09 - 商人の才能
お客さんが去った後、お母さんはお店を言ったん閉めると、僕にいくつかの相談をもちかけてきた。
それは僕に錬金術……主に『毒消し薬』の製作をしてほしいというもので、それはもうお手伝いという形では無く、『商売』として、らしい。
つまり、僕が作った毒消し薬をお母さんのお店が買い、そのお店がお客さんに売る、という形を取りたいというわけである。
「なんで、そんな事を? 別に、お手伝いの一環でやってればいいと思うけど……」
「そうね。そのほうがお店の儲けにもなる。でもね、カナエ。あなたが来年『国立学校』の試験を受験して、そして合格する事が出来た時が問題なの」
合格した時が問題?
「国立学校は全寮制よ。一年に一度、年末年始の時期は帰省する事が出来るけれど、それ以外は学校の敷地内で暮らす事になるわ。その事は前にも言ったわね?」
「うん」
親元を離れて見知らぬ場所で生活することが、はっきりと言えば怖い――と言うのが、僕の率直な感想だった。
それは今でも変わらない。
ただ、それと同じくらいに期待もある。
渡来佳苗としての僕は、学校の事を楽しみにも疎ましくも思っていたし、勉強をしないで済むならばしたくないなあとも思ってたけど……だけど、カナエ・リバーとして、今の僕として、色々な事を知れるのが楽しいのだ。
それは例えば錬金術であるとか。
あるいは、まだよくわからないけど、存在しているらしい魔法だとか。
国立学校では魔法も学べるらしい。だから、今の僕は、結構受験に前向きなのだ。
「あなたが錬金する毒消し薬は、今のところ大半が特級品……希に品質が落ちても一級品に類するでしょうね。それをお手伝いとして、この店の一員として生産してくれるならば、確かにお店はすごく儲かるの。でも、あなたが試験に合格すれば、あなたは寮生活を始めることになるわ」
「あ、そっか。そうなると、僕、ここで錬金が出来ないから……」
「そう。供給が途絶えることになるわね」
なるほど、言われてみれば当然だ。
年に一回、年末年始の帰省だけじゃあ、作り置きにも限界があるだろうし……。
それでも、利益的には限定販売で良い気がするけど。
僕がそう言うと、お母さんは首を横に振った。
「ポーションならばそれで良いのよ。でもね、毒消し薬は違うの」
「…………?」
「言ってしまえば、ポーションは速攻性と効力に優れた薬草よ。応用的な使い方もあるけれど、基本的には『数で補える』の。でも、毒消し薬は違う。毒消し薬は、品質によって解毒できる毒の種類が決まっているのよ……『数よりも質』が重要なの」
んっと……?
ゲーム的に考えてみよう。
普通のポーションで体力が百回復できる。最高品質のポーションならば体力が千回復できる。逆に言えば、ポーションを十個使えば、最高品質のポーションを一つ使ったのと同じと言う事だ。
毒消し薬の場合、普通の毒消し薬だと『毒』状態を回復できる。最高品質の毒消し薬だと『毒・猛毒・麻痺などの』状態を回復できる。毒消し薬を十回使っても、毒が十回消せるだけで、猛毒とかは消えない。
なるほど。こう考えれば、確かに筋は通る。のかな。
その後もお母さんの説明は続いた。
この店が生産しているという状況になった場合で、かつ僕が受験に合格し入学が決まった時を考える。
客は『この店が生産しているからこの店に買いに来る』んだけど、実際には僕が生産している以上、僕がこの店に居られない大半の時期は、作り置きの分を売ることになる。
更に言えば作り置きが出来る量には限度があって、しかも客がどの程度来てどの程度売れるかの想像もできない以上、売り切れと言うケースが生まれるだろう。
さて問題だ。非常に強い毒か何かに罹り、余命いくばくも無い状況の患者さんが居るとする。
そんな人が、何らかの理由で特級品の毒消し薬を生産している店の存在を知り、一縷の望みを掛けてそこに薬を買いに来る。
薬の作り置きがある間ならば、それを売ればハッピーエンド。
じゃあ売り切れならば?
