98 - 魔物の階位と秘密について
途方もない魔力を消費しつつも、それでも洋輔は三つの大魔法すべての発動に成功した。
それを確認したサンドルさんは乾いた笑みを浮かべ、カティアさんも少し興奮気味に。
「これで、儀式を行う必要はなくなったが……」
「問題は円卓にどう説明するか、ですね」
しかし、困ったようにそう言った。
「説明、ですか?」
「ええ。本来、大規模な……数百人どころか、千人単位で魔法使いを動員して行う儀式を省くとなると、さすがに説明が必要になります。当然、その説明は正直に行わなければ、騎士や冒険者たちからは不審がられるでしょう。が、正直に説明をするとなると、ヨーゼフくんが行使し、カナエくんが組み立てた――イスカ仮説が実証されたこと、そしてその実証をしたのがあなた方二人であることを最低でも円卓、発言権がないとは言えど参加を許された者たちにも、教えなければなりません。効果の確認自体はすぐにできるでしょうから、まあ、大丈夫なのですが……」
「付加価値が付きすぎるんだよ。君たち二人の功績がもはやその儀式を省いたというだけでも多大なものになる。当然、それに対して報酬は何らかの形で支払わなければならないが、報酬に関しては『調べればわかる』程度に情報が開示される以上、君たち二人が『何かをした』という事実は周知の事実になってしまう。『国立学校の生徒』『学年の首席』『入学試験で満点』、ここまででもすでに君たちの価値は跳ね上がっているのに、『特別報酬が与えられるほどの働きをした』という点、そしてヨーゼフくんの姓が『ミュゼ』だから、少なくともヨーゼフ君は『魔導師である』ということも当然だが感づかれるし、その流れで調べればカナエくんも姓が『リバー』だ、『あるいは錬金術師なのではないか』と感づく者もいるだろう」
「当然、価値が高まれば高まるほど、あなた方の名声が増えれば増えるほど、あなた方を狙う輩が出てきます。……学区内にいる限り、我々国立学校はあなた方を総力を尽くして守りますが、逆に言えば、学区から一歩でも出れば、あなた方は常に付け狙われることになる。あなた方にとっての敵は魔物ではなく人間になる――それも、欲に塗れ、己の利益のためならば手段を問わないような人間です」
それはあまりにも過酷すぎる。
カティアさんはそう言って、軽く頭を振った。
「あなた方はまだ、自分の安全を守ることすらできません。断言します。ヨーゼフくんもカナエくんも何らかの切り札を持っていて、それがたとえどんなに強烈なものであったとしても、私ならばあなたがたを制圧できるでしょう」
そんな言葉に合わせるように、カティアさんが抱えていた黒猫、ノルちゃんが地面へと飛び降りる。
ふと。
ノルちゃんと視線が合う――『ごめんね?』みたいな感じの視線だった。
うん?
『これもご主人の命令だからさ。断れないし。だから、ごめんね? まあ、通じないとしても、一応伝えたって事実は残したいし……』
その視線はそんな感じの意思を含んでいて、次の瞬間、ノルちゃんは尻尾を揺らす。
揺らした尻尾は、二股に。
…………。
猫又?
化け猫だったのか、あの黒猫。
とはいえ、猫は猫だしな。むしろその二股に分かれた尻尾がかわいい。
すっごい掴んでみたいんだけど、つかんだら怒るかな?
「……使い魔?」
と、僕の葛藤をよそに洋輔がつぶやく。なんだろう、その大体わかる感じの謎のワードは。
「なにそれ?」
「そのままの意味さ。魔法使いがあるいは至れるかもしれない、極地の一つ。己の分け身として動物と契約し、その動物と寿命を分かち合うことで、魔法的感覚を増やす魔法……『使い魔の契約』。習得難易度は高いし、リスクも多い。だから滅多にいねえんだけどな、実際に行使する魔法使いは」
ん……んん、なんかすごいリスクが大きいような。
寿命を分かつって、平均するってことだよね?
