90 - 原理が原理なのだから
イスカさんたちと別れ、僕と洋輔は二人で寮に戻った。
途中、何気なく錬金した飴を洋輔にあげると、
「うれしいけど釈然としねえ」
と言われた。それでも食べてくれるのはありがたい。
僕も同じものを口に含みつつ、寮に戻って部屋の鍵を開け、扉を開く。
扉の向こう、玄関近くの廊下には、何か粉状のものがまき散らされていた。
ふむ。やっぱりか。
「おい、カナエ。なんだこれは」
「うん? 何って聞かれると困るんだけど、毒?」
「なぜ」
「ほら、出発する直前に僕が何か錬金してたでしょ?」
「それはわかる」
「それで罠を仕掛けておいたんだよ。最初に扉を開けた人に特級品の毒薬をしみこませた小麦粉が降りかかる様に。ほら、名探偵なんちゃらとかによく出てくるワイヤートラップみたいな感じで」
「うん。感覚もなんとなくわかる。わかるけど、なぜそんなことを……って待て。特級品の毒薬ってなんだ」
そのままの意味だ。
僕はそう答えつつ、まき散らされた粉を包むように器を作り、錬金。ふぁん、と毒薬に再度錬金完了。
さすがに品質は落ちるけど、掃除のついでに再利用と思えば安いものだ。
「正直に言うとね。招集を伝えに来た時、受付さんがちょっと気になってさ――僕が促すまで、出て行かなかったでしょ」
「ん……ああ、それは覚えてる。けど、それとこれがどうつながるんだ」
「受付さん、たぶんこの部屋にある『家具が多すぎる』のと、錬金術で使う薬品類のにおいに気づいてたんだろうね。で、僕たちが外出してる間に『勝手に鍵を開けて入ったり』、そういう可能性があるかもなあと思ったんだよ」
「…………」
受け取り搬入口の方は、別の鍵が用意されていた。
けど、この部屋に関してはそれがない。
マスターキーか、そうでなくとも合鍵はあるのだろう。
保守管理をする上では当然だけど、防犯上は問題だ。
「鍵の交換については、イスカさんに相談してみるか」
「そうだな……。でもさ。もし受付さんがトラップ踏んでなかったら、あれだよな。今俺たちが入ったときにこの粉が降ってきたやつだよな」
「そうだね。だから飴をあげたでしょ?」
「は?」
「それ、ポワソンイクサルの特級品をマテリアルにしてあるから。なめてる間は、毒を受けたそばから消し去ってくれるよ」
味もお砂糖とブドウで整えたので、単にお菓子としてなめてもおいしいけどね。
と、そんなこんなで何を言っても無駄だと思ったのか、それとも納得してくれたのか、洋輔は首を振って歩みを進めた。
なんだか朝っぱらからいろいろとあったけど、現在時刻は朝の八時を過ぎたところ。
まだ今日は始まったばかりなのだ。
掃除の続きが最優先だけど。
僕は洋輔と一緒に寝室の掃除を再開。
本を片付けながら、片づけだけというのも時間がもったいないので、ここで聞いてしまうことにした。
「そうだ。洋輔に聞きたいことが二つあるんだけど、いい?」
「ん。なんだ?」
「一つ目。洋輔は複数の魔法を同時に展開できる? できるなら、いくつくらいまでいけるかな」
「並列処理……ってことか? それとも、完全に同時に、別々の魔法を行使するってことか?」
「後者」
「できるぜ。数的には……んー。三十五種までは試したことがある。それ以上もまだ余裕はあったな」
「そっか」
さすがというか、なんというか。
僕はそれ、できるんだかできないんだかわかんないんだよね。一度魔法を使って、それとは別に魔法を使うならともかく、同時に複数を使うのはちょっと難易度が高い。
「二つ目の質問。洋介が前にベクトラベルの視界を見せてくれたじゃない」
「ああ」
「あれってさ、表示する情報を減らしてるよね?」
「なんでそう思う?」
