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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 迷宮踏破は誰のお仕事?
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96 - 魔法と儀式と大魔法

「おお、カティア総長。お戻りですか」

「ええ」

 総……長……?

 えっと……、ああ、「総」合学「長」で総長か。なるほど。

 ……僕は総合学長って呼ぼう。

 そんなことを、サンドルさんの言葉を聞いて僕は思ったりもして。

 ともあれ、ここはアルターヘイブン。

 入学式典を行ったその場所で、サンドルさんはその中央に大量の紙を並べていた。

 紙は五重の円を描くようになっていて、全部で数百枚くらいはありそうだ。

 一枚一枚に魔法の説明らしきものが書かれていて、つまりこの数百枚の紙は魔法についての何かなんだろうけど……。

「儀式か。それも結構な規模だな」

「その通り」

 と、洋輔は腕を組みながら言うと、サンドルさんは満足げにうなずいた。

 儀式……ね。

「『強制離脱』の魔法を有効化するための、範囲を指定する儀式……の、設計図なのだが、これについてヨーゼフくん、君の意見を聞きたい」

「俺の意見、ですか。俺、組み立てるのはあんまり得意じゃないんですよね……分解の方は、楽にできるんですけど」

「それでも我々と同じ程度には組み立てもできているのを私は知っているでな。呼び出しをさせてもらったのだ」

 ふうん。

「……儀式って、祭壇を使った魔法、なんですよね。ここ、祭壇なんですか?」

「いいえ。ここは祭壇ではありません……儀式から最も遠い場所です」

 と、僕の問いかけにカティアさんは普通に答えてくれた。

 ちなみに黒猫のノルくんはカティアさんの肩の上で、僕の方をじっと見てきている。あとでまた撫でさせてくれないかな……。

 じゃない。えっと、最も遠い場所?

「ここはあらゆる儀式魔法を打ち消す、そういう場所として作られました――たとえこの国全体を覆うような儀式魔法が使われても、この場所だけはその影響をうけないのです」

「つまり、とっても安全な場所?」

「概ねはそうですね」

 例外はありますけど、と補足して、カティアさんは並べられている紙の一つを拾い上げる。

 そして、僕に手渡してきた。

「儀式に使われる魔法ひとつひとつは、そこまで難しいものではないのです。そういった単純化した魔法を大量に組み合わせることで、極めて複雑で、極めて膨大な一つの魔法とする。それが儀式の本質……というのは、ご存知でしたか?」

「ヨーゼフから少しだけ聞いたことがあります……けど、単純化、というのは初めて知りました」

 他にもカティアさんが説明してくれるところによると、この単純化された魔法を祭壇に込める時、そもそも最初に設計図が必要なのだそう。

 で、その設計図次第で効果そのものが変わることは滅多にないけど、効果の増減はとても大きく、それはパーツとしての魔法の数によってより顕著になりやすいのだとか。

 つまり、今回のように数百というパーツを使うとなると、ほんの少し設計図が変わるだけでも、効果量に増減が起きる。

 今回行う儀式である『離脱地点指定儀式』と『離脱範囲確定儀式』はさらに『強制離脱魔法有効化儀式』と関連するため、この効果量をある程度合わせないと、たとえば離脱地点がちょっとずれたり、離脱範囲に漏れがでたり、強制離脱の魔法を発動するための魔力が変わったりする……んだそう。

 多少離脱地点がずれる分にいはまだしも、離脱魔法が使える範囲が狭かったり、発動するための魔力が大きくなるとちょっと問題だということで、万全を期す意味もかねて調整をしなければいけないようだ。

 率直に言ってめんどくさそうである。

「……僕は、魔法が使えないわけではない、程度なので、アレですけど。なんていうか、気が遠くなりますね、これ」

「ええ。ですが時間はない。今日の夕方までには設計図を確定して、儀式のまとめ役を決めて儀式の行使をしなければなりませんからね……」

 大変です、とカティアさんは言うと、にゃあ、とノルちゃんが続けて鳴いた。理解しているのだろうか?

