92 - 特異なことは同じ二人
ロボ一号による掃除はかなり丁寧で、ちょっと時間はかかるけど、問題なさそうだと洋輔は判断を下した。
…………。
いやね?
別にゴーレムが片づけをしてくれることに異存はないのだ。楽だし。
でもさ、
「なんで錬金術系統のものまで片づけできるのさ、ロボ一号。ちゃんと品質順に並べてるし……。洋輔、実は錬金術使えるんじゃない?」
「いや使えねえよ。現代錬金術ならともかく……。ゴーレマンシーって魔法そのものが最初からそれに対応してるのか、あるいはそれを組み上げるのに佳苗も一応絡んでるから、そこで情報が投入された……とか、そのあたりじゃねえかな」
ううむ、まあ、ほかに考えようがないか……?
「だとしてもいまいち納得いかないことがあってさ」
「何だ」
「いや、ラベルを付けてるやつは良いんだよ。まだ。でもさ、ラベルもつけてない作っただけの錬金術だって、ちゃんと品質順になってるし――さらにいうなら、同じ品質でも品質値で見ると差があるのに、それもきちんと合わせてるのは何で?」
「さあ。お前のその眼鏡と同じような機能がついてるんじゃねえの?」
そんなバカな。
「いやあ、それが意外とマジでありうる可能性でな。その眼鏡、『細かく分けるという発想に数字の連想を含む』魔法を材料にしてるだろ。ゴーレマンシーのパーツの一個にもそれと同等のものがある。『細かく分けるという発想に数字と並べるという連想を含む』魔法だけどな」
「…………」
なるほど、むしろ上位互換な魔法が入ってる、と。
で、人間が使う場合はそれを見るために使うからレンズにしなきゃ視覚的に情報が得られないってだけで、ゴーレムの場合は本体そのものにその機能が搭載されている、と。ううむ。
「ま、便利だからいっか」
「だろ?」
ちょっと時間がかかるとはいえ、部屋にいない間も掃除をしてくれると考えると楽々だしね。
「そうだ。材料は僕が用意するから、もう一個ゴーレム作ってくれない?」
「……一応聞くと、何に使うんだ?」
「門番」
「…………」
「作ってくれないなら、まあ、また罠を作ることになるけど。でも同じ罠が通用するかどうかわかんないから、次は毒薬ミストかな……それなら避けられないでしょ」
霧吹きあたりをマテリアルにすれば簡単に作れそうだし、原理的にはワイヤートラップ、さほど難しいものでもない。
結構ざっくりした想像でも、しっかり完成するからな。
「……それはそれで作ってみてもらいたい気もするけど、なんつーか、あれだな。そのたびに毒薬を浴びる受付さんが不憫すぎるぜ」
「勝手に入る方が悪い」
「まあそうだけど。いいぜ。作ってやるよ」
やった。
材料何にしようかな。あんまり使わないものを使ってみるかな?
それとも何かこう、変わり種とか。錬金術らしさを出してみてもいいけど、さすがにあからさまだと問題だよね。
あとあんまり重たいものを材料にするとうるさそうだ。
で、門番にするんだから、ある程度おおきくないとダメ。
軽いものだと柔らかいものが多くて、門番としては戦いにくそうだし……。
結構制限多いな。
「材料って、何が使えるの?」
「んー。固形物なら大概はなんとかなるはず。液体も頑張ればできるんだったかな……見たことはねえけど、聞いたことはある。まあ、冗談半分だったけど」
固体なら大丈夫、液体は微妙だけどなんかできるかもしれない、か。
水……? いや、何かの拍子でゴーレマンシーの魔法が解けたら大惨事だよねそれ。
いっそカプ・リキッドとかで作るか? そうすれば、ゴーレマンシーの魔法が解けても誰かが触れれば、その時点で全部蒸発するしな。
「基本的には土で作る。次に藁、木、石。ロボ一号みたいな鉄は珍しいパターンだと思うぜ。けど、俺が今まで見たゴーレムで一番珍しかったのは宝石かな」
「宝石……奇麗そうだね」
「ああ。あれは結構、惹かれるものがあったぜ。手のりサイズだったけどな」
まあ、そんなでっかい宝石ないもんね。賢者の石とかなら数は用意できるし、それで……うーん。
「…………、ねえ、じゃあさ」
「うん?」
「魔力はダメ?」
「…………」
洋輔はいぶかしげに僕を見てきた。
「いや……魔力って、魔力だよな?」
「うん」
とりあえず、拳くらいの大きさで魔力を切り離して洋輔に投げ渡すと、洋輔はおい、と慌てつつも受け取った。
「それ。魔力の塊……魔法になってない、ただの魔力だよ。カプ・リキッドのマテリアルにもしてたでしょ」
「あー……。うん。改めて見ると……」
大きく眉間にしわを寄せて、洋輔はあきらめるようにつぶやいた。
「……無意識にやってるから怖えんだよなあ、佳苗の場合は」
「何が」
「『ゴーレマンシー』」
うん?
