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それぞれの一夜

セルビアとラグンが屋敷に侵入しようとしていた時、そこから離れた王城で一人の男が驚きの声を上げていた。


「セルビアが消えたあ?」

素っ頓狂な声を出したのは、ヴァイツだった。

そんなヴァイツの前に座るトマの顔は苦々しげだ。


ここは王城の第1番隊隊長の執務室。

第3番隊のそれよりいささか華美で優雅な印象を受ける部屋で、トマとヴァイツは顔を突き合わせていた。



王が病に倒れたという知らせはごく一部の人物を除いて秘匿されていた為、城はいつも通りの一日を終えた。

この情報規制は宰相であるラザムスの政治的判断によるものだ。


王子はまだ16歳という若さで、少なからず王位継承には不安がある。隣国のシリゾイからも目が離せない。


そんな中、国を動かす武力を持った二人は、静かに会話を続ける。


「私はあの女を見張るように子飼いの者に指示していた。案の定、昼前にセルビア・ハースは城下町に赴き、密偵達を撒いて姿をくらました。してやられたわ」

表情とよく似た口調でそう吐き捨てて、トマは深いため息をつく。

ヴァイツも難しい顔をして黙り込んだ。



この場合、二人の悩みはまるで違う。


トマはセルビアが王の病に何か関わりがあると思っているので、どうにかして捕らえたいと考えている。

ヴァイツはセルビアの逃げ足の速さに舌を巻き、感心していた。

少しはセルビアも心配していたが、そんなことより今は王の容体の方が気がかりだった。



「ヴァイツ隊長。君を呼んだのは他でもない、セルビア・ハースという者について知っていることを話してもらいたい」

「はい?」

だからこそ、ヴァイツは真剣なトマの言葉の意味を図りかねた。


呆けたヴァイツの返事に焦れたのか、トマは言葉を重ねる。

「君はセルビア・ハースと親しくしていたと報告が来ている。だとすれば、セルビア・ハースの行き先に心当たりがあるのではないか?」


ここでようやく、ヴァイツはトマが言いたいことを理解した。

つまり、トマはセルビアが王の病に一枚噛んでいるのではないか、と疑っているのだ。


「それは杞憂です」

そんな疑いをヴァイツはレーナと同じ色をしたトマの目を見つめて、きっぱりと否定した。


「なんだと?」

「トマ隊長、それはありえません。私が王に剣を向けるのと同じように有り得ないことです」

驚いて目を見開くトマにヴァイツは言う。

「あいつは私や貴方に嘘をついても、王を裏切ったりはしません。私はそう思っています」


はっきりと言い切るヴァイツを見つめ、トマはふっと息を吐いた。

「…なるほど、君の意見は分かった。しかし、今そんなことを言われても信じられないということは、君とて分かっているだろう?」

「ええ、分かっています」


トマに問われて、ヴァイツは同意した。

なにせ、間が悪過ぎる。王が床に伏したと同時に姿をくらましたのだ。邪推されても仕方がない行動だ。

しかし、ヴァイツは確信していた。セルビアは王の為に動いていることを。

自分のためでなく、ただひたすら王の為に。


それがセルビアと共に戦ったヴァイツの結論だった。











ラグンは館の庭を素早く横切って、壁に張り付いた。まったくの手ぶらなので、その動きは実に素早い。

不法侵入者としては大胆極まりない行動だが、ラグンの表情はとても明るいものだった。唇は楽しげな笑みを浮かべ、目は爛々と輝いている。


館の二階の方から、鈍い音や人の声が聞こえた。

それを聞きながら、ラグンは懐から細い針金を取り出す。その針金を近くにあった窓の隙間に差し入れ、何回かそれを上下させると、掛金が外れる音がした。

開いた窓から中を覗くと、客室のような部屋が見える。扉は開け放たれているが、その奥の廊下に人影は無い。

ラグンはにやりと笑い、館の中に侵入した。




館に入ったラグンは、すぐに行動を開始する。部屋を通り抜け、壁伝いに館の中心へと移動していく。


途中で他の人間が近づいてきても、まったく動じない。相手がこちらに気付く前に手近な部屋や物陰に隠れて、それらをやり過ごす。完璧に気配を殺しているからこそ、出来る芸当だった。


