87 - 二人の資質
「この軍議に参列するものは、オブザーバーも含めて教養に富んだものたちだ。実際はどうあれ最低でも、国立学校を『卒業している』程度の能力はある――その新入生総代二名を除けば、という前提は必要になるが。だからこそ、ここにいる者たちは『魔導師』――『魔法使いの七血統』と、『錬金術師』が持つ特別な知識をご存じであると私は考えている」
まず、セキレイさんはそこで区切った。
詳しいことは後で洋輔に聞くとして、でもなんとなく魔導師の意味合いがなんとなく浮かんできた。
血統書付きの魔法使いを指す言葉か、あるいは魔法使いの一歩先みたいなニュアンスだろう。
でもそれで説明がつくのは洋輔の側だけで合って、僕の側はダメだ。
僕はそういう、魔法使いの血統とは無縁だし……錬金術師って意味ではイスカさんがいる。それに円卓には参列していないけど当然、オブザーバーとしてマリージアさんも参加している。
錬金術師としての力が必要ならば、僕よりもマリージアさんを引っ張るべきだと思う。治癒系統の道具が苦手なら、それでも次善はトーラーさんだろう。ちょっと話が通じにくいところはあるけど、努力すれば一応会話らしきものはできるし、能力自体は本物だ。
なのに僕。新入生、実績も無し――そんな人物がマリージアさんを押しのけての参加だ、そこは当然謎が深まる。
「その上で、魔導師の中でも、ヨーゼフ・ミュゼは本流直系。完全な意味での魔導師だ。この学校には魔導師が数名在籍しており、その中には教員もいるしそもそも円卓に魔導師が別に参列してはいるが――」
と、視線が向いた先は二時の方向、トゥーリス・アランさん。
……血統の一つだったな、アランは。
「――だが、傍系と直系では知りうる情報に差がありすぎる。まして、今回踏破対象となるものは大迷宮。一般的には知られていない魔法や魔法技術が使われる可能性も高い。それに対処するための、ヨーゼフ・ミュゼの招集だ」
セキレイさんのその断言に、異論は出なかった。
僕が思っている以上に、ミュゼという家系が背負っているものは重たいようだ。
……だから、洋輔は帰りたがってるのかもな。
こっちでは、重荷が、多すぎるから。
「そして、カナエ・リバー。彼に関しては……そう、何かの冗談としか言いようのない、『錬金術師』だ」
うん?
「それを説明するためにも、クァド・モノリス殿に確認をしたい。現時点で首都が保有している三級品以上のポーションと毒消し薬、品質問わずエリクシル、賢者の石、白露草はどの程度になる?」
「商人ギルド代表としてお答えします。該当するポーションの絶対量は全商店からかき集めても六千ほど、毒消し薬は二千ほど。エリクシルは五十二、賢者の石は在庫がありません。白露草は九級品のものについては、十七個の備蓄はありますが、特級品のものは一個のみです。平常時と比べれば、これでも数割多いのですが」
あれ、そんなもんなの?
もうちょっと作っておけばいいのに。何かあったときに困るし。
まあ、あんまり品物が多いと単価が安くなるから、商売的にはダメなのかもな。
「今回の作戦を展開するにあたり、最低限必要な薬品類の数はどうです、ヴィクトリア・ノルン殿」
「騎士の投入は大規模になる。任務は維持だが戦闘は起きるだろうし、となれば最悪の最低でも、ポーションと毒消し薬は一人につき一つは携帯させなければならない。また、制圧箇所での簡易治療施設を設けるならば、そこに大量の備蓄が必要だ――賢者の石の数が確保できれば、備蓄の数は減らせるが、そうそう出品されるものでもないでな。出品されたところで高すぎて予算が膨らむ。正直に言えば、クァド殿と交渉して薬品類はすべてこちらで購入したいが、冒険者側にも供給は必要だろうし……、少し頭が痛い問題ではある。イスカ・タイム殿、そちらでいくつか工面はできないのか?」
「不可能とは言いません。私やマリージアと言った錬金科の教師と、一部の生徒はすでに高品質のポーション、毒消し薬、エリクシルの錬金も可能ですから、材料さえ安定して供給していただけるならば数は揃えましょう。ただし、錬金術師と言ってもそれぞれ品質にばらつきがあります。マリージアを悪く言うようになりますが、たとえばマリージアはそもそも、治癒系列の錬金が苦手なタイプの錬金術師。それでも三級品という最低限の品質を用意させることは可能ですが、素材がその分多くかかりますから、少々コストがあがります。また、一気にたくさん作れる類のものでもないですから、供給量には限界がありますな」
え?
