84 - みーつけた?
「なあ、佳苗。変な質問だけど、いいか?」
「うん。何?」
「これ作れねえ?」
と、洋輔が図鑑を差し出してきた。
開かれているページには、えっと、サークレットかな?
頭につける防具……防具というか装飾品かな、宝石をあしらったやつならばお母さんのお店に装飾品としておかれてたけど、図鑑に書かれている内容は次の通り。
登録名称『別ちの冠』、別名はなし、効能は『装備者の魔法行使に干渉する装備。これを装備している人物は、魔法行使の連想段階において特定の動作を取ることで、どのような魔法であっても、本来術者に効果をもたらす魔法であるならば、それを任意の他者にかけることが可能になる。また、これを装備し続けることでコンセントレイトの効率化を進めることが可能であり、また無意識下においても魔力がわずかながら回復するようになる。魔法行使への干渉は錬金術において用いるマテリアルが要因であるため、錬金術による作成が必須となるが、その部分を切り捨ててもよいならば(コンセントレイトの効率化、および平常時の微量な魔力回復のみとなるが)鍛冶や彫金によって形状を真似ればよい』。マテリアル欄には金属、任意の宝石、錬金術を行使する者の魔力、糊、液化魔力、か。
んー。
「たぶん、作れると思う。形状もしっかりわかるし……。ほしい?」
「うん。ちょっと、ほしい」
「なら、作ってみようか。宝石……を、使うみたいだけど、何色がいい?」
「別に何色でもいいけど……え? それって特に決まりはねえのか」
「マテリアル欄には『宝石』としか書いてないし、なんとでもなるんじゃないかな」
「んじゃあ……赤?」
ならルビーかな。
ルビー、金属は……銀が無難かな、魔力はすぐにいつでも用意できるから後、糊……は文具類にまとめておいてあるものを拝借、最後にカプ・リキッド。
これでよし。完成品の形を改めて図鑑で確認、
「洋輔、ちょっとこっちに」
「ん?」
「んー」
洋輔の頭を両手でがしっとつかんでみる。大きさは、大体このくらいか……。よし。
マテリアルを一つの器に投入、最後に魔力を入れて錬金、ふぁん。
完成。
「はい、完成。『別ちの冠』」
「おう。……いや、マジで作れるのか、これ」
「見た目もはっきりしてるし、マテリアルも書いてあったからね。そりゃ作れるよ」
マテリアルが嘘だったりしたら作れないだろうけど……。
「でも洋輔、なんでこんなのを?」
「いやあ。これがあればほら、俺のベクトラベルの矢印を他人に見せやすくなるかなって」
「ああ……うん? でもあれ、僕に見せてくれたよね?」
「その時直接触ってただろ?」
うん、と頷くと、洋輔は「そこを省ける」と言って、僕から少し距離をとる――そして、僕の視界に矢印が生まれた。
なるほど、多少離れてても大丈夫になる、と。
「でも鬱陶しいから消して」
「ん」
洋輔は苦笑して解除してくれた。いや本当に、あの矢印まみれの視界は疲れるのだ。頭が。
「全く、常にこの状態で暮らしてると思うと、洋輔もすごいよねえ……」
「……俺はお前の錬金術のほうがすごいと思うぜ? 実際、これも作っちまったし……」
「さっきも言ったけど、見た目もマテリアルもわかってればそりゃ作れるよ。効果も書いてあったから、たぶんそれ通りになってると思うし……」
「…………。まあ、当事者の俺が言うのも何だけどな。これ、喪失品だったんだよ」
うん?
喪失品……ロスト、失われたもの。
いや、そこは別にいい。図鑑に登録するだけして、その後に破損しただけだろう。
けど、当事者?