「それと並んで、二つ。つまりゴーレマンシーを含めて三つ、『魔法使いの究極系』――としての魔法があるんだ。血統内部での話だから、あまり一般的じゃあねえけどもな」
魔法使いの究極系……、完成形、到達点みたいな感じか。
確かに、ゴーレマンシーは究極系だよな。大概のことはやってくれそうだし、ゴーレム。
ゴーレムに魔法を使わせるとかもできたら楽しそうだけどどうなんだろう。まあ、それはいい。
「残り二つが、何か問題なの?」
「一つは『リザレクション』。回復魔法の究極系……回帰現象を引き起こす魔法で、傷も病も毒だろうと、『治す』んじゃなくて『戻す』って魔法。これが究極系と言われる理由は、その範囲が『物』にも及ぶからだ。剣とか鎧とかも、『治す』じゃなくて『戻す』だから、対応できるってことだな。ちなみに俺は、これを使える」
やっぱり洋輔の回復魔法は特別なものだったらしい。納得。
だよな。普通腕とか足とか生やせないよな。
案外死人の黄泉返りとかもできたりして。リザレクションってゲーム的には蘇生も含むし。
「で、最後の一つが『ピュアキネシス』」
うん?
「サイコキネシスみたいな感じ?」
「似てると言えば似ているかな。分類的には、便利系魔法の完成形……に、なんのかな。ほら、お前は錬金術用の器を魔法で作ることが多いだろ」
「うん」
「あれは魔法として、作ってるんだよな?」
「そうだね。器を作る魔法で、器を作ってる。袋だったりお皿だったり、いろいろと」
「ピュアキネシスはそれの先。『魔法を使わないで、魔力そのものを用いる技術全般』を指す」
えっと……、ちょっとよくわからないぞ。
「魔法を使う前の状態。魔力そのものを形にしたり、その魔力そのものを動かしたりする技術。つまりさ。佳苗が今作った、この魔力の塊みたいなもんだよ。これ、魔法じゃねえだろ?」
「まあ、そうだね。魔力だよ。だから、それをつかって魔法は使える」
「だな。俺も最初はそっちの特性に目が言って、結果、タクラの魔石を発想するに至ったんだけど……お前のコレ、タクラの魔石とは関係ねえもん。いや、タクラの魔石こと金の魔石の材料がカプ・リキッドで、その材料にこれを使うって意味ではまるで関係ねえわけじゃねえけど、これそのものはタクラの魔石とは別もんって意味な」
ふむ。言われてみれば、確かに別物かもしれない。
「形とか大きさとか、ある程度決められるのか?」
「僕の魔力が足りるならばどうにでもなるよ。使いやすいように固体にしてるけど、液体にはできると思う。気体は……どうかな、できないとも思えないけど、できたところでそれが見えるかどうか」
「じゃあ、魔力の塊を動かすことはできるか? 自分の意思で」
「どうだろう。やったことないからわからない」
やってみるか。えっと、こっちにおいで……とか念じるだけでいいのかな?
何も起きないだろうなあ、と思ったら、洋輔の手からゆっくりと、僕の方へと魔力の塊は動いた。
わお。
「わお。みたいな顔してんじゃねえよ。できてるじゃねえか。魔法じゃないから、魔法を妨害するような仕組みをすべて無視できるし、魔法じゃないから――それは結局、形が違うだけで『魔力』だから、再利用だってできる。それが『ピュアキネシス』。俺たちみたいな血統が言うところの魔法使いの究極系三種、その最後の一つってワケ……」
魔導師でも難しいんだけどな、と洋輔は小さく補足した。
「洋輔はこれ、できるの?」
「できねえよ」
「そうなんだ。意外だね」
「俺の方は心外だよ……」
やれやれ、と首を振り、洋輔は魔力の塊を指さす。
「で、それを材料にゴーレムを作るつもりか?」
「うん。重さはないし、大きさも調整できるし。なにより必要なとき以外は隠れさせることもできそうだから」
「確かに、門番にはもってこいか……? 大きさは用意できるのか」
「ちょっと、足りないかな。ちょっと待ってね……」
僕は洋輔にストップをかけて、適当に中和緩衝剤やエッセンシア、エッセンシア凝固体、そしてエッセンシア陰陽凝固体と錬金。
もうちょっとかな?
