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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第一章:いきなり妻と言われても!
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7.ルナの事を思えば

「どうしよう」


 ポツリと呟いた彼女の声はただ廊下に響くばかりである。大丈夫ですよ、と言ったルナの表情を思い出すたびに何だか胸の奥に気持ち悪い靄が掛かる感触が気持ち悪い。


「エンリ家……」


 ユーベルから聞こえたその言葉。そう呼ばれているところからそれが貴族であることはシリアにも理解できた。


 わからないのはその家の者が訪ねてきた理由だ。それもルナを名指ししてまで。


「おや?おひとりですか?」


「え?」


 素直に部屋に戻ることも出来ずにしばらくその場をウロウロしていた彼女に声が掛かる。そこには今日、シリアを宿屋まで迎えに来たあの騎士の男、クランツが立っていた。


 迎えに来た当初は礼装であったが、今は頭以外に鎧を着込んでおり話を聞くと城内部の警備任務にあたっていたらしい。その道中で不審な動きをするシリアを見つけたと言う訳だ。


「てっきりお嬢様といらっしゃるかと思っていたのですが」


「ルナは、エンリという家の者が来たので応接間の方に行ってますが……」


 ほう、とクランツはシリアが自然にルナの事を呼び捨てにしていることに目を細めた。彼もルナとシリアが婚姻を結ぶことは知っていたが、会食に立ち会う暇はなかったのでどうなっているのか少し心配していたのだ。


 それがひとまずは杞憂であったことに安心すると、彼は窓から城の門を示した。そこには豪華な装飾された馬車が数台止まっている。


「あの豪華な馬車は間違いなくエンリ家でしょうね。シリア様はエンリ家について知っていますか?」


「いえ、さっき初めて聞いたばかりですが……あの、シリア様っていう呼び方は」


「婚姻、結んだんですよね?」


「ええ……まぁ」


 彼はそう聞いてにっこりと意地悪く微笑んだ。ルナの婿ということでシリア自身の立場も上がっているらしく、それに慣れない彼女の境遇を彼は面白がっているようであった。


 シリアは様付けされることに歯がゆい感覚があったが、今はそのことを議論している場合ではないことを思い出した。


「あんな馬車を用意出来る程、力のある家ということですか?」


 シリアの声にクランツは少し考え込んで頷いた。


「まぁ、力があるということは間違いないでしょうか。この国の貴族としては古参ではありませんが、ここ数年の間に目立ってきた家という感じでしょうね」


「はぁ……そんな貴族が何の用があってここに?それもルナに用があるみたいですけど」


 元々貴族というのにあまり良い印象を持たないシリアにとっては、ルナとの時間を邪魔にされた分も含めて心地良い物ではない。


 クランツは少しだけ苛立っているらしい彼女の様子を眺めながら信じられない答えを返してきた。


「それは勿論、お嬢様と縁談を結ぶために来ている他ないですよ」


「……は?」


「だいぶしつこく詰め寄ってきているんですよ。良い年して親と子が揃って来ることに首を傾げますが、その諦めの悪さだけは関心しますね」


「はああああっ!?」


 シリアは周りを気にすることなく声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ルナは今日私と……婚姻を結んだんじゃないの?」


 クランツはそれに頷く。


「私もそのように聞いておりましたが、その様子だと受け入れていらっしゃるようですね。安心しました」


 そして慌てているシリアとは反対に妙に落ち着き、それどころかからかうような口調でそんなことを言うものだから、彼女は少し怒って詰め寄った。


「だ、だから、それなのに縁談を結びに来てるわけ!?」


「……どうぞ、落ち着いてください。まだお嬢様とシリア様が婚姻を結んだことは周知されていないだけですよ。確か予定では今日から二日後に国民に知らせる手筈ですから」


 クランツが言うには、闘技大会の優勝者にルナを嫁がせるということはその話題性の高さから国民の殆ど、もちろん貴族含めて知っていた。


 だが、それを王族の気まぐれなお遊びだと大体の人間は思っていたということだ。それはそうだろう、荒くれ者の多い闘技大会の参加者に王族の娘が嫁ぐなど普通はあり得ないからだ。