「矢印の数だよ。少なくともあれは『必要最低限なもの』しか表示してないんじゃないかな……って、そう思った。考えてみれば、空気の動きとか、塵とかからも矢印が出ちゃうわけだし」
「……ごもっとも。その通り、視界に直接的に『見せる』時は、フィルタをかけてるよ。条件をいくつかつけてな」
やっぱり。
視界に表示するタイプの魔法には、フィルタがかけられる、と。
「突拍子のない質問が二つ続いたけど、それに答えたお返しといっちゃなんだが、何でそんなことを聞いたのか。教えてくれるか?」
「もちろん。二つ目の質問のほうが答えやすいから、そっちからでいいかな」
「いいぜ」
じゃあこれを、と僕はポケットに入れていた例のレンズを洋介に投げ渡す。
洋輔はそれを見るや、「なるほどな」と頷いた。
即座にどんなアイテムなのかを理解してくれたようだ。
「こりゃ使いもんになんねえな」
「うん。マテリアルの品質だけ見れれば、それでいいんだけどね……。フィルタのかけ方、教えてくれる?」
「マテリアルの品質……完成品の品質は見れなくてもいいのか?」
「できれば見たいけど、究極的には完成品もマテリアルとして扱えるから……」
「ああ。なるほどな。それならフィルタ的には……うん。俺ならかけられる。けど、佳苗にできるかは微妙なところだぜ。一応教えてはやるけど、俺が――ヨーゼフがそれを習得するのに三年かかってる」
げ。
思った以上の高等技術だった。
でもまあ、考えてみればそれもそう……か。そうそう簡単にできるなら、それこそとっくに『改善版』が広まっている。
「これに使った魔法、どんな奴だ?」
「細かく分けるという発想に数字の連想を含む、だけ」
洋輔は軽くうなずき、僕にレンズを投げ返してくる。
その表情には笑みが浮かんでいた。
「俺がフィルタ掛けた魔法を使ってやるから、それをマテリアルに作っちまいな。えっと、どうやりゃいいんだ?」
「えっと、じゃあ……」
魔法で器を作って、そこに空き瓶を複数と紐を投入。
あとは、
「この器の中に、魔法を行使する感覚。それにあわせて僕が錬金をすれば、それでいいはず」
「ふうん。使ったら、『使ったぞ』って言った方がいいか?」
「そうしてくれると嬉しいね」
「んじゃやるぞー。……おっけ、行使した」
というわけで錬金術を行使。
無事にふぃん。
完成したのはレンズ、が二枚。
「あれ、二枚?」
「一枚だとどうしても使いにくいからさ」
「なんで」
「眼鏡にする」
「……納得」
というわけで、完成品はそのままに銀塊を投入、錬金。
ふぁん、と眼鏡が完成。
とりあえずかけてみる。
特に表示は……なにもされてないな。
「何も表示されてないんだけど、どういうフィルタなの?」
「『錬金術のマテリアルとして見てるもの』に対してだけ、その魔法が効果を表すようになってるはずだぜ」
「ふむ」
適当なポーションを手に取って、錬金術のマテリアルとして認識してみる。
すると、ポーションの上に15603と表示がされた。
えっと……このポーションは特級品のはず。ああ、そっか、品質を知るんじゃなくて、品質値が表示されるからか。
で、ポーションを机に戻して意識をそらすと、数字が消えた。
……手に取らずにマテリアルとして認識してみる、と、また表示。
ふむ。使い勝手は悪くなさそうだ。
どこまで認識できるのかな?
片っ端からチェック。机やベッド、布団などは当然対象にできるようだ。
一方でダメなのは人間。具体的には僕自身とか洋輔とかの品質はさすがに表示されない。されても困るけど。
ただし、髪の毛を数本抜いてみたらそれは表示された。髪の毛をマテリアルとして何かが作れるのか? 呪いの藁人形とか?