猫の寿命は多めに見積もって二十年くらいだよね。
人間が同じく多めに見積もって百二十年だとして、平均したら七十年。
あれ、意外とそこまで損はしてないのか……。
いやいやいやいや、そんなわけないよ。二十歳の猫も百二十歳の人間も滅多にいないし。
現実的に考えるなら猫は十五歳くらいで、人間は八十五歳。
これを平均したら五十歳。うん、さすがにこれはリスクがある。
あるけど……。
「ヨーゼフ。確認なんだけど、その魔法を使うと、動物はあんな感じの、なんか普通の動物とは違う物になるの?」
「ん……まあ、たまに起きるらしいって教えられてるけど、狙って起こせるもんでもないぞ。なんでだ?」
「いや、普通の猫なら二十年生きたら御の字だけど、『猫又』と契約したなら、そもそも寿命もなにもばからしいじゃん。数千年生きてもおかしくないよ」
「ああ、そりゃ確かにそうだな。けどほら、そういう時は動物側に不利益があるだろ? で、『使い魔の契約』は双方向かつ心の底から同意していない限り、結ぶことができねえ。だから、そういう場合は動物側が大抵断る」
なるほど、と頷きかけると、
『失敬な。私はそんな理由で断ったりしないよ。まったく、これだから人間の子供は……』
とノルちゃんは視線で訴えかけてきた。
なんだか爪も出していて、臨戦態勢。
できれば僕のことはひっかかないでほしいなあ。痛いのは嫌だし。
洋輔は……まあ、うん。それはそれ、これはこれだ。
「さすがに魔導師。よくご存知ですね……その通り、ノルちゃんは私の使い魔、『猫又』です」
『いやいやご主人。私を猫又だ、と指摘したのはそっちじゃないよ、もう一人のこの、いい匂いのする子の方だ』
ノルちゃんの尻尾を撫でながら説明するカティアさんに、しかしノルちゃんはそう視線と態度で答えた。
「……そうでしたね」
そしてカティアさんは苦笑しながらそう答える。
えっと……いい匂いのする子って誰だろう。
もしかして僕?
やっぱり僕、マタタビか何かと同じ匂いしてるのか……?
「どちらにせよ、猫又という生き物について、少し説明をしておきましょう。猫又は『猫』が『魔物化』したもの……なのですが、普通の魔物とは異なり、『人の多い場所に生まれた魔物』です。人の多い場所に生まれた魔物はその大半が、人と共生するべく魔物化する前の姿で隠れているのです――魔物は存外、人を襲わないのですよ」
「……そうなの?」
「いや、俺に聞かれても。俺、魔法についてはある程度知識あるけど、それ以外の常識範疇だとカナエと大差ないぜ?」
それもそうか。
「ですが、魔物は魔物。こう見えてノルちゃんは、魔物としての階位は『十』です」
十?
「…………」
「…………」
えっと……、
「わあ、すごいなあ……で、いいんですか? 反応的には」
『一応、適当な演技だったとしても、もう少し感情をこめてほしいね。いくらなんでも棒読みにすぎるよ。君がいい匂いだからまだ我慢できるけど、正直隣の子がそういうことを言ってたら引っ搔いた上で猫パンチ三発の刑だからね?』
ノルちゃんは少し怒ったように目を細め、二股の尻尾を不機嫌そうに揺らしつつ、表情と体の動きを使ってそう伝えてくる。
「わあ、すごいなあ……で、いいんだろ? たぶん」
あ。
「に゛っ!」
洋輔が反応した瞬間、ノルちゃんはそう鳴くと姿をかき消した。
え、どこいったの?
「痛っ!」
困惑していると隣で洋輔がうめき声を挙げる。
見てみると洋輔の頬っぺたには見事に引っ掻かれた傷跡が。
のみならず、洋輔は前につんのめった。何事かと思ったら、その背後ではノルちゃんが洋輔の背中を三度強打しているのが見えた。
それが終わったとたん、またノルちゃんの姿は消えて、洋輔はベクトラベルを使ってだろうか、なんだか不自然に体勢を整えつつ困惑をあらわにし、そして視線をカティアさんの足元に戻した。
つられてみれば、そこにはノルちゃんがおすまし顔。
有言実行……いや言葉にはしてないから、淡々と実行したに過ぎないんだけど、ノルちゃん今消えたよね?
