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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 迷宮踏破は誰のお仕事?
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97 - タイム仮説の実証

「タイム仮説、か……」

 ありえない、だとか、そういう反応がくるかなあと思っていただけに、サンドルさんのそんなつぶやきと、目を細めるだけのカティアさんという反応には、少し肩透かしをくらった感じがした。

 タイム仮説?

「えっと?」

「タイム仮説。サルバトル・タイムが提唱した三つの可能性、その一つだ。……ちなみに、サルバトルはイスカの実親にあたる」

 サルバトル・タイム……たしか、エッセンシア凝固体が十八種詰められた箱にあった署名がそれだったな。

「『錬金術は理不尽なまでに何かを作ることへと特化した技術である』――サルバトル・タイムは、タイム仮説に一言、そう補足を添えています」

 カティアさんもその、タイム仮説という物を知っているらしい。

 案外学校で習うもの、なのかもしれない。学科はわからないけれど。

「『儀式魔法の錬金』。より正確には、『儀式における祭壇と設計図の代替』が主旨の仮説。ただし、それが可能なのはごく一部の錬金術師に限られる――」

 カティアさん曰く。

 その足掛かりとして、国立学校錬金科は再編しなければならないと、サルバトル・タイムはそう主張した。

 そして、今でいうところの一般錬金術に当時は存在しなかった『昇華』を開設した。

 昇華の目標は、そういった究極的な意味での錬金術の応用の証明。

 文字通りに昇華された技術として存在するはずの、しかし完全に存在が確認されているわけではない技術の模索にある。

 だからこそ一般錬金術昇華の授業は、その門を叩くだけでも賢者の石の錬金が必須だし、その最初の授業はエッセンシア凝固体全種の錬金。

 これによって、『従来とは異なった錬金術』としての感覚を自覚させ、それを踏まえたうえで技術の模索を始める、んだとか。

 ふうむ。

 となると、僕の錬金術が足し算じゃなくて掛け算だからできる……ってことなのかな?

「カナエの錬金術が変だってのは、イスカさんたちも言ってたしな。そのせいだろ」

「そういうこと、だろうね。まあいいや。で、やってみます?」

「おい。『まあいいや。』で終わらせるな。それたぶん、錬金術って技術的にはすごい発見だぞ」

「いやあ。僕がそれをできたとしても、僕以外のだれもが再現できないなら、意味ないし」

「…………」

「一応、伝える努力はするけどね」

 と言いつつ、魔法で器を作っておく。

 大きさはちょっと大き目。それでもよくある段ボールと同じくらいだ。

「…………。ま、やってみるだけ、やってみてもいいか。失敗しても俺の魔力が吹き飛ぶくらいだし」

「そういうこと」

「サンドルさん。カティアさん。お二人はそれでいいですか」

 洋輔の確認に、サンドルさんとカティアさんは当然のように首肯した。

 断る理由はない、だそうだ。

「じゃあ、カナエ。ちょっと、これ全部発動するから、待ってくれ」

「うん。合図はいらないよ」

「わかった。十分はかかるからな」

 了解。

 さて、その間ちょっと暇だな。

「時間があるみたいなので、その間にいくつか確認したいことがあるのですけど、いいですか?」

「ああ。何かね?」

「いえ。僕は魔法がそこまで得意じゃないので、実は今、ヨーゼフがしようとしている同時行使とか、難易度がどの程度なのかわかってないんですよね。『できるんじゃねーかなあ』みたいな顔してたから無茶振り承知でやらせてるんですけれど、実際、どんな感じなんですか?」

「いい質問だ。そうだね。魔法の同時行使の難易度は、魔法使いか魔導師かで、大きく変わるひとつだ」

 ん……、あれ?

 魔導師って何か土台が有利になる、みたいな表現をされてたんだけど、もっと現実的な違いがあるのか?

「魔法使いの場合は『同時に行使する魔法の数』の『同時に行使する魔法の数乗』だ」

「乗?」

「乗算。例えば、三つの魔法ならば、行使難易度は三の三乗。三かける三かける三、二十七倍だ」

 えっと……、

「四つならば、四かける四かける四、かける四ってことですか」

「そう」

 ちなみに四かける四かける四かける四は、二百五十六。もはやギャグのような難易度になっている気がするけど、これ、一個増えるだけですっごい違いになるんじゃ……。

「それでも三つくらいまでは、何度か試みればすぐに慣れるさ。もちろん難易度の高い魔法は厳しいだろうが、ちょっとした魔法ならば三つくらいはいける。四つ以上になると才能がある程度必要だがな」

 ……洋輔が使ったゴーレマンシー、たしか七十九個の魔法だったよね。

 普通と比べて、七十九の七十九乗倍の行使難易度ってこと……?

