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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 迷宮踏破は誰のお仕事?
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93 - 魔導師の資質

「魔導師ってのは、魔法使いとして一つの壁を乗り越えた奴を指す言葉だよ」

 洋輔は、特に隠すことでもない、といった様子に答える。

 魔法使いとして、壁を乗り越える……?

「イメージしやすく言ってやると、『賢者の石を作れるようになった錬金術師』が近い」

「すごいわかりやすい……なるほど」

 錬金術師にとって賢者の石は一つの目標だ。

 マテリアルの加算ではなく、マテリアルの乗算という新しいことをしなければそこにはたどり着けない。

 だから、壁になる。

 魔法にもにたような壁があって、その壁を乗り越えた者を特に、魔導師と呼ぶらしい。

「といっても、実はさっきのたとえはイメージはしやすいけど、真相かといわれるとまた違っててな」

「えっと……どこが?」

「賢者の石は存在を知って、材料を突き止めて、それでも作れなくて――試行錯誤をしてようやくたどり着く。それが錬金術師にとっての壁だ」

「うん」

「で、魔法使いにとっての壁、魔導師かそうでないかの違いはもっと手前で決まる」

 手前?

「具体的には生まれた瞬間には、決まってる」

「…………」

「『生まれつき足が速い』とか、『生まれつき音感がすごい』とか、そういう類――『生まれつき、その壁を乗り越えている』奴が、魔導師なのさ。魔導師としての素質は、ある程度遺伝する。だから、魔法使いの血統七家、その中心に近い連中は、みんな魔導師として産まれる――魔導師が産まれるように結婚するからな。中心から外れてても、一般家庭とくらべりゃはるかに魔導師の割合は多い。それに、家系とは関係なく、偶然、一般家庭に魔導師が産まれることだってある。珍しいけどな」

 先天性……、ってやつか。

「で、壁を乗り越えてると何が起きるかというと、魔法の行使難易度がだいぶ変わるんだ。かなり緩和される。普通の魔法使いが必死に研究して修行してようやく発動できることを、魔導師は一目で模倣できる程度にな。だから、魔法使いには現れがちな得意苦手も、魔導師にとっては大分無視できたりする。ちなみに七家の血統は、魔導師であることを前提として、その魔導師がさらに高みを目指した結果、いろいろな方向に行ってる感じだから、シヴェルの刻印もタクラの魔石も、そして俺みたいなミュゼの感覚も、魔導師であるって前提の上でそれぞれ才能をとがらせてやっと実現している感じだ」

「つまり、洋輔クラスの魔法使い……は、それはそれでいるかもしれないけど、基本的には魔導師っていう特別な才能を持ってると」

「そう」

「じゃあ、ニムとかはどうかな?」

「微妙なところだけど、ニムはたぶん、普通の魔法使いだろう。魔導師にはなりきれなかった……ってところかもな」

「でも、『ヒストリア』の幼すぎるトップ……なんでしょ?」

「うん。それでもやっぱり魔導師じゃねえと思うぜ。なんつーのかな……魔導師ってのは、だから、アドバンテージなんだ。生まれつき魔法がものすごく楽になるっていう土台の上にいる。いわば、スタート地点が違う。ニムからはそれを感じない――だから、ニムはたぶん、普通の家で普通に生まれた、普通の子供――だったんだと思う」

 だった?

「さっきの説明と矛盾するけどさ、ありうるのさ。『後天的な魔導師』が――生まれつきじゃない魔導師が。可能性としては……だけどな」

 可能性……、

「結局のところ、魔導師かそうじゃないかってのは『壁を越えたかどうか』だ。それは良いよな。で、その『壁』を越えると、アドバンテージが獲得できる。生まれつき壁を越えているかどうかが、魔導師かそうじゃないかの違いだ。ここまでも良いな?」

 うん。

「その上で、『生まれた後に壁を超えることができれば』――同じようなアドバンテージが獲得できる。でも、理論上は、可能性は、って話に過ぎない」

「逆に言えば理論上、可能性として、『こうすれば壁を越えるかも』ってのがわかってるってことだよね?」

「その通り。『身体的に一度死んで、精神的には狂った上で、身体的に生き返り、正気に戻った』場合だ」

「……それは、つまり、『生まれなおす』ってこと?」

「いい表現だな。その通り――『生まれなおし』ができれば、もしかしたら、壁を越えることもあるかもしれない。少なくとも血統ではそう考えられている。そもそも身体的に一度死んだ上で生き返るってのが無理だし、一度狂ったうえで戻るってのも無理だ。二つの無理を通して……そりゃあもう、偶然程度じゃ起こりえない。奇跡が起きたとしても厳しいだろうな」

