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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 ちょっと違った学校生活
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83 - 叡智の図鑑

 重たくそしてかさばる本の移動は洋輔にお願いすればなんとかなりそうだったけど、さすがに不自然極まるということで、イスカさんにお願いし適当な木材や金属材を譲り受け錬金、ちょっと大きめサイズの台車を作成しそこに本を乗せ、最後に布材を錬金して作った膜で覆って、と。

「…………」

「…………」

 そんな僕と洋輔の作業を見て、イスカさんとマリージアさんは何とも言えない表情になっていた。

「……何か?」

「何か? といわれると、そうだね。どこから突っ込みを入れたらいいのかわからないが……ええと、何を作ったのかな?」

「台車です」

「うん。マテリアルは?」

「いただいた木材と金属材です」

「うん?」

「木材はそのままベースになって、金属材は取っ手とか、あとキャスターとかになってます」

 本当はゴムがあるともっといいんだけどね。ないものねだりをしても仕方がない。

 いや、もしかしたらあるのかな?

「おい、カナエ。やっぱりおかしいんじゃないか、こういう錬金術」

「そんなことないよ。だってできるもん」

「…………」

 どうなんですか、という視線で洋輔が二人に問いかけ、二人は無言でそれに答えた。

 どうとも言い難いらしい。

「まあ、常識的かと言われれば、非常識的ね。錬金術師として考えても。でも、絶対に無理じゃあないわ。たまにそういう、わけのわからない方向に特化した錬金術師もいるし……」

「ね?」

「ね? じゃねえよ。『わけのわからない方向に』って冠詞がついてるじゃねえか」

 まあ、そうだけど。

 前例がないわけじゃないと。

「大体、そんな錬金術師レアすぎるだろ。カナエ以外にいねえんじゃねえの、学校だと」

「ごめんなさい。私ができるのよ」

「さすがマリージアさん」

「…………」

 洋輔は何とも言い難い表情になった。

 が、マリージアさんの表情も微妙だ。

「もっとも……私が作ろうとしたら、もっとマテリアルが複雑になるけどね。あんな原材料の状態から一発で台車は作れないわ」

「錬金省略術……『中間素材を省略し、完成品まで一気に錬金する』という応用技術だな」

 イスカさんが補足。

 なるほど、そういうことか。

「僕は面倒だから、一気に済ませちゃうんですよね。中間素材も意識したら作れるとは思いますけど……」

「『掛け算』ならばこそ、なのよねえ、それ。普通の錬金術師にはできないわ」

 へえ。そうなのか。

 しかし掛け算ね……。

「そうだ。ついでにひとつ、聞きたいことがあるんでした」

「何かな?」

「いえ、存在の確認というか……。たぶんあるとは思うんですけど――この本に書いてあるかもしれないんですけど、中身を知ってるであろうお二方に先に聞かせてください。具体的には、賢者の石の逆。『品質を下げる特異マテリアル』、存在しますか?」

「あるといえばあるし、ないと言えばないわね」

 あれ、そうなの?

 てっきり『ある』と明言されると思ってたのだけど。

「でも、これを教えるのは……うーん。その本だけじゃ対価に不足気味なのは事実だし、イスカ、どうかしらね?」

「そうだな……。カナエくん。じゃあ、そのマテリアルについて私たちが教えることで、君が提出した品々に対する対価は終了となるが、それでもいいかな?」

「はい」

「ならば教えるわ。『品質を下げる』特異マテリアルは、残念ながら存在しない。けど、それに近いものならばあるの。そもそも品質というのは、品質値という概念があってね――その数字が高ければ高いほど、品質と呼ばれる級品があがっていくのよ。賢者の石は、この品質値を大きく増やす、という特異マテリアルよ」

 そこまでは、なんとなくわかっていたことだ。

 でも、増やすものがあるなら減らすものがやっぱりありそうだけど。

「で、あなたの発想……品質を下げる特異マテリアル、の代替として使えるものは二種類。『完成品の品質値を0にする』という特異マテリアルがエッセンシア凝固体の一つに存在して、もう一つは『任意の特異マテリアルの性質を反転する』という特異マテリアルが、エッセンシア凝固体ではないものに存在するわ」

