94 - 限界は近くとはるか彼方に
ようやく受付の順番が回ってくると、受付さんの代行者さんはもう限界寸前という感じだった。
大変そうだ。
なので、
「受付さんの事情はおおむね理解していますが、何か申し開きがあるならば聞きますよ。何もないなら別に、僕たちもこれ以上は何も言いませんけど。どっちがいいですか?」
「申し開きをさせてくれるとありがたい」
「わかりました。場所は移しますか?」
「そうしてくれるか」
はい、と頷き、僕は洋輔と一緒に裏側へと回る。
受付の中ってこうなってるのか。なんかすごく物資にあふれてるな……。
整理はしてあるんだけど、これは整理をした張本人以外には使いにくいタイプの整理だと思う。
で、受付の内側の奥には扉が一個。こっち方向にも建物が続いてるのは構造上当然だけど、そこに向かうための通路がなかったので、どっかの部屋からの直通だろうとは思ってたけど、普通にここからしか行けないパターンだったようだ。
扉を開けて奥へと進むと廊下があって、その奥には部屋がいくつか。
倉庫も多そうだな。
けど、そういった部屋の一つには、見慣れた扉――僕たちの部屋と同じような入り口がある。恐らく、受付さん用の私室か。
扉は開いていた。
鍵も何もなく、開けっ放し。
僕たちが来ることを予見していたのかな?
「失礼します」
「お邪魔します」
と、洋輔と僕の言葉が続き、うん、と小さく聞こえたので入室許可が下りたと判断、中へと入る。
間取りは……やっぱり僕たちの部屋と同じだな。
奥に進みダイニング。受付さんの姿は無し。
ということはさらに奥の寝室……案の定、受付さんはベッドの上にいた。
その表情は普段通り、しかしどう見ても具合が悪そうだ。
病気というより毒だろうけど。
「いやはや。すまないね。手痛い歓迎を受けてしまってな……」
「特に歓迎したいわけでもなかったんですけど、礼儀は必要だと思いましたから。一応、歓迎の準備だけはしておいたんです」
「…………」
受付さんと僕のやり取りに、洋輔は黙って頬を引きつらせている。
ま、僕もやりすぎた感はあるけど、それでも最低限のプライバシーは守られるべきだ。
学校生活のルールにないのだから――尚更ね。
「すまない。どうしても気になることがあってな……確認したくなってしまったんだ」
「そうですか。で、確認は出来ましたか?」
「残念だが、半分だけだな」
だろうね。
毒だと気づくのは一瞬だ。で、解毒を試みたはず。
さらに部屋を進めば解毒薬はいくらでもおいてあったけど、もしかしたらさらに悪辣な罠があるかもしれない。
だから撤退を選んだ。
そして解毒薬を飲んでも調子が戻らないことで、思った以上に強烈な毒であることに気づいた。
そんな毒を使えるのだ。
僕たちが何らかの形で錬金術を使えることは確定だ――だから、半分だけは確認できている。
そういうことだろう。
「今後はちゃんと、声をかけてくださいね。おもてなしの方向性が変わってしまいます」
「ああ。そうしよう。……余計な詮索はしない。ここで宣言しよう」
「そうですか」
ならば、と僕は持ち歩いていた毒消し薬を取り出して、受付さんに手渡す。
「どうぞ」
「すまない」
受付さんは迷わずそれを飲み干した。
……根性あるなあ。
ま、これで僕が錬金術を使えるということは確信されただろう。
「口外は、しないでくださいね。もし口外したら、その時は……」
「ああ。肝に銘じるさ」
とりあえず、口約束だけど……。
まだ一回目。
そこまできつい態度をとって、敵対関係になるのも嫌だしな。
この辺が限界だろう。
「じゃ、僕たちは戻りますか」
「もういいのか、カナエ」
「うん。受付さんにも早いところ仕事に戻ってもらわないと、混雑したままだしね」
それもそうだ、と洋輔は苦笑しつつも同意してくる。
なんだかんだでこの受付さん有能なんだよね。仕事が早いしご飯もおいしいし。
さて、朝食を終えて部屋に戻ろうとすると受付さんに呼び止められ、封蝋の施された手紙を渡された。
宛名は僕と洋輔の連名で、差出人は……、カティア・リーリ、イスカ・タイム、クァド・モノリス。