 桁がわかんないレベルだけど、とりあえず難しいとかそういう問題ではないということが分かった。

「で、魔導師の場合は、単に魔法の数倍だ。二百個なら、二百倍」

「……魔導師かそうじゃないかで、だいぶ差がついちゃいますね、これ」

「うん。だからこそ、魔導師は貴重なんだ……ましてやヨーゼフくんのような血統の、しかも中心な者は知識も豊富だ。我々の方が教わりたいくらいにね。もっとも、血統の子たちはどうしても、それぞれの血統の分野に特化しちゃうから、そういう意味では授業を受けるのも大事だ……そうだ。ヨーゼフくん自身が言ったことだがね」

 なるほどなあ。

 魔導師には苦手がほとんどないとも聞くし、そのあたりを埋めたいってのもあるのかもしれない。

 洋輔が苦手な魔法っていまいち思いつかないけど……。

「ちなみに、複数の魔法を同時に行使するとき、最終的に一つの魔法としていいならば、魔法は『乗算』してもいい。だから本当の意味で同時に数十、数百という単位で行使する者はほとんどいない――簡単な魔法をいくつか、あらかじめ混ぜてしまうことも多いんだ」

 ん?

「たとえば、とある魔法……と、ぼかす必要はないのか。ゴーレマンシーという魔法においては、細分化すると実に七十九個の魔法を使うのだが、そのなかの二十くらいはそもそも一つの魔法をさらに細分化したもの。だからこの時点で五十九個にまで減らせる。そうやって減らしていって、現実的な数にしてからあらためて同時に行使する。それが基本的なテクニックだな」

「…………。もしかしたら、それかな?」

「うん?」

 洋輔はあくまで、七十九種の魔法を七十九種同時に扱っていた。だから錬金術で錬金できた。

 もしもそこで省略をしていたら、あるいは錬金術では完成できなかったのではないか――マテリアルが足りない、あるいはマテリアルが違うから。

 いや、マテリアルという意味では、主となるマテリアルさえ埋まっていれば、あとは何とかしてしまうのが錬金術だし、主となるマテリアルを省略していなければ大丈夫なのかな……?

 ううむ。研究してみたいような、でも別に研究したところで僕一人では使えなさそうだし、意味がないような。

「いえ。ちょっと気になっただけです」

 ふむ、とサンドルさんはうなずく。

 一方、カティアさんは少し目を細めて、しかし疑問を口にはしなかった。

 その後もちょっと詳しめに聞いたんだけど、ここでは乗算していい魔法とダメな魔法があるそうで。

 具体的には『矛盾真理』だとかが成立する組み合わせでは、乗算してはならないらしい。

「理由は、言うまでもないが『効果が変わってしまうから』、だ」

 なるほど。

 だとしたら尚更、材料として使えるのは原型としての、もっとも分解された状態の魔法だけな気がする。

 で、洋輔みたいに魔導師でもないとそんな大量な魔法の同時行使はできないし、そういう大量の同時行使ができる魔導師がよしんば居ても、その周りに錬金術師がいるとは限らない。

 二つの才能がそろったときに限って発動ができる限定技術、みたいな。

 いやでも、その程度の『縛り』、国立学校って場所ならいくらでも成立する気もする。ってことは何か別の理由もあるな。

「げ。カナエ。ちょっと魔力足りねえかも」

「これ使う?」

 と、僕は洋輔に袋を投げつける。

 その袋の中に魔力を入れておいて、錬金。ふぁん。

 洋輔の手元に着くころには、袋の中身はカプ・リキッドが複数個だ。

「ありがと」

 洋輔はカプ・リキッドをすべて開けて、魔力として接種。

「うん。これなら足りる。そろそろだぜ」

「わかった。けど、まだ三分くらいしかたってないよ」

「後半はなんかこう、慣れた」

 実に洋輔らしい理由だった。

 そして実際、そんな言葉から数十秒ほどで、器の中に圧力を感じる。

 かなりの圧力だけど、まだまだ器には余裕があるな。器の限界っていくつくらいの魔法なんだろう?

