証拠はない
女の目が開いた。
何度か瞬きをして、暗闇に目を慣らす。周りの景色から自分の部屋だと判断した女は、ゆっくりと体を起こした。
銀色の瞳を光らせながら天蓋付きの寝台から抜け出したセルビアは、枕元に立て掛けられた自らの愛刀を腰に差して、立ち上がろうとする。
しかし、足の力が抜けて、その場で膝をついてしまった。
小さく舌打ちしたセルビアは、刀を杖がわりになんとか立ち上がる。
大きく息を吐いて吸う。
体内の力の流れを調節して体に活を入れる。
これは体術の一種だが、魔術師でもあるセルビアは自然の力も借り、最低限の体力を取り戻す。
(魔術の使い過ぎだね…。久し振りの手合わせだったからなあ、途中から自制を忘れてた。師匠に知られたら酷い目に遭いそうだ)
懐かしさに目を細めたセルビアは今度こそ、支えなしで歩き出した。
「申し訳ありませんが、陛下にお取り次ぎをお願いします」
真夜中に国王の寝所の前に現れたのは、セルビアだった。
寝所に詰めている二人の兵が、怪訝そうな視線を向けても知らん顔だ。
「おい、こいつはヴァイツ隊長とやり合った女騎士だぞ」
「ええ!?あのヴァイツ隊長と?嘘だろ!」
「…どうでもいいので、ちゃっちゃっと取り次いでくれませんかね」
低い不機嫌な声で言われた兵士達が見たのはm目の下に隈をつくって、今にも刀を抜きそうなほど苛々しているセルビアだった。
事実、刀の柄に手をかけている。
「「は、はい!今すぐ!」」
慌てふためいて取り次ぐと、すぐに部屋の内から許諾の返事が返ってきた。
「失礼します」
部屋に入ったセルビアは、すぐに扉を閉めた。
さすがは王の寝所だ。家具から小物まで全て最高級の一品で揃えられている。
寝所とはいうものの卓や長椅子が置かれ、奥には部屋が続いているおり、そこに寝台が置いてあった。
燭台には明かりがつけられ、夜とは思えないほど明るい。
王は晩酌の最中だったのか、寛いだ格好で椅子に座り、盃を手にしている。
目線でセルビアを長椅子に座るように促すと、笑いながら話しかけた。
「聞いたぞ、ヴァイツと一対一でやり合ったらしいな。楽しかったか?」
「ええ、とても。さすがは第3隊の隊長さんでした」
セルビアはヴァイツが見た時のように畏まっておらず、むしろ親しげに笑いかけて長椅子に座った。
王は酒の入った盃をセルビアに差しだして、自分も酒を飲む。
「レーナ様はあなたによく似ていますね。賢く、また柔軟で」
「レーナは頭が良過ぎるのだ。見なくてもいいものを見ようとしてしまう」
「それが性分なのでしょう」
酒を酌み交わしながらの会話には、どこか穏やかな空気が漂っている。
「私は良い父親とは言えんな」
「言えませんね」
王の愚痴をぶった切ったセルビアは、泣きそうになっている王を見て、吹き出した。
「大体、王なんてものはどうあがいたところで良い人にはなれないんですから、『良い父親』になんてなれるはずがありませんよ」
笑いながら皮肉を言われて、王が目に見えて萎れる。
更に笑い転げるセルビア。とても楽しそうに酒を呷り、手酌でまた注ぐ。
「大丈夫ですよ。子供ってのは、案外たくましいんですから」
「…そういうものなのか?」
疑問符を浮かべて首を傾げる王を尻目に、セルビアは勢い良く酒を飲んでいく。見ていて清々しいほどの飲みっぷりだ。
「子供は背中を見て育つんです。顔じゃありません」
そう断言したセルビアを見て、王はしみじみと呟いた。
「セルビアは…良い母親になるだろうな」
セルビアは思いっきりむせた。
どうにか呼吸を取り戻し元凶である王を睨む。若干目が涙目だ。
「いきなりなにを言い出すんですか。第一、相手がいませんよ」
「そうか?お前なら引く手数多だと思うのだが」