毒消し薬とポーションでちょうどいい感じに確保してっと。
「なぜ」
「僕、錬金術使うと魔力が増えるんだよね。たぶん錬金術を使う時に無意識下でも集中してるから……ってことなんだろうけど」
「…………」
釈然としない、そんな表情で洋輔は腕を組みつつ僕を見てきた。いや、そんな態度をされても困る。
魔力の塊は、とりあえず球体で作成。
「このくらいの大きさがいいかな……」
「……まあ、別にいいけど」
というわけで、直系一メートルほどの玉っころを包み込むように器を作成。
で、洋輔に視線を送ると、「やれやれ……」と言いつつも魔法を行使してくれた。
今度は四十秒ほどで、器の中に圧力を感じる。錬金、ふぉんっ。
完成したゴーレムは、かろうじて人型を取った、しかし人間とは明らかに違うものである。
「……あれ? 指示は俺が出すのか」
「うん」
「えっと、じゃあ、佳苗的にはどう命令したいんだ?」
「僕か洋輔が許可した人間以外の入室を察知したら、排除……、いや、排除だと危ないから、『追い出す』って感じで」
「なら……、」
洋輔は少し考えてから、魔力で作られたゴーレムに顧みる。
魔力のゴーレムはやはり、洋輔の前に跪いていた。なんかかわいい。
「命令だ。俺かこいつが許した相手以外が部屋に入ってきたら、可能な限り怪我をさせずに、部屋の外に追い出すように。それ以外の間は、隠れてろ」
と、洋輔の命令を聞くや、魔力で作られたゴーレムは立ち上がり、そしてすう、と姿を消した。
…………。
あれ、消えた?
「まあ、魔力だからな、アレ。お前が魔力をみえる形にするとき、球体にしたってだけで、魔力それ自体にはきまった形も色もない。だから透明になることくらいはできる――『隠れる』んだから、そのくらいはするだろ」
なるほど。
思わず便利なものが作れたようだ。
「なんつーかさ。俺とお前って、才能が重なってねえよな」
「うん?」
「いや、お前は錬金術が使えて、俺には使えない。俺は魔導師で、お前は魔導師じゃない。魔法って分類で見たとき、俺はリザレクションが使えて、お前はピュアキネシスが使える」
ああ、そういうことか。
「得意なことは全然違うけど、普通じゃないって意味では同じってことだね」
「だな……。っていうか佳苗、ようやく自分が普通じゃないって認めたんだな。今更だけど」
え?
「結構前から自覚はしてたよ。ただまあ、僕にとっては『当然できることを当然しているだけ』って感覚だから、本当にそれが特別なのかどうなのかがわからない。物差しがないからね。平均値を僕は知らないし、限界値も僕は知らない……だから、『自分は特別だぞ』、って思っても、実はそれはこの世界の常識かもしれない」
だから自分から、自分が特別だとは言わないだけ。
他人にそれはおかしいと言われれば、おかしいのだろう。
錬金術の乗算も。
そして、ピュアキネシスとかいう、魔力そのものを魔力そのものとして扱うというだけの、僕にとっては歩くとか座るとか、そういうことと大差ないこれも。
僕が苦笑すると、洋輔も苦笑で返してくる。
わかってくれたのだろう。
だって、洋輔も僕と同じだから――同じようなことを、経験しているのだろうから。
「さてと。一段落したし飯でも食いにいこうぜ。受付さんに謝るのもかねて」
「別に謝る必要はなくない? 悪いのあっちだし」
「まあ、そう考えることもできるけどよ。でも、『俺たちは気づいてるぞ』、って脅しておくのも手だろ?」
ごもっとも。
じゃあ行くか、と立ち上がる洋輔を、僕は待って、と引き留めた。
「その前に、もう一つだけ。魔導師って何?」
はっきりさせておきたいんだよね。