当然、僕はその間寮生活をしているのだから、毒消し薬を追加して錬金し、送ることはできない。そもそも、売り切れたという報告を受けられるかどうかも微妙だ。一応手紙は出せるそうだけど毎日出せるわけじゃないだろうし、手紙だって届けるのには時間がかかる。しかも悪い事に、僕が今暮らしているこの町、店のある街から学校のある首都までは、普通に移動すると二週間程度を要するわけで……。
ようするに、売り切れだった場合、その患者さんは『助かるかもしれないという一縷の希望に全てを託して町に来て、売り切れかつ生産できないと言われて絶望の中で死んでゆく』事になる。
もちろん、そんな自体が一例だけでも起きれば商売的には致命的なのに、それが二例、三例と続いたら、もはやこの町には、どころかこの国では暮らせないかもしれない。
それは言い過ぎでも、道具屋としての信頼性は完全に失われるだろう。
だから、『この店が生産しているという状況』を作ってはならないのだ。
少なくとも、僕が受験を終えるまでは。
「受験の結果、あなたが合格すれば入学する事になるわ。不合格ならば家に戻ってくることになるでしょうから、その時は改めて店の一員として頑張ってもらうけれど、それまでの間は、あくまで生産者……『商売の相手』で居てほしいのよ。そうすれば、『入荷できる数に限りがある』で通せるの」
「なるほど……」
店側のメリットは、毒消し薬がコンスタントに入手できなくなっても、単に『生産者と連絡が取れない』とかで誤魔化せると言う点と、僕が家で暮らしている間は事実上、材料があればいくらでも供給できると言う点。
僕側にもメリットがあって、お手伝いでは無く商売として、僕が作ったものを店に買い取ってもらう事になる。最初の一個分の材料費は『お小遣い』を貰わなければならないけれど、それで錬金した毒消し薬を店に売ることで、『僕個人の資産』を作れるのだ。
「だから、商談をしましょう。私の店では、特級品毒消し薬は金貨十四枚。一級品毒消し薬だと金貨四枚くらいで売りたいわね。そのあたりも含めて、あなたはいくらで売ってくれるのかしら」
つまり、最大でそこまでは要求して良いよ、ということだろうか。
でも、それだとお店側に儲けが無くなっちゃうよね。それはヤダな。
僕個人の資産は魅力だけれど……それこそ、学費とか、試験を受けるための旅費だとかに使える分があれば十分だ。
「特級品は、金貨一枚。一級品は、銀貨三十枚、は駄目かな?」
「あら。もっと欲張って良いのよ? 錬金術の材料も、この店にあるやつを買ってもらう事になるし」
「うーん……」
なるほど、その観点が抜けてたな。
店の手伝いとして錬金術をいろいろやってるのも、お小遣いのようなものだし……今にして思うとすごい湯水のごとくお金使ってたんだな、僕。薬草今まで何百個使ったんだろう? ……数えない事にしよう。
「じゃあ、特級品が金貨二枚。一級品は、……うーん。銀貨五十枚?」
「あなた、欲が無いわねえ……。錬金術師としての才能はあるみたいだけれど、商人としての才能はいまいちかしら……」
そうなのかな……?
「お母さんは、いくらくらいだと思ったの?」
「そうね。私があなたの立場だったら、特級品は金貨十枚、一級品で金貨二枚くらいを要求するわね」
いくらなんでもぼったくりだと思う。
「実際そのくらいなら、どこでも商談は成立するわよ。首都ならもっと取れるわ」
「……本当に?」
「ええ。それほどまでに錬金術の一級品以上って、滅多に出回らないのよ」
ふうん……。
良く分かんないなあ、そのあたりの感覚。
ああ、でもカードゲームとかで考えると解りやすいかもしれない。
つまり一級品がトリプルレアとかウルトラレアで、特級品がスペシャルレアとかシークレットレアみたいな。
一箱に二枚とか三枚しか入って無い一級品、四箱に一枚入ってるかどうかの特級品。ああ、なんかすごい感覚がすとんって解った。最初からこの発想が出来てれば楽だったな。
まあ、僕あんまりカードゲームやらなかったけど。
「でも、さっきのでいいよ。特級品は金貨二枚、一級品が銀貨五十枚」
「本当に?」
「うん。材料を自分で買うようになるとしても、そのくらいもらえれば多分困らないし、受験するための移動にかかるお金とか、入学出来た後にかかるお金も自分で払えそうだし……」
「……ふむ。まあ、確かにそうかもしれないわね」
たとえば一日三個、毒消し薬を作るとしよう。
材料は薬草と毒薬だから、一個の毒消し薬を作るための費用は銀貨四十枚だ。
逆に儲けは一個当たり特級品ができれば銀貨換算で百六十枚の儲け、一級品でも十枚は儲け。二級品以下になっちゃうと丸損だけど、三個の内、一個でも特級品が作れれば、最低限銀貨二十枚のプラスになるし、三個全部が特級品なら、四百八十枚の儲けとなる。
今まで僕が作って来た毒消し薬の傾向から、普段通りに作れば大抵は特級品が作れて、希に一級品が混ざる感じだから、一日三個ならば毎日銀貨四百枚……つまり、金貨四枚程度増えると。
一年は三百六十五日あるから、何事も無ければ次の誕生日までに金貨千枚は余裕で超える、と。
「一日三個か……。落とし所としては、悪くないわね。一年経っても大体千個だから、倉庫にも入るでしょうし。でも、本当にいいのかしら? もう少しお小遣いが割に持って置いても良いのよ」
「うん……でも、良いや。僕、まだ子供だし。そんな大金もってても、使い道ないもん」
それは、渡来佳苗としての僕ならば絶対に言わないような言葉だったけれど、カナエ・リバーとしての僕にとっては偽りのない言葉だった。