 そんな色んな意味で注目を浴びていた闘技大会でシリアが優勝した時、多少は街も賑やかにはなったが、結局は賞金が多少出てそれで終了だろうと思っているらしい。まさか本当に婚姻を結んでいるなど微塵も考えていない。


 だからこそ、婚姻を結んだその二日後、大々的に大衆に発表することで周知させるという予定がシリアの知らないところで既に出来上がっていたらしい。


「な、なるほど。ごめんなさい、取り乱して……」


 それを聞いていたシリアは声を荒げたことを恥じ、それと同時に何でこんなに怒っているんだろう、と思っていた。


 ルナのことが気になっている、というのは紛れもない事実だ。だが、それは王の娘という立場や、それを感じさせない物腰の柔らかさだとかそういう希少性に惹かれているだけだと思っていた。


 しかし、他の貴族が婚姻を結びにやってきたというのを聞いて、疑問と同時に怒りを覚えたのは確かだ。


(……?)


 この感情をシリアはまだ知らない。


 目の前のクランツは彼女が何に悩んでいるのか本人よりもわかっているような表情で、口を開く。


「お嬢様は不思議な方でしょう。我々の様な者だけでなく誰にでも優しく声を掛け、決して偉ぶろうともせず人に尽くすことを苦としない。とんでもなく出来たお方です」


「そ、そうですね」


「だからこそ、なんですがね。無理矢理押し込んでしまおうという下賤な者が出てくるんですよ。今回のエンリ家のように」


 ルナが押しに弱い気弱体質だとはシリアは思わない。彼女はどこかで芯を通している人間だと今までの短い時間で評価している。だからこそこれが彼女個人の問題であれば恐らくきっぱりと断るはずだ。


 それが出来ないのはきっと彼女はグリード家のことや、断ることによる有力貴族との関係の悪化を考えているからだ。シリアはそう確信めいたものを持った。


「エンリ家の者はここ最近隙を見てはこのように無理な縁談を通そうとやってくるんですよ。いつも何とか濁していますがね」


 貴族のしつこさをシリアは知っているつもりだ。彼らは金と力を持つと何事も思い通りにならないと気が済まない性質だと認識している。例え相手が立場上王族でもそれは同じ。貴族とはそういうものだ。


(そういう意味ではこの国の王族はある意味規格外だけど)


 自分のような素性の知れない輩をあっさりと王城に招き入れ、あろうことかお姫様を託し、クランツと会うまで一人にさせていた。何か金目の物を盗ってあっさり逃げる可能性もあるのに。


 それが王族の器量なのか、それとも別の何かがあるのか。


「ルナは大丈夫でしょうか……?」


 しかし、今はそんなことを考えている場合でないことを思い出し、クランツに聞く。彼は首を傾げていた。


「どうでしょう。あちらさんも最近かなり痺れを切らしているようで、しつこさも上がっていますからね。簡単にはいかないでしょう。当然、乱暴にするつもりならこちらも考えてはおりますが」