 だから普段は無視していい可能性だ、と洋輔は補足する。

 なるほどねえ。だから、ニムが魔導師とは考えにくい、と。

「……一応、確認しとくか」

「ニムを?」

「いや、佳苗を。佳苗さ、次の発想と連想で魔法を使ってみてくれ。発想は『箱』、連想は『箱の中に箱』だ」

「うん?」

 まあ、やるだけやってみるか。

 魔力は適当に、ちょっと多めに使って……えーと、箱、で、箱の中に箱をイメージして魔法を行使。

「……とりあえず発動はしたけど」

 僕の目の前には箱がある。

 魔力で作った器と同じような感じで、その箱の蓋を開けるとその中にはまた箱が。

 そしてその中に入っている箱の蓋を開けてみるとさらに箱が……。

「これがどうしたの?」

「やっぱりお前は魔導師じゃないな」

「?」

「もし魔導師なら、その発想とその連想だと、『こうなる』」

 と言って、洋輔が手の上に生み出したのは、奇妙な色の箱だった。

 なんか……青いと言えば青いし、赤いと言えば赤い。でも緑にも見えるし、白いと言えば白いけど、黒いといえば黒い。

 一瞬ごとに絶えず色が変わっているのは間違いないのに、なぜかそれで一色なのだと認識してしまう――『そういう色なのだ』と勝手に認識してしまう、そんな妙な箱だった。

 でも、蓋らしきものはないし、箱の中に箱があるかどうかまではわからない。

「『百色(ひゃくいろ)畳語(じょうご)』。詳しい説明は省くけど、『同じ場所に違う物が何重にもなっている』……みたいな感じだな。魔導師には、これができちまう」

「……魔導師はそうなるってことは、魔導師以外にはできないんだ」

「うん。『まったく同じ場所に違ったものを存在させる』――って、錬金術でも無理だろ?」

 まあ、それは確かに。

 頑張れば抜け道はあるのかな……、思いつかないけど。

「ってことは、ニムにもこれを使わせれば……」

「そりゃわかるだろうけど、そもそもあいつ『ヒストリア』だしな。百色畳語は知ってるだろうし、魔導師の判別法だということも知ってるだろ。つまり、直接『魔導師なの?』と聞いたほうが早い。あいつのことだから、嘘はつかねーと思うぜ」

 それもそうか。

 しかしそうなると疑問はまだまだ出てくるわけで。

「魔法科の学長さん。サンドルさんはどうなの?」

「ん? ああ、あの人は魔導師じゃねえよ」

「じゃあ、ヤムナは?」

「あいつも魔導師じゃねえな」

「……ひょっとして魔導師って、かなり少ない?」

「錬金術師よりかはわずかに多いだろうけど、でも、その程度かな」

 やっぱり希少種か。

 だとしても、そのくらいいるなら学校にも数人は居そうだけど、なんで洋輔が代表になったんだろう。

 僕と格を合わせたかったから……かな?

「俺は魔導師で、しかも血統の直系だからな……。偶然、血統とは関係のないところに魔導師が産まれたとしても、そいつは『知識』って面で俺にどうしても数段劣る。血統が数十世代にかけて研究してきたその成果は、たとえば『失敗作』と言われた俺にだって、念のための保険として一応継承されている――聞かされている。けど、普通の家庭にはその研究がないだろ? だから、俺が選ばれたってところだろうさ」

 ある程度僕が考えるであろうことを想定してくれたようで、洋輔はそう補足して、少し自慢げにうなずいた。

 なるほど、そういう意味で考えると、僕と洋輔という組み合わせは、学校にとって都合のいい組み合わせでもあったわけだ。

 魔法使いの一歩先、魔導師である洋輔。

 世界的に見ても稀な錬金術師である僕。

 互いに互いを牽制しうる組み合わせ――ね。

 それは僕と洋輔があらかじめ知り合いではない場合、つまり、カナエ・リバーとヨーゼフ・ミュゼが完全に初対面だった場合は想定通りに働いただろう。

 実際には想定しろという方が無理なレベルでの知り合いだったわけで、牽制どころか協力し合っちゃってるわけだけども。

「どうだ。満足か?」

「概ねは、ね。じゃ、今度こそ朝ご飯食べに行こうか」

「おうよ」

 その間はロボ一号、がんばれ。

 門番ゴーレムもね。


 食堂に向かうと、食堂はいつになく混みあっていた。

 珍しいことに行列さえできている。何事だろうか?