「……うん。俺が壊したんだ。最後の一個。ミュゼの家が保管しててな」
「あー……」
魔法使いの血統だしな、そういうこともあるか。
「でもまあ、こうやって復活したからチャラにしとこうよ」
「それはどうかと思うけどな?」
苦笑しつつ、洋輔は戻ってくる。
そして、図鑑を無造作にめくり。
「ほれ。お前が探してるもん、たぶんこれだろ?」
と。
そんなことを言う。
そこに書かれていたのは、人の魔石というアイテムだった。
「人の魔石……?」
確か、エッセンシア凝固体の中に名前があったな、それ。
図鑑を読み進めてみると、登録名称『人の魔石』、別名『死願石』。
効果は『なし』、ただし補足として『錬金術において特異マテリアル(品質値を0に固定する)として扱われる』と書いてあった。
なるほど、確かに僕が探しているものだ。
で、これのマテリアルはモアマリスコール。
同じ本の前のページを参照、と書いてあったので、それに従いページを戻すと、モアマリスコールが書かれている。
そちらの登録名称は『モアマリスコール』、別名はなし。
効果は『エッセンシアの一種。黒色のエッセンシア。二回摂取することで死亡する。人間、動物、魔物において効果は確認されており、一度目の接種と二度目の接種は十秒以上の時間を空けなければならない。また、一度目の接種をしたのち、二度目の接種をする前に特級品以上の毒消し薬、もしくは一級品以上のエリクシルを接種することで、接種したという記録を打ち消すことが可能である。また、一度目の接種をしたのち、二度目の接種をせずに睡眠をとった場合、接種したという記録が打ち消される。このエッセンシアは二度摂取することで死亡するという性質を帯びているだけで毒ではないため、毒性判別の魔法や道具では発見することができない。また、睡眠することで接種記録を打ち消せる点から、魔力に干渉をしているものとみられるが、一度接種するだけではその干渉が表面化せず、二度摂取しなければならないし、二度摂取した場合は死亡するため、検証が不可能である。エッセンシアとしては唯一、極めて危険性の高いものであり、錬金術に限らずこれを扱う場合は細心の注意を払うこと』……。
…………。
いや。
二度摂取したら死ぬって。なにそのエッセンシア。すごい怖いんだけど。
「佳苗、よかったな。何かの間違いでこれを作ってなくて」
一緒に読んでいた洋輔がそんなことを言った。
「本当だよね……」
僕はそう答えつつも、一応マテリアル欄を確認。特異マテリアルの血に追加するのは揮毒の石と鏡……うん?
「どうした? 材料が用意できねえか?」
「……いや。揮毒の石を使うのはちょっと面倒だけど、揮毒の石自体はもう作れてるし……ただ、鏡か。鏡ね」
んー。
「ねえ、洋輔。揮毒の石ってどこかで見なかった?」
「それなら、一冊前の真ん中あたりだったかな……ポワソンイクサルの奴だよな?」
言いつつ、洋輔が無造作にページを開く。ぱらぱらぱらと数枚めくり、「あった」と僕に見せてくれた。
ううむ、洋輔の奴、地味にすごい記憶力だぞ。僕も見習わないと……。
ともあれ、確認する。
登録名称は『揮毒の石』、別名はなし。効果は『魔力を介することで毒消しの効果を周囲にもたらす。錬金術において特異マテリアル(毒検知や毒耐性に関する効果を付与する)として扱われる』、か。材料は例によって一個前のページ、見てみればポワソンイクサル。
登録名称が『ポワソンイクサル』、別名は無し。効果は『エッセンシアの一種。紫色のエッセンシア。毒と病を排除するが、体力は回復しない。同品質で見たとき、エリクシルよりも毒や病を癒しやすいが、毒や病によって削られた体力を瞬間的に癒すことができない点に留意するべし』、か。
んー。ポワソンイクサルとその凝固体、揮毒の石の効果は毒消しで確定……っと。
「何悩んでるんだよ。もしかして、モアマリスコール……を、作れない、とか?」
「いや、そうじゃない。それの材料になる揮毒の石の効果をきちんとしっておかないといけない――致死するようなものを作る、その材料なら、毒性があるとみるべきでしょ。でも実際には、ポワソンイクサルは毒消しの強化版だし、揮毒の石は賢者の石の体力回復を毒消しに置き換えているだけ……」
「いいことじゃねえか」
「それ自体は、ね。……でも、なんでそれで毒が作れるの? って話」