 まあいいや。錬金、ふぉんっ。

 完成した魔法は、薄緑色の光の柱となって、洋輔を中心にまずは溢れ出す。

 そしてその柱は直系をどんどん広げていって、あっというまにここ、アルターヘイブンを覆いつくし――その後、急激に光は収束する。

「うん。これで発動できるな」

「成功したの?」

「たぶん」

 たぶん、って。

「強制離脱に関する魔法は三つでセットだからな。今使ったのは『強制離脱魔法有効化儀式』を大魔法にしたものだから、有効にしただけ。脱出地点が設定されてねえし、脱出魔法の範囲も確定してないから、まだ発動はできない……はずだ」

「いえ、真実有効化できていれば、『ここ』でならば発動は可能なはずです」

 と、カティアさんが言うと、僕にノルちゃんこと黒猫を渡してきた。

 はて?

 と思った次の瞬間、「エスケイプ」とつぶやき、カティアさんの姿が消えた。

 ……え?

「やっぱり、有効化されていますね」

 と、カティアさんの声は壇上からした。

「ここ、アルターヘイブンは、外の儀式の影響を受けない場所として作られた場所だという話はしましたね。それには理由がありまして、過去、ここの地下に迷宮を疑似的に再現していたのですよ」

 迷宮の再現?

「戦闘科の授業の一環ですね……まあ、実際には疑似的に再現していたら本当の迷宮になってしまったので、慌てて取り消したという悲しい経歴もあるのですが」

 どんなうっかりが起きたのだろうか。

 ていうか疑似じゃなくて本格的に再現できたってことなんじゃないかそれ。そっちのほうが難易度高いんじゃないの?

「そんな経緯もあって、脱出地点の指定と、脱出魔法の範囲指定はあらかじめされているのです。有効化をしてやれば、発動はできる。そういう状況になっていたわけですね」

「なるほど……」

 洋輔がしみじみと頷いた。

 が、問題はそこではない。

「つまり、タイム仮説の一つがここで実証されたわけだ。ヨーゼフくん。今使った大魔法と同じものを使うとして、どの程度時間がかかる?」

「カナエ側に負担は?」

「ほとんどなかったよ」

「なら、次は二分でやれます。ただ、魔力の消費が結構大きいんで、コンセントレイトに五分ほしいです」

「都合七分か」

「はい」

 洋輔でも五分間のコンセントレイトが必要なのか。かなり魔力の消費は激しいようだ。

 …………。

 ああ、これが原因かな?

 これまで実証できなかったのって。

 洋輔でさえも五分間のコンセントレイトが必要だ。しかし今の洋輔は虚空の指輪を装備していて、魔力が数千倍に跳ね上がっている。それでも五分必要なのだ。

 虚空の指輪がないならば五分の数千倍、必要な魔力をためるのに時間がかかるわけで……。

 数千倍を甘く見積もって千倍としても、五分の千倍で五千分。八十時間を超える時間が要求される。そりゃ無理だわ。

 納得。

「僕もカプ・リキッドの材料、もうちょっと持ち歩くようにしとくか……」

「わり。でも、よく咄嗟にそっちが用意できたな」

「金の魔石だと、指輪がね」

 虚空の指輪は装備している人の魔力を数千倍にする。この時、集中によって得られる魔力も数千倍に効率は上がる。つまり、魔力を何らかの方法で得られれば、その得られた魔力は数千倍として扱えるわけだ。

 だけど、金の魔石の場合は、『金の魔石にある魔力で代替ができる』だけ。そこには虚空の指輪の倍率がかからない可能性がある。

 杞憂の可能性もあるけど、まあ、安全を取ることにしたわけだ。

「この二人が同じ世代に生まれ、出会い、かなり近しい距離にあることは、もはや幸運の域を超えた奇跡ですね――」

 と、歩いて戻ってきたカティアさんが言う。

「――逆に言えば、そういった奇跡がおきなければ『なんともならない』のが、あの大迷宮ということですか」

 僕はノルちゃんの頭を数度撫でてから、カティアさんに返却した。

 もっと撫でてたかったなあ……。

「ヨーゼフくん。他の二種も試してもらえますか?」

「はい。もちろんです。カナエもいいか?」

「もちろん」

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