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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第一章:いきなり妻と言われても!
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8.夕食のサンドウィッチ

 そんな欲塗れの野望が裏で考えられていた時、シリアとルナは廊下でお互いの手を握ったまま向かい合っていた。


「ごめん、話を聞いて居ても立ってもいられなくて……」


「もう謝らないでください。確かに驚きましたけどおかげで助かっちゃいましたから」


 思えば無策に突っ込み過ぎたと反省点は多い。いくら頭に血が上ったとはいえ、貴族と王族の会談に滅茶苦茶に斬り込んだのだ。


「でも、ふふっ……」


「どうしたの?」


「いくら考えがなかったにしても『部屋に戻る道がわからない』って……ふふふ」


「うっ、だ、だって」


 小さく肩を震えさせながら笑いをこらえているルナにシリアは恥ずかしそうに髪を掻いた。


 ルナは握っていた手をゆっくりと離して、明るい足取りでシリアの前を歩き出す。


「さ、戻りましょう。夕食はすぐでしょうけど、少し疲れちゃったので休みたいです」


「……うん」


 ルナの小さな手をさっきまで握っていた自身の手を見て、シリアは先程の事を思い出していた。


 応接間に突入した後、シリアから差し出された手を握ったルナの手は小さく震えていた。


 会談の内容をシリアは知る由はなかったが、ルナの手が震えていたというだけでその会談が良い物でなかったことだけは十分に察した。


 まだ13歳の少女に対してエンリ家の者は何を言ったのか、いや、何を言ったにせよルナの小さな手を震わせたことだけでシリアは既に彼らを許すつもりはなかった。


「もっと早く駆けつければよかった」


 心から悔いるようにそう呟いたシリアにルナはやはり明るく笑いかけた。


「そんなことありませんよ。来てくれたことが嬉しいのですから」


 そのまま無言で歩き続け、自室についた彼女らは少し疲れたように柔らかいソファーに腰を下ろした。


「ねぇ、ルナ」


「はい?」


 お互い隣に座り合い、目を合わせないまま会話をする。


「あのエンリ家は今までずっとルナに縁談を持ちかけてたの?」


「そうですね。まぁエンリ家だけではありませんが……私を嫁に迎えたいと言って訪ねてくる貴族は多いです」


 こう見えて人気者なんですよ。と自嘲気味にルナは笑った。


「といっても、その人気の原因は私自身じゃなくて、王族との繋がりによって得ることが出来る権力の方ですが」


「そんなに権力が欲しいの?ルナの気持ちを無視してまで……」


 シリアは貴族の立場がわからない。偉くなろう、という気持ちはわかるがその先に何を見据えているのかは想像もできない。


「権力という物はそういう物なのです。目に見えないものだからこそ欲しくなり、目に見えないからこそ必要以上に得ようとしてしまう」


 この国の政治は世襲制で引き継がれていく。だが、決して独裁を敷いているわけではない。貴族の中には古くから交友があり信頼できる者もいるため、そうした家には国政の一端を担ってもらっている。


 だが、そうではない"力を持った貴族"はそうした下積みがないために、ルナを嫁に迎えてその過程を飛ばそうとしているのだ。


 シリアから見たルナはまだ13歳とはいえ、儚げで守ってあげたくなるような美少女だ。きっと将来も美人になるだろうし、そんな彼女を横に侍らせたいという気持ちもあるにはあるのだろう。


「正式な理由がなくキッパリと断ってしまうと、そこから関係が拗れ、仕舞いには起こさなくてよい騒動が起きる気配もあると思い、出来るだけ誤魔化し続けた結果でもあるのですが」


 でも、とルナはシリアの方を向いた。


「それも今日で終わりですね。もうシリアがいますから」


「そうは言っても……私には何も、ないよ?」


 シリアは悲しそうに言う。傭兵として生きてきた上での知識や戦いの腕は多少あるものの、それ以外に関しては疎く知らないことの方がよっぽど多い。


 ルナは首を横に振る。


「何もないなんて言わないでください。少なくとも今日あの場から連れ出してくれたのは、私の事を思ってしてくれたことなんでしょう?」


「う、うん」


 正直に告白するなら、あの時のシリアの心境は本人にもわからなかった。単純にルナのことを憐れんだのか、自己中心的な相手に怒りが湧いたのか。それとも──


「それだけで十分です。私はそれだけが欲しく、て……」


「る、ルナ?」


 ふと、目を向けるとさっきまで普通に話していたはずのルナは口籠りながらゆっくりと舟を漕ぎ始めていた。あまりにも突然のそれにどうしたものかとシリアが慌て迷っていたら、そのままポフッと倒れ込んでくる。


「わ、わっ」


 慌てながらもルナを腕で包むように支えると、彼女の柔らかい身体の感触と静かな寝息が伝わってきた。シリアが思っていたよりも彼女はずっと疲れていたらしい。


「う、どうしよう、これ……」


 しな垂れ込んできたルナの温かい体温を感じながら、ぼーっと天井を眺めていたシリアであったが、腕の中で心地よさそうに寝ている彼女にあてられたのか次第に微睡み始め、気が付けばそのまま目を閉じていた。