うわあ。
どう考えてもこれはめんどくさい案件だ。
「カナエ。がんばれ」
「いやいや。ヨーゼフも呼ばれてるから」
「ちっ」
舌打ちをされた。が、まあ、気にせずに中身を確認。
そこには時間と場所だけが書かれていた。
時計を確認、時間的余裕はあんまりないな……。すぐにでも出発した方がいい。
「ヨーゼフ、このままいくよ」
「へいへい」
「気を付けてな」
「はい。そちらこそ」
受付さんにはちくりと釘を刺しつつも、僕と洋輔はそろって指定された場所へと向かう。
指定されている場所とは、学区の隅、街の外にほど近い場所の大倉庫群にある管理棟。
到着したのは指定された時間の十五分前……なのだが、すでにイスカさんはそこにいた。
「すみません。遅かったでしょうか」
「いや、私が早すぎただけだ。気にしないでくれ」
気にするなと言われてもね……。
まあいいや。ほかの二人はまだ来ていないようだし。
「二人が来る前に確認をしたい。カナエくんとヨーゼフくんにここに来てもらったのは、円卓ではまだ提唱していないのだが、一部の道具を量産できるかどうか、確認するためだ。カティア総合学長を呼んだのは権限的な問題で、クァド殿を呼んだのは調達役だから――それと、当然口外してはならないが、クァド殿は錬金術師――私の教え子だから、ある程度融通は利く」
あ、そうなのか。
ならいいや。さほど気負う必要もなさそうだし。
「俺が魔法を使って、カナエが錬金術を使う……ってことですよね。それ、どんな魔法ですか? そもそも俺に使えるかどうか」
「うん。詳しくはこれに書いてある」
と、イスカさんは洋輔に紙束を渡した。
一枚や二枚とかじゃなくて、十枚はくだらない。うわあ、大変そうだ。
「一応、組み立て方……設計図も、そこには記載されている。魔導師たるヨーゼフくんにならば、あるいは使えるのではないかと思ってね。無論、無理そうならばいってくれ。こちらで何とかする」
「え? 何とかできるんですか、イスカさんに」
僕が聞くとイスカさんはうなずいた。
「すでにその魔法を使えるものは居るからね。その子に依頼をする。ただ、可能ならばそれは避けたい。カナエくん、君が錬金術師だとばれてしまう。だから、ヨーゼフくんがそれを使えるならばそれに越したことはないんだ。……難易度が高いから、そう簡単に使えるものでもないだろうが」
なるほど、納得。
「どう、ヨーゼフ。使えそう?」
「うん……、設計図もついてるし、問題ねえな。消費する魔力もそんなに多くねえし。ただ、発動するのに七つの魔法を組み合わせなきゃいけないから、発動がだるい」
ふむ。
「イスカさん。五分もらってもいいですか」
「五分? 構わないが、ヨーゼフくん、その時間でどうするのかね?」
「いえ。いちいち魔法を行使するの面倒なので、ちょっと詠唱と関連付けます」
「…………え? 五分で?」
「それぞれの魔法単体なら即座に設定できるんですけど、さすがに設計図通りに組み合わせるところまでを考えると、そのくらいかかるんですよ。魔導師でもね」
いや洋輔、たぶんそれ、『五分もかかるの?』じゃなくて『五分しかかからないの?』って聞かれてるんじゃ……。
イスカさんは結局許可を出し、洋輔はちょっと離れたところでぶつぶつと小声で何かをつぶやいている。
詠唱。魔法を言葉と関連付けることで、発動の手間を省く技術……か。
「魔法の方はどうにかなりそうだから、カナエくんにはこれを……、の前に、一ついいかい?」
「なんですか?」
「その眼鏡は何かな?」
「ああ。今朝教えてもらった例のレンズを改良したものです。レンズのままだと必要なときに掲げるのが面倒だったので、眼鏡型にしたんですよ。形だけなので、度数は入ってませんけど」
「例のレンズ……って、じゃあ、何も見えないんじゃ」
「必要なものだけ見えるようになってます」
「どうやって」
詳しいことは僕も知らないという。
さっさと教えろ、というような表情をイスカさんが浮かべていたので、僕はつづけた。
