えなくもないだろう。


「あまり驚いていないようですね」


 恐らく大きなリアクションが来ると思っていたユーベルは意外と落ち着いているシリアに少し驚いているようだった。


 そんなシリアはいつもと変わらない口調でそれに応える。


「確かにアレが使えないのは心許ないですし、長い間使ってきた分愛着もありますけど流石に背負えないことぐらいわかります。その代わりにこれっていうことですよね?」


 そういって用意された剣を示す。それはずっしりとした重さはあるが今まで使っていた大剣には遠く及ばず、それに長さも当たり前だが大剣と比べると短すぎる。


 ユーベルは少し心配そうに尋ねる。


「慣れそうですか?」


「昔はこういう剣も使っていたので勘さえ取り戻せれば大丈夫かと思います。少し時間は掛かると思いますが」


 そう言って剣を握ったシリアにユーベルは安心していた。何かと武器に括りを持つ人間は多い。あの大剣じゃないと使えないとシリアが言い出す可能性もあると思っていたのでひとまず安心した形になった。


「明日の発表で、恐らく良くも悪くも荒れるでしょう」


 ユーベルのその言葉に、シリアの脳裏には何となく例の家が思い浮かんでいた。


「そして確定していることではありませんが、ルナ様との婚姻を壊そうと仕掛けてくる輩が出てくる可能性もあります。そして、その標的は勿論貴女に向けた物になるでしょう」


「備えておけってことですよね」


 ユーベルは頷く。


「シリア様が強いことは存じておりますが、どのような手法で来るかはわかりません。ですのでこの城以外の場所では出来るだけ用心するようにしてください」


「はい」


「そしてお嬢様と行動を共にすることが多くなるとは思いますが、何かあった時は全力を持って守って頂きたいのです」


「言われなくても、そのつもりです」


 シリアの顔つきは真剣な物になっていた。今までのたった二日間、今までの人生と比べるとお釣りがくるほど贅沢を享受していたが、ルナと婚姻を結んだという事実は良いことばかりではないことはわかっていた。


 現に彼女を狙う貴族の存在をシリアは目にしている。間違いなく彼らは手を出してくるに違いない。


「警備兵も付きっきりという訳にはいきませんから、いざという時は貴女だけが頼りになります」


「心得ました」


 さっきまでのシリアはもういなくなっていた。そこにはただ、覚悟を決めた彼女の姿があった。


 ユーベルはその様子を見て安心した。


(これならお嬢様も大丈夫でしょう……)


 ルナは誰よりも優しく、そして誰よりもか弱い。彼女を守る剣が必要であった。そしてその役割を果たすのが婿であるシリアだ。


「お話しはここまでです。明日は少し早いですから、今日はゆっくりとお休みください」


「そうします。おやすみなさい」


 剣を持ったシリアはそれを持って部屋を出て行った。ユーベルは今まで剣を持たない緩んだシリアを見て少し不安であったが、実際に今、それを握った彼女を見てそれが杞憂な事を悟っていた。


(お嬢様とこの国の為に、よろしくお願いします)


 図書館を出て行ったシリアにその心の声は聞こえてはいないが、例え言わずともシリアには伝わっていただろう。




*****




 剣を受け取ったシリアはそのまま自室に向かって──はいなかった。


 彼女の目指す先は、今日昼食を食べた中庭。


 そこを目指して歩いていた。


(試し振りぐらいしないとね)


 今までの相棒であった大剣とは勝手が全く違う。明日何があるかわからない以上、少しでも慣れておく必要性があったのだ。


 それともう一つは、この上等な剣を振りたいという気持ちが強い。


 シリアは武器マニアでもなければ収集家でもない。だが、剣を振るう者として名剣に憧れるのは最早宿命に近い。


 彼女は旅をしている時、高級な武器を扱う店に売っている名剣を見ては、手にしてみたいと唾を飲んで眺めていたことがある。勿論それを買うお金が溜まったことはない。


 そんな欲求を叶えてくれる剣が与えられた。




 それを振らないわけにはいかなかった。


「ふぅ」


 昼とは違い、少し寒い風が吹く中庭に出たシリアは自然と抜刀して鞘を地面に置くと、ゆっくりと体勢を整えた。


「っ!」


 そして、上段に構えるとそのまま勢いよく振り下ろした。


 シン、と刃が風を斬る音が静かな夜に響いた。高く、鋭い音だ。


「シッ、フッ!」


 振り下ろした状態から切り上げて、袈裟に斬る。


「…………」


 大剣特有の重みと力は感じないが、この剣はそれとは別の力を持っているようにシリアは感じた。まだ実戦はないがこの剣は間違いなく人をあっさりと殺せる。そう確信を持てるほどの空気の斬れ方が抜群で会った。


「次は……」


 地面に置いていた鞘を拾い、そこに納刀する。今着ているシンプルなドレスには当たり前だが帯剣用のベルトは装着していない。そのため必然的に手に持つことになる。


 今回はしょうがないかと思い、とりあえず抜刀からの構えを何度か練習するように繰り返した。


「うーん」


 シリアは舌を巻いていた。驚くほど扱いやすい。勿論、今まで使っていた愛剣程の重みはないため一種の寂しさと不安があるが、それを補うほどの使いやすさを感じていた。


「やっぱり良い剣なのかな」


 剣を空に掲げると月の光に反射して鈍く煌めく。鞘の装飾が豪華なのもあるが、やはり剣の部分が怖いほど綺麗で一種の芸術品のようだった。


 シリアはゆっくりと剣を下ろし、再び鞘に納めた。あとは実戦がどうなるかだが、その相手は今はここにいなかった──


「こんばんは。良い夜ですね」


 否、現れた。

ブックマークや感想、評価などありがとうございます!

次の投稿は6月9日になると思われますが、どうぞよろしくお願いします。

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