91 - よからぬ企み
「部屋の中でやっても大丈夫なの、その魔法」
「ああ。そこまで大きな影響は……うん、本来ならあるけど、加減できるはずだから大丈夫」
「…………」
まあ、信じておくか。
「器はどのくらいの大きさ?」
「器より鉄塊、少しもらってもいいか?」
「そこらにある奴なら何を使ってもいいよ」
魔法で鉄を使うのか。
何か、武器や防具を作る魔法かな?
「んじゃ、これ使うか」
と、洋輔が選んだのは五キロほどの鉄塊。結構でかいものを選んだ。
やっぱり大剣かなにか、かな……。
「それが入る大きさ……だと、こんな器?」
僕は腕で抱えられるかどうかという感じの大きさに器を作ると、洋輔はそこに鉄塊を投入。
問題ないらしい。
「んじゃあ、魔法使って」
「おう。ちょっと時間かかると思う。わりーな」
「いいよ。気にしないで」
洋輔は笑みを浮かべて、しかし目を閉じた。
……手間取るってことは、結構面倒な魔法なんだろうなあ。
一体いくつの魔法を使うのやら。
結局待つこと二分半。
ふっと、器の中に強烈な圧力を感じた――ので、声を待たずに錬金。
ふぉんっ、
と完成したものは、…………。
え?
「よくわかったな、魔法使ったタイミング」
「……うん。えっと、器に変な圧力がかかるから、一発でわかるんだよ。でも……え? なにこれ?」
「ロボ」
それは見ればわかる。
なんかこう、子供向け……それも小学校低学年とか幼稚園児向けの、わかりやすいロボットって感じだ。
日曜日の朝にやってるようなアニメとかに出てきそう。
「ロボが作りたかったの? なら、言ってくくれれば作れたのに……」
「ああ。錬金術なら作れるだろうな……けどたぶん、お前にもできないぜ」
うん?
なんでだろう。
と思っていると、ロボが動いた。
じじーっと首を動かし、僕の方を向いたのだ。
え?
何、これ。
こわいんだけど。
手足も動いてるし。
ていうか歩いてるし。
器から這い出ると、そのロボは洋輔の前に移動し、そして洋輔の前に跪いた。
「ゴーレマンシーっつーんだよ、これ」
「ごーれまんしー……」
「うん」
…………。
わかんないぞ。
「専門用語言われても。ちょっと理解できないんだけど、何それ?」
「普通は土人形を使うんだけどな。応用的に木とか藁とか、鉄とか岩を使うことがあるんだ。そういう物を人形のような形にして、意思を与えて自立させる。そういう魔法だ」
「……物に意思を与える、ってこと?」
「そう」
「それ、魔法的にも超高等技術じゃないの?」
「だな。『魔導師』の中でもまともに使えるのは、それこそカモくらいだろーぜ」
そのカモにしたって、ゴーレマンシーというよりかは式神のほうが近いし、と洋輔は補足した。
ゴーレマンシー……か。
まあ、理屈はわかった。人形を作って、それに意思を与える。
で、それを操る。
武器や防具を作る……の数歩先だよなあ、やっぱり。しゃべったりもするのだろうか? さすがにそこまではいかないか。
「俺も、魔法の分解までは成功したんだけどな。行使は全然ダメだった」
「……よっぽどの難易度だったんだね。総当たりもできなかったの?」
「無理だな。そもそも七十九種の魔法を組み合わせてようやくなんだぜ。組み合わせとか考えたくもないよ」
うわあ。それで二分半かかったのか。超納得。
「ていうか、七十九個も魔法を同時に行使したってことだよね、それ。洋輔も大概、おかしくない?」
「んー。まあ、普通じゃないのは認めるよ。でも、魔導師なら似たり寄ったりだとも思うぜ――っと、ちょっと待ってくれ。メカ一号。命令だ。片づけてこい」
がちゃん、とロボは音を立てて敬礼をすると、コトコトと歩いて部屋の隅へ。