 いや、それはないか。

「んー……。組み立てのルール的に、五重円よりも八重交錯のほうがいいかもしれない……」

「やっぱりそうかい? けれど、他国で用いられた設計図はあえて五重円を使っていてね。その理由があるのかもしれないと思ったのだが」

「五重円のほうが行使が簡単なんですよ。八重交錯だと魔法に一個、連想を増やさないとダメですから。それを嫌ったのかも」

「難易度を落とした、と。効果も落ちるんだよね」

「そうですね。けど、この規模だと本来は『過剰』なくらいですから、グレードをいくつか落としても問題ない、って判断があったのかな……。今回はそれができないから、多少難易度が上がっても、やっぱり八重交錯じゃないかなあ……」

 ごじゅうえん? やえこーさく?

 何それ?

「……何それ? って顔してるけど、まあ、儀式の設計図の決まり事っていうか、定型句(テンプレート)みたいなもんだよ。決まりごとを作っておくことで、発想を少しでも単純化するんだ。数十程度までならそれがなくても設計に迷いはあんまりないけど、数百って単位で魔法を組み合わせるとなると、少し迷うだけで大惨事だからな」

「なるほど」

 たしかに、大体の指針としてこういう形に、みたいなのがあったほうがわかりやすい。

 儀式って僕が考えているよりもはるかに面倒な技術らしい。

「そうですね。じゃあ、そのあたりを私が、少しだけ説明してあげましょう。あの二人には作業をしてもらわなければなりませんから」

「ありがとうございます」

 カティアさんから直々に授業してもらえるって、実はすごいことなんだろうなあ……。

 ラッキーだ。

「まず、儀式とは何か。『一つの魔法を分解して単純化し、複数人で行使することで難易度を低下させる』ことを目指した技術です――ただし、この技術は完全なものではなく、現代のそれはどうしても、『劣化』が起きてしまうという問題もあります。それでも、そもそも一人では発動できないような魔力を要求したり、単純に難易度が高すぎるものだったりする場合は、大幅に劣化をするにしても、『そもそも発動できない』と比べれば比べ物にならないほどマシでしょう? 本来が百で、儀式だと二十という場合でも、そもそも発動できなければ零なのですから」

 それはそうだ。百と比べれば二十はかなり小さい数字だけど、零とは比べ物にならない差がある。

「とはいえ、一つの魔法を分解すると言っても、それは難しいのです。魔法の形を分解し、それぞれ最低限魔法として成立する大きさにしつつも、形を全体的に調整して少しでも効果を強くしなければならない――それが、儀式において設計図と呼ばれるものです。それぞれの魔法をどこにどう配置するか、という意味ですね。魔法によっては隣接させると効果が変わってしまったりすることもありますから、それを回避したり、あえてそれを起こしたり。複雑なパズルのようになっているのです」

 そして洋輔はそれが苦手、と。

「定型文、方程式とも呼ばれるものがあって、それを用いることでこのパズルは多少簡単にできるのですが、それでも厄介なことに変わりはありません。たとえ魔法科の学長を務めるサンドルでも、すぐにできることではない――だから、ヨーゼフくんを招いたのですよ。この学校には魔導師が教師にも二人ほどいますが、設計図において必要なのは魔導師としての才能ではなく、魔法に関する知識です。その点、血統の中心を歩くヨーゼフくんがもっとも知識に豊富であるということですね」

 大体の事情は分かった感じがする。

「ちなみに、その、設計図って発動の時に必要、なんですよね?」

「いえ」

 あれ?

 違うの?

「儀式の発動に必要なのではありません。儀式の成立に必要なのです」

 成立……、

「『使用する祭壇を決定する』。『祭壇を統括役が初期化する』。『統括役が祭壇に設計図を読み込ませる』。『祭壇に対してパーツとなる魔法を行使する』。『祭壇の統括役が儀式を行使する』。儀式は必ず、この順番で行われます。発動よりもっと早い段階で、設計図は要求されるのですよ」

「なるほど。思っていた以上に余裕がないというか……結構、がんじがらめに決まってるんですね」

「ええ、その通りです。とはいえ、矛盾するようですが、今言ったのは『原理的な事』ですから、それらに代用しうる手段があるならば、当然それは可能ですよ」

「…………?」

「たとえば、一人で儀式を発動する場合は、自分の身体そのものを祭壇の代用にできます。当然統括役は自分ですから、設計図も頭の中で考えるだけでいい。単独儀式とも呼ばれますが、本質的には『大魔法』ですね」

 うん……、うん……?