 そういって腰に収めていた剣を少しだけ揺らす。シリアはそれを聞いて表情を少しだけ険しくした。


 クランツは彼女のその様子を見て宥めるように口調を和らげる。


「まあ、流石に家名の評判もありますから、ここでそういう直接的な荒れ事は仕掛けてこないでしょうけどね」


「その、エンリ家の相手はルナのことが好きなんですか?」


「え?」


 シリアのその問いにクランツは一瞬、面を食らった。


「ですから、ルナの事が好きだから縁談を持ってきているのではないのでしょうか」


 クランツはため息を一つついた。それはシリアに向けてではなく貴族や王族などの立場に向けられたものだった。


「悲しい事ですが、相手方が欲しいのは全てとはいいませんが、そのほとんどは権力だと思われます。お嬢様と婚姻を結ぶことにより王族の親族という格に上がるわけですから」


「別にルナが好きというわけじゃないの……?」


「それはここだけの話ではないでしょう。貴族間の結婚というのはそういう立場上の戦略も含まれていますから。望んだ相手と結ばれることの方が少ないはずです」


「ルナは、ルナの気持ちは、どうなるの」


「お嬢様がどう思っているか、それは本人にしかわかりません。ですが」


 クランツは一拍置いて、口を開いた。


「少なくとも相手方にはお嬢様を尊重する気持ちはないでしょうね。政治の道具という考えですから」


 瞬間、シリアは駆け出していた。


「どこに行くつもりですか!」


 クランツは慌てたように彼女に声を掛ける。「応接間に!」と簡素ながら力強い声が聞こえた頃には彼女の姿はもうなかった。


「少し焚きつけ過ぎましたかね」


 ふぅ、と一仕事終えたように息をついたクランツはその場で少しの間だけ目を閉じた。


「今の段階で、お嬢様に近寄る貴族連中を力押しで拒否できるのは"婿"である貴女だけ。お嬢様をよろしくお願いします」


 その言葉はシリアに向けて放った物であったが、それは彼女に届く前に消えゆく運命だった。




*****




「いい加減よろしいんではないですかな?ルナ殿も13歳、あと二年経てば正式に婚姻を結べるようになるのですからその準備をしても」


 しつこい男だと、ジエンとカエンは顔にこそ出さないがその発言をした男を呆れながら見ていた。


「何度も言うが、その件については近いうちに報知を出す予定だ。それ以外で返事をするつもりはない」


 ジエンがそう言うとその男は身を乗り出して声を上げる。


「いつもジエン殿はそう言うが一向に音沙汰ないではないか。何も決まっていないなら我が家のクリークは今年で16歳になり家業を引き継いでいく歳になる。ルナ殿を迎える準備も出来ているのですぞ」


「ふん、年齢がどうのこうのではない。それに一番重要なのは我が娘の気持ちだ。例え儂が良いといってもルナが異を唱えるなら婚姻を結ぶことはしない」


 ジエンはそう言って応接間の椅子に静かに座っているルナを見る。彼女は只々静かにその対面に座るエンリ家の者達を見つめていた。


 エンリ家、この国の中でも有力貴族の内の一つ。世襲制の今の統治に疑問を持ちながらもこうしてルナに縁談を迫ってくる相手だ。


 そこの長男であるクリーク=エンリ。今年で16歳になる彼は魔法の才能があり、昨年卒業した学園でも勉学共に優秀だったと聞いている。


 そんな彼はルナを何やら含みのある目で見ていたが、少しだけ身を乗り出すと演説するように口を開いた。


「私は学園で勉学も魔法学にも励み、優秀な成績を修めました。どこに出ても恥ずかしくないようにとやってきたつもりです。そんな私とグリード家のルナであれば釣り合いが取れると思いますし、周りもそんな私達を祝福してくれるでしょう。お互いの幸せの為でもあります」


 自信満々な表情で丁寧ながらもルナを呼び捨てにするその無礼な物言いにカエンが思わず前に出そうになったが、それを相手に見えないようにジエンは手で制した。そして唸る様な声でクリークに尋ねる。


「お主はそのように言葉を並べるが、先程言った通り儂は娘の意見を尊重するつもりだ」


 それを聞いたクリークは笑いながら頷く。


「だからルナが私と結ばれることを望めばいいのでしょう?それなら大丈夫ですよ」


 そう言って彼はルナを見た。ルナの声を求めている。しかし、彼女は今までと同じように何度も返してきた言葉を並べた。


「すみませんが、まだ貴方に答える言葉を持っておりません」


「わかっただろう、ルナはまだそのつもりはないのだ」


 入ってきたのはカエンだった。正直目の前のこの男を可能であれば殴り飛ばしたい気持ちだが、それを必死に抑えての発言である。


 だが、クリーク及びエンリ家は引き下がろうとしなかった。クリークの父はにやつきながら口を挟む。


「実感がないのはわかります。ルナ殿にそうした経験がないからでしょう?だから我が家では彼女を迎えるために準備をしました。どうでしょうか、ジエン殿。彼女をしばらくの間我が家に預けて見ないだろうか」


「──貴様、それは意味がわかった上で言っているのか?」


 怒り狂った獅子の声が応接間を支配する。今日までの間にも様々な無礼な言葉を並べてきたエンリ家であったが、今の発言は流石に許すわけにはいかなかった。


 エンリ家が力をつけたのは直接的とは言わないが国の政治のせいでもある。勘違いして欲塗れになり、王族相手にでも無礼千万な家になったのは、その政治を敷いたジエンの責任でもあった。


