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真実の重さ

王がドイット・イジェを城に召喚したのは、サイスと面談した10日後だった。



広間には王国の主要な貴族が集まり、一段高いところにある椅子に王が座っている。椅子の横にはラザムスとシーカー、その斜め後ろには騎士の格好をしたサイスが控えていた。

シーカーはどこか緊張しているように見えるが、サイスやラザムスは平静そのものだ。


貴族たちの中にはヴァイツやトマもいたが、ヴァイツはどこか興味なさげに窓から入ってくる日差しを眺め、トマは無表情で沈黙している。


それ以外の貴族たちは軽く目を閉じている王に目を向けるか、貴族たちの前に進み出ても尊大さを隠そうともしないドイットを見ていた。

相変わらず派手で悪趣味な服装をしており、謹慎している間、怠惰な生活を送っていたせいか、かなり太ったようだ。




「…さて、ドイット・イジェ。何故この場に呼ばれたのか、その理由は分かっているか?」

王の重々しい声にドイットは何のためらいもなく答える。

「原因不明の魔獣発生の件でしょう?それについてはすでに結論が出ていますよ」

よく言えば明るく、悪く言えば軽薄な口調だ。


王の表情は変わらない。トマの眉間には明らかな皺が寄り、ヴァイツの顔には忌々しさによって歪んでいる。両名は嫌悪感を隠そうともしていないが、貴族たちの中には追従するような笑みを浮かべる者や無表情を貫く者も多い。



「まさか発生原因が不明で済ませる気か?お前は一体、どこまで傲慢であれば、気が済むのだ」

怒りすら滲ませて王は言う。

「今回の件でロバンの民がどれほど苦しんだことか。領主であるのなら、そのことに責任を負うべきだ」

「これはこれは…。聡明な陛下のお言葉とは到底思えませんな。平民の生死に価値などございませんよ?どうせ放っておけば勝手に増えるものです。私たち貴族が気にかける必要などありません」


王はドイットの言葉に何の反応を返さず、後ろに立っているサイスを振り返った。

「この方は今回の件の調査を頼んだサイス・フィアン殿だ」

一歩進み出たサイスは、王に一枚の書類を渡すとまた元の場所に戻る。

「調査…?そんな馬の骨とも分からぬ者のことを信用されたのですか?王として軽率では?」


バチン!

破裂音とともに王座の後ろから黒豹が飛び出し、ドイットの前に躍り出た。

その体からは青白い火花が絶え間なく発され、立ち上がる小さな電光が床に浅い傷を作る。


黒豹の喉の奥から低い唸り声が上がり、青い瞳がドイットを睨みつけた。殺気に射すくめられ、ドイットは身動きが出来なくなる。

鋭い牙がむき出しになり、爪が石で作られているはずの床に徐々に食いこむ。


「なっ、聖獣!?」

「まさか…何故、聖獣が…」


ざわめく貴族たちに構わず、サイスは今にも跳び掛からんばかりの自らの相棒に声をかけた。

「ターロン、よせ。そんなことをしたら、周りに迷惑がかかってしまう」

その一言で黒豹は唸りを上げるのを止め、大人しくサイスの足下で横になった。しかし、その目はドイットを睨みつけたままだ。


「お騒がせして申し訳ない。どうそお話をお続けください」

いや、無理言うな、とヴァイツは心の中で突っ込んだ。

「そうだな、こういうことは早く済ませるに限る」

王はそれで納得して、固まっているドイットを放置して、話を進める。


「見ての通り、サイス殿は聖獣使いだ。侮辱するなら、それ相応の覚悟をしていた方がいいと思うぞ」

それだけ言って王はへたりこんでいるドイットを見下ろした。手に持った書類を示してみせる。


「さて、ドイット。これはある違法商人の家にあった契約書の一枚だ。違法行為の内容は奴隷の密輸。そして、これは100人以上の密輸奴隷の取引について、お前と交わされた契約書だ。お前の署名もしっかりと入っている。何か言いたいことはあるか?」