毒消しを材料にするならば、毒消しの性質を帯びるはずだ。本来は。
「それを言い出したら、毒消し薬の材料は薬草と毒薬だろ?」
「薬草に毒薬を触れさせることで、薬草が持つ治癒の力を毒に寄せて、液体化してるってのが僕の考えなんだよね」
「あー。なるほどな。そこは矛盾しねえか」
「うん。揮毒の石は、そこが矛盾しちゃう。毒検知や毒耐性に関する効果を付与する特異マテリアル……って書いてあるし、それがモアマリスコールの材料になるとは、思えない」
「…………、ああ。あー。それで鏡か」
洋輔も理解したようだ。
そう。鏡というマテリアルの意図を僕はつかみかねていた。
あえて指定されている以上、それが鍵になっていることは明らかだ。この図鑑に書かれてるマテリアル、基本的に最低限必要なものしか書いてないし。
で――じゃあ、なんで鏡なのか。
「洋輔のお手柄だね。僕が探している『両方』を、見つけてくれた」
「ははは……偶然だけどな」
つまり。
揮毒の石というマテリアルの『性質を反転する特異マテリアル』――として、鏡が用いられている。
僕はそれを想像したうえで材料をそろえ、念のため毒消し薬とエリクシルの特級品も用意しておく。転ばぬ先のなんとやらだ。
で、錬金。ふぁん。
完成したのは、黒い液体――モアマリスコール。
同じものをもう一個作り、中和緩衝剤を合わせて錬金、ふぁん。
黒いエッセンシア凝固体の完成、これが人の魔石……か。
「品質値を0に固定する……なら、ポーションに賢者の石を混ぜたうえでこれを入れても、九級品になるはず、だよね」
試しにポーション、賢者の石、人の魔石を器に入れて錬金。ふぁん。
完成品は当然、ポーション。
表しの指輪に垂らしてみると、文句なしの九級品。
うん……となると、次は鏡だな。
「これは、さっきの毒消しの考え方も含めるんだけどさ」
「うん?」
「薬草と毒薬で、毒消し薬が作れる。なら、それを反転させることができたら――毒薬になる、よね?」
「なあ、佳苗。気づいてるか?」
「何に?」
「気づいてねえみたいだな。じゃあ突っ込むぜ。『薬草』と『毒薬』に『鏡』を混ぜて、完成品が『毒薬』って、なんかすげえ無駄じゃね?」
「…………」
…………。
「あと、マリージアって人が言ってたやつって、『任意の特異マテリアルの性質を反転する』だろ? 毒薬にせよ薬草にせよ、特異マテリアルとは違うんじゃねーの?」
あ。
いや、そうか。その線が残ってたか。
「洋輔は本当にお手柄だよね……僕だけじゃ絶対に気づけなかったよ、それ」
「いや気づけよ、そのくらいの初歩的なこと。で、どうするんだ」
「試してみようか。何ができるかは、正直わかんないけど」
「は? なんでだ?」
僕は材料を器に入れつつ続ける。
「いやさ。洋輔は知ってて言ったんじゃないと思うけど――ていうか、知らなかったんだと思うけど、僕も忘れきっててね」
「何をだ」
「特異マテリアルなんだよ。『薬草』が」
「…………。え?」
そう。
毒薬は普通のマテリアル、素材にしかならない――でも、『薬草』は普通ではない。
「『薬草』には品質が存在しないんだ。その一点で特別――特異なマテリアルだと、そう受け取れるでしょ?」
「…………」
錬金術を行使――ふぁん。
果たして、完成したのは……っと。毒消し……、ではないな。
毒薬とも違う。
色は無色透明ではなく、わずかに緑色っぽい。
「なにこれ?」
「おい。またわけのわかんないもの作ったのか、お前」
「まあ、そうなんだけど……」
えっと……本当に何かな、これ?
毒性があるのかどうかさえ分からん。
んー。
試験人形で大丈夫かなあ。揮発性とか……。いまさらか。
「洋輔。これ」
「……って、毒消し薬とエリクシルなんて渡してきてどうするんだ」
「今、僕が作ったやつに毒性があるかどうか確かめる。試験人形を使うんだけど、一応そこで毒が拡散したら困るから、いざという時はそれ飲んでね」
「……ああ、うん。わかった」
試験人形を引っ張り出し、そこに完成品を垂らしてみる。
で、試験人形は灰色。毒性があれば色は暗く、黒に近づき、逆に解毒するなら色は明るく、白に近づく。
結果は――灰色。
まったく変わらない。
毒性は無し、解毒性も無し……ただの水か? いや、だとしたら緑色は帯びないよな。
「何かわかったのか?」
「何もわからないことがわかったよ」
「そのパターンか……」