いや、材料さえ複数個ぶんあれば、複数個の完成品にできるよね。
それは内緒なのかな? それともイスカさんが知らない?
知らないとは思えないし、内緒ってことか……?
「『我々では』、ね」
と、最後にイスカさんはそう付け足した。
「何か手があると?」
「私の弟子に一人、その点……『供給量』を解決することができた者が居ました。その弟子は材料さえあれば、一括に複数個の完成品を作れたのですよ。錬金省略術発展『錬金並列術』という、高等技術のさらに昇華版です。私には使えません。マリージアはそれが可能ですが、前述のとおり、三級品以上の薬品となると、マテリアルに希少品が必要になりますから、コストが跳ね上がってしまいます。そうですね、三級品のポーションならば銀貨五十枚くらいが相場だと思いますが、マリージアが作るならば材料費だけで単位が金貨に上がってしまうほど、と言えば、ご理解いただけるかと」
「少なくとも市場価格の倍はかかる、か……」
「ええ。さらに言えば、冒険者の皆様が、騎士の皆様がそうであるように、我々だって技術に対しては対価を要求する。ポーションや毒消し薬の作成にだって多少の対価はいただきますし、エリクシルや賢者の石の作成ともなれば相応の対価をいただくことになるでしょうな。誤解を招かぬよう宣言しておきますが、『三級品のポーションが銀貨五十枚』というものは、錬金術師側にあまり利益がありませんよ。安定して三級品以上のポーションを作れる錬金術師という時点で稀であり、薬草が一個銀貨十七枚。参考までに、錬金科生徒の平均的なポーションの品質は五級品。三級品を作れるものも毎回作れるわけではなく、十回に一度程度です」
お母さんは三個の薬草と水から、十一個の三級品ポーション作ってたよな。
で、一個銀貨五十枚。暴利だなあとあの時は思ってたけど、僕が思っていたよりもはるかに暴利だったようだ。
世間って広いな……内緒にしとこ。なんかこれをばらしたらお母さんにすっごい怒られる気がする。
「では、その弟子とやら……失礼、その弟子殿に依頼をするのはどうなのだ。供給量を解決できる――材料があるならば複数を一気に作れるならば、こと供給に関しては問題ないのだろう? それに、一括で大量に作れるならば、多少の交渉もできるだろう」
一時の席、ヴィクトリアさんが言う。
が、イスカさんは首を横に振った。
「不可です。その弟子はその技術が、『錬金並列術』が特別であることを知っています。自分にしかできないと、それは今でも思っているでしょうな。だからこそ『大量に一括で供給してやるから交渉で値上げしてもらう』と、向こうは言い出すかと」
「この国難の時期に身勝手な」
「そうはおっしゃいますが、ヴィクトリア殿。平時において、我々錬金術師に対してどの程度の便宜を騎士が、冒険者がしてくれていますか? せいぜい『便利な道具を作ってくれるでも屋』であり、だからこそ『コネクションは持っておきたい』けど『暴利を貪る連中』とも考えておられるし、それは交渉の態度にも表れていますよ。ごく一部の特別な錬金術が使える者たちに関してはかなりの礼節を以って当たっていただけているのは承知しています――私やマリージアも含めてね。ですが、こういった場で名が上がらないような、それでも錬金術師の称号をもつ者たちに対しての態度を、我々はよく知っていますよ。錬金科――この国の錬金術師を育てる我々ですからね」
錬金術師。どうやら、力量による格差問題があるらしい。
お母さんは、結構上の方だったのかな。白露草の特級品が作れる唯一……みたいなことも言ってたし、イスカさんがさっき言ってた『弟子』はお母さんのことだろうし。ああ、だからお母さんのお店に遠くから来る人たちはみんな礼儀正しかったのか。納得。
「イスカ。そこまでだ。ここは争い事をする場所ではない。決定機関としての円卓が内輪揉めをしていては、踏破など夢のまた夢だ」