…………。
それはともかく、ついでに品質ごとに分けて保管・常備しているポーションで品質値の確認。
えーと……、うん。1000刻みでよさそうだ。
0から999が九級品、1000から1999までが八級品……の流れで、8000から8999が一級品で、9000以上が特級品。
毒消し薬も同じルールっぽいので全部同じだろう。
ただし、薬草については品質値が不明。
表示は『?』となっている。一方、中和緩衝剤には一応数字があったので、薬草だけの特性らしい。
「どうだ、できてるか?」
「うん。完璧。ありがとね、洋輔」
「お安い御用」
お安くはないと思う。
たぶんこれ、唯一品だし。
表しの眼鏡とでも名付けておこう。
「で、もう一個質問があるんだよな。同時に複数の魔法をどうこうってやつ」
「僕の考えたことは、まあ、机上の空論だから、アレなんだけど。洋輔はさ、複数の魔法を組み合わせたやつを、それぞれのパーツに分解できる……んだよね? で、その分解したパーツとしての魔法は、それぞれ行使できる?」
「まあ、それならできるよ。組み合わせ方がわかんねえだけ……だから、現代錬金術用の錬金鍋に仕掛けられてる魔法の材料までは特定済みだ」
「それ、いくつくらいの魔法だった?」
「さすがに複雑でね。三十二個だった」
それをあっさりと分解しちゃう洋輔も洋輔だな……。
「じゃあ、組み立ては僕がやるってのはどうだろう」
「えっと、パーツの魔法を俺がお前に教える……って訳じゃないよな?」
「うん。僕、魔法は『使えないわけじゃない』程度だし」
洋輔には遠く及ばない。
けれど、パーツを組み立てるだけならば――たぶんできる。
「…………」
「…………」
「……いや、発想はわかるぜ。わかるけど、できるのか?」
「さあ。やってみないとわかんないよ。でも、できたらすごいと思わない?」
「そりゃすげえけどさ……」
ねえだろ、と洋輔は失笑を漏らしながら手を横に、ナイナイ、と振る。
「でも、まったく無理とも思えないんだよね、僕。だってさ、棚にせよ鞄にせよ、別に僕はそれの設計図を知ってるわけじゃないんだよ。大体大まかに『どんな感じのもの』ってのがわかってれば、『なんとかなる』し……」
「んー……まあ、確かにな。錬金術、理不尽だし」
そう。
つまり、僕が言っているのはそういうこと――魔法のパーツをマテリアルとして認識し、それを僕が錬金術で一つの『魔法』として『完成品』にするという抜け道だ。
複数の魔法をマテリアルにすることはありうる。
魔法だけがマテリアルというのは、やってみないとわからないけど……もしかしたらできるかもしれない。
もちろん、できないかもしれないけれど。
「いいぜ。試してみるか。えっと、錬金鍋の材料は?」
「鉄でいいでしょ」
「ん。器作ってくれ」
「大きさは?」
「どうでもいい」
なら普段のサイズに作ろう。
僕は魔法で器を作成、そこに鉄塊を投入。
しばらく洋輔は目をつむり、そしてうっすらと目を開けると、魔法の器の中に『何か』を感じた。
圧力……みたいな?
「行使したぜ」
……ふむ。覚えておこう。
なんて思いつつ錬金術を行使。
さあ、どうなる。
ふぉんっ、
と、僕の知らない音を立てて、何かが作られた。
ふぉん?
ふぁん、でも、ふぃん、でもなく、ふぉん?
なんて疑問を抱きつつも、完成品の錬金鍋を取り出して、机の上に置いてみる。
一応マテリアル扱いして品質を確認、9022だから特級品。まあ、錬金鍋に品質も何もあったもんじゃないだろうけど……。
「完成したのか?」
「そうみたいだけど、なんか、知らない音がでた」
「ふぉんって感じだったよな」
「うん」
通常時は『ふぁん』と鳴って、魔法をマテリアルにするときは『ふぃん』と鳴る。
だから、
「他人の魔法をマテリアルにしたから『ふぉん』なのか、それとも、別の理由なのか……」
「前者ならいいけど、後者だとどういう可能性がある?」
「魔法が主なマテリアルである……とか。そういうのは、さすがに今回が初めてだし」
「おい。その初めてをぶっつけでやらせたのか、佳苗」
「他人の魔法をマテリアルにするのも実を言えば初めてだよ」
「…………」
まあ、それらはともかくとして、僕はマテリアルを準備。
現代錬金術における九級品のポーション作成用の、だ。
「で、洋輔。これ」
「ああ……そっか。お前じゃチェックになんねーもんな」
「うん」
僕だと普通の錬金術の方で完成させてしまう可能性が高い。
よって、洋輔にお願いする。で、洋輔はというと、僕が作った錬金鍋に材料を投入し、ふぁん、と当然のようにポーションの作成をしていた。
品質値は224。ううむ、さすがに低いけど……。
「できたってことは、やっぱり完成してるね。『錬金術で魔法は作れる』――か」
「…………」
僕のつぶやきに、洋輔は腕を組み、しばらくすると僕に向き直り、おずおずと言った。
「なあ。一個、試してみたい魔法があるんだ。いいか?」
「もちろん」




