86 - 初めての円卓
セントラルアルター。
高さ三十メートルほどの時計塔を中心に広がるその施設は上空から見ると八角形の建物で、国立学校が誇る施設の中でも特に大規模なものである――ただし、建物部分は三階建てと、決して高層施設ではない。時計塔は高いけどね。
そんな建物の入り口は、八角形の建物のそれぞれの面に一つずつ、合計で八つもあるが、僕たちは自分たちの量から向かったので、第三の門をくぐることになった。
門をくぐったとたん、どこからともなく警備の騎士さんが現れ、
「生徒だな。名前と、あるならば所属を」
と聞いてきた。
「カナエ・リバーです。所属はありません」
「ヨーゼフ・ミュゼです。同じく、所属はありません」
ていうか所属って何?
騎士さんは僕たちの回答に頷くと、僕と洋輔にそれぞれ指輪を向けてきた。
はて。
「確認できた。議場に案内しよう」
確認……できたの? 今ので?
何らかの識別をする指輪……なのかな。だとしたら図鑑に載ってるだろうし、探してみるか。作れそうなら作ってみよう。
僕の内心はともかく、洋輔とそろって騎士さんに案内されるがままに階段を上り、二階の奥へ。
建物の中心寄り……途中には騎士さんがところどころに立っていて、見張りが厚い、つまりよっぽど厳重な会議なのだなあと思った。
そこに呼び出される新入生って……あまり考えない方がいいかな……。
「到着した。君たちの席まで送ろう」
「はい」
僕たちの席、ね……。
扉が開いたその先は、大きな円卓のおかれた議場だった。
軍議場……とか言ってたのは、円卓の中央に地図が広げられていて、その上には駒がたくさん置かれている。
それをサポートするようにいくつかの魔法が展開しているから、こういうのをやりやすくしているってことかな?
すでに会議、もしくは軍議なのかな? まあ、それは始まっていて、僕たちの入室に気づいた何人かが訝しげな表情をこちらに向けてきていた。
だよなあ。新入生が来るような場所じゃないよなあ、ここ。
「ここが君たちの席になる。覚えておくように」
「わかりました」
「ありがとうございます」
覚えておくように……つまり今後は常態化するってことか。めんどくさいな。
僕たちが案内された席は、円卓の頂点を十二時としたとき、九時のあたりの席。
……え? ここに座るの?
と、視線で騎士さんに問いかけると、騎士さんはさっさと座れ、と視線で返してきた。
ので、観念して座ることに。
確認をしたのはいたって単純、この軍議室には今、僕たちを合わせて五十人ほどがいる。
が、円卓の周りに直接座っているのは僕たちを除いて十一人。
残りは円卓から少し離れた場所に置かれた、サブの机と椅子についている。
メインとサブを明確に切り分けてる……のかな、だとしたらえ? 僕、メインの方なの?
ちなみに洋輔は僕の真横。
僕だけで一人というより、僕と洋輔を合わせて一人分の席って感じ……か?
「よく来てくれた、カナエくん」
と、僕の着席に合わせてイスカさん。
「歓迎するよ、ヨーゼフくん」
とは、知らない女の人が洋輔の着席に合わせて。
誰?
「カナエくんとは初めましてかな。魔法科学長のサンドル・クラウドだ」
「初めまして……、」
クラウド……って、オールベルさんと同じ苗字だよね。
「息子のオールベルが世話になったと聞いている。その節はありがとう」
「ああ、オールベルさんのお母さんでしたか。こちらこそ、オールベルさんには感謝しています」
「そう言ってくれるとありがたい」
意外なつながりだ。ていうか、
「ヨーゼフ、もしかして知ってた?」
「ん……いや、知らなかったよ。ただ、サンドルさんとは面識があった」
「どこで」
「お前が錬金術の授業を見学に行ってた日、ちょっとな。腐っても俺、一応ミュゼだから……」
「……あー」
魔法使いの血統絡みでの面識か。納得。
てことは、ますます僕と洋輔は事実上、二人合わせて一人分の枠って感じか?