 んっと……品質値を0にする、品質値は高ければ高いほど級品があがるのに0に固定するんだから、品質は必ず最低品質、九級品になると。なるほど、ちょっと想像とは違うけど、作りやすさ次第ではこっち使った方が安全だな。

 で、任意の特異マテリアルの性質を反転する……は、つまり賢者の石と併用しろということか。賢者の石は品質値を跳ね上げる――だから、その性質を反転させることで、品質値をおとせるわけだ。ただ、0に固定はできないから、確実に九級品を作れるかというと微妙なところだな。0を下回ったときにどうなるのかとか、気になるし。マイナスでも完成はするのかな?

「どっちも、その本のどこかしらに書いてあるから、いろいろと読んで確かめてみなさい」

「はい。ありがとうございます」

 話をしている間に、「積み終わったぜー」、と洋輔が。

「ありがと。それじゃ、今日は失礼しますね。いろいろとありがとうございました」

「ああ。カナエくんも、頑張って」

 こうして僕たちは講堂を去る。

 錬金術はマテリアルの足し算である――ただし、僕の場合は掛け算である。

 陰陽凝固体という存在についての情報や、あらゆる品目が記録された図鑑。

 僕が得た者は、途方もなく大きい。

「カナエ、なんかうれしそうだな」

「そうかな? ……そうかもね。僕にも取り柄ができた……僕にしかできないわけじゃないけれど、僕が得意って言えることができた。それが、なんかうれしくて」

「なるほど」

 渡来佳苗は、そういった特別なことがほとんどなかった。

 猫になつかれるくらいだろうか?

 まあ、あれはあれで才能だし、自慢にもなるんだけどね。


 寮の部屋に戻るついでだったので板材を購入したりもして、台車にのっけて移動。

 洋輔には頼りっきりだな。何か報いてあげたいのだけど、まあ、考えておこう。

 で、寮の部屋に戻るなり、とりあえず物置に本棚を錬金術で作成、設置。

「学校関係のはこっちかな?」

「そうだな。ニムからもらったやつは寝室にあった方が都合がいい」

 だね。

 問題は図鑑をどこに置くか、だけど……。

「図鑑も、やっぱり寝室かなあ……あんまり他人に見られないように、みたいな言いぶりだったし」

「結局、本の量的には変わんねえな……」

 面目ない。

 そんなわけで本を移動。

 寝室の本棚の片方に鍵のつくタイプの扉を設置し、そちらに図鑑は投入することに。

「うーん。なんか抜本的にレイアウトを考えたほうがいい気がしてきた……」

「そうだな。……ま、今のところはこれでいいだろ」

 うん、と頷き、早速しまった図鑑を一冊適当に手に取ってみる。

 えーと……名前順ってわけじゃないのか。ある程度分類で分けてはあるけど、みたいな?

「俺も見ていい?」

「いいんじゃない?」

「んじゃ遠慮なく」

 洋輔も適当に一冊手に取ると、そのままベッドに飛び移ったので、僕もベッドで横になりながら読むことに。

 椅子で読むよりもちょっと体が楽だし。

 さて、僕が手にした一冊の内容はというと、まず最初のページに書かれていたのは『白露草』。

 どん、と見開きでページを贅沢に使い、その見た目のスケッチが複数角度、登録名称と表記ゆれや別名、そして効能がざっくりと書かれている。

 白露草の場合、登録名称は『白露草』、別名は『リバースグラス』『回帰草』、効能は『物質に対する回帰現象の発動。人体への使用不可、最低でも寿命短縮、通常の場合、体組織の一部のみ回帰現象が適応され身体的なバランスを欠き生命活動を損ない、最悪の場合、回帰現象が適応された部分が回帰しきって消滅するという事例も報告される。一方、物質に対する回帰の効果は極めて高い精度で行われ、材質や付与効果を問わず、万全に修復することも可能である。白露草は保存が難しく、適切な隔離処置を施さない場合、特級品ならば数時間、九級品ならば数分程度で自然昇華する。これは大気中の物質に対して効果が発動しているためと考えられる。白露草の品質は現状、特級品と九級品のみ錬金が確認されており、八級品から一級品に相当するものは何らかの干渉で品質が向上したもしくは品質を低下させたものである。いずれの場合も、保存性の確保をするならば五万倍の分量の液体と錬金することで白露液とすることが推奨され、その場合、効果は大きく低下するが保存性が良好となる』――と、こんな感じ。

 さらっと白露液のマテリアルも書いてあったけど、え? 五万倍に希釈するの? それほとんどただの水じゃない?

 よっぽど効果が強いらしい。これをお母さんが作れるのか……誇らしいけど、それ以上に怖いな、なんか。

 材質や付与効果を問わず全に修復することも可能って。これが本当ならば修理屋さんの立場がなくなるぞ。

 ページにはわざとらしい空欄が。何だろう、と思いつつページをめくると、そこに記載されていたのは『エリクシル』。

 登録名称は『エリクシル』、別名は『霊薬』『仙丹』『薬酒』『豊かなる青』。効能は『生物に対するきわめて高い治癒効果と、対象にとっての毒となりうるものの排除。毒消しの効果は六級品以上において実用レベルとなり、三級品を超えるものは病の治療にまで効果の範囲が及ぶ。十八種確認されているエッセンシアの一種にして、最初のエッセンシア。豊かなる青の別名が示すように、澄んだ青色をしている。品質によって色味が濃くなり、特級品は青という色の見本として、染色師が用いることもある。錬金術師にとって、エリクシル、およびこれの凝固体である賢者の石は特別な意味を持ち、これらを錬金できるようになったものは、次の段階へと進む。本書を読むことが許されたものにとって、それがどのように特別で、次の段階が何であるかは明白でなければならない。以下に記載されているこれはマテリアルは理論値であり、実際には補助(サブ)マテリアルの利用が必要に近しい。液体で錬金術を用いずに希釈する場合、その分だけ品質は落ちるものの、性質を保つことが可能。よって、もともと高い品質のエリクシルを必要な分量とりわけ、液体で希釈して用いることも可能である』――で、最後の、白露草のページでは空欄だった場所に『薬草・薬草・毒草・液体』と記述があった。

 なるほど、この空欄はマテリアルを記述するものか。ていうか、毒薬と水じゃなくてもいいのか。

 ……いや、当然だな。毒草は毒薬に錬金できるだろうし、液体ならなんでも水にできる。錬金省略術だっけ? それを使えば事実上可能ってやつなのかも。

 で、白露草にマテリアルが書いてなかったのは、マテリアルが特定できてないから……って感じか?

 お母さんが作った場面を僕は直接見たことがないので、確実なところは言えないけれど、それでもマテリアルを揃えてほしいとお願いされたことはある。その時にそろえたの、なんだっけ? なんか妙なのを使ったよな。いかんせん結構前のことだから、明確には覚えてないという。

 薬草と麻痺毒薬、までは確かだ。あとサファイアと銀、蝋燭。

 他に使ったのなんだっけ。覚えてないぞ。

 まあいいや、覚えてた部分だけをちょっと集めてみよう。サファイア以外は寮の自室の中でそろうし……サファイアは、適当な宝石をふぁん、と変換。ううむ、当然のように使ってるけど、これを日本でやったら俗な意味の方での『錬金術』になる気がする。いまさらか。

「どうした、佳苗。何か作るのか?」

「昔お母さんが作ってたアイテムが書いてあってさ。マテリアルは書いてなかったんだけど、思い出しながら作れないかなって」

「ふむ? 何をだ?」

「白露草」

「あー」

 集めてきた材料を魔法の器に投入、錬金、ふぁん。

 何かができた。えっと……。

「うん。作れるね、白露草。必須なマテリアルは抑えてた感じ……ていうか、薬草かな」

「ふうん。……品質は?」

「十分くらい待って、これが消えてたら九級品。数時間持ったら特級品。空気とかと反応して消えちゃうんだって」

「また厄介な代物だな」

 だよね。その分強力なんだろうけど。

 結果を述べると、僕が作った白露草は四時間半ほどで消えた。

 さすがに四時間を経過している以上数分という域は超えているし、九級品ではないだろう。

 特級品かどうかは不明。調べる手段は今度探すとして、マテリアルのメモだけしとこ。

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