王の考えはあながち間違いとも言えない。
魔術師というのは血によって受け継がれることが多く、魔術の才を持つ者は玉の輿に乗ることも可能だ。
そして、セルビアは札持ちというある種の証明書がある。魔術師としての能力は高く、その力も天才と呼ぶに相応しい。
「そんなものはこっちからお断りです。子供を産んだところで、魔術の才能がその子供にある確率なんて10分の1なんですよ。元々魔術は神が人間に与えた才能です。それを操ろうなんて馬鹿の考えることでしょう」
語気も荒々しく、激しい怒りを感じる語調だ。
「そうか、嫌な思いをさせてしまったな。すまない」
「別に貴方が謝ることではありませんよ、私も少し大人げなかった」
怒りをおさめたセルビアは、盃を置いて立ち上がった。
そのまま外に面した窓へと向かう。
月明かりがセルビアの顔を照らした。静謐な光はどこまで白く青い。
窓の枠に手をかけて、昨日より大きくなった月を眺めながら、セルビアは微笑んだ。
「私は自分の力を嫌いになったことなどないんです。むしろ、感謝しています。この力があるおかげで、私は強くなれた」
セルビアは窓枠に片足を乗せた。
「じゃ、陛下。私はこれで」
「…そこは窓のようだが」
「こっちの方が近いものでして」
「…」
唖然とした王だが、楽しげなセルビアの顔を見て、口元も綻ばせた。
「そうか。気をつけてな」
「はい、おやすみなさい」
律義に枠の上で一礼したセルビアは窓から身を乗り出した。
そのまま枠を蹴って跳ぶ。着地の瞬間、猫のように体を折り曲げて衝撃を吸収し、音も無く庭に降り立つ。
その姿を見送った王は椅子に体を沈めて、盃を揺らした。血のように赤い色が煌めいて美しい輝きを放つ。
「私は王…か」
王はそう自嘲して、盃に入った酒を飲み干した。
「…愛人?」
「ええ、愛人です」
朝日も高く昇った頃、3番隊隊長の執務室で、なんとも場違いな会話がされていた。
「あの陛下が?」
「はい。あの陛下が、です」
訝しげなヴァイツと微妙な表情のクリフが小声で喋っている。
普通の声量でも問題はないはずだが、二人も混乱しているのか、そこには気付かない。
「その噂は本当なのか?」
「噂の出所は寝所に詰めている1番隊の隊員です」
1番隊とは主に王族の警護や王の護衛などを行う部隊で、国軍の中でも優秀な者のみが入隊することを許される部隊だ。隊員は国に忠誠を誓い、その強さは国内随一を誇る。
ただし、その忠誠心から庶民からは『王の犬』と皮肉られる存在でもあるが。
ヴァイツも元々1番隊副隊長の任に就いていた。
「1番隊ってことは、あながち嘘でもないってことか?」
「少なくともでたらめではない、ということかと」
「「…」」
二人とも無言。
「「ありえない(だろ)(ですね)」」
そして、全否定した。
「陛下は生粋の朴念仁だぞ。ないな」
「まったくです、あの人のおかげで我々がどれだけ苦労したことか」
二人で頷きあいながら、噂を笑い飛ばす。仮にも自分の君主になんとも遠慮ない言葉だった。
しかし、次のヴァイツの台詞にクリフが反応した。
「あの陛下に愛人は一番似合わないだろ。本気だっていうんなら、話は別だが」
「…隊長、それはまずいです」
ヴァイツの言葉にクリフが血相を変えた。
「何がまずいんだ?」
何も分かっていないヴァイツはクリフに聞いた。
クリフは声を低くし、慎重に言った。
「隊長の言葉通りなら…」
「なら?」
「陛下がその女性を王妃にする可能性があるということです!」
ヴァイツは一瞬呆然としたが、すぐさま我に返った。
「クリフ!今すぐ女の詳細を調べろ!大至急だ!」
「はい!」
大きな返事をして、執務室を出ていくクリフを見送ったヴァイツは、椅子に体を沈めた。