 いや、そりゃそうか。一つの魔法を複数人で使えるようにするための仕組みが儀式なのだ、もともと一つの魔法なんだから、それを一つの魔法として行使できるのは道理に沿う――いや、実際には難易度とかの面で本来はほぼ無理なんだろうけども。

 でも、もしかしたら……、か。

「ヨーゼフ。素人考えだけど、一つ気になったことがあるんだ。言ってもいい?」

「なんだ? できれば後にしてほしいんだが。カティアさんの説明を聞いて分かったと思うけど、大変なんだぜ、これ」

「うん。だからこそ、今聞きたい」

「ん」

 少し迷惑そうな表情で、それでもヨーゼフは僕に視線を向けてくる。

 それにつられるように、サンドルさんも。

「ヨーゼフは、ここにある魔法、全部同時に使える?」

「んー……さすがにこの数は試したことがねえけど、今朝の感覚からするといけるな。魔力もお前に借りてる虚空の指輪があるから余裕はあるし」

 え?

 僕、虚空の指輪を貸した覚えはないよ。あげた覚えならあるけど。

 まあいっか。これは脱線するやつなので後回し。

「ただ、設計図がな。ちょっと複雑すぎる。俺一人じゃ組み上げまでは手がまわんねーよ。だから単独儀式……『大魔法』としての行使は絶望的だな」

「パーツはそろってるんだよね」

「まあ、そうだな。例によって例えると、パーツはきちんと準備できるけど、組み上げる順番が……わからない……?」

 あれ、と洋輔も気づいたらしい。

 そう。この状況によく似た状況を、僕と洋輔は今朝経験したばかりだ。

 もっとも、その時洋輔が使ったのはゴーレマンシーだった。あれは儀式ではなく魔法で、魔導師が目指すところの最終的な魔法だとも洋輔は言っていた。

 だから気づくのが遅れたのだけど、儀式が単独で行えて、それを単独儀式や『大魔法』と呼ぶという点を鑑みると、実はゴーレマンシーと大差ないのではないか、という考えが出てくる。

 そして重要なのは、ゴーレマンシーの時、洋輔は設計図を作っていないという点だ。

 僕が、錬金術で設計図なしに強引に完成させたから……必要なかった。

「朝にやったあれさ。僕、原典は知らないんだけど、ヨーゼフ的にはどうなの、あれの効果。結構ロスはあった?」

「いや、なかったと思う。ほとんど想像した通りだったっつーか、完全版に近かった……、つまり、あのやり方だと、これが要らないのか?」

「僕は思いついた事を言ってるだけだから、その辺はわかんないけど……。こっちが耐えられるかどうかってところもあるけど、器を大きくすればなんとかなりそうだし」

「…………。んー」

 思いついた可能性は提示した。

 そしてそれを、洋輔はたぶん可能だと判断したのだろう。

 ただ、それをどう説明するか、という点で困っているようだ。

「この二人は口が堅いと思うし。いいんじゃない?」

「……まあ、総合学長に、魔法科学長さんだもんな。秘密は守ってくれる……か」

「秘密? どういうことかな」

 サンドルさんの問いかけに、洋輔はもう一度僕を見てきた。ので、自信満々に頷き返すと、洋輔はあきれた様子で軽く首を振った。

「まだ、やってみないとわからない点もあるんですけど。もしかしたら、そもそも設計図自体を必要なくできるかもしれません」

「……何?」

「今朝、俺は二つの『大魔法』に組するものを、『設計図なし』で発動に成功してます。一つ目は『現代錬金術用の錬金鍋』、二つ目は『ゴーレマンシー』です」

「え……? まさか、再現できたのか、現代錬金術のアレ」

「はい」

「設計図無しに?」

「はい」

 あきれた才能だな、とサンドルさんはひきつり笑顔を浮かべた。

「ですがそれらの大魔法は、頭の中に浮かべるだけとはいえ、設計図を必要とするはずですが……」

「錬金術」

 カティアさんの問いかけに、洋輔は端的に答え。

「それで代替したんです」

 当然、皆の視線は僕に集まるのだった。

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