「いや、ヨーゼフに聞いたんですよ。『魔法で表示されるようにするのがあるんだけど、その表示にフィルタ掛けられない?』って。そしたら、魔導師、というかヨーゼフの家系でそれは研究済みだったようでして……まあ、僕にはその魔法の使い方がわかんないので、ヨーゼフに使ってもらいましたけどね」
「なるほどなあ……。君と彼が相部屋だったのは、なんというか、奇跡的な事だったんだね……」
そうですね、と頷きつつ、イスカさんが思っている以上の奇跡が起きてるんだよなあ、なんて思ったり。
「じゃあ、本題に入ろう。君に今回作ってもらいたいのはこれ。『禊の楔』というアイテムだ」
と、イスカさんが取り出したのは、……楔、といわれて思いつくような形ではないよね。
画鋲……? 取っ手がついてるタイプの。
「このアイテムは、『対象の指先などを指して血を登録することで、登録されている人物が死んだとき、楔の取っ手の部分が赤く光る』――という、生存確認をするための道具でね。学校が押さえている在庫は二十八個。これでも普通の『迷宮』ならば活用できるし、最悪君が作れなくても、学校の生徒で大迷宮の踏破を行う者たちには登録を義務付けるのだが、これを可能ならば『作戦に参加する全員』に配布したいのだよ」
なるほど。
生きているか、それとも死んでいるのか――迷宮内ではぐれても、死んでいないならば救助できる可能性がある、と。
「でも、これも血を登録するんですね。……指先とはいえ、ちくっと刺すのかあ」
「それで生存確認ができるのだ、安いものだろう?」
まあ、そうなんだろうな。ちょっとだけ痛むけど、その痛みはポーションなり回復魔法なりで一瞬で治せるものだろうし……。
だとしても痛くない感じの針にしたいなあ。いや、でも痛みはあったほうがいいのか。
完全に痛みがない感じのアイテムにしちゃうと悪用の恐れもある。ストーカー御用達アイテムみたいな。さすがにないか。
「魔法はヨーゼフが組み上げてくれるみたいだし、ほかのマテリアルがそろえばたぶん作れますよ。現物もあるんで、想像もしやすいですし……まあ、一度やってみる感じですね」
「ああ。材料はクァド殿が持ってくるから、それまで待ってくれ」
「はい」
「で、一応、補助マテリアルも用意できるが。何か要るかな?」
「そもそも僕、その補助マテリアルの概念がわかんないです」
「そこからか」
「そこからです」
たぶんいらないと思うけど。
「最低限の材料で、とりあえず作れるかどうかの確認を。それでだめなら、補助マテリアルについてちょっと教えて下さい」
「いいだろう」
なんて話している間に、洋輔が戻ってきた。
まだ二分もたってないんだけど。
「詠唱化完了。魔力の消費量はさほどじゃないんですけど、結構数作る感じですか?」
「そうだな。結構……まあ、数千くらいになる」
「となると、魔力は多めにしといた方がいいですね……。コンセントレイトである程度稼いどくか……。あ、そうだ。カナエ、アレ持ってない? あの青と黄色の奴」
「陰陽凝固体?」
「そう」
「持ってきてないよ。でも材料はあるから、作ろうか」
「頼む」
それじゃあ材料をカバンから取り出してふぁんと作成、面倒なので一気に陰陽凝固体まで持ってきておく。
中間素材をすっ飛ばすこれ、たしか錬金省略術、だったか。特におかしいことをしているイメージはないんだけどね。
「っと、そうだ。虚空の指輪にしとく? それともこのままでいい?」
「あー、指輪にしといてくれ。そっちのが取り回しがいいから」
「ん」
じゃあ銀塊とあわせて、ふぁん。
完成、虚空の指輪。
「はい、できた」
「ありがとさん。これでコンセントレイトすれば……うん。消費には追い付くだろ。ちょっと持て余すくらいだけど」
「数千倍くらいに膨れ上がるもんね、装備してる間」
「そうだな。基本的には使い勝手悪ぃけど、大量に行使する時とかにはちょうどいいな」
いつも通りのやり取りを交わす僕と洋輔に、イスカさんは頭を抱えて首を振り、ぼやいた。
「君たち二人の才能的な限界が見えないんだが……」
いや、そんなことを言われても……ねえ?