(こういう時にトマ隊長がいてくれると助かるんだがな)
トマ・スワノーフ。
レーナの伯父であり、国を代表する貴族の一人にして、1番隊隊長の任に就いている。
50を過ぎても、その剣の技量はとどまることを知らず、未だに現役の騎士である彼なら王に直接聞くことも可能だろう。
しかし、そのトマは東に位置する自らの領地におり、帰ってくるのは4、5日後になる予定だ。
痛み始めた頭を出来るだけ意識の外に追いやりながら、ヴァイツはクリフを待った。
「…失礼します」
30分ほどで帰ってきたクリフは傍目に見ても、憔悴していた。血の気は引き、唇は紫色。目は虚ろで焦点が合っていない。
これにはヴァイツも慌てた。
「おい!一体どうした?」
「どうしたもこうしたも…ありません!」
机に力強く手を叩きつけたクリフ。反動で書類が床に落ちるが、クリフはそれには目もくれない。
「昨夜、陛下の寝所に出入りしたのは、セルビア・ハースと名乗る黒髪の20歳ぐらいの女だそうです」
一気に言い切ったクリフは、ポカンとしているヴァイツを睨んだ。
「セ、セルビア…?」
極寒の視線に晒されて、ヴァイツは我に返った。
「ちょ、ちょっと待て!今なんて言った!?セルビアだと!」
「ええ!昨日貴方と傍迷惑な手合わせをやったセルビア・ハースですよ!」
怒鳴り合いではなく、叫び合いをする主従。
部屋の外にもその叫び声は筒抜けだが、誰も様子を窺いに来ない。何かを言い争っていると分かれば、全員が扉の手前で踵を返す。
触らぬ神に祟りなしである。
「人の口とは凄いですね、まだ昼前だというのに既に城中に広まっています」
「しょうがありません。この何十年、一度もこんなことはなかったのですから」
中庭で茶を楽しんでいるのは、レーナとセルビアだ。
城の片隅にある庭は穏やかで静かな空気が流れている。
「しかし、セルビアさんにはご迷惑をおかけしますね」
と申し訳なさそうにレーナが言えば、
「いえ。私も王の愛人役などは初めてなので、楽しいですよ」
とセルビアが笑う。
そう、この騒ぎはセルビアとレーナが意図的に引き起こしたものだ。
昨日の夜にセルビアが王を訪ねたことで、朝には『あの女は何者だ』と噂にはなっていた。この時点では愛人という要素はどこにもない。精々、王とはどういう関係なのか、といった興味程度だった。
しかし、その噂を聞いたレーナがセルビアに頼み込んだのだ。
「思わせぶりなことを言って欲しい」と。
結果、勘違いと憶測が入り乱れて『王の愛人』が完成した。
「いやー、中々の見物ですね。右往左往の大混乱だ」
意地悪そうに笑って、茶の香りを嗅ぐセルビアは悪役を楽しんでいるのか、実に堂に入っている。
「私もここまで広がるとは、意外でした」
レーナは驚きながらも、訂正する気はないようだ。
いつものように優雅な手つきで追加の茶を入れた。
王城中を騒がせている当の二人が、悪戯を成功させた子供のような笑顔で笑い合い、お喋りに興じている。
その光景は主従というよりも、仲の良い姉妹のようだ。
「にしても、何故わざと誤解されるようなことを?」
「そうですね。ご説明しなければいけません」
そう言ってレーナが話し始めたのは、王の女性関係だった。
20年以上前に初めて妻を迎えた王はその妻を一途に愛し、亡くなった後もまるで操でもたてたかのように他の女を近づけようとしない。
これに焦ったのは周りの側近達だった。
王女はいるものの一人だけだ。赤子が死にやすいこの時代には、あまりに心許ない。
ありとあらゆる種類の美しい女性を差し出しても、首を横に振った王が選んだのは、どこにでもいるような貧乏貴族の娘だった。
王はその娘を王妃にした後も側室の一人も置かず、歴代の王の中でも愛妻家としての名を馳せている。