と、変な空気になりつつあった円卓を、セキレイさんが正した。
ううむ。さすがはまとめ役。
「失礼、ヴィクトリア殿。言い過ぎた」
「いや、こちらこそ無理を言っている自覚はあるのだ。……しかし、解せないな。なぜこの話が、この少年、カナエ・リバーだったか、彼の参列につながるのだ?」
ヴィクトリアさんの問いかけに、イスカさんは大きくうなずき、そして僕に視線を飛ばしてきた。
「カナエくん。これは、まだ君に正式に確認したことのない、仮定だ。しかし、私もマリージアも、その仮定を相談するまでもなく導き出していた。……この場において確認させてもらいたい。幸い、この場においての君とヨーゼフくんに関する情報は、かなり高いレベルでの緘口令が敷かれる。『内緒にしなさい』という命令だ――破れば罰則がつくほどの強烈な、ね。だから、答えてもらいたい」
「何に、ですか?」
「うん。ずばり、君は『錬金並列術』を扱えるのではないかな?」
「いいえ」
イスカさんの問いかけに、僕は首を横に振った。
その即答に面食らったように――あるいは呆れたような表情が、僕に集中しているのがわかる。
けど、ここでは『いいえ』と答えるほかないのだ。
「正直にお答えします。僕はそもそも、錬金術を学び始めたのが十一歳の誕生日を迎えた後でした。それ以前は一切、錬金術という技術を習得しようとはしていなかった。まあ、すぐに錬金術は習得して、その後今に至るまでいろいろと作ってはきましたけど、そのほとんどが独学によるものです。実際、僕はこの学校に来るまで……あるいは、イスカさんに指摘されるまで、自分の錬金術が『おかしい』とは思ってませんでした。いや、正直に言えば今もそこまでは思ってませんけども。その上で、僕の中の『錬金術』では、『完成品に相応する量の材料があるならば、一括で作れる』のが常識です。なので、僕は『錬金並列術』を使えませんけど、それと同じことはできます。実際、面倒なときとか、中間素材はそれでぱっと大量に用意しますから」
「……ふむ。それ、品質はどうなるかな? ばらついたりするかい?」
「いえ、全部同じになります。意識すればばらつかせることもできるとは思いますけど、無作為にとなると難しいかな……大体の割合で『低品質』『中品質』『高品質』とかに分けるくらいならば簡単ですね。それは、えっと……まあ、エリクシルを作ったりするときにやってます」
「そうか……簡単か……」
「はい」
正直に答えた結果、イスカさんは頬を引きつらせながらもうなずいた。
「もう一つ確認だ。君が作るポーションは、どの程度の品質になるかな?」
「材料次第で変わります」
「じゃあ、最も単純に作ったとき……そうだね、数十個とか、可能ならば百個とかそういう単位で作った場合の品質を教えてほしい」
うーん。単純に……か。
特にこれと言って指定がないなら、使うのは薬草と水だけ。
最近は比率を体が覚えてきたのかスキルレベルが上がったのかあるいは『乗算だ』と意識し始めたからなのかはわからないけど、品質上がってるんだよね。
「普段通りにやれば、一級品かな……時々、特級品ができちゃうこともありますけど。二級品はほとんど混じらないので、品質値的には結構高いと思います。あと、意識すれば品質は六級品くらいまで、素材の追加無しで調整できますよ」
そして、ここまで言って理解する。なるほど、僕が呼ばれた理由はそこか。
「『国難』、なんですよね。材料さえ用意していただけるなら、僕は協力を惜しみません。対価はもらえたらうれしいけど、無理にとは言いませんよ。……なんて言ったら、お母さんに怒られそうですけど」
肩をすくめてそういうと、円卓に座っている洋輔を除いた皆が深くうなずいた。
お母さん、首都で何やらかしたんだ……。