そして乱雑におかれていた本を抱えると、そのまま本棚へと向かい、きちんと収納。
すごい、ちゃんと順番通りに並べているし、上下もしっかり気にしている。どこかに目がついているのだろうか。
でもメカ一号って名前はどうかと思う。
「ゴーレマンシーは、普通の持続魔法と違って維持コストがかからない。一度発動に成功すれば、術者が停止を命令するか、破壊されない限りは動き続ける――たとえ術者が死んでもな。だから今でも、一部の施設では護衛に使われたりしてるんだよ。戦闘系に特化させれば人間よりもよっぽど強いしな。欠点があるとしたら、あくまで魔法で意思を与えられてるだけだから、そこまで複雑な命令はこなせないってことと、物理的に破損してもその修復が難しいって点。いきものじゃないから回復魔法の大半が意味を持たない。回帰に属する魔法、リザレクションって呼ばれてるんだけど、それならば可能だけど、敷居が高すぎる。薬草やポーションも当然無効、ただし白露液とか白露草は使える。そんな感じだな」
なら、ワールドコールも使えそうだな。
物理的破損、か……。
「ねえ、洋輔」
「なんだ。また何か企んでる顔してるけど」
「賢聖の石、使ってみない?」
「賢聖の石……って、なんだっけ?」
「錬金術のマテリアルにした時、完成品に自動修復機能を付与してくれるやつ。ほら、短剣にもくっつけたじゃん。アレ」
「……自動修復するロボってどうなんだろうな?」
それは確かに。
とはいえ、前例はいくらでもありそうだ。
ふた昔くらい前のアニメとかで。
「まあ、やる分にはいいけどさ。魔法解除されたりしねえよな?」
「さあ。今までやってた感じだと大丈夫そうだけど、洋輔がかけた魔法が複雑すぎるみたいだし、それがどう転ぶかだよ」
「ふむ。なら、やってみろよ。ついでだ、実験しようぜ」
「だね」
というわけでマテリアルを確保、さっさと賢聖の石を作成。
材料はエルエッセンシア二つと中和緩衝剤で、完成品の賢聖の石は品質値が9042。特級品程度ではあるし、たぶん大丈夫だろう。
本棚に本をしまう作業をしているロボ一号の横に賢聖の石を投げ、それに気づいたロボ一号が賢聖の石を拾い上げる。
そのタイミングでロボ一号を取り囲むように魔法で半透明の袋を展開、錬金、ふぁん。
ロボ一号の手元から賢聖の石は消えていて、ロボ一号はそれに気づいてかきょろきょろとあたりを見回し、結局本をしまう作業に戻った。
「ゴーレマンシーに影響はなさそうだね」
「だな。……つまり、錬金術と組み合わせれば物理的破損をある程度なんとかできるわけか」
「案外、洋輔が魔法を使って僕が錬金術を使えば、大概のことはできそうだよね」
「全能とは程遠いけど、まあ、ちょっとした特別ではあるぜ。すでにな」
苦笑交じりに洋輔は言うと椅子に座った。
片づけは良いのだろうか。
「片づけは、ロボ一号がやってくれる。俺たちは休んどこうぜ」
「……自堕落じゃない?」
「普段なら俺もそう思うけど、実際、ゴーレマンシーをこうやって使ったのは初めてだからな。佳苗がいないと使えねえし。っていうか、さっきのゴーレマンシーさ。結局あれ、俺が使った扱いなのか? それとも佳苗が使った扱いなのか?」
「さあ……。僕の魔力は全然減ってないし、むしろ増えてるから、洋輔が主じゃないの?」
命令も洋輔の方を聞いてるし、洋輔に跪いてたし。
結構あいまいだな。
「ってことは、錬金術はあくまでも『組み立てるだけ』……か」
「そういうことになるね」
洋輔は腕を組んで、あれ、とベランダを指さした。
ベランダ?
「いや、もっと奥。具体的にはセントラルアルター……カナエはどう思った?」
「また、ずいぶんと話題が飛んだね」
「それがそうでもなかったりするんだぜ」
ふうん……?