さすがは猫又ということだろうか。魔物っぽいというよりかは妖怪っぽい感じだけど……。
「え? 何? なんか今、俺言っちゃいけない事言った?」
「だから引っ掻かれたんじゃないの?」
「俺、カナエと同じこと言っただけなんだけど……、『たぶん』がダメだったのか? 『たぶん』が?」
洋輔の抗議に対して、ノルちゃんはつんと無視。
『追加で引っ掻かないだけありがたいと思ってほしいくらいだね』
とでも言いたげだ。
「それはさておいて。えっと。すみません。僕たち、その、魔物の格とかの指標すらしりません。なので、『十』が強いのかそうでもないのか、驚異的にどうなのかとかはまるで不明なんですよ」
「……護身術の授業で習うはずですが、……って、そうか。まだあなたたちは正式な授業にすら入ってないんでしたね……」
「はい」
ていうかそれ、護身術で教えてくれるんだ。
てっきり座学の方かと思ったのだが。
「詳しくは後で、定義をした本を渡します。大迷宮の踏破に必要な知識ですから。ここでは簡単に説明しますが、魔物の階位は数字で表され、最も弱いものが『一』、もっとも強いものが『十一』。十一段階で表すのですが、単純に十一分割しているわけではありません」
ふむ?
「階位が『一』の強さの魔物と比べて、『二』の魔物は三十二倍弱ほど強くなり、『三』の魔物と『一』の魔物で比べると、およそ千倍の力量差がでてくるのです」
ん……?
一増えると三十二倍で、二増えると千倍……?
えっと、三十二、の三十二……三十二、掛ける、三十二は……千二十四かな? ていうかこの数字の増え方、何か学校で習ったことがあるような……。
算数じゃないよな……、何か別の強化で、なんでそんな面倒な表し方をしたんだろう、計算が面倒だなあとか思った記憶が……よく覚えてないぞ。
「……あれ。そういえば今朝の円卓で、確認されている魔物の階位が六とか報告されていたような……」
「ああ。階位が『六』の魔物は一匹あたりの強さが、『一』の強さの魔物で換算すると、およそ三千五百万匹分の強さということだ」
補足してくれたのはサンドルさん。なるほど、わかりやす……、
「三千五百万? 三千五百ではなく?」
「ああ。三千五百万。三十二かける三十二かける三十二かける三十二かける三十二、だ。実際には階位一つで三十二倍ぴったりじゃなくて、三十二倍に少し届かないくらいだから、もう少し小さな数字になるがね。それを加味して、三千二百万倍くらいかな」
うわあ。えげつない。
一個階位が違うだけならまだなんとか数で押せそうだけど、二個以上階位が違うともうどうしようもないな。
…………。
それを考えると、ノルちゃんの『十』って、ものすごくとんでもないのでは……?
「顔色を見る限り、どうやらノルちゃんの強さはわかってもらえたようですね。そう。ノルちゃんはこう見えて最強とされる階位『十一』の魔物よりも少し弱いだけ……まあ、私と契約していることからもわかるように、人間と敵対する意思がないのが救いですね。もしこの子が本気になれば、国が半壊くらいはしてしまいます」
ふうむ。
逆に言えば国が半壊する程度でどうにか食い止める策があるということだ。儀式で対抗するのかな?
「ちなみに、遺跡で見つかった階位『六』というと、どのくらいの強さなんですか?」
「レッサードラゴン……『亜竜』とか、そのあたりだな。一般人じゃどうしようもなく、騎士がでも隊単位で当たれば対抗できる。冒険者だと、駆け出しではまず無理。だが、冒険者として三度も大成功を収めるくらいの力量があれば対抗できる。冒険者のトップランカーから見ると、『面倒な敵』って程度か」
「じゃあ、駆け出しさんは入場お断りですか」
「そうなるな。冒険者として二流程度なら、パーティ次第では入場が許可されるだろうが、それにも満たないようだと帰ってもらう。無駄死にだ」
無意味に死なせる意味もない……か。
でも、その程度ならばそれこそ、ノルちゃんに頑張ってもらうという手もあるんじゃ?
そんな期待を込めてノルちゃんを見てみると、ノルちゃんは「にゃあ」と鳴き声を上げて、
『期待するのは勝手だけど、八くらいまではともかく、九あたりが出始めると手に余る。それに私は戦闘が好きじゃないのだ』
といった感じのニュアンスを込めた表情で僕を一瞥すると、尻尾をゆっくりと揺らし始めた。
猫に任せるのも、問題か。
たとえ化け猫だったとしても。




