4.優しい陰謀
今回、シリアとルナはお休みです
ルナとシリアが去った玉座の間。あれから既に会食で使われたテーブルなどすべて片づけられ、その場にはジエンとカエンだけが残っていた。
「まずはよし。というところだな」
「そうですね。とりあえずは良いでしょう」
さっきまで赤くなっていた顔はすっかり冷め、お互いの表情は真剣そのものだ。
「しかし、見た目は確かに普通の少女だったな……まさかクランツが敵わないとは」
「それは私も予想外でした。ですが、広い世界ですからそういうこともあるのでしょう。ただ、そのおかげで当初の予定が狂いましたが」
そう聞いてジエンは少しだけ顔を曇らせたが、すぐに立ち直る。
「だが、結果的に見れば計画通りなのだろう?」
そうですね、とカエンは相槌を打つ。そして決意した面持ちを上げた。
「このまま上手く事を進めれば、何事もなく王位を父上から継ぐことが出来る」
「うむ……」
ジエンはゆっくりと頷いて、そしてほんの少しだけ語気を強めた。
「娘が婚姻を結んだことが周知されれば、この国の実権欲しさにルナに手を出そうとする輩は少しは減るだろう」
その言葉には確かに怒りが含まれており、カエンも同じく僅かに憤っているようだった。
グリードの家系は何世代にも渡ってこの国を治めてきた。革命や抗争が過去になかったわけではないが、その度にそれなりに上手く収束させてきたし、国民に無理な暴政を布いることもなく一般的な良い国家として繁栄してきた。
だが、それをよしとしない考えを持つ者は少数ながらいた。この国に所属する貴族と呼ばれる身分の者達だ。全ての貴族が、というわけではないが一部のその連中は、長く続いてきた世襲制の統治はおかしいだろうと何かと口を挟んでくるのである。
そんな彼らが目をつけたのがまだ年若い少女であり世間知らずだと思われるルナであった。
自分らの息子を彼女に近づけ、関係を持たせたらその後に結ばれれば、自身の家系が国の政治に関われるだろうという算段なわけだ。今の王政を崩すのはそれからすればいいと思っているのだろう。
ジエンはそれが許せなかった。堂々と目の前から口出しに来るならまだ良いが、わざわざ子息を使ってまで回りくどく、しかも娘を狙うとは言語道断である。
それにその彼らはグリード家を独裁だと言うが、完全に政治を握っているというわけではない。ある程度力を持った信頼できる貴族には国政の仕事をしてもらっているのだ。
結局のところ、自分の家をのし上げるために愛する娘を利用しようとしているのだ。ジエンはそう結論づけていた。
「しかし、仮に妹の婚姻を周知したところで近寄る奴は減るでしょうか?妹が何故ああ言ったのかわかりませんが、一ヶ月という期間もあります」
「周りには一ヶ月という所を隠して広める。少なくとも娘が婚姻を結んだことに意味があるからな。権利を欲するがために近寄る奴らに娘を触らせるわけにはいかん」
言葉は静かだが、その一言一言に怒気が混じっている。カエンはそれを察して、冷まさせる意味も込めて少しだけ話しを変えた。
「それにしても今更ながらあのシリアという子は良かったのですか?父上に言われた通りあっさりと受け入れるように対応はしましたけど、素性も何もわかっていませんよ」
そういったカエンに対して、しかしジエンはあっさりと答えた。
「それはよい」
「……理由を聞いても?」
「お前には言ってなかったが、あの大会で上位に食い込みそうな輩はある程度調査をしていたのだよ」
それを聞いてカエンは素直に驚いていた。割と一緒にいるというのにそんな素振りは少しも見せていなかった父に対してだ。
「それは、気づきませんでした。もしかして彼に依頼したのですか?」
「その通りだ」
なるほど、とカエンは驚きもしたが納得もした。少なくとも"彼"が調べて大丈夫だと判断されたならシリア自身に問題はないのだろう。
「それに」
「それに?」
ジエンは一度言葉を濁すとしばらく口籠る。そして少しだけ力なくボソッと呟いた。まるで自分に言い聞かすように。
「正直に言えば、な。正直に言えば……あのように同性であれば娘も綺麗なままじゃないかと」
「ち、父上……?」
カエンがほんの少しだけ疑問と呆れを混ぜた視線を送る。ジエンは顔を伏せてそれを回避する。
王族としての葛藤と、純粋な親としての葛藤。ジエンにとってカエンやルナはいつまでも可愛い息子、娘である。カエンに関してはもう良い年でもあるし、だいぶ一人立ちしてきたため心配することは少なくなってきた。だが、ルナは違う。
まだ13歳で僅かに幼さも残っているし、汚いこともまだ殆ど知らない箱入り娘のようなものだ。そんな彼女が、王族としての礼儀作法を身につけようと立ち居振る舞いに気を付けていることも知っているし、様々な勉学に影で励んだりと確かに少しずつだが大人に向かっていることは知っている。それでもジエンからしたらまだまだ子供なのである。
ジエンは不安で不安でしょうがなかった。
「それでも妹だってあと二年で卒業ですし、いつまでもそういうわけには」
「わかっておる」
わかっておる、と全く同じことをジエンは小さく呟いた。まるで自分に言い聞かせているようである。そして大きなため息をついた。
「元はと言えば奴らが悪い。あからさまにルナに色目を使いながら近づきおって……こちらが何も知らないと思っているのか!」
嘆くような声だった。ルナには育ち盛りのこの時期に健やかに育って欲しいというのにそのせいで色々と気苦労を掛けているのだ。
悩み多きその父の姿にカエンは困ったような表情をしていたが、同時にそれ程自分と妹に気を掛けてくれているということは嬉しかった。将来、自身に子供が出来た時は同じように悩み、愛してやらねばと、悩むその姿の先にそう思っていた。
「とりあえずこの一ヶ月だ。どうなるかわからないし、あの連中が何かを仕掛けてくる可能性は高い。お前も出来る限り気を掛けてくれるか」
「それはもちろんです。今日初めて会ったにせよ大事な妹の伴侶であることに違いはありませんから。まあ強さは実証済みなのでそういった方面では気にしていませんが」
それもそうだな。とジエンは笑う。少なくともクランツを倒す実力を持つなら暴漢程度なら片手で蹴散らせるだろう。
「父上、一つだけ聞いてもいいですか」
そして、そのタイミングでカエンは一つだけずっと気になっていたことを尋ねるために声を上げた。
「ん?なんだ?」
「今のところルナとシリアは初対面にしては上手く組み合ったと思います。しかし一ヶ月後どうなっているかはわかりません」
「…………」
「一ヶ月後、結ばれるにせよ結ばれないにせよ、父上はどうするつもりですか」
そこには彼女らが同性同士という意味合いも込めている。少なくともカエンに取って国の重要たる人物が同性で婚姻を結んだということは聞いたこともない。実例がない、もしかしたら自身の国がその新しい例を作ることになる可能性もある。
ジエンはそれを聞いて大きく息をついた。そしてきっぱりと言い放った。
「どのような結果があろうと、娘──ルナが選択したことを儂は尊重する」
「……それを聞いて安心しました。私はあの子の悲しむ姿は見たくありませんから」
そこで彼らの話は終わった。これから彼女らがどのようになっていくのかジエンとカエンには想像は出来ない。障害も少なくはないだろう。それでもどうか、どうか愛しの娘、愛しの妹が幸せに笑う結末になればと願うばかりだった。
次投稿は明日の夕方になると思われます。
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