「なんで八角形なのかな……とか、中央の祭壇って妙な名前だな、とか。そんな感じかな。建物の中も、無駄な階段が多かったかも。でも、ああいう場所ってわざと複雑に作って、警備をしやすくしてるとか。そういうのじゃないの?」
「……俺たちが軍議室に行くまで、複雑な道は通ってねえだろ」
言われてみれば。
じゃあ、何であんな無駄な……。
「無駄じゃない。むしろ必要なのさ、アレは」
「……洋輔は、知ってるの? セントラルアルターのこう、設計理念みたいなの」
「知らん」
じゃあなぜ断言するんだろう。
「だけどあれがどんな施設で、何をする目的で作られたのかはわかる。だから、あの建物の奇妙な形も構造も理由はわかるよ」
「ふうん……じゃあ、それは何?」
「『祭壇』」
…………。
いや、まあ、中央の祭壇って名前だし、そりゃ祭壇なんだろうけど。
「いや、名目上の祭壇じゃねえ。実質的な祭壇さ。より現実的な、どうしても必要な祭壇」
「うん……?」
「俺がさっき、七十九種の魔法を同時に使っただろ。あれ、普通はできるもんじゃあないんだ。魔導師ならともかく、そうじゃないなら難易度の桁がすっげえ跳ね上がるからな……でも、抜け道はある。『一人で七十九種の魔法を使うのはとても大変』だけど、『一つの魔法』を使うだけなら難易度も何もねえだろ? だから――『七十九種の魔法を七十九人で一つずつ使って、それを総合して一つの魔法として束ねる』って魔法の応用技術、『儀式』ってのがあるんだよ」
儀式……、
「でも、七十九人がそれぞれに魔法を使うのに、それを一つに束ねる……って、結構手間じゃない?」
「手間っていうか補助なしじゃ無理だぜ。その補助に使うのが、『祭壇』。魔法を発動直前の状態で、一時的に保存するもの。小さいやつだと手のひらに乗るようなのもあるな。つっても、普通はそこのベッドくらいの大きさで作るんだ。そうしないと複数人で使いにくいし」
そりゃそうだ。
「じゃあ、セントラルアルターって……」
「うん。たぶん、超大規模な祭壇……『中枢祭壇』ってところじゃねえかな。あの規模なら数百から千はいけるだろう。二千もできるな……五千くらいまではさして苦労しないと思うぜ」
五千もの魔法を組み合わせて一つにする……、うん?
「一つの魔法として束ねる……ってことは、発動者は別にいる?」
「よく気づいたな。その通り、各魔法を使うやつとは別に、『祭壇』を掌握する魔法使いが一人必要だ。ある程度の能力は求められるけど、儀式の祭壇掌握に必要な技術は限定的だし、魔法使いとして一定以上の能力があれば結構なんとかなる。佳苗だって、何度か試行錯誤すれば習得できるんじゃねえかな。基本的には儀式って、魔法の設計図があるし……」
ふうむ、その程度なのか。
それでも発想自体初めて聞いた……ってことは、
「じゃあ、よっぽどコストパフォーマンスが悪いの?」
「……ご明察。たとえばだけど、四十九人の魔法使いと一人の掌握役がいるとするだろ。それで発動できる儀式魔法の規模を、一万とする」
「うん」
「五十人の魔法使いが全力で同系統の、一人で発動できる魔法を行使すると、たぶん五万くらいになる」
「…………」
五分の一……、コスパが悪いとかそれ以前の問題だと思う。
なんていうか……一人ではどうしても発動できない、かつ、どうしてもその魔法じゃないとダメ、とかの極めて限定的な場合にしか使わなさそうだな。
「逆にいえば、事実上儀式でしか使えない魔法ってのもある。数千単位で魔法を組み上げなきゃなんねえやつだな。そういうのになると、儀式を掌握するのもかなり大変だけど、一人で使うよりかははるかに現実的だ。数千くらいなら、国家単位で集めりゃいけるからな」
「そりゃそうだろうけど、そこまでして発動したい魔法なんてあるのかなあ……」
「あるんだよ、それが。……だから、ああいう施設がある」
ああいう施設。
セントラルアルター……か。
「円卓では、特にそのあたりには触れてなかったよね。ってことは、今回は使わないのかな」
「いやあ。使うと思うぜ。『強制離脱』の魔法とか、たぶん設定するだろうしな……」
強制離脱?
「ダンジョンから脱出する魔法って言えば佳苗にはわかるだろ。明かりをともすくらいのことができるならば誰にでも実行可能な、限定的な空間転移が存在する。それが『強制離脱』。特定の地点をあらかじめ儀式で指定して、範囲を特定してこっちも儀式で指定することで、その範囲内で特定の魔法を行使しようとすると、それが『強制離脱』に置き換わる。そういう例外処置で、あるとないとでは生存率が段違い。治癒系統の品物の供給は見込めるとはいえ、相手は大迷宮。設置するだろうと俺は読んでる。たぶん、次回くらいに説明があるんじゃねえか?」
あそこで軍議をしたのは、その示唆、か。
大人って、まどろっこしいなあ。