相変わらず、上の方からは慌ただしい足音が響いてくるが、ラグンはそれを露ほども気にせず、屋敷の奥へと進んでいく。


ラグンはぴたりと足を止めた。

目を細めて、前方にある閉じられた扉を観察する。飾り気のない扉の隙間からは明かりが漏れているが、それ以外に不審な点はない。



ラグンは獲物を見つけた猛獣のように舌なめずりをし、腕を振る。


その瞬間、それまで何もなかったラグンの手の中に一本の棒が現れた。セルビアと出会った時に持っていた物だ。

何の変哲もない、ラグンの背より少し短い木の棒。


ラグンはそれを軽く振って調子を確かめると、そのまま部屋の中へと飛び込んだ。







「ッ!」

セルビアは刀を一閃させて、横へと転がる。

男が振った剣がセルビアの黒髪をかすって、何本か切り裂くが、その身には届かない。


壁際まで下がったセルビアは、自分を取り囲む男達を睨んだ。

5人の男達はセルビアを半円状に包囲して、剣の切っ先を向けている。無言の殺気が際限なく広がっていく。



そんな中、セルビアは低い姿勢のまま、跳び出した。

ほとんど特攻に近いが、地を這うような斬撃に男の一人が怯む。しかし、隣の男がセルビアの首を狙って、剣を振り下ろした。


その剣がセルビアの細首に食い込む寸前、無音で突き出された棒が男を吹き飛ばした。




突き出した棒を引き戻したラグンは軽く笑いながら、男たちを見回す。そんなラグンにセルビアは苦言を呈した。


「遅いです」

「悪いな、これでも急いだんだ」

悪びれずにそう言うと、ラグンは一歩踏み出した。


疾風怒濤。

ラグンの攻撃は苛烈そのものだった。

男たちの抵抗など何の役にも立たず、防ごうとした剣は叩き折られ、破片が床に散らばる。


右左上下上右左右。

縦横無尽に棒が振るわれ、男達は全員意識を刈り取られた。

滅多打ちのように見せかけて、頭などは打っていないので、死んではいない。打たれていたら即死だっただろうが。


数秒で敵を片付けたラグンは棒をくるりと一回転させた。

「さて、無事かい?お嬢さん」

「囮をやらせた人が何を言ってるんですか」

ラグンの言葉をにべもなく切り捨て、セルビアは刀を鞘に収めた。


「それで?元凶はどうなりました?」

「死んだ。まあ、因果応報だな」

ラグンは軽く肩をすくめて、それだけ言った。

セルビアの眉間に皺が寄るのを見ても、顔色一つ変えない。


「そうですか。なら確認を…」

「見ない方がいいと思うぞ。下手に見たら、一カ月は悪夢を見続けるはめになる」

「!」

セルビアは虚を突かれた顔で、ラグンを見た。



心底疲れ切った表情でラグンは息を吐く。

「あれはきつかったわ…。ああ、気分悪い。吐きそう」

「え!?」

慌てるセルビアを尻目にラグンは部屋を出た。


「えっ、ちょっ」

セルビアはそれを慌てて追いかける。その際、自分の髪を切った男をわざと蹴飛ばした。

きっちりと報復はする性質(たち)らしい。


セルビアは廊下を歩くラグンに置いていかれないように足早に歩きながら詰め寄った。

「待って下さい。それで納得しろと?」

「お嬢さんには悪いけど、そういうことだな」


セルビアを軽くあしらって、ラグンは屋敷の玄関へと向かう。

「この世には知らなくていいことがあるのさ。お嬢さんがあれを知っても、いいことなんぞ一つもない。それでも知りたいって言うんなら、俺はそれを全力で阻止させてもらうぞ。あれはお嬢さんのような、力ある者が知ることじゃない」


本気ですごまれ、セルビアは開きかけた口を閉じた。

ラグンの目は冷たく光り、それ以上にその体から放たれる気迫が、セルビアを圧する。セルビアは冷たい汗が流れることを抑えることが出来なかった。


何秒かそうやってセルビアを睨んだラグンは、視線を前に戻した。

「まあ、明日か明後日には、お嬢さんの王様に会いに行くさ。それで勘弁してくれ」


そんなやりとりをしながら、二人は屋敷を堂々と出て行った。










「…父上?」

レーナは蝋燭の火に照らされている王の顔を凝視した。



枕元に居座ったレーナの周りには、侍医や侍女が控えている。

とは言っても、王の看病を行っているのは、実質レーナ一人のようなものだ。医術の心得もあるレーナは止める面々を無視して、一日中王に付き添っていた。

祈るように看病する姿は、まるで敬虔な聖女のようでもあった。


先程まで苦痛に歪んでいた王の顔が穏やかな表情に変わっていた。手を伸ばして熱を計ってみると、ずっと続いていた高熱も下がっている。


レーナの肩から力が抜ける。

「良かった…」

潤んだ瞳で眠り続ける王に笑いかけたレーナはふと、王の唇が動いていることに気付いた。


レーナは身を屈めて、耳をそこに寄せる。

「父上、何でしょう?」

王の口の間からほんの微かな声が漏れる。しかし、それは小さ過ぎてほとんど聞き取れなかった。


「…セ…ビ…」

それだけ言うと、王は深い眠りに落ちた。

レーナは後ろに控えていた侍医に声をかけて、席を立つ。


周りは王が危険な状態を脱したことが伝わり、弛緩した空気が漂っている。先程までの痛いほどの緊張感は既に消え失せていた。





レーナは王の部屋を出て、塔の上にある自室へと向う。

精神的な疲労が歩みを遅くするが、レーナは出来る限り急ぐ。まるで何かに追い立てられているかのように。



塔の部屋に入ったレーナは部屋の奥にある棚の引き出しを開けた。その中には少ないながらも、指輪や髪飾りなどの装飾品が入れられている。

レーナはそこから一つの首飾りを取り出す。


その首飾りは細い銀の鎖に黒い石が取り付けられた簡素な物だった。

石は漆黒と言ってもいいほど黒く、整った円柱形をしている。大きさはレーナの小指半分ほどだ。

それ以外の装飾はなく、王女の持ち物としては地味過ぎる装飾品だった。


レーナはそれを首から提げると、長椅子に仰向けに倒れ込む。金色の髪が散らばり、月の光で鈍く輝く。


それはまるで一幅の絵画のように神秘的で美しい光景だった。




レーナの顔に微笑みが浮ぶ。

それは安らぎの中でこぼされた無垢な笑顔のようでもあり、諦めきって憔悴した虚ろな笑みにも見えた。


相反する表情を浮かべたまま、レーナは目を閉じて、夢の世界に身を任せた。

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