3.夫婦なら……?
よくよく、よくよく考えてみれば色々とおかしい点はある。仮に「闘技大会の優勝者を伴侶にする」という箇所は納得するとしよう。強者に惹かれる気持ちはシリアにもわからなくはないし、そうした者を近くに置こうという考えは間違いではないとも思う。
だが、それにしたってこの待遇はどうだろうとシリアは頭を捻っていた。
彼女はその生い立ちのせいか、戦いで大事とされる直感的なセンスは培われてきたが、貴族間での対立や陰謀、遠回しな策略などに関すると縁が遠いせいか人一倍疎かった。
そんなシリアがこの状況に疑問に思っているのだ。
(例えば、そうルナと私は女同士。王族や貴族は基本的に子孫を繁栄させていくことで栄光を失わないようにするのが普通のはず。そう考えれば私達が婚姻を結ぶことはその一つを潰すことと同じな筈、だよね)
隣で先程から顔を赤くして恥ずかしそうにしているルナは、誰から見ても絶世の美少女である。そんな彼女に良縁がないはずがない。仮にシリアがどこぞの貴族の男だとしたら少なくとも放っておくことは出来ないだろう。
(そんな相手が私みたいなどこの馬の骨ともわからない相手をあっさりと受け入れるだろうか。いや、そんなことはしないはず)
元々、会食の予定があったとしても見ず知らずの相手に一国のお姫様がわざわざ自分で料理に関わるだろうか。そう考えていくと何か裏で作為的な動きをしているのではないかと勘繰らざるを得ない。
「……あの」
「…………」
「あの、シリア?」
「ひゃ、はいっ!?」
そんな思考に脳を混んがらさせていたシリアは小さかったとはいえルナの呼ぶ声に気がつかず、肩に弱く手を置かれて初めてそれに気が付き、小さく跳ねた。
「なな、なんですか?」
「いえ、急に固まってしまったので……その、何か失礼があったかなと思いまして」
そう言うルナは先程の赤くしていた顔から申し訳なさそうに困り眉になっていた。シリアは慌てて思考を探られないために否定した。
「いえ、そんなことありません!ただ、こんな豪華な食事は初めてで改めて感動してたんです」
「あ、そうだったんですか!それならいくらでも楽しんでください。まだ料理はありますから、言えば私が取ってきますので!」
ルナはそう言ってニコニコ笑っているが、流石に一国のお姫様に「料理を取ってきてくれ」などとはシリアは言えるわけはなかった。
*****
「ひとまず一度お開きにしようか」
すっかり顔を赤くしたジエンはそう告げる。真昼間からそんなに酔って大丈夫なのかとシリアは思ったが隣にいるカエンも当然の如く同じように酔っていたのでそういうものなのだろうと何も言わなかった。
「ルナはシリアに部屋の案内をしてあげなさい。また夕食の時に呼ぶからそれまでは親睦を深めるなり自由でよい」
ルナは父の言葉に頷くとシリアの方を向く。
「もう昼食は大丈夫ですか?」
「もう、もう大丈夫です……」
シリアは会食前と比べると明らかに膨らんだお腹を摩りながら答えた。何か疑いを持ったとしても目の前の豪華な料理を前にすると飢えた身体は抗えなかった。グリード家の面々も同じ物を食べていた以上毒だとかそういった類の物はなさそうであったし、素直に言えば美味しすぎたのである。
「それじゃ、お部屋の方に案内しますね」
ルナもそれなりに食べているようであったが、それは微塵に感じさせない足取りだ。そうした所も王族たる所以なのだろうか。とシリアは勝手に感心していた。
そんなルナに続いてシリアは玉座を後にする。扉の前で道を作るように使用人やら従者やらが立っており、彼女らが前に来るとキッチリと頭を下げる。人生の中でそれを受ける側ではなかったシリアは、少し申し訳ない気持ちで軽く頭を下げ返しながら進んでいった。
「食事は満足頂けましたか?」
シリアの部屋とされる場所までの道中。前を歩くルナは軽く振り向いてそう尋ねる。
「それは勿論、あれで足りないって言ったらもう罰が当たります」
シリアは膨れたお腹を示しながら情けなさそうに言った。ルナはそれに少しだけ笑ったが、その後に少しだけ悲しそうな表情を見せた。
「えっと……?」
シリアはその表情に思い当たる節がなく、戸惑った。もしかしたらどこかでとんでもないマナー違反をしていた可能性は十二分にある。
しかし、それは彼女の思い違いであった。
「その、シリアは私に敬語ですけど、その、出来ればもう少し砕けた感じの方が……」
「え?でも、それは……」
別に敬語で話さないと死ぬ病気にかかっているわけではない。
ただ、シリアは転々と各地を巡る傭兵という身の上、自分よりも年下の相手と関わることは殆どなかった。大体が良い年の大人、それも男の方が圧倒的に多い環境だ。
そんな中で過ごしてきた彼女は自身の身の振り方を自然と学んでいった。基本的に丁寧にへりくだれば無駄ないがみ合いを避けることもできるし、お人好しの相手によってはその歳で傭兵稼業に身を置いている彼女を憐れんでか何か恵んでくれることもある。
そういうわけでシリアは基本的に誰にでも敬語で話すことが多い。ルナは年下であるが、身分は王族でもあるためシリアから見て天上人だ。身分差を考えると敬語になってしまうのはしょうがないところだった。
しかし、それがルナにとってはよくなかったらしい。
「私はシリアよりも年下ですし、一ヶ月とはいえ私達は家族じゃないですか。だから、シリアが嫌じゃなければもっと砕けてもらった方が、その……我儘ですけど」
「いや、我儘なんてそんな……それでいいなら、そうしますけど」
シリアがそう言うとルナは途端に瞳を輝かせ期待の眼差しを飛ばしてくる。既にこの目を見るとシリアは逆らう気をなくすほどになっていた。
「じゃあ、その……よろしく。ルナ」
「……はい!」
何だか恐れ多い気もするが、そうして笑ってくれたルナを見てまあいいか、と切り替えた。それには一ヶ月の期限だからという点も含まれているが。
ちなみにシリアは自分が敬語を使わないのだからルナもそうでなくていいと言ったのだが、どうやら彼女は昔からの癖で底から敬語が染みついているらしく、逆に砕けた言い方をする方が難しいらしい。それなら無理に言葉遣いを変えさせる意味もないし、本人にとってはそれが一番落ち着くならと、結果的にルナからシリアに対しては敬語のままになった。
明日は夕方ごろの更新となります。
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