95 - 褒美と処分
「待たせてしまいましたか、師匠」
「いや、こちらが速かっただけだよ、クァド殿――いや、クァド」
さて、結局時間通りにクァドさんはやってきた。
そしてそんな感じで会話を交わす。円卓の時とだいぶ印象が違うけど、こっちが素なのかもな。
円卓では商人のまとめ役として、肩肘張ってたというか。
「改めて自己紹介をしよう。クァド・モノリス――八年前まで、私はここで錬金術を学んでいた。成績はあまりよくなかったがね。クァドと呼んでくれ」
「はい。改めまして、カナエ・リバーです」
「ヨーゼフ・ミュゼです。よろしくお願いします」
「うん」
八年前まで……、ってことは、まだ二十代か。
その割に威厳のある感じがする。決して老けている感じではないのだから不思議だよな。
「そして私から補足をしておくと、クァドは一般錬金術の応用を修了しているが、昇華には進まなかった。現代錬金術は当然、すべてマスターしている」
ふむ。
「三年前に賢者の石の錬金に成功はしたが、安定はせず……。まあ、その程度なのだよ、こちらは。カナエ・リバー、君にはだから、期待すると同時にちょっと、羨ましかったりもする」
正直な人だなぁ……。
好印象だ。
ま、それはそれ、これはこれ。
「それで、禊の楔、のマテリアルはそれですか」
「ああ。銀、水晶、紐。それらに加えて、複雑な魔法なのだが……魔法の方は、ヨーゼフくん、君が使うのだよね?」
「ええ。すでに詠唱化してあるんで、大丈夫です」
「そうかい。……え? 詠唱化?」
早くない? といった表情のクァドさんに、洋輔は当然です、と言わんばかりの表情で返した。
ううむ、僕の心情的にはクァドさんの味方かな……。
ま、それはそれ。
ちょっと眼鏡を使って色々と品質を確認。
結構ばらけてるな。
「材料なんですけど。銀の品質がすごいばらけちゃってますね」
「一応、ある程度品質は気にしたんだが、数をそろえることを優先したからね……すまない」
「いえ、気にしないでください」
たぶん銀を銀に錬金すれば、品質も均一にできるし……。
「それで、数はいくつ作るんですか?」
「とりあえず、『作れるかどうか』。『品質はどうか』。それらを踏まえたうえで問題なければ、八千」
イスカさんがさらっと八千個と無茶振りをしてきた。
めんどくさいね、結構。まあ、なんとかなるか……?
「早速試してみます」
「ああ」
「ヨーゼフ、とりあえず十個やるよ」
「あいよ」
完成品の大きさからして、マテリアルとして必要な量は少ない。
たぶんこのくらいで十分だろう、ちょっと余るかな?
という感じに数を取り、魔法で作った器に投入。
「じゃ、よろしく」
「十個でいいんだな?」
「うん」
「『三次詠唱』『十回』『繰り返し』」
……え? それが詠唱?
それはどうだろう。とか思ってると、しかし器に圧力を感じる。
ので、錬金。ふぃん。
完成品は……、うん。十個あるね。
形的には『禊の楔』で正しそう。
品質値は全部9820だから、特級品。
マテリアルにした銀とか水晶の品質値は正直低めだったので、たぶん洋輔の魔法がよっぽど高品質だったのだろう。
「というわけで、試しにつくった十個です。確認してください」
「…………」
「…………」
あれ?
「まあ、成功してくれるのは円卓的に都合がいいのだが……。錬金術師としては非常に理不尽だな。『試しに』で一発成功とは」
「そうなんですか? まあ、マテリアルは全部判明してましたし。魔法の内容もきっちり決まってたんで、大丈夫だったんじゃないかな?」
「……錬金付与術はそんなに簡単じゃないし、当然のように十個同時に作ってる点も含めて考えると異常の域だよ。今更だがね」
イスカさんは完成品の一つを手に取りつつそう言い捨てた。
「品質面でも問題があるようには見えないな。むしろ高そうだ。これで、一度にいくつまで作れるかな?」
「どうだろ。……ヨーゼフ、何回まで魔法重ねられる?」
「指輪はめてるからな。一万はいけるぞ」
「じゃあ、要求されてる数が八千だし、八千で行こうか」
「いいぜ」
マテリアルは搬入されたすべてを包み込むように器を生成し、ちょっと待つ。
さすがに数が数だ、洋輔側で時間がかかるかな?