「すぅ、すぅ……」


 そして、数分後には備え付けのソファーで二人一緒に仲良く寝息を立てていた。




*****




「ん、んんっ……」


 ルナは少しだけ身じろぎするとゆっくりとその目を開けた。


「あれ……私……?」


 部屋は暗く、窓から仄かに差し込む月の光だけが明かりになっていた。ルナはいつの間にかこんな時間まで眠ってしまったことに漸く気が付いた。


 そして、自身の身体が寝ているシリアに優しく抱かれていることも同時に確認することになる。。


「……はぁ」


 小さく息をついたルナは、変わらず寝息を立てているシリアの寝顔をジッと見つめていた。


「ごめんなさい」


 聞こえないようにポツリとルナは呟く。それはまるで自分に言っているようでもあった。


「ん、ううっ」


 そのルナの言葉が聞こえたわけではないだろうが、シリアは小さく呻くとゆっくりと目を開けた。


「あ……?」


「その、おはようございます。随分寝ちゃったみたいです」


「ん、ん……」


「し、シリア?」


 寝惚け眼のシリアは腕の中に包まれているルナを見ると、ゆっくりと先程よりも深く抱きしめ始めた。


「あ、あの、ちょっと……」


「んん……?」


 どうやら完全に寝惚けているらしい。ルナの困惑した声も届かないようでそのまま完全に抱かれる格好になる。


「シリア……起きてください」


 流石にこの状態のまま二度寝されてはたまらないとルナは抱かれたまま、シリアに呼び掛ける。すると


「……ん?」


 パッチリとではないが、シリアの目に光が宿った。そしてその腕の中で困ったように苦笑しているルナとバッチリ目を合わせた。


「えっと……」


 ルナはどう声を掛ければいいか迷ったが、その前にシリアが慌てふためくことになった。


「ご、ごご、ごめん!」


「あ、いえ、気にしないでください。寝惚けてたみたいですし……」


 顔を真っ赤にしながら咄嗟に飛びのいたシリアにルナは再度苦笑しつつ返事を返す。


「それよりも大分寝てしまったみたいです」


「そ、そっか。ごめん、私も気が付いたら寝ちゃってて」


「きっとお互い疲れていたのでしょう。とにかく時間を確認しましょうか」


 ルナはそう言うと天井から下がっていたシャンデリアに手の平を向ける。


「えっ?」


 すると、シャンデリアについていた蝋燭に火が灯り、一瞬で部屋が明るくなった。


 それはルナにとっては当たり前の動作であったが、シリアからすればそうではない。


「ま、魔法?」


「はい?」


「ルナ、魔法使えるの?」


「え?ええ……一応人並み程度には」


 シリアは魔法を使うことが出来ない。この世界の魔法というのは完全に先天性の才能がないと扱うことが出来ないとされており、並の努力で補えるものではなかった。


 決してルナが魔法を使えないと最初から決めつけていたわけではないが、それをこんな形で見せられるとは思っておらず、思わず驚いたのであった。


 シャンデリアなどには魔法の仕掛けがあり、それに魔力を通すことで火が着いたりするのだとルナは説明する。


 シリアが思っていたよりもずっと、この国は先進的な技術を持っていることをここで思い知ることとなった。


「あら?」


 逆に魔法を使えないシリアにとっては不便も起こるだろうかと、少し思案していた彼女であったが、ルナの驚いた声にその心配を一時中断する。


「これは、気をつかわせてしまったみたいですね」


 ルナの視線はテーブルの上に向いていた。シリアも合わせるようにそこを見るとサンドウィッチが入った大きなバスケットに、会食で出たあの葡萄ジュースの瓶とグラスが載っていた。


 そしてメモ書きで、『起きたらお召し上がりください』と綺麗な文字で書いてあった。


「わあ、凄い……」


 シリアはここまで色とりどりの綺麗なサンドウィッチを見たことがなく、歳不相応に目を輝かせた。


「折角ですから、頂きましょうか」


「う、うん」


 二人は用意してあった水差しの水で一度喉を潤してから、少し遅めの夕食を取ることにした。


 そして、シリアはサンドウィッチを口に運びながら今日という一日を頭の中で振り返っていた。


(たぶん生きてきた中で一番濃ゆかったなぁ)


 王城からの迎えから、期間が決められたと言えルナが嫁になり、わけもわからないまま会食が進み、贅沢なお風呂に入り、のぼせたと思えばそこからの膝枕。そして、エンリ家のグリード家の会談への殴り込み。


(実は全て夢だとか、そういう話じゃないよね)


 気が付いたら実は闘技場の横に建っている宿屋のベッドだった。となっても、あぁやっぱりか、と納得してしまってもおかしくない。


「あの、何してるんですか?」


 ベタに頬を抓りだしたシリアに、ルナはグラスを持って固まる。


「あ、いや、ちょっと色々」


「は、はぁ……?」


 ルナは追求しようとはせず、とりあえず食事に戻った。そしてシリアは頬から伝わる痛みに現実であったことを確認した。


(とにかく、今日は後は眠るだけ)


 さっきまで睡眠していたせいで今は目は冴えているが、疲れはまだ取れていない。恐らくベッドに飛び込めば再び夢の世界にあっさりと誘われるだろう。


(ん、ベッド……?)


 そして、そこまで考えてシリアは本日最大のイベントがまだ残っていることを強制的に思い出した。


(あ、ああっ、"ダブルベッド"!!)


 一つのベッドに二つの枕。


「……?」


 ルナはさっきから表情がコロコロ変わるシリアを不思議そうに見つめていたが、まるでそのことには気づいていなさそうである。


(ど、どうしよう)


 シリア、生まれて初めての新婚初夜を迎える。

ブックマークや感想、評価などありがとうございます。凄くやる気を頂いています!


明日の投稿は9時頃になると思われますが、よろしくお願いします。

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