「やあやあ、お二方。今朝は遅かったね?」

 と、話しかけてきたのはニムだった。

 一発でわかるよな、この言葉遣い。

 ちなみにニムとウィズはすでに食事中。

 ニムが食べているのはトーストで、ウィズが食べているのはサラダだった。

 ニムはともかく、ウィズはそれで足りるのだろうか?

「おはよう、ニム。ウィズも。……なんでこんなに並んでるんだろ?」

「どうも受付さんが病気にかかったとか、どうとか。それで慌てて補充が来たんだけど、普段と勝手が違うからか遅れてるらしい」

「ふうん。受付さんも災難というか、人間だね。病気するなんて」

「だよな」

 ウィズが何気なく頷くその一方、僕の脇腹を肘でつついてくる洋輔もいたりするけど、それはそれ。

「今朝は大きな地震もあったことだし、吾輩たちの知りえぬところで何かが起きている、あるいは狂い始めているのかもしれないねえ」

 ニムはそう言って笑うと僕と洋輔に一度ずつ視線を送ってきた。

 『吾輩は知っているぞ』、そう言いたげに。

 ……まあ、次席『ヒストリア』を選んだのはニムっぽいしな。そうでないにせよ、あの人からニムに何らかの方法で報告はされているのだろう。「地震と言えば、そっちの部屋は大丈夫だった、のウィズ。荷物とか」

「うん? ああ、無事っちゃ無事だな。本が全部落ちて食器も割れたけどそのくらいで済んでる。そういうカナエたちはどうだった?」

「似たようなものだね」

 この様子だと、大被害を受けた子はそうそういなさそうかな。

 揺れの割には……と思ったけど、こっちの寮にいるような子はとっさに何とかできちゃうか。

 問題は二次試験を受けてる組だけど、そっちも生存力は高そうだしな。案外大丈夫かも。

 むしろ被害の心配があるのは講堂のほうかな?

「そういえば、今日は授業の見学が中止だという話は聞いたかい? 吾輩はさきほど、受付の代わりの人に聞いたのだけれども」

「え、そうなの?」

「建物は頑丈とはいえ、設備まで無事とは限らない。そのあたりの確認をしなければならないから、今日はお休みということらしい」

「場合によっては、もしかしたら明日も中止になるかもしれない、だってさ。その場合は、見学のスケジュールがちょっと伸びるって」

 なるほどね。

 実際そういう確認もするつもりだろうけど、本来は円卓での決定事項を教員に知らせて、かつ初動対応に一日二日はかかると想定している……ってところか。

 その間僕たちが動けないってのにも配慮してくれてるのかな?

 おまけ程度に。

「そうだ。ニム、過去百年で、首都で観測された地震の回数はわかる?」

「過去百年だと一回だけだね。そしてその一回とは今朝のそれだ。基本的にこの国は地震と無縁だからねえ」

 やっぱりか。

「だがそういう意味では、学校は安全だよ。学生は国の宝――それがここのスタンスでもある。だからこそ、あらゆるものが頑丈すぎるほどに作られているし、あらゆるものが厳重すぎるほどに守られている。今朝のような大きな揺れでさえ、学区内ではさほど被害らしい被害はないだろうね。食器が割れた、くらいのことはあるだろうし、多少のけが人は出るだろうが、その程度に過ぎないさ。問題は学区外……。あれほどの揺れとなると、家屋の倒壊もありうるだろう」

「だろうね……」

 震度六弱だと仮定しても、日本だって多少の被害は出る。瓦屋根とかは大変なことになるだろう。

 だがこっちの世界はそもそも地震が考慮されていない。耐震基準とかなさそうだし……。

 ま、あんまり気にしてもしょうがないか。

 僕たち学生は、よほどのことがない限り、学区から出ることもできないのだから。

 とはいえ――か。

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