その二人目の妻さえ亡くした王は、その時から寝所に女を入れることなどなかった。
しかし、王の寵愛を得る為に様々な女が誘惑や誘いをかける。これが王にとっては煩わしいこと、このうえない。
それを知っていたレーナが考えたのが、セルビアを利用して王の恋人を作り上げることだった。
王が一途というのを知っている者達はこれで諦めるだろうし、厄介なお誘いも少なくなる。
レーナの考えを聞いたセルビアはなるほど、と頷いた。
「陛下の恋人を作ることで女を遠ざける。面白いですね」
自分がその『陛下の恋人』であることを忘れているのか、他人事のように感心しているセルビア。
誤解されようが何を言われようが、どうでもいいらしい。
事実、セルビアにとって貴族の嫌みなど、そよ風のようなものだ。
そんなことで神経をやられていたら、旅団の名持ちににはなれない。レーナもそれが分かっているからこそ、セルビアに恋人役を頼んだのだ。
「これを飲んだら、城を案内しましょう。ここは広いので、一日かけないと終わりません」
その上でセルビアを連れ回すとは、面の皮が厚い王女である。
ここでとことんセルビアの存在を喧伝したいらしい。
奇しくもその昔、トマが考えていたことと同じことを、セルビアも考えていた。
もし、この王女が王子であったなら。
そう考えてしまうほどに聡明な女性であり、強かな王の血を受け継いだ王女、レーナ・マリア・ライトワイツ。
「…いい性格をしていますね」
セルビアはそう言って、茶を飲み干して立ち上がった。
そして、その場でレーナに向かって一礼する。
「王女殿下の御心のままに」
「ここが図書館になります。1万冊以上の本が置かれていますが、あまり使う人はいませんね」
レーナの説明を聞いているのかどうか怪しいセルビアは、目を輝かせながら本の背表紙に触れていた。
本棚が所狭しと並べられ、棚には王の力で集められた多様な種類の本が詰め込まれている。
「うわ、これはエリオントの『精霊への道』じゃないですか!こっちは『神話記』で、あれは『武者伝』ですか?すごいですね!」
その間を舞うようにして動き回るのは、セルビアだ。
「武者伝はもうほとんど出回ってないんです。精霊への道なんて普通じゃ絶対、お目にかかれませんよ」
独り言にも近いそれを聞くのは、後ろを歩くレーナだ。
レーナ自身も本は読むが、進んで読書するほどではない。今のセルビアを見れば、この女剣士が読書家であることは一目瞭然だ。他の部屋を見て回った時とは違い、体中で好奇心と喜びを表現するその姿は本来の彼女の姿なのだろう。
「ここの本は借りられますよ」
後ろからそう声をかければ、その笑顔が更に輝いた。
「今日はありがとうございました。わざわざ案内までしていただいて」
「私も楽しかったですよ。どうぞお気にならさず」
廊下を歩きながら言葉を交わすレーナとセルビアは主従ではなく、どう見ても友人同士にしか見えない。
もうそろそろ日も暮れる時刻になり、王城案内を終えようとしていた二人の前にある一行が現れた。
あまり会いたくはない人種ではあったが。
「これはこれは王女殿下」
「…謹慎を解かれたのようですね。お喜び申し上げます、ドイット様」
お喜びのおの字もないような無感動な声で、返事をしたレーナ。むしろ、いなくなって欲しいという感情が透けて見える。
セルビアはあの温厚なレーナがそこまで嫌う相手を密かに観察した。
一人の青年が三人の同年代の男を連れている。
男達は全員、白い制服を着ているので2番隊の者だろう。
2番隊は主に貴族の血縁者が所属している隊だ。
血統の良さから魔術師が多く、それを鼻にかけている隊でもある。
特に3番隊を庶民の集団と見下しており、とてつもなくこの両者の関係は悪い。小さい喧嘩などは日常茶飯事だ。