「さて。主軸となる面々も集まったことだし、新顔もいるだろう。それぞれ挨拶をするとしよう」
と、宣言したのは十二時の席に座っていた人。
確か、普通科の学長さん。
「普通科学長、セキレイ・コバル。当軍議のまとめ役となっている」
よかった、間違ってなかった。
その後は十二時の席から時計回りに挨拶が進み、最終的に円卓に座っている者たちは以下の通り。
十二時、セキレイ・コバル、普通科学長、事実上のでまとめ役。
一時、ヴィクトリア・ノルン、国家騎士軍務官首席、この国の騎士のトップで、今回の作戦の責任者。
二時、トゥーリス・アラン、国家騎士後方統括官、騎士側の兵站責任者で、『調整役』を自称。
三時、イスカ・タイム、錬金科学長、錬金術に関するご意見番としての参列。
四時、サンドル・クラウド、魔法科学長、魔法に関するご意見番としての参列。
五時、リグラス・フェロー、戦闘科学長、生徒の作戦参加に関する判断役としての参列。
六時、カティア・リーリ、国立学校総合学長、学校側の最終決定を行える人で、政府代表でもある。
七時、ホランド・アウリア、冒険者のギルドリーダー、冒険者側の代理人として参列。
八時、クァド・モノリス、商人ギルド代表、流通を管理する実力者として参列。
九時、カナエ・リバーおよびヨーゼフ・ミュゼ、新入生総代、呼ばれたので参列。
十時、グラン・サッチャー、首都近隣の自然環境に関する専門家としての参列。
十一時、ノートリアス・プラン、次席『ヒストリア』、過去の事例と参照するために参列。
見る人が見ればそうそうたる面々なのだろうが、僕や洋輔にしてみると知らない人ばっかりで、しかもなんでそんなに偉い人たちと同列に僕たちが扱われているのがさらに謎だった。
尚、カティア・リーリさん……総合学長は腕に猫を抱いている。真っ黒な黒猫だ。凛々しく、そして澄ました顔で、その黒猫は退屈そうにしていた。時折ちらちらとこっちを見てきている気がするけど、自意識過剰だろうか?
「この円卓を以って今回発現した迷宮、仮称『ろ号大迷宮』の踏破を目指す。円卓外の参加者はオブザーバー、発言権はないが、情報を共有するための参加となる」
と、セキレイさん。
え?
オブザーバーってそういう意味なの?
なら僕たちそっちじゃない?
「迷宮に関する情報の前に、二つ説明がある。一つ、十一時席のノートリアス・プラン殿は次席『ヒストリア』だ。首席『ヒストリア』は現状、連絡のつかない特殊な状況にあるための代理出席となるが、これは首席の一任をすでに受けていることを説明する」
ん……ああ、ニムはお忍び……というか、ニムが『ヒストリア』ってこと、基本的には内緒なのか。
その割にはニム、自分から話してたけど……公然の秘密になるんじゃ?
と思わないこともないけど、まあいいか。
「二つ、新入生総代二名の参列について疑問を持つ者が多いと思うが、これはサンドル、イスカ両名の強い要望と、私を含む全学長の意見が一致したためである。この円卓の場において、この二名は新入生総代としてではなく、『魔導師』ヨーゼフ・ミュゼ、及び『錬金術師』カナエ・リバーとして扱うが、この事実に関しては緘口令を敷く。理由は言うまでもない」
そして二つ目は僕たちに関することだった。その話が出たとたん、『ミュゼ……例の血統の……』とか、『リバー……まさかあの爆弾魔の息子か?』とか、そんな声が。
うん、後者の声を挙げた人誰だ。合ってるから文句はないけどお母さんの知り合いか?
それと地味に、洋輔の前置きが初めて聞く感じだ。魔導師……? 魔法使いじゃなくて?