とも思ったのだけど、
「『三次詠唱』『八千回』『繰り返し』」
と洋輔がつぶやいた瞬間、器に圧力が。
うわあ。詠唱って大概ずるい技術なんだな……それとも洋輔がおかしいだけか?
とりあえずふぃん、と錬金。
八千個の『禊の楔』が完成した。
「できました」
「…………」
「……あのー。師匠? 最近の錬金術師って、みんなこうなんですか?」
「バカなことを言うな、クァド。この子たちがおかしいのだ。色々と」
やらせておいてその言い様はひどくない?
さて、完成した八千個ものアイテムの検品をしているイスカさんとクァドさんをしり目に、僕は洋輔にお願いして、洋輔が使っていた魔法の説明をしてもらっていた。
結論から言えばまるでわからない。
そもそも発想と連想を形にしてパーツとしてはめ込んでいけばいい、とか言われてもどういうことだ。
魔力の形を変えるみたいな感じなのだろうか? と聞いたら『違ぇよそれじゃピュアキネシスだよ』と逆に呆れられたし。ううむ。
なんてことをしていると、
「にゃあ……」
足元からそんな鳴き声がした。
視線を向けると、そこには毛並みの整った黒猫が。
「この子は確か、カティアさんが抱えてた……」
「覚えていてくれたのですね」
と。
その声は、カティアさんのもの――視線を向ければ、朝とは違い、カティアさんは藍色のドレスを纏っていた。
豪華なんだけど、絢爛というわけではない。
言われるまでもなく高級感があるけど、それを主張しない。
そんな感じの、不思議な印象がある。
「ノルちゃん。戻ってきなさい」
「にゃあ」
ノルちゃん。それがこの黒猫の名前か。
しかし、ノルちゃんは微動だにしないどころか、僕の足元にすっと座ってあくびを一つ。
「……ノルちゃん?」
カティアさんのそんな声に、しかしノルちゃんはガン無視の姿勢。
ううむ。
渡来佳苗ほどじゃないにせよ、どうやらカナエ・リバーも猫に好かれるタイプらしい。
「……ごめんなさい、カナエくん。ちょっと、ご迷惑をかけているようで」
「いえ。僕は猫が好きなので、むしろご褒美です」
「あら、そうなの? あまり猫を好む人が少ないから……ふふ、ならばお仲間ですね」
うん?
この世界の猫ってあんまり好かれてないのか。
こんなにも愛くるしいのになあ……。
「撫でてもいいですか?」
「どうぞ」
許可をもらったので、ノルちゃんの頭を撫でてみる。
やっぱり毛並みがいいな……首輪をしてないのはどうかと思うけど、そんなのは日本のルールか。
しばらく撫でまわしていると、ノルちゃんは眠たげに床に寝そべると、そのままごろんと寝返りを打ち仰向けに。
おお、人懐っこい子だ。いい子なのでもっと撫でてあげよう。
「おい、カナエ。いつまでやってるんだ」
「え? まだまだ撫で始めたばかりだよ?」
「十五分は経ってるぞ」
「そんなばかな……」
……夢中になっていたらしい。
久々だったからなあ、猫撫でるの。
しかしこの子、嫌がらないね。そんなに長い間撫でると、猫って大概嫌がるものなんだけど。
「カナエくんはよっぽど猫が好きなのね」
「はい。かわいいので」
「そう」
カティアさんはやさしげに頷き、視線を奥へと向ける。
つられて僕もそちらに視線を向けると、おおむね検品は終えたらしく、イスカさんとクァドさんがこちらに振り向いたところだった。
「品質面で問題はない。機能面でもな。もしかしたら追加でお願いすることもあるかもしれないが、その際も頼めるだろうか」
「僕は構いません。全然疲れませんし」
「俺も、このくらいの量ならコンセントレイトが追い付くんで問題ないです」
「頼もしいな」
僕たちとイスカさんのやり取りを聞いて、大体何が起きたのかを察したらしく、カティアさんは苦笑を漏らして首を横に振った。
「今回の作戦は、この二人があってこそ……ですか。イスカ、そちらでフォローは利きますか?」
「完全には厳しいかと」
「そうですか。ならばこちらでどうにかしましょう」
「お願いします」
どういうことだろう。
「今回の作戦は、あなた方二人に依存した部分が大きいのです――ですから、あなた方二人を護らなければならない。そのための手を用意するということですよ」