 そのせいでルナに対して欲望の汚い声を聞かせてしまった。こうなった以上、最早穏便に済ましては国王としても親としても失格だ。


 いまだ勝ち誇った様な顔をしているクリークはルナに目を向ける。


「一度来てもらえればわかります。きっと縁談を望むようになるでしょう。さぁルナ、私と行きましょうか」


 そう言って席から立ち上がったクリークはそのままテーブル越しにルナに手を伸ばした。恐らくこのまま力押しにいけると思っているのだろう。


(斬り落とす)


 ジエンではなく、カエンは身に着けていた剣に手を伸ばした。これ以上狼藉を許すぐらいなら妹の為に貴族の一つ潰すぐらい彼にはなんてことはなかった。


 しかし、その剣を抜く必要はなかった。


「ルナ!」




*****




 応接間の扉が物凄い勢いで開かれた。その部屋の中にいた全ての人間が驚きそこに注目する。


「……シ、シリア?」


 その中で一番驚いていたのは誰でもないルナであった。とっくに部屋に戻っているだろうと思っていたからだ。


「貴様、何者だ!」


 縁談の申し込みの場に突然現れた乱入者にクリークの父が声を張り上げた。


「城の者ですかな?何にせよこういう場に無理に入ってくるなど……作法がなっていないのではないですかな?」


 彼ははそう言ってジエンとカエンを見ながら呆れたように息をついた。しかし彼等はそれに返事もせずにただシリアの動向にだけ注目していた。


 そのシリアは周りに誰もいないかのように一直線にルナに近寄っていくと椅子に座っているルナに手を差し出していた。


 その手をルナはきょとんと見つめていた。そんな彼女を真っすぐ見据えながらシリアはゆっくりと口を開く。


「部屋までの道忘れちゃったから、案内して」


「え?」


 と言ったのはルナ。


「は?」


 と言ったのはエンリ家の者達。


 ポカンとその場の間が少しだけ空いたが、ルナは小さく苦笑するとそのまま微笑みながらシリアの手を握り返した。


「もう、ちゃんと覚えてないと駄目ですよ」


「……ごめん」


「ふふ、いいですよ。じゃあ行きましょうか」


 ルナは立ち上がるとエンリ家の者に頭を下げた。声には出さなかったが急用が入ったため、今日はお開きで。という意を存分に含んだ礼だった。


 そして手を握ったままルナとシリアはその応接間を後にした。出る直前に何か引き留めようとする声が聞こえたような気がするが、それはルナにもシリアにも聞こえなかったようだ。






「ど、どういうつもりだ!今すぐ連れ戻して──」


 去っていった彼女達を見て、クリークの父は荒れた声を上げたが、グリード家はもう取り繕う素振りすら見せなかった。


「何度も言うが、婚姻については近いうちに報知する。それまでは大人しく待っていろ。おい!」


 彼が手を叩くと、応接間の扉が開きそこから城の警備兵が部屋に整列しながら入ってくる。


「お客様のお帰りだ。無礼のないように」


「ハッ、かしこまりました」


 警備隊の隊長と思われる男はそう言いながら敬礼をするが、同時に威圧する気をエンリ家の面々に飛ばしていた。


「くっ」


 この城や国の警備隊は治安維持能力が極めて高く、その実力は小さな子供でも知っているほどに有名だ。つまるところエンリ家は今この場で事を荒立てることを封じられてしまった形になる。


「どうした?出口がわからないのか」


 カエンが挑発するように言うと、クリークはキッと睨みつけたがカエンの手が剣に掛かっているのを見て咄嗟に視線を外す。


 そしてそのまま城の門まで連れていかれた彼らは丁重なお見送りを背に馬車に乗りこみ城を後にした。


「くそっ、あの変な小娘が入ってこなければ!」


 父が横で悔し気に呻いているのを見て、クリークは考えていた。


(確か例の闘技大会、勝ったのは年端もいかない少女だと聞いていたが、まさか……いや、そうだとしたらこちらも考えがある)


 彼はまだ諦めていない。


 この国の姫であるルナを自分の手中に収め権力と財力を手にし、家を繁栄させるどころかこの国の中枢に手を出していくその野望を叶えるために。

ブックマークや感想、評価などありがとうございます!

私事ですが、明日から投稿の時間帯などが変わると思われるため、

その内容を後で活動報告に記載するつもりです。

お手数ですが確認頂けたら幸いです。

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