「後で説明する」
「お願い」
僕の疑問をきっちり拾ってくれた洋輔にはそう頷き、ああ、と思い立って、
「僕も後で」
「頼む」
となった。爆弾魔の部分はちょっとわかりにくいだろうしな。仕方がない。
「さて、では今回の踏破対象の基本的な情報から、図面に表す。各人、手元の資料と合わせて確認をするように」
いうなり、円卓の中央の地図が立体的に表示される。
うわ、なにこれ。すごい面倒そうな魔法だ。
ともあれ、その魔法で示された立体的な地図は、首都を隅にとらえたそこそこ広めの地図で、迷宮の入り口を示しているらしい旗と、その周りには赤、緑、青の順で円が敷かれていた。
「赤の枠内が迷宮の存在確定圏。緑の枠内は存在確率八割圏。青の枠内が迷宮存在の限界点と推定される部分だが、今回は規模が大きいため、この線を超えて迷宮が生成されている可能性は否定できない。また、赤枠、確定圏だけでもすでに首都と面積的には同等であり、現状では階層も不明。階層がたとえ一階層のみであったとしても、十分に『大迷宮』としての存在要件を満たす規模であり、当国家史上、最も大規模である。規模に関して、『ヒストリア』の意見を聞きたいのだが、この規模は歴史にいくつ存在する?」
ノートリアスさんに視線が集まると、ノートリアスさんはすらすらと答えた。
「お答えします。赤枠、存在確定圏の時点で、過去に一例しか確認されていません。それこそが正式に『い号大迷宮』とされたかの大迷宮で、その大きさはこの緑枠内とほぼ同規模、階層は十七。い号大迷宮の詳細はお手元の資料に」
セキレイさんが大きくうなずいた。
手元の資料とやらを確認してみると、い号大迷宮は他大陸で発見された、世界で唯一、大迷宮の要件を満たした迷宮である、らしい。
発見されたのはおよそ千八百年前、踏破には五年の歳月を要し、制圧にはさらに十五年かかったそうだ。踏破とはとりあえず最下層の証明としての地図作成で、制圧は魔物と罠の完全な排除――まあ、安全宣言のようなものかな。
もっとも、その千八百年前の一例しか存在しないことからもわかるように、通常、大迷宮と呼ばれるものは『理論上は存在しうるが事実上成立しないもの』。それが今回、どうも成立してしまった――ということらしい。
ちなみに成立要件とされているのは『迷宮の規模が閾値を超えている』『魔物の存在が確認されている』『迷宮の顕現時に災害を起こす』――の三つで、一つ目は赤線内部ですでに達成、二つ目も先遣速報隊によるとすでに結構な階位の魔物の存在が確認されていて、三つ目に至っては地震という形でこの周囲一帯を襲っている。
よって、すでに条件はクリア。世界で二例目の大迷宮が誕生した、ということだ。
偶然かな?
それとも……僕たちがいるからかな?
言葉にはしないけれど、僕が洋輔を見ると、洋輔も似たような表情でこちらを見ていた。
まあ――これを踏破したら、『何かを成した』と言えるだろうしな。ゲームクリアの可能性が出てくる。あくまで可能性、これじゃないかもしれないけども。
「迷宮探索は通常冒険者の管轄だが、今回は首都に近すぎるうえ、規模が大きすぎる。よって特例の三を適応となる」
特例の三って何。と思ったら資料に書いてあった。
騎士による戦線維持を前提とした冒険者による踏破・制圧。
要するに、冒険者が無秩序に挑むのではなく、安全が確保され次第騎士が内部を基地化していく……および、冒険者の大まかな行動管理を行って、無駄を減らす、と。でも騎士が管理はちょっと、反感を買いそうだな。
「騎士による管理を多少抑えるために、冒険者側はギルドマスターを数名推挙する予定だ。その人材を管理側に入れてもらいたい」
と、発言したのはホランドさん。冒険者の代表さんだ。
これに反応したのがトゥーリスさん。騎士側の調整役を自称してたあの人である。
「その数名の受け入れは、こちらとしてもありがたい。ギルド側との連携は密にすることを宣言する」
仔細はともかく、これで大筋は合意したと見たのか、セキレイさんが大きくうなずいた。
「うむ。学校の成績優良者については、冒険者ギルド『モラトリアム』に在籍する冒険者として、ギルドリーダーを通して派遣することになる。派遣されるのは最大で十二名。第五学年、第六学年で例外は無し」
この確認に異議は出なかった。十五歳を過ぎていれば冒険者としては成立するし、ましてや学校のお墨付きとなれば実力面でも疑いはないということ、のようだ。
が、そのうえでやはり疑問ができたのだろう。
自然と大多数の視線が僕と洋輔に向ってきた。
「確認をしたい。セキレイ殿。それを踏まえたうえで、ではこの新入生二名を円卓に参加させた意図は?」
それは僕も知りたい。
セキレイさんを見ると、セキレイさんはゆっくりと口を開いた。