ドイットはそこでようやく我に返る。慌てて弁解しようとするが、焦りが透けて見えていた。

「一体…何のことか…。私には…分かりませんが…」


王の顔にはっきりとした侮蔑と怒気が現れていた。

「往生際が悪いな。サイス殿、報告を」

王に言われたサイスは淡々と喋り始めた。



「ロバン城でつい最近、100人以上の人間が監禁されていたようです。そして、その人数分の死体が燃やされ埋められた形跡がありました。掘り返せば骨は出てくるかと」

その骨が決定的な証拠になることを、この場にいる全員が理解した。

「そうか、すぐに兵を派遣しよう。詳しい場所は分かるか?」

「城の裏手の訓練場です。調べれば必ず出てくるでしょう」



ドイットの体は大きく揺れている。動揺を隠す余裕がなくなったのだ。

「私はドイット・イジェだ!!この体には王家の血が流れている!この崇高な私が…!」

それは驕りと傲慢が入り交じった醜い声だった。王はわずかに顔を歪めて、後方に控えていた近衛兵にドイットを取り押さえさせる。


「何をする!私はイジェ家の当主だぞ!貴様らが許可なく触れていい存在ではない!!放せ、放さんか!」

「お前への刑は追って知らせる。それまで地下牢に放り込んでおけ」

「なっ、陛下!何を!!くそ、放せ!!」


喚きながら暴れるドイットを二人がかりで押さえ込み、広間の外へと引きずっていく。

残された者たちは様々な表情を浮かべて、それを見送った。








日が落ちて気温が下がり、部屋の暖炉の火が大きく燃えている。

査問会が終わった後、王の私室には部屋の主である王以外に、ラザムス、トマ、ヴァイツ、セルビアが集まっていた。セルビアは査問会が終わった直後に城に入ったらしい。


王はセルビアを見た瞬間、満面の笑みでその体を抱きしめた。

それを近くで見ることになったトマは少し動揺したが、ラザムスとヴァイツは自然に喜びの抱擁を眺めていた。


「お前が無事で何よりだった。危険な目に会わせてばかりですまない」

「いいんです。私は私のしたいことをするだけですから」

セルビアは喜びすら感じられる声でそう言うと、王をしっかりと抱き返して、体を離した。


ヴァイツはそれを見て、口を開いた。

「陛下、それでお話とは?この面子で何を話し合う気です?」

王の顔が曇った。セルビアは目を閉じて壁際に下がる。これから話し合うことに口を出す気はないという意思表示だ。

しかし、王はそんなセルビアに一つの封筒を見せた。


「これはお前が持ってきた物の一つだ」

そして、それを暖炉の中に放り込む。

「すまんな、セルビア」

封筒はあっという間に火に呑まれ、崩れていく。苦渋に満ちた王の顔を火が照らし出した。


「私には…、こうするしか出来ない」

「構いません。どうかお気になさらず」

セルビアは淡々と言う。王の行動をある程度、予想していたらしい。


王は自分の腹心たちに目を向けた。

「今、燃やしたのはセルビアがイジェ家から盗み出したある書状だ」

ヴァイツはセルビアに向かってにやりと笑い、トマは眉間に皺を寄せ、ラザムスは華麗に聞き流した。


「内容は初夏にあった暗殺未遂事件に関してのことだ。主犯はドイット・イジェだが、共犯者がいた」

「それはここにいる全員が分かっています。しかし、誰かまでは掴めておりません」

「…サラだ」

「…は?」


「私の娘のサラ・ディア・ライトワイツが、暗殺事件の共犯者だ」

王の声に三人の男が固まった。あまりにも予想外な言葉だったからだ。


「しかし…シーカー殿下を何故、サラ様が…?」

困惑するヴァイツの言葉に、トマが答えを言う。

「…そうか、レーナ殿下か」

「でしょうな。サラ殿下はレーナ殿下に対して、異常なまでの敵愾心をお持ちですから」

ラザムスは頷いて、その言葉に同意する。


「しかし、暗殺するほどでしょうか?」

王はヴァイツの言葉に苦い笑みを浮かべた。

「憎悪と嫉妬。そして、兄であるシーカーの為だったようだぞ。まったく見当違いだがな」

王は一つ息を吐いて、話し続けた。

「この話自体には証拠はない、証拠は先程燃やしてしまったからな。今の話はお前たちの胸の内にとどめておいて欲しい」

金の王の腹心たちは無言でそれに従った。





ちょうどその時扉が叩かれ、外からシーカーの声が聞こえてくる。王は入室の許可し、シーカーが部屋に入ってきた。


その目がセルビアを見つけると、同時に見開かれる。

「セルビア!?お前、今までどこに…」

「お久しぶりです、シーカー様」

微笑みながら一礼したセルビアは、目だけでシーカーに王を見るように促した。



「これで揃ったな。お前たちに知っておいて欲しいことがあって、こうして集まってもらった」

セルビアは目を閉じて、直立不動の姿勢だ。その他は思い思いに立ったまま、王の話を聞いている。


「事の発端は二十年以上前のことになる。私がまだ第二王子として、気楽に生活していた時の話だ」






その頃の私はまだ若く、兄がいたこともあって、頻繁に城を抜け出しては国内を旅していた。まあ、私がいなくなったところで、誰も気にしなかったからな。随分と自由に過ごさせてもらっていた。