その2番隊隊員を引き連れている男に、セルビアは一目で嫌悪感を感じた。
顔は凡庸だ。脂ぎっており、唇も厚い。
体格は立派ではあるものの、どこか弛んでいる印象を受ける。動きも鈍く、セルビアは心の中で愚鈍だ、と吐き捨てた。
豪奢な服装は派手すぎて悪趣味だし、腰には剣を帯びているものの、さっぱり似合っていない。
レーナの手の甲に鳥肌を見て取ったセルビアは咄嗟に言った。
「申し訳ありません。王女様は体調が優れませんので、これにて失礼させていただきたいのですが」
ここで男はようやくセルビアに気付いたのか、視線をそちらに向けた。
その視線を真っ向から受け止めたセルビアは吐き気を覚えた。
まるで舐めまわされているかのような錯覚を感じてしまうほど粘ついた目。
もし、セルビアがただの旅人なら、一発殴ってやりたくなるほどだ。
しかし、ここは王城の一角であり、今のセルビアにも立場というものがある。
「これはこれは…。侍女に男装をさせるとは、粋なものですな」
これに後ろ三人の嘲笑のおまけが付いてくる。
セルビアはそれには答えず、レーナの体を支えた。
「では、これで失礼させていただきます」
多少の不礼があってもかまわず、セルビアは強引に会話を終わらせた。これ以上この会話を続ければ方便ではなく、気分が悪くなりそうだったからだ。
レーナも同じだったのか、会釈をしてその場を立ち去った。
王女の部屋まで辿り着いたセルビアは、レーナを見て言う。
「…何ですか?あれは」
「要注意人物です」
要するに危険人物だということだ。
セルビアはレーナの言葉をそう変換した。
「あの方の名はドイット・イジェと言います」
「…イジェ家は陛下の妹君が嫁がれた公爵家だと記憶していますが」
「はい、そのイジェ家のご当主が、あの方です。父上の甥にあたります」
イジェ家はスワノーフ家と並ぶ名家の一つだ。
その当主があれとはなんとも言い難い。
「うわあ…」
呻いたセルビア。対してレーナはほとほと困り果てているようだ。重いため息をついている。
「つい最近まで、父上の命で謹慎なされていたはずですのに…。もう城にいらっしゃっていたのですね」
困り切ったレーナが至極素直な感想を漏らした。
「見るからに馬鹿そうでした」
それより素直に言い放ったセルビア。人に聞かれたら問題になるのは必至だが、レーナに聞かれる分にはかまわないらしい。
「そう言えば、あの人も金髪金目でしたね。うわ、微妙に似ているのが嫌だ」
いくらなんでも素直すぎやしないだろうか。
顔を歪めての嫌悪の言葉に、レーナは無言で頷いた。二人とも正直すぎる。
「あの方は私を妻となさりたいらしく、父上にも働きかけておられるのです」
「鏡を見たことがあるんですかね」
辛辣な口調のセルビアにレーナは苦笑いだ。
「王家の血を入れようとしているのですよ。私にはスワノーフ家の血が流れていますから」
「?ですが、既に陛下の妹君が降嫁なされていらっしゃるのでしょう。十分なのでは?」
「権力というものは人を狂わせるのです。それが王座であればなおさら」
「『王座』ですか…」
レーナの言葉は王冠の近くにいる者が発しただけの重みがあった。セルビアはその意味を正確に汲み取り、息を呑む。
「まさか、ドイット・イジェは『王座』を狙っているのですか?」
一歩間違えばイジェ家自体がなくなるような不祥事だ。噂だけでも大事になる可能性がある。
「秘密ですよ。証拠は何もありません。でも、あの方は色々と迂闊且つ軽率なので、何かあれば父上か私に報告して下さい」
「…」
いつもの柔らかい微笑を取り戻したレーナがそう言う。
ならば、セルビアが返す言葉など一つしかない。
「王女殿下の御心のままに」