「…………、あんまり事由に干渉されるのは嫌なんですけど、どの程度で守られるんですか?」
「そうですね。寮の周囲にそれとなく警備がつく……くらいでしょうか、あなたがたが認識できるのは」
僕たちが認識できない範囲で何かしらが行われる、ということだよな……。
そういうの、あまり好きじゃないんだけどね。特別扱いってのはまあ、別にいいけど、なんか過剰に干渉される感じがして。
「なあ、カナエ。ならあの事言った方がいいんじゃねえの?」
「……そうだねえ」
「あのこと、とは?」
カティアさんが聞き返してきたので、ちょっと心の中で受付さんに謝りつつも言葉をつづけるのだった。
「今朝、僕たちが円卓に参加している間、僕たちの部屋に侵入者が居まして――それが、食堂の受付さんでした。僕たちのどっちかが錬金術を使えるんじゃないか、と考えて、その確認をしたかったみたいです」
「…………」
すっ、と、カティアさんは目を細めると、イスカさんに視線を移した。
イスカさんはそれに答えるようにうなずいて、「そうですか」とカティアさんは続ける。
「一応、本人とは話をしてあります。次に似たようなことがあったらただじゃすまないよ、みたいな感じに釘もさしましたけど」
「処分はこちら側で行います。合鍵の不正使用ですから、明日から違う受付になるかもしれません。まあ、気にしないでください。悪いのはその受付なので」
変にかばう理由もない。
僕も洋輔も、それについては頷くことで承諾した。
とはいえ、逆恨みが怖いな。
「逆恨みについては対策するから、安心してくれ」
「なら、お願いします。……それにしてもあの受付さん、仕事面では有能なんですけどね」
「そもそも寮を任される者は、一種のエリートだからな。有能で当然なのだよ。……もっとも、その有能さが裏目に出て、いらぬことに気づき、その好奇心を押さえきれずに行動する者も時折出るのだが」
なるほど。有能だからこそ、薬品のにおいに気づけた……か。
なら、その才能は活かしてもらうべき……ああ、逆恨み対策はそれかな?
一応の昇進を与えておけば、不満はあっても表にはしにくいだろうし。
「ちなみに、今の俺たちの部屋には、そういった不審者対策をしてます。なので、勝手に入ろうとすると大変な目に合うのであしからず」
「ああ。きちんと許可を取ることにするよ……しかし、不審者対策ね」
「いろいろと他人に見せられない……ていうか、その他人に実害の出るようなものが増えてますからね……カナエのせいで」
「ちょっと、ヨーゼフ?」
「事実だろ。モアマリスコールとか」
「モアマリスコールはさすがに作り置きしないよ……」
あんな危険物質、必要なときに作るだけで十分だ。
「モアマリスコール、もう作れたのかい?」
「はい。材料はわかったので、すぐでした」
「ああ……なるほど。そういうことか」
そういうことです、と頷きつつ、そういえば、と思い出す。
「僕が作ることになる四種のアイテムは、まあ、いいんですけど。それ以外は大丈夫なんですか? ワールドコールとか白露草とか」
「白露液はある程度在庫があるし、白露草はそうそう使う物でもないしな。君の母親にお願いして事足り……、うん? カナエくん、作れるのかい?」
「作れました。まだこの眼鏡を作る前だったので正確な品質はわかりませんけど、昇華消滅するまで四時間半かかったので、特級品かなって」
「……ならば、カナエくんにお願いした方がいいか」
距離的な問題を解消できるし、とイスカさん。
そういうことだ。
「マテリアルは後程教えてくれ。必要になったら、手配をする」
「わかりました」
ま、白露草はそうそう数を必要とするものでもないのだろう。
使うとしても普通は白露液の方だろうし、それが白露草を途方もなく薄めたものである以上、在庫に心配はそこまでない、と。
「一段落したわね。お二人には悪いのだけれど、このまま一緒に着いて来てくれるかしら。サンドルが魔法科の代表として、ヨーゼフくん。あなたの助力を乞いたいんですって」