そんな生活をしていた頃だ。私は一人の女性に出会った。このダレバ城の城下町で暮らしていた娘だ。私は第二王子、あちらはただの町娘。私は彼女と恋に落ちた。

身分を偽って長く付き合い続けることはできなかった。一応、貴族の次男坊だとは言ったが、王子だとは言えるはずもなかった。時期がくれば、彼女を貴族の養子にして妻に迎えるつもりだった。

そんな時だ。兄と父を立て続けに亡くしたのは。

私の肩に一気に重圧が伸し掛った。王として国を背負わなければならなくなった。私は公務に追われ、彼女に会うもままならなかった。

ようやく一段落つき、久し振りに会いに行った時には…。


「彼女は姿を消していた」




王はそこで、ラザムスに目を向けた。その意を汲み取り、彼が話し始める。

「私がその女性の存在を知ったのは、王が王位に着かれる直前のことでした。私はすぐさま女性に金子を与え、もう二度と王に近寄らない事を誓わせたのです。彼女は金を受け取って、素直に頷きました」


王は痛みを堪えるような顔をしたまま、その名を口にした。

「その女性の名はセビィ・ハースといった」


セビィ・ハース。それはここにいる全員に聞き覚えのある名だった。

もっと正確に言うなら、その姓に。


全ての目が壁際に立つセルビアに向けられた。セルビアは顔の表情を消して、それを受け止める。

「ということは…、セルビアは…」

ヴァイツがゆっくりと言葉を紡ぐ。




「…陛下のお子ですか…?」

「ああ、そうだ。セルビアは私の実の娘だ」




シーカーが息を飲み、乱暴に立ち上がる。ヴァイツは無言でセルビアを見つめて、トマは沈痛の面持ちで佇むラザムスに話しかけた。

「ラザムス殿、まさか貴方はこのことを知っていたのですか?」

ラザムスはその問いに首を横に振った。

「いいえ。セビィ・ハースはそのようなことを一言とも口にはしませんでした」


その言葉を断ち切るように鋭い声が発された。

「当たり前です」

吐き捨てるように言いながら、セルビアがラザムスへと近づいていく。

「母は怯えていたんだ。もし、子供がいると分かったら、何をされるか分からない。最悪、無理やり堕ろさせられる可能性すらある。なぜ母が国を出て私を産んだと思う?お前に私の存在を知られないようにするためだ!お前のせいで母は心を病み、体を壊して死んだ。お前のせいで母は死んだんだ!」


激昂したセルビアの体を、ヴァイツが後ろから押さえ込む。

「放せ!」

「駄目だ。落ち着け、セルビア」

もがくセルビアを目の前にしてもラザムスは動こうとはしない。何をされてもいいと覚悟しているようだった。



「セルビア」

深い声がセルビアを呼ぶ。途端にセルビアが大人しくなった。王が立ち上がって、セルビアとラザムスの間に割って入る。


「お前が恨みをぶつけるべきなのは、この私だ。私が不甲斐ないせいで、お前やセビィを不幸にしてしまった。本当にすまない」

セルビアの顔が大きく歪む。やり場のない悲しみや怒りが、その体の内で暴れているのだ。その感情によって、セルビアはほとんど動けなくなった。


すっかり暴れなくなったセルビアをヴァイツが放した瞬間、セルビアの体が翻る。

ほとんど一瞬で部屋から飛び出していくセルビア。扉を壊す勢いで突破し、その外に控えていた騎士を転ばして、脱兎の如く廊下を走り去っていく。その素早さには全員が呆気に取られて見送るしかなかった。



「あー…。ちょっと追いかけてきます」

「頼んだ、ヴァイツ」

セルビアを追いかける為に一礼して部屋を出て行くヴァイツ。


それを見送る王に問いを投げかける者がいた。

「…父上」

血の気の引いた顔で、シーカーが王に問いかける。


「セルビアのことを、姉上やサラには…」

「伝える気はない。…と言いたいところだが、レーナは知っている。というより、自力で気づいた」

王は苦笑を浮かべた。

「知っていて気づいていない振りをしているのだ。あの子には苦労させてばかりだな」


それは王というよりも、父としての言